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執事のギル
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倒れた奴隷を布に包み、屋敷の仲間が待つ森へと走る。
我が主人の少年趣味はもう何年も前から知っていた。本人は気付いていないと思っているが、人気のない森に通う姿を見ていれば嫌でも後を付けたくなってしまうし、身寄りのない子供を保護するためにと森に何かを作っていたことは知っている。しかしそれが少年たちが集う異様な森の中の小さな屋敷だとは思いもよらなかった。
はじめは悪夢かと思った。しかし幼少期から変に思っていたやけに過剰なスキンシップや、私が成長し主人の背丈をゆうに抜かしてしまった頃から途端に興味を失ったように顔つきが変わってしまったことを思えば何もかもに納得がいく。今では森の中の少年でしか癒やしを得ることができない主人を不憫に思い、これまで森の存在を隠していたというのに、それは成人祝いを終えた主人の私室で起きてしまった。
私も主人と共にその昔話を何度も聞かされたことがあった。そして、それに主人が影響されてあのような森を作ってしまったことも容易に想像がつく。しかしこれはなんだ。私を味方につけようとしたのか開き直ったのか、あろうことかこの主人は私に次に森に入る少年、しかも奴隷の少年を連れて来いとぬかしたのだ。怒りに震えるあまり言葉が出ない私の目の前には、もう主人の姿はなかった。
そして泣く泣く初めて奴隷市に出向き、主人の条件に合いそうなこの奴隷の少年を奇跡的に見つけ出してしまった。己の才能が恐ろしい。何も言葉を発することはなかったが、顔にある痣がやけに記憶に残るこの少年奴隷は眠たいのかいつも目を細めてはうとうととしていた。きっと痣のせいで買い手もいないのだろう、どこか冷え切った目をしていつも奴隷商の隣に顔面の基準としてそこにいた。その素っ気なさがどこか猫のように思えてきて思わず呼んでしまったが、もし主人が気に召さなければペットとして推薦しようと馬鹿げた考えまで浮かんでしまうほどだ。
他にも見た目はいい奴隷はいたが、近寄ってみると商人同様やけに甘えた声で媚びる素振りを見せる者達ばかりだった。時には怪しげな檻に引きずられそうになることもあったが、顔に唾を吐いて止めさせたこともあった。しかしこの世にはそんな奴隷を欲しがる者達が主人を含め大勢いる、私にはそのことが理解できなかった。
しかし、需要があるからこそこうして夜な夜な市が開かれている。
「お兄さん、どうだい?いいのがいるよ。」
「結構だ。」
こうしてはいられない、早くあの猫を連れ出さなくては。ただ、連れ去るにしても常に奴隷は鎖に繋がれている。鎖が外されるときは商人が客と交渉に行くときか、用を足すとき、店じまいの時だ。
そしてついに時は来た。私は慌ててしまい、思わず少年の頭を軽くはたいて布にくるんでしまった。
「お前にしては遅かったな。」
ああ、無事に主人が待つ森へと地図を片手に到着してしまった。
長年この場に仕える物言わぬ森番に、横抱きにした包みを手渡そうとしたところを主人は片手で奪い取り、まるでプレゼントでも開けるかのようにすぐに布を剥いで哀れな彼の姿を露わにした。そしてしきりに匂いを嗅いだ後、彼の顔の左側に広がる大きな痣に息を呑む。しまった、先に痣のことを伝えなくては。
「ご主人様、この痣ですが…。」
「ギル!でかしたぞ!ああ、なんて美しいんだ。生まれつきなのだろうかこれは、目を覆うように、しかし鼻には到達しいていないこのなんともいえない広がり…。赤黒い色がもとの肌との違いを美しく表している。どうやら大事に育てられたようだな、売られた形跡もない。傷一つとしてないんだぞ。こんな少年がこの世に存在したのか、初めて見たぞこんな痣!そして筋肉は愚か脂肪さえついていないこのスマートな体つき、軽い!この腕も折れてしまいそうなほど細いではないか!髪色は恐らく漆黒だな、目の色は…どれ、緑だ、翡翠の色だな。ああ、この小さな耳のなんと可愛らしいこと!知ってるか?耳はそんなに大きくならないんだぞ?今にも食べてしまいたい、ああ!屋敷中の耳を並べるのも良さそうだ、今度催そう。言葉は発することができるのか?おい、ギル!聞いているのか?」
