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6. 新たな出会いと老婆心
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朝早い時間の調理場は忙しい。
慌ただしく調理を進める男たちの中に小さな少女の姿がある。
ライリー・テイラー、この男爵家の娘でありながら調理人たちに交じりながら邪魔にならないよう片隅で作業をしている。
「お嬢、今日も弁当ってのを作ってるんですか?なんか前より、色合いがいいですねぇ」
「うん、素材は変えられないけど色合いで工夫したり、調理を工夫して、味も見た目も華やかにしたいなって」
「へぇ、……お嬢、変わりましたねぇ」
「やっぱり、お金を貰うんだもの。ちゃんとしないとね」
そう答えるライリーの顔は嬉しそうである。
料理人のジョンにも覚えがある。自分の料理を食べて喜んでくれる人がいる。その事で自信が付き、意識も変わるのだ。
だが、ライリーの変化はそれだけではないとジョンは思っている。
「ですが、ライリーお嬢様の腕は確かなものです」
そう言ったのは料理長のジョセフだ。
ライリーは調理場に現れるようになって、この屋敷の料理は変化していった。野菜くずで出汁をとることもライリーに習った。けっして裕福ではない男爵家において、様々な知識が役立ったのだ。
「ライリーお嬢様の成果だと公言出来ないのが心苦しくてなりません」
「そうですねぇ、今まで努力してきた結果を旦那様たちも知らないんですから」
そんな2人の言葉にライリーは顔を赤くする。
「良いのよ!勉強になったし!わ、私はもう行くからね!」
そう言って足早に駆けていく姿は貴族令嬢らしくはない。だが、幼い頃からその成長を見守っている調理場の者達は笑いながら見送る。
貴族令嬢としては規格外だが、使用人にも優しく目を配る。この家で出される料理にもライリーの知恵が生かされているのだ。
テイラー男爵家の料理は話題になり、この家で会食を開く機会も多い。それはこの家でいないかのように扱われているライリーの成果だ。
彼女の努力が報われてほしいと調理場の面々は陰ながら願っていた。
*****
前世の記憶を持つライリーにとって、授業の時間は意外にも楽しいものである。学生時代、あんなに憂鬱であったものが大人になると新鮮に映る。前世の記憶を持っているライリーとしては興味深く、その結果成績も上々である。
だが、やはり学生たちはあまり熱心ではない。その理由は授業内容にもある。
きっちりと髪を結い上げた女性の教師が語る内容は、「労働とその見返り」だ。
だが、生徒のほとんどが関心を示さない。それもそのはず、彼らは貴族である自分達に労働は関係ないと思っているのだ。
「働くとは肉体労働ばかりではありません。皆さんにも関係が出てくることです」
卒業後は領地を経営する者や政に関わる者、女子であれば結婚し、家の中の采配を任される。
「働くことはそれで金銭を稼ぐことだけではありません。誰かがあなた達を支え、誰かがあなた達のために動いている。今後、人の上に立つであろうあなた方だからこそ、働いてくれる人々の価値や尊さを忘れて欲しくはないのです……これは老婆心ですね」
「ろうばしん?…知ってらっしゃる?」
「わかりませんわ」
だが、ライリーには聞き覚えのある言葉だ。教壇に立つ教師に対し、ライリーはある疑問が浮かぶ。
そのとき、チャイムが鳴り、教師が号令をかけ、授業が終了する。教室を出ていく教師をライリーは追いかけ、呼び止めた。
「先生!ベネット先生、あの少しよろしいでしょうか!」
呼び止められた教師が振り向く。その表情は読み取ることが出来ない。
ライリーは何から話せばいいのか迷う。突然、「あなたは転生者か?」などと聞く訳にもいかないだろう。
「せ、先生は、どこの国の方ですか?」
「……どういう意味ですか?私はこの国で暮らしていますよ?」
「えっと……」
ライリーが言いよどむとベネット教師は背中を向けて歩き出そうとするため、慌ててライリーは授業を受けた感想を口にする。
「あ、あの!先程の授業、興味深いものでした!私、学園を出たら働きたくって、それで!」
