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第32話 姉妹の願いとクリスマス 4

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 酒場ロルマリタへと帰ってきたアレックスは、扉を開けて目に飛び込んできた光景にぎょっとする。
 姪のアンバーとメイジー、そしてマリーもテーブルに突っ伏してぐったりとした様子なのだ。
 そんな三人を困った表情でジュリとエレナが見つめている。

「ど、どうした! 俺のいない間に何があった!?」

 慌てるアレックスだが、ジュリが冷静に答える。
 
「自分達がいかにアレックスさんに頼りきりだったのかを認識して、反省しているらしい」
「はあっ? なんの話だ?」

 荷物を抱えたままのアレックスの元によろよろとアンバーとメイジーが駆け寄ってくる。ぎゅっと抱きついたまま、半泣きで二人の姉妹はアレックスに訴えた。

「私達じゃ、力不足だったのー!」
「マリーもへなちょこだったのー!」
「わ、悪かったわね。どうせ私は歌以外はへなちょこよ!」
「なんだ? なんだ?」

 先程まで、アンバーとメイジーを中心に作戦会議が行われた。
 アレックスに世話になっているからとマリーも協力を申し出て、大人が参加したことによってジュリとエレナも安心していたのだが――

「え、マリー料理苦手なの?」
「えぇ、歌と美貌以外に取り得がないと良く言われるわね」
「う……じゃ、じゃあ! 私達が料理を作って……」
「ほう。やったことがあるのか?」
「な、ないけど……できる気がする!」

 日頃から料理も掃除もアレックスを中心に行われているらしく、アンバーもメイジーもそしてまさかのマリーまでが自信がない様子だ。
 そんな三人をフォローするようにエレナが言う。
 
「そもそもアレックスさんが料理も掃除も好きだからね」

 エレナの言葉に三人は力強く頷く。
 そう、アレックスは料理を振舞うのも好きであり、綺麗好きで気付けば部屋はピカピカなのだ。
 
「今更だけど、私達が快適に過ごせているのはアレックスのおかげなのね……」
「だが、どうするんだ? 誕生日を祝いたいんだろう?」

 ジュリの言葉にアンバーがこくりと頷き、目を潤ませる。
 アレックスは母が亡くなった後、行き場のない自分達を引き取ってくれた。
 まだ結婚もしていないというのに、二人の子どもの面倒を見る――それがどれだけ大変なのかはアンバーにもわかる。

「おじさんは私達に色々してくれてるのに、私達はなにも返してあげられない……」

 ぐすぐすと泣き出すアンバーにつられ、メイジーまでもが涙を溢す。
 そんな二人の涙をマリーがハンカチで拭う。

「ほらほらダメよ。アレックスが帰ってきたら心配するわ。あなた達が笑顔でいてくれることが、彼にとって一番なんだからね」
「うん、わかった。もう泣かない」
「私も! 私も泣いてないよ!」

 ――そんなことがあったのだが、アレックスが帰ってきてアンバーもメイジーもついつい彼に抱きついてしまったのだ。
 姉妹にへなちょこ認定されたマリーも、世話になっている彼らに出来ることがないと少々気落ちした様子だ。
 戸惑ったようにジュリとエレナを交互に見るアレックスに、二人は肩を竦めて笑うのだった。


*****

「なぁ、ジョーさん。親心とはどんなものだ?」
 
 自分の元に訪れて開口一番、そんなことを言うジュリにジョーは眉間に皺を寄せる。どう考えても聞く相手を間違っているようにジョーには思えたのだ。

「俺は誰かの親になったこたぁねぇぞ?」
「だが、テッドやエレナの面倒をよく見ているだろう?」
「ありゃあ弟子だ。エレナはまぁ、あれだな。縁ってやつだ」

 テッドもエレナもまだ幼い頃に知り合った。特にエレナは親を失ってから数年間は共に暮らしていた。
 しかし、年齢的にも共に暮らすより働く同年代の少女達と過ごすほうがいいだろうと家を出たのだ。
 今も共に暮らすテッドはもちろん、エレナもジョーにとっては孫のように思えることがある。それは赤ん坊であった頃を知っているジュリとて同じである。
 もちろん、そんな思いをジョーが口にすることはない。

「アレックスさんの誕生日をアンバー達は祝いたいそうでな。こういうことは年寄りに聞いた方がいいからな」
「守秘義務って教えたろ? お前さんだって長く生きているだろうに、まったく……」