「はあ。」
はたから見れば彼は顔の痣意外なんの変哲もない小汚い奴隷にしかみえないが、主人はたいそう彼を気に入った様子だった。並べられた恐ろしく気色の悪い言葉の数々は聞かなかったことにしておこう。
「言葉は話すことができるのか?」
「いえ、私が話しかけても声は発しませんでした。しかし顔色が変わるので言葉の意味はわかるのかと…。」
「そうかそうか、それならうんと躾けてやらないといけないな。ああ今から楽しみだ!」
人が変わり、まるで悪魔にでも取りつかれたかのような主人に森番は慣れているのか、冷ややかな目をして何やら主人に耳打ちをする。
「ああ、そうだな。忘れていた。おいギル!まずはこの少年を連帰り、念入りに綺麗にするぞ!」
「はい?」
なんのために人の目を気にしてこの少年をここまで運んだのか、それは今日からここに住まわす為ではなかったのか。そう口にしようとすると主人はげらげらと笑い出した。
「こんなみすぼらしい姿でここに入れるわけがないだろう。ギル、もう道は覚えたな?」
そしてその言葉に嫌な予感がした。
「これから私にもここに通えと?」
「そういうことだ!察しがいいな、さすがは俺の執事だ。」
行きは徒歩でやってきたというのに、帰りはちゃっかり手配されていた馬車で優雅に帰った。それほどまでにこの森は異様に奥まった場所にあり、徒歩で通うにはとてつもなく時間と体力が消耗される。まるでどこかの牢獄だ。そんなことを考えながら、気付けばそこは寝室に変わっており私は彼の髪を丁寧に梳かしていた。主人に手渡されたやけに柔らかいブラシで。
浴室から出てきた少年は不気味なほど目覚めない。そんなに強くはたいたつもりはないはずと心配になり主人に尋ねると、あろうことか眠り薬を飲ませたという。
「あなたは一体、何がしたいんですか!」
「おい、静かにしろ。起きるだろう。いいか、これは俺のロマンなんだ。」
そして主人が長々と語った内容をまとめると、こうだ。寝ている間に綺麗になった少年を鏡に映し、その驚くさまや喜ぶさまを間近で見てみたい。こんなどうでもいい要求に付き合わされるこの奴隷を哀れと思うと同時に、今日まであの小さな屋敷にいる奴隷全員にそれをしたというのだから驚きだ。
「まず鏡なんて見たことないやつがほとんどだから、本当に純粋に素直に驚くんだなあ少年たちは…。まあ鏡を見た奴もそうでない奴も、まずはこの匂いに驚いて綺麗に磨かれた手足を見て悲鳴をあげるんだ。」
その悲鳴さえも、この不憫な主人の前では甘い声でしかないというのだから驚きだ。性癖とは恐ろしい。主人の静止が入り、少年の体をベッドへと運ぶ。主人もさも当然というかのようにその隣へと横たわり、すんすんと少年の匂いを嗅いでいる。
それでは私はこれで、と言い扉を出ようとした時のことだった。
何かが息を呑む音がした。
「お目覚めかい?少年。」
私は決して後ろを振り返らないことを誓い、私室に向かって駆け出した。
朝がやってきた。私は身なりを整えると、主人の寝室の扉をノックした。
主人はいつものように出てきた、背後を確認したが昨日連れてきたはずの少年の姿はもうなかった。
「あいつを探しているのか?」
「いえ、」
「ここだ。」
バスローブを開けた主人の胸元からひょっこりと顔を出したそれは、あくびをしながら尻をぼりぼり掻いている。
「だれ?」
「執事のギルだ。お前をここに連れてきたやつだ。」
「ああ、なるほど。」
そう返事をして少年はまた瞼を閉じてしまう。主人が声を掛けても、眠いのか首を横に振る。初めて耳にしたその少年の声は、やけに落ち着いたものだった。
「不思議だろう?昨晩目を開けてからも、何も動じないんだ。」
「ええ、そのようですね。」
小汚かったあの少年は驚くほど整った顔付きをしていた。漆黒の髪はあくびをするたびにさらさらと揺れ、細められた瞼からのぞくその翡翠の瞳は宝石のように澄んでいた。痣がない部分の肌は傷一つなく花弁のように柔らかな白だった。