「急いでいるので、今これ以上は話せません」
「す、すみません」
「そういう意味ではありません。……今度、時間のある時に話しましょう」
「はい!ありがとうございます!」
そう言って去っていく後ろ姿はすくっとしていて美しい。けっして華美ではないが清潔で凛とした姿、大人としてそして働く女性としてライリーの目には好もしく映った。
*****
弁当箱を2つ持って、ガゼボに向かう途中でライリーは気付く。
今日、クリスティーナは用事があり、時間がとれないので弁当は不要だと言っていた。2つ弁当を作るのが毎日の習慣となり、つい忘れて作ってしまったのだ。
ライリーの胸にどこか寂しさがよぎる。
今までは1人でいる事に疑問は持たなかった。家族の中で学園でたとえ1人であっても将来のことを考える時間になったし、貴族の習慣に馴染めなくとも仕方がないと思っていた。
モブである自分がどうあろうと、周りの人間には関係がない。モブに生まれた時点で、この世界の中で自分は小さな存在なのだ。
そんな考えがいつの間にか、ライリーの中で出来上がっていた。
だが、クリスティーナと出会って、意識が変わった。
ゲーム上のクリスティーナは常に冷淡で厳しい態度でプレイヤーに接する。ライバル令嬢であることも大きいが、プレイヤーであるエイミーは貴族としての知識に乏しい。王太子やその他の高位の人物に親しくしているにもかかわらずだ。
そんなエイミーに対し、毅然と間違いを正しく告げられる性格は冷淡というよりも大きな失敗に繋がる前に指摘してくれたとも考えられる。学園を出て、急にそれを変えるというのは難しいのだから。
何よりライリーが接したクリスティーナはゲーム上で知っていた人柄とまるで違うものであった。公爵令嬢として常に毅然とそして上品でありながら、ライリーと昼食を共にしているときは年頃の女の子らしい笑みを見せてくれるようになった。
まだ10代の少女が大きなプレッシャーを抱えながら、1人戦ってきたのだと思うと 前世の記憶を持つライリーは胸が締め付けられる思いだ。
クリスティーナがいないことに寂しさを感じる自分にライリーはどこか嬉しさも感じる。そんな感覚を今まで忘れていた。
ライリーは心のどこかでこの世界はゲームの中の世界、自分はモブでしかないと思いながら生きてきた。実際、調理場の人々と以外とは距離を置いている。
だが、ゲーム上とは異なるクリスティーナ、そしてモブなのに彼女とかかわりを持っている自分。
想像していない出来事に、自分が先入観で決めて動いてきたのではと今、ライリーは思うのであった。
ガゼボに1人で行く気にはなれず、今まで使っていた中庭へと向かう。
だが、中庭には先客がいた。
1人の少女がこちらに背中を向けている。小さくしゃくる声、その肩が震えている事からも泣いているのがわかる。
こんな人気のない場所にいるのだ。誰にも泣く姿を見られたくなかったのだろう。そっと、ライリーは踵を返し、中庭を去ろうとする。
だが、踏んだ場所が悪かったのか、カサッと小さな音が立ってしまう。
「誰!」
驚きで少女が上げた声に、ついライリーは振り返る。
少女の顔はライリーも良く見知ったものだ。
「あ、……ヒロインちゃん?」
こちらを少し怒ったような表情で見つめる少女の瞳や頬は涙で濡れている。エイミーがそこまで泣くようなイベントがあっただろうかと考えたライリーは、その考えをすぐ改める。
そういった思い込みが実際のその人を見誤る要因となるのだ。
見られたくない姿だっただろうと再びライリーは背中を向けようとする。
「ごめんね、私、行くし!誰にも言わないから!」
「待って!」
ライリーの右腕をぐいとエイミーが自身に引き寄せる。
「あなた、今、私をヒロインって呼んだよね?」
つい先ほどまで泣いていたとは思えないほど、真剣な眼差しでエイミーはライリーに詰め寄る。その表情はライリーが今まで見てきたエイミーとは異なるものだ。その瞳もライリーの腕を掴む手の強さも必死さがあり、助けを求め縋るようでもある。
遠くの方で学生たちの声が響く。
エイミーを振りほどくことも突き放す事も出来ず、ライリーはどこまで彼女に打ち明けて良いものか悩むのであった。