 ぼやくジョーだが、腕を組み、真剣に考え始める。
 アレックスのことはジョーも良く知っている。
 数年前に姉の子ども達を引き取ると言い出したときは皆が驚いた。
 一人で暮らしてきたアレックスが、幼い子どもの面倒をみられるのかと案じる者も多かったのだ。
 けれど、周囲の心配をよそにアレックスは小さい姉妹の面倒をよく見た。
 アンバーもメイジーにも次第に笑顔が増えていく。
 ジョーはそんな彼らの姿をちゃんと覚えている。
 
「そうだな。特になにかする必要はないだろうな」
「それでは誕生日にならないではないか」

 ジュリの言葉にジョーは首を振る。
 
「特別なことをすりゃ、気持ちが伝わるってもんでもねえだろ? 旨い飯や贈り物もそりゃいいかもしれん。だが、アレックスが一番願っているのはなんだ? ちょっとはここを使え」

 つんと額をつつかれ、むっとした表情になるジュリだが、ジョーの言葉ももっともだ。
 アンバーやメイジーが自身の誕生日を祝おうとしている。
 それを知っただけでアレックスが喜ぶだろうことは、まだ出会ったばかりのジュリでも想像が出来るのだ。
 しかし、一方でアンバーやメイジーの気持ちもよくわかる。

「なるほど、それが親心と言うものなのだな。年の功より亀の功だな」
「なんだ? そりゃ。ったく、突然現れて失礼なやつだな。ほら、暗くなる前に帰れ。冬が陽が落ちるのも早いからな」
  
 ぶつくさ言いながらも自分の心配をしてくれるジョー、そんな彼に礼を言って帰るジュリであった。

*****

「ねぇ、ジュリは魔女さんになにを贈っていたの?」
「ん? なんの話だ?」

 夕食を食べていたジュリはエレナの質問に質問で返す。 
 
「ほら、クリスマスや誕生日! お祝いしてたってことはジュリも魔女さんになにか贈っていたんでしょ? お菓子とか? それとも、お手伝いとか?」

 ジュリに聞いたクリスマスや誕生日の過ごし方を考えると、彼女も魔女に何かを贈っていただろうとエレナは思ったのだ。
 今は年齢を重ねているジュリだが、魔女と過ごしていた時期はアンバーやメイジーと同じ子どもであったはずだ。
 ならば、その贈り物や行動が姉妹の参考になるだろう。

「いや、そんな立派なものは贈っていないな」
「え、そうなの? だって、美味しいもの食べたりするんでしょ?」

 貴族が行う誕生日というものでは高価な贈り物が届くと聞く。
 家庭での誕生日も同じように、なにか特別なことをするものだとエレナは思っていたのだ。
 だが、ジュリはそれを否定する。

「それは違うぞ。私は魔女に手紙しか贈らなかったが、魔女は毎年喜んでくれた。大事にしまっておくと言っていたからな」

 それが子どもに向けた嘘ではないことをジュリは知っている。
 先日、開いた魔女の部屋、そこにクリスマスや誕生日にジュリが贈った手紙が丁寧にしまわれていたのだ。
 まだ文字も書けなかった頃の手紙も大事にとっておいてくれた魔女に、ジュリの方が驚いたくらいだ。

「それ、それだよ! もう、ジュリったらなんで気付かないの!」
「ん? なにがだ?」
「アレックスさんに贈るのも手紙がいいじゃない! 絶対に喜んでもらえるよ!」
「だが、二人は誕生日に特別なことをしたいと張り切っているんだぞ?」

 アンバーもメイジーもアレックスの誕生日を特別なものとして考え、ジュリとエレナに協力を仰いだのだ。
 しかし、エレナはそんなジュリの言葉に首を振る。

「魔女さんが手紙を喜んだように、きっとアレックスさんなら喜んでくれる……ううん、絶対に! で、出来ないところは私達が手助けすればいいのよ」
「手助け? 誕生日の?」

 まだまだ理解が追いつかない様子のジュリにエレナは自信ありげに頷く。
 誕生日というものを良く知らないエレナだが、家族で祝うということは経験してきている。
 そのときに必要なのが、高価なものや特別なものだけではないということも彼女は知っている。
 なにやら楽しそうな出来事の予感にシリウスはしっぽを振る。 
 ジュリだけが、まだピンと来ないのか紫の瞳でじっとエレナを見つめるのだった。
 
 
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