「で、俺はこれからどうなるの?」
我が主人の少年趣味はもう何年も前から知っていた。本人は気付いていないと思っているが、人気のない森に通う姿を見ていれば嫌でも後を付けたくなってしまうし、身寄りのない子供を保護するためにと森に何かを作っていたことは知っている。しかしそれが少年たちが集う異様な森の中の小さな屋敷だとは思いもよらなかった。
はじめは悪夢かと思った。しかし幼少期から変に思っていたやけに過剰なスキンシップや、私が成長し主人の背丈をゆうに抜かしてしまった頃から途端に興味を失ったように顔つきが変わってしまったことを思えば何もかもに納得がいく。今では森の中の少年でしか癒やしを得ることができない主人を不憫に思い、これまで森の存在を隠していたというのに、それは成人祝いを終えた主人の私室で起きてしまった。
私も主人と共にその昔話を何度も聞かされたことがあった。そして、それに主人が影響されてあのような森を作ってしまったことも容易に想像がつく。しかしこれはなんだ。私を味方につけようとしたのか開き直ったのか、あろうことかこの主人は私に次に森に入る少年、しかも奴隷の少年を連れて来いとぬかしたのだ。怒りに震えるあまり言葉が出ない私の目の前には、もう主人の姿はなかった。
そして泣く泣く初めて奴隷市に出向き、主人の条件に合いそうなこの奴隷の少年を奇跡的に見つけ出してしまった。己の才能が恐ろしい。何も言葉を発することはなかったが、顔にある痣がやけに記憶に残るこの少年奴隷は眠たいのかいつも目を細めてはうとうととしていた。きっと痣のせいで買い手もいないのだろう、どこか冷え切った目をしていつも奴隷商の隣に顔面の基準としてそこにいた。その素っ気なさがどこか猫のように思えてきて思わず呼んでしまったが、もし主人が気に召さなければペットとして推薦しようと馬鹿げた考えまで浮かんでしまうほどだ。
他にも見た目はいい奴隷はいたが、近寄ってみると商人同様やけに甘えた声で媚びる素振りを見せる者達ばかりだった。時には怪しげな檻に引きずられそうになることもあったが、顔に唾を吐いて止めさせたこともあった。しかしこの世にはそんな奴隷を欲しがる者達が主人を含め大勢いる、私にはそのことが理解できなかった。
しかし、需要があるからこそこうして夜な夜な市が開かれている。
「お兄さん、どうだい?いいのがいるよ。」
「結構だ。」
こうしてはいられない、早くあの猫を連れ出さなくては。ただ、連れ去るにしても常に奴隷は鎖に繋がれている。鎖が外されるときは商人が客と交渉に行くときか、用を足すとき、店じまいの時だ。
そしてついに時は来た。私は慌ててしまい、思わず少年の頭を軽くはたいて布にくるんでしまった。
「お前にしては遅かったな。」
ああ、無事に主人が待つ森へと地図を片手に到着してしまった。
長年この場に仕える物言わぬ森番に、横抱きにした包みを手渡そうとしたところを主人は片手で奪い取り、まるでプレゼントでも開けるかのようにすぐに布を剥いで哀れな彼の姿を露わにした。そしてしきりに匂いを嗅いだ後、彼の顔の左側に広がる大きな痣に息を呑む。しまった、先に痣のことを伝えなくては。
「ご主人様、この痣ですが…。」
「ギル!でかしたぞ!ああ、なんて美しいんだ。生まれつきなのだろうかこれは、目を覆うように、しかし鼻には到達しいていないこのなんともいえない広がり…。赤黒い色がもとの肌との違いを美しく表している。どうやら大事に育てられたようだな、売られた形跡もない。傷一つとしてないんだぞ。こんな少年がこの世に存在したのか、初めて見たぞこんな痣!そして筋肉は愚か脂肪さえついていないこのスマートな体つき、軽い!この腕も折れてしまいそうなほど細いではないか!髪色は恐らく漆黒だな、目の色は…どれ、緑だ、翡翠の色だな。ああ、この小さな耳のなんと可愛らしいこと!知ってるか?耳はそんなに大きくならないんだぞ?今にも食べてしまいたい、ああ!屋敷中の耳を並べるのも良さそうだ、今度催そう。言葉は発することができるのか?おい、ギル!聞いているのか?」
