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5話 桃色の瞳に映るもの

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店の外観に反して、意外にも可愛らしく包装されたストールをリリーは大切そうに抱えた。ロッテは目も覚めたようでニコニコと嬉しそうな様子だ。日暮れも近い。急いで帰らねば彼女達の母が心配をするだろう。リリーはオリバーの方を振り返る。

 「本当にありがとう!あなたがいなければ私達、何も買えずに帰るところだったわ」
 「ううん、役に立てて何よりだよ。お母さんが喜んでくれるといいね」
 「ありがとう!お兄ちゃん」
 「ありがとう、オリバー!」

 遠ざかっていく二人は笑顔で大きく手を振る。大きく手を振りながら、オリバーは二人が遠くなるまで見送る。そんなオリバーに呆れたようにコナンが呟く。

 『で、どうするんだよお前は』
 「ん?何が」
 『今夜の宿だよ』
 「・・・あ」

 そう、姉妹と共に懸命に贈り物を探したオリバーは今日の宿を探すことをすっかり忘れていた。もうじき日が暮れる。早く安全に一夜を明かす場所を見付ける必要がある。
 だが、そんなときにもオリバーは慌てない。彼には必ず安全な場所が見つかるという確信があるのだ。コナンもそれがわかっているため、姉妹に付き合うオリバーを強く止めなかった。

 「じゃ、行こうか」

 そう言ったオリバーはまるで行き先がわかっているかのように、足を進めるのであった。


*****


 『こりゃ、なかなかいいな』
 「うん、そうだね。思ってたより過ごしやすそう。いっそ、ここに住もうかな」

 二人が辿り着いたのは街の教会の屋根裏である。教会裏の枯れ井戸がここまで繋がっていたのだ。これを知るものはおそらく他にいない。しばらくは安全に過ごせるのではとオリバーは思う。だが、そんなオリバーの考えをコナンは即、否定する。

 『そりゃ、ここは居心地が良さそうだが、この街に長居するのは危険だろ。どこで誰に合うかわかんねぇし。まぁ、旅すりゃどこかいい場所もあんだろ。お前なら見付けられるはずだ』
 「そっか、そうだね」

 屋根裏は埃っぽいが古い毛布が置かれている。オリバーはどさりとそこに横になった。
 それもそうであろう。今日は色々とあった。なにせ、生まれ育った家を成人前に追い出され、歩き回ったのだ。精神的にも肉体的にも疲労があるだろうと横に寝転ぶコナンはオリバーを案じる。

 「でも、よかったね」
 『あ?』
 「あのストールさ。あれは魔ネズミのストールだよ」
 『・・・そんなに価値のあるもんなのか?』

 「今では手に入ることがない物だよ。あれを着けるだけで体が芯から温まるらしいんだ。リリーとロッテのお母さんにちょうどいいよね」

 そう言われてコナンは彼女達が住む場所が日の当たりにくいという話を思い出す。それならば、療養中の彼女達の母にその贈り物はぴったりであろう。

 『お前は初めからわかってたんだな』
 「うん。あの店は・・・ちょっと気になってたから」

 そんなオリバーの言葉にコナンは険しい顔になる。おそらく、オリバーは長女アネットにあの店のストールを勧めたのだろう。その結果、彼女の怒りを買う事になったわけである。

 『まぁ、仕方ないな。あの店はおんぼろだったもんな』
 「違うよ」

 敢えて明るい声で言ったコナンの言葉を、オリバーは否定する。小さな背中をコナンに向け、オリバーは言葉を続ける。

 「どんな立派な店でも、僕が選んだものを姉さんは認めてはくれないよ」
 『オリバー・・・』

 その小さな背中をコナンは抱きしめてやることも出来ない。ただただ、見つめるだけである。

 『オリバー・・・』
 「ねぇ!あのおじいさん、優しい人だったね」

 コナンの方に振り向いたオリバーは明るい声と表情である。傷付いているからこそ、触れられたくない事もある。オリバーの気持ちを察したコナンは同じように明るい声で言う。

 『はんっ!どうかな?案外、価値に気付いてなかったかもしれないぜ!』
 「そんなわけないよ。言ってたよ?わかる人が来たら売るつもりだったって」
 『どうだかな』
 「違うよー」

 悲しみを打ち消すように明るく振る舞うオリバー、コナンもそれに合わせる。せめて、自分一人くらいオリバーの気持ちと寄り添いたい。小さな生き物はそう思い、薄暗い埃っぽい屋根裏でオリバーと身を寄せ合いながら眠るのだった。


*****


 「少し風があるけれど、天気は悪くないわね」
 「えぇ、アネットさま。これでしたら庭園での茶会も問題ありませんね」
 「良かったですわ」

 アネットは伯爵家の茶会に招かれている。アネットと家格の同じ伯爵家、そこでの茶会に彼女は並々ならぬ気合を入れていた。圧倒的な差がある場合、戦いは生まれない。家格が近しいからこそ、隙を見せてはならないのだ。今日のアネットは気合を入れて臨んでいた。

