プレゼント・タイム

床田とこ

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 台風一過。

 あの日は朝からの大雨を降らせた雨雲を強風が東へ押し流して、空には青空が広がっていた。

 園庭にできた大きな水たまりのせいで外では遊べなかったが、お母さんがお迎えに来てくれた午後には、二人で並んで歩く道路は随分と乾いていた。
 台風の尻尾がたまに吹かす突風が厄介で、お母さんは私が吹き飛ばないようにぎゅっと手をつないでくれていた。
「お母さん、あのね」
 お母さんに伝えたい幼稚園での出来事は、その日も山ほどあった。踊り舞う髪を気にしながら、二人で駅の前を抜けた。

 進む方向と私を交互に気にしながら、お母さんが私の話に「そうだね」と優しい相槌を打つ。少し曇った表情のお母さんを元気付けたい気持ちもあって、私は園での楽しかった出来事を力いっぱいお話した。



 警報音が鳴り渡れない踏切の遮断棒が降り始めていたのを、私は全く気付かなかったようだ。話すことに夢中で、立ち止まるように引かれたお母さんの手の意味も分からず、お母さんの方を見上げた時に吹いた突風に、被っていた黄色い帽子が飛ばされたことに酷く驚いてしまった。

「あ!……」

 手をあげて頭を抑えようとしたが間に合わず、ふわっと浮いた私の黄色い帽子は、踏切のちょうど真ん中に落ちた。
 お母さんも自分が被っていたつばの広い帽子が飛ばされそうになって、きつく繋いでいた私の手を一時離した。自分の頭に手を置き、思わず瞑ってしまった目を開けた時、お母さんは声にならない短い悲鳴をあげた。

 衝動的な動きだったそうだ。
 平行に伸びる二本のレールに抹消線を入れるように、両手を伸ばした私が下がりきった遮断棒をくぐって帽子を取りに走りだしていた。

「……アイ!」

 帽子を拾い振り返ると、さっきの私みたいに両手を目いっぱい伸ばして私を抱き締めに来るように、お母さんが私に向かって駆けてきていた。

 決まったリズムで明滅する赤いランプ。
 同じタイミングでけたたましく響く警報音。
 そして必死の形相で私を目指して走る、お母さん。

 だめ、間に合わない。
 お母さんのそんな口の動きが見えた。

 お母さんに抱いてもらおうとその胸に飛び込もうとした瞬間、私はお母さんに両手で突き飛ばされた。踏切の真ん中から弾かれた私は、顔を上げてお母さんを探す。

 踏切の真ん中、遮断棒に閉じ込められたお母さんが、そこにいた。
 



 ◇
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