29 / 97
【5ー1】
③
しおりを挟む
まだ騒がしい校舎の雑音を背に校門を出て、今日は右方向に折れた。いつものように左の並木道を行くと後から走ってくる蓮太に追いつかれそうで、初めて右の最寄り駅の方に下校路を選ぶ。
夏になりかけの湿り気の風が、先にある駅の方からゆらゆらと吹いてきた。これを「薫風」と呼び好んで使ったのは、どの文豪だったか。
川端? 谷崎? 否、正岡子規だったかも。鞄に教科書があるなあ。
検証……今日は、いいかな。
結論先送り、というかちょっとどうでもいい。
校門から走り出てくる下校の生徒が増えてきた。「やべえ! 急げ!」と、私を追い越していく。
この時間、五分後の下り線に間に合えば幸運。これを逃すと25分待ちらしくて、放課後に駅方面へ駆けていく電車通学の帰宅部員の姿は、我が校の伝統のようだった。テスト期間中は、その人数がいつもより多くなる。
駅が近くなり、薫風とやらに乗って踏切の警報音が聞こえてきた。決まったリズムで鳴る甲高くて耳障りな音は、どんな季節感も無視してとても無機質に響く。
駅の近くにある踏切は、学校側からはそれを渡らないとホーム側に行けない構造になっていて、この警報音をこちら側で聞いた生徒は、総じて「間に合わなかった」ということだ。
「あー!」とか「くっそー!」とか、無駄なエネルギーを使って息を切らした何人かの生徒が、膝に手をついて悔しがっている。
私は色んな意味で『そっち側』の人間ではないから、それは初めて見る光景だった。
否。
初めてじゃない。
初めてじゃなかった。
私は、この踏切をよく知っている。
「あれ、アイちゃん?」
夏になりかけの湿り気の風が、先にある駅の方からゆらゆらと吹いてきた。これを「薫風」と呼び好んで使ったのは、どの文豪だったか。
川端? 谷崎? 否、正岡子規だったかも。鞄に教科書があるなあ。
検証……今日は、いいかな。
結論先送り、というかちょっとどうでもいい。
校門から走り出てくる下校の生徒が増えてきた。「やべえ! 急げ!」と、私を追い越していく。
この時間、五分後の下り線に間に合えば幸運。これを逃すと25分待ちらしくて、放課後に駅方面へ駆けていく電車通学の帰宅部員の姿は、我が校の伝統のようだった。テスト期間中は、その人数がいつもより多くなる。
駅が近くなり、薫風とやらに乗って踏切の警報音が聞こえてきた。決まったリズムで鳴る甲高くて耳障りな音は、どんな季節感も無視してとても無機質に響く。
駅の近くにある踏切は、学校側からはそれを渡らないとホーム側に行けない構造になっていて、この警報音をこちら側で聞いた生徒は、総じて「間に合わなかった」ということだ。
「あー!」とか「くっそー!」とか、無駄なエネルギーを使って息を切らした何人かの生徒が、膝に手をついて悔しがっている。
私は色んな意味で『そっち側』の人間ではないから、それは初めて見る光景だった。
否。
初めてじゃない。
初めてじゃなかった。
私は、この踏切をよく知っている。
「あれ、アイちゃん?」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。


【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる