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【37-29】
①
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家に着いた時、時計は8時をまわっていた。
玄関扉に手を掛けながら隣りの家の二階の窓を見上げるが、デスクライトは灯っていないようだった。
「ただいま」
鍵は掛かっていなかった。匂いとぬくもりのような空気感で、家の中が無人では無いのは分かった。一応呟いたが、その人ならおそらくキッチンのあの場所にいるだろうから、ここからでは耳に届かないだろう。
靴を脱ぎリビングに進むと、やはりキッチンの換気扇の下で煙草を燻らす父の姿があった。
「おかえり」
「ただいま。おかえり」
「ただいま」
片道900mの登下校と、直線距離900km先からのドライバーの帰還の挨拶を、互いに端的に済ませた。
いつもの癖でテレビのリモコンに手を伸ばす。少し迷うが、父が居るとて沈黙の時間はさほど変わらないだろうと、私はニュースチャンネルを選局した。
「……あのさ」
「ん?」
視線をテレビに向けたまま、父に話し掛ける。肺に煙を吸いきるのを待って、私は続けた。
「着替えてくるから。その後、少しいい?」
「ああ」
無駄のない返答は、無駄にしかならない煙とともに吐き出された。
こうして父は帰ってくる。
何事も無かったように。
九州の積み荷は大雨災害の道路寸断を食らって、大幅に運行が遅延した。結局帰宅が何日も遅れた父だったが、現地滞在中に支援物資の輸送の仕事を受注できたそうで、結局九州中を目いっぱい縦断したようだった。
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