慌ただしく調理を進める男たちの中に小さな少女の姿がある。
ライリー・テイラー、この男爵家の娘でありながら調理人たちに交じりながら邪魔にならないよう片隅で作業をしている。
「お嬢、今日も弁当ってのを作ってるんですか?なんか前より、色合いがいいですねぇ」
「うん、素材は変えられないけど色合いで工夫したり、調理を工夫して、味も見た目も華やかにしたいなって」
「へぇ、……お嬢、変わりましたねぇ」
「やっぱり、お金を貰うんだもの。ちゃんとしないとね」
そう答えるライリーの顔は嬉しそうである。
料理人のジョンにも覚えがある。自分の料理を食べて喜んでくれる人がいる。その事で自信が付き、意識も変わるのだ。
だが、ライリーの変化はそれだけではないとジョンは思っている。
「ですが、ライリーお嬢様の腕は確かなものです」
そう言ったのは料理長のジョセフだ。
ライリーは調理場に現れるようになって、この屋敷の料理は変化していった。野菜くずで出汁をとることもライリーに習った。けっして裕福ではない男爵家において、様々な知識が役立ったのだ。
「ライリーお嬢様の成果だと公言出来ないのが心苦しくてなりません」
「そうですねぇ、今まで努力してきた結果を旦那様たちも知らないんですから」
そんな2人の言葉にライリーは顔を赤くする。
「良いのよ!勉強になったし!わ、私はもう行くからね!」
そう言って足早に駆けていく姿は貴族令嬢らしくはない。だが、幼い頃からその成長を見守っている調理場の者達は笑いながら見送る。
貴族令嬢としては規格外だが、使用人にも優しく目を配る。この家で出される料理にもライリーの知恵が生かされているのだ。
テイラー男爵家の料理は話題になり、この家で会食を開く機会も多い。それはこの家でいないかのように扱われているライリーの成果だ。
彼女の努力が報われてほしいと調理場の面々は陰ながら願っていた。
*****
前世の記憶を持つライリーにとって、授業の時間は意外にも楽しいものである。学生時代、あんなに憂鬱であったものが大人になると新鮮に映る。前世の記憶を持っているライリーとしては興味深く、その結果成績も上々である。
だが、やはり学生たちはあまり熱心ではない。その理由は授業内容にもある。
きっちりと髪を結い上げた女性の教師が語る内容は、「労働とその見返り」だ。
だが、生徒のほとんどが関心を示さない。それもそのはず、彼らは貴族である自分達に労働は関係ないと思っているのだ。
「働くとは肉体労働ばかりではありません。皆さんにも関係が出てくることです」
卒業後は領地を経営する者や政に関わる者、女子であれば結婚し、家の中の采配を任される。
「働くことはそれで金銭を稼ぐことだけではありません。誰かがあなた達を支え、誰かがあなた達のために動いている。今後、人の上に立つであろうあなた方だからこそ、働いてくれる人々の価値や尊さを忘れて欲しくはないのです……これは老婆心ですね」
「ろうばしん?…知ってらっしゃる?」
「わかりませんわ」
だが、ライリーには聞き覚えのある言葉だ。教壇に立つ教師に対し、ライリーはある疑問が浮かぶ。
そのとき、チャイムが鳴り、教師が号令をかけ、授業が終了する。教室を出ていく教師をライリーは追いかけ、呼び止めた。
「先生!ベネット先生、あの少しよろしいでしょうか!」
呼び止められた教師が振り向く。その表情は読み取ることが出来ない。
ライリーは何から話せばいいのか迷う。突然、「あなたは転生者か?」などと聞く訳にもいかないだろう。
「せ、先生は、どこの国の方ですか?」
「……どういう意味ですか?私はこの国で暮らしていますよ?」
「えっと……」
ライリーが言いよどむとベネット教師は背中を向けて歩き出そうとするため、慌ててライリーは授業を受けた感想を口にする。
「あ、あの!先程の授業、興味深いものでした!私、学園を出たら働きたくって、それで!」
「急いでいるので、今これ以上は話せません」
「す、すみません」
「そういう意味ではありません。……今度、時間のある時に話しましょう」
「はい!ありがとうございます!」