「はあ。」
はたから見れば彼は顔の痣意外なんの変哲もない小汚い奴隷にしかみえないが、主人はたいそう彼を気に入った様子だった。並べられた恐ろしく気色の悪い言葉の数々は聞かなかったことにしておこう。
「言葉は話すことができるのか?」
「いえ、私が話しかけても声は発しませんでした。しかし顔色が変わるので言葉の意味はわかるのかと…。」
「そうかそうか、それならうんと躾けてやらないといけないな。ああ今から楽しみだ!」
人が変わり、まるで悪魔にでも取りつかれたかのような主人に森番は慣れているのか、冷ややかな目をして何やら主人に耳打ちをする。
「ああ、そうだな。忘れていた。おいギル!まずはこの少年を連帰り、念入りに綺麗にするぞ!」
「はい?」
なんのために人の目を気にしてこの少年をここまで運んだのか、それは今日からここに住まわす為ではなかったのか。そう口にしようとすると主人はげらげらと笑い出した。
「こんなみすぼらしい姿でここに入れるわけがないだろう。ギル、もう道は覚えたな?」
そしてその言葉に嫌な予感がした。
「これから私にもここに通えと?」
「そういうことだ!察しがいいな、さすがは俺の執事だ。」
行きは徒歩でやってきたというのに、帰りはちゃっかり手配されていた馬車で優雅に帰った。それほどまでにこの森は異様に奥まった場所にあり、徒歩で通うにはとてつもなく時間と体力が消耗される。まるでどこかの牢獄だ。そんなことを考えながら、気付けばそこは寝室に変わっており私は彼の髪を丁寧に梳かしていた。主人に手渡されたやけに柔らかいブラシで。
浴室から出てきた少年は不気味なほど目覚めない。そんなに強くはたいたつもりはないはずと心配になり主人に尋ねると、あろうことか眠り薬を飲ませたという。
「あなたは一体、何がしたいんですか!」
「おい、静かにしろ。起きるだろう。いいか、これは俺のロマンなんだ。」
そして主人が長々と語った内容をまとめると、こうだ。寝ている間に綺麗になった少年を鏡に映し、その驚くさまや喜ぶさまを間近で見てみたい。こんなどうでもいい要求に付き合わされるこの奴隷を哀れと思うと同時に、今日まであの小さな屋敷にいる奴隷全員にそれをしたというのだから驚きだ。
「まず鏡なんて見たことないやつがほとんどだから、本当に純粋に素直に驚くんだなあ少年たちは…。まあ鏡を見た奴もそうでない奴も、まずはこの匂いに驚いて綺麗に磨かれた手足を見て悲鳴をあげるんだ。」
その悲鳴さえも、この不憫な主人の前では甘い声でしかないというのだから驚きだ。性癖とは恐ろしい。主人の静止が入り、少年の体をベッドへと運ぶ。主人もさも当然というかのようにその隣へと横たわり、すんすんと少年の匂いを嗅いでいる。
それでは私はこれで、と言い扉を出ようとした時のことだった。
何かが息を呑む音がした。
「お目覚めかい?少年。」
私は決して後ろを振り返らないことを誓い、私室に向かって駆け出した。
朝がやってきた。私は身なりを整えると、主人の寝室の扉をノックした。
主人はいつものように出てきた、背後を確認したが昨日連れてきたはずの少年の姿はもうなかった。
「あいつを探しているのか?」
「いえ、」
「ここだ。」
バスローブを開けた主人の胸元からひょっこりと顔を出したそれは、あくびをしながら尻をぼりぼり掻いている。
「だれ?」
「執事のギルだ。お前をここに連れてきたやつだ。」
「ああ、なるほど。」
そう返事をして少年はまた瞼を閉じてしまう。主人が声を掛けても、眠いのか首を横に振る。初めて耳にしたその少年の声は、やけに落ち着いたものだった。
「不思議だろう?昨晩目を開けてからも、何も動じないんだ。」
「ええ、そのようですね。」
小汚かったあの少年は驚くほど整った顔付きをしていた。漆黒の髪はあくびをするたびにさらさらと揺れ、細められた瞼からのぞくその翡翠の瞳は宝石のように澄んでいた。痣がない部分の肌は傷一つなく花弁のように柔らかな白だった。
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