 周りにいる子爵家や男爵家の令嬢たちなど、アネットは歯牙にもかけない。彼女が気にしているのはこの家の令嬢グレースだ。同じ家格であり、美しく性格も穏やかな彼女を一方的にアネットは目の敵にしていた。

 「皆さま、本日はお越し頂きありがとうございます」
 「まぁ、グレースさまだわ」
 「本日もお美しいわね」

 美しく華やかなグレースの登場に、他の令嬢たちが色めき立つ。だが、アネットは平然と彼女がこちらに歩いてくるのを見つめる。家格は同格、そして招かれたのはこちらである。いつも以上にアネットはグレースに対抗心を燃やしていた。

 「アネット様、お久しぶりです。我が家での茶会にいらしてくださってありがとうございます」
 「えぇ、お久しぶりね」
 「まぁ、アネット様。本日はいつもと違う装いですのね」

 アネットの服装を見たグレースが何かに気付く。そんなグレースの様子にアネットは満足そうに微笑む。そう、彼女は今日のために相応しい物を用意していたのだ。数日前まで弟であったぼんくらには探し出せないであろう素晴らしいストールを彼女は見つけ出していた。

 「えぇ、魔ネズミのストールよ。一見地味にも見えるけれど、わかる方にはこの品質の高さがわかるわよね。なかなか、入手できない物をコリンズ家のご令嬢ならばと店主が譲ってくださったのよ」
 「まぁ、流石、旧家で王家からの覚えも良いコリンズ家は違いますのね」
 「え、えぇ!」

 思いもがけず、グレースからの称賛を得たアネットは得意げに笑う。王家からの覚えが良い理由は知らぬが、ライバルからの言葉はアネットにとって心地の良い物だ。見た目は地味な割に、少し値は張ったが、このストールを見付けた自分を心の中でアネットも褒め称えた。

 「では、皆さま、こちらへどうぞ」

 グレースが上品な所作で皆を席へと案内する。そのとき、強い風が吹いた。令嬢たちは皆、ドレスや髪形を押さえる。風が収まり、皆が身だしなみを整えて何気なく会話を交わす中、アネットはくしゃみをした。
 すると、辺りがシンと静まり返る。皆が、アネットを驚いた様子で見つめているのだ。アネットは顔を赤くして、グレースに不満をぶつける。

 「このような風の中、庭園で茶会なんてどうなのかしら!寒くってしょうがないわ!」
 「え、えぇ、そうですわね」

 動揺したようなグレースが周りを気にしている。すると、辺りからクスクスという笑い声が零れてきたのだ。くしゃみをしたのは令嬢としてマナー違反なのはわかるが、笑われるほどであろうかとアネットは憤る。そんなアネットに男爵家の令嬢が声を掛ける。

 「アネット様がそのストールを買われたお店はどちらでしょう」
 「え、大通りの新しく出来た美しい店よ」
 「そうですの・・・参考に致しますわ」

 男爵令嬢がそう言った途端、辺りから先程以上に大きな笑いが起きた。そんな周囲をグレースがとりなし、茶会が始まる。アネットには彼女達が笑う理由がわからない。だが、自分より低位の男爵令嬢や子爵令嬢がアネットに向ける視線が変わった事だけは確かだ。

 アネットがその理由を知るのは数日後、大通りの店が破産し騙された者達が多数出た事を父から聞かされたときだ。魔ネズミのストールがなぜ高価で希少なのか、それを知らぬ彼女は茶会の場をきっかけに自身より下位の貴族に侮られることになる。

 圧倒的な差がある場合、戦いは生まれない。だが、メッキが剥がれたアネットは下位の者との差が圧倒的なものではなくなったのだ。


*****

 「よかったねぇ、食べ物貰えたね」

 貴族でありながら、家の中で特別扱いを受けなかったオリバーは気さくな少年として育った。その素直さと愛らしさもあるのか、先程出会った見知らぬ老人にりんごを貰った。そのため、オリバーは機嫌良く森へと続く道を歩く。

 『お前のその呑気さは羨ましいものがあるな』
 「だって、今までもなんとかなったもの」
 『その目があるからって安心するなよ?』

 オリバーの桃色の瞳は特別なものである。その瞳は、良きものと悪しきものを見極める。そのため、魔ネズミのストールも安全な教会の屋根裏部屋も彼には見つけることが出来た。それはオリバー自身を守り、同時に彼が手を差し伸べた者を幸せにも出来る。

 家を追われたオリバーは行き先も決めず、大切な家族コナンと共に旅を続けるのだった。

 
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