そう言って去っていく後ろ姿はすくっとしていて美しい。けっして華美ではないが清潔で凛とした姿、大人としてそして働く女性としてライリーの目には好もしく映った。
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弁当箱を2つ持って、ガゼボに向かう途中でライリーは気付く。
今日、クリスティーナは用事があり、時間がとれないので弁当は不要だと言っていた。2つ弁当を作るのが毎日の習慣となり、つい忘れて作ってしまったのだ。
ライリーの胸にどこか寂しさがよぎる。
今までは1人でいる事に疑問は持たなかった。家族の中で学園でたとえ1人であっても将来のことを考える時間になったし、貴族の習慣に馴染めなくとも仕方がないと思っていた。
モブである自分がどうあろうと、周りの人間には関係がない。モブに生まれた時点で、この世界の中で自分は小さな存在なのだ。
そんな考えがいつの間にか、ライリーの中で出来上がっていた。
だが、クリスティーナと出会って、意識が変わった。
ゲーム上のクリスティーナは常に冷淡で厳しい態度でプレイヤーに接する。ライバル令嬢であることも大きいが、プレイヤーであるエイミーは貴族としての知識に乏しい。王太子やその他の高位の人物に親しくしているにもかかわらずだ。
そんなエイミーに対し、毅然と間違いを正しく告げられる性格は冷淡というよりも大きな失敗に繋がる前に指摘してくれたとも考えられる。学園を出て、急にそれを変えるというのは難しいのだから。
何よりライリーが接したクリスティーナはゲーム上で知っていた人柄とまるで違うものであった。公爵令嬢として常に毅然とそして上品でありながら、ライリーと昼食を共にしているときは年頃の女の子らしい笑みを見せてくれるようになった。
まだ10代の少女が大きなプレッシャーを抱えながら、1人戦ってきたのだと思うと 前世の記憶を持つライリーは胸が締め付けられる思いだ。
クリスティーナがいないことに寂しさを感じる自分にライリーはどこか嬉しさも感じる。そんな感覚を今まで忘れていた。
ライリーは心のどこかでこの世界はゲームの中の世界、自分はモブでしかないと思いながら生きてきた。実際、調理場の人々と以外とは距離を置いている。
だが、ゲーム上とは異なるクリスティーナ、そしてモブなのに彼女とかかわりを持っている自分。
想像していない出来事に、自分が先入観で決めて動いてきたのではと今、ライリーは思うのであった。
ガゼボに1人で行く気にはなれず、今まで使っていた中庭へと向かう。
だが、中庭には先客がいた。
1人の少女がこちらに背中を向けている。小さくしゃくる声、その肩が震えている事からも泣いているのがわかる。
こんな人気のない場所にいるのだ。誰にも泣く姿を見られたくなかったのだろう。そっと、ライリーは踵を返し、中庭を去ろうとする。
だが、踏んだ場所が悪かったのか、カサッと小さな音が立ってしまう。
「誰!」
驚きで少女が上げた声に、ついライリーは振り返る。
少女の顔はライリーも良く見知ったものだ。
「あ、……ヒロインちゃん?」
こちらを少し怒ったような表情で見つめる少女の瞳や頬は涙で濡れている。エイミーがそこまで泣くようなイベントがあっただろうかと考えたライリーは、その考えをすぐ改める。
そういった思い込みが実際のその人を見誤る要因となるのだ。
見られたくない姿だっただろうと再びライリーは背中を向けようとする。
「ごめんね、私、行くし!誰にも言わないから!」
「待って!」
ライリーの右腕をぐいとエイミーが自身に引き寄せる。
「あなた、今、私をヒロインって呼んだよね?」
つい先ほどまで泣いていたとは思えないほど、真剣な眼差しでエイミーはライリーに詰め寄る。その表情はライリーが今まで見てきたエイミーとは異なるものだ。その瞳もライリーの腕を掴む手の強さも必死さがあり、助けを求め縋るようでもある。
遠くの方で学生たちの声が響く。
エイミーを振りほどくことも突き放す事も出来ず、ライリーはどこまで彼女に打ち明けて良いものか悩むのであった。
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