8 / 8
小話 わさびが辛くてむせび泣く
しおりを挟む
母が不在の時の夕食は、決まってスーパーで買ったお寿司。それは私が小さな時から決まっていたことで、祖母が生きていた時もお寿司、何かあったらスーパーじゃないほうのお寿司、何かなくてもスーパーのお寿司。私はお寿司が特別好きなわけではないけれど、日本人なら誰もが好きな食べ物がきっとお寿司だと思う。
この日も父がスーパーでお寿司を買ってきてくれた。いつもは母がべらべら喋ってばかりいる我が家の食卓は、お寿司を食べるときだけ静まり返る。
祖父と父と私。もともと寡黙な三人が揃うと、それはまあ静かなものだ。幸い、つけっぱなしのテレビの音が響いて無の状態ではないのだがいつにも増してその光景は異様だ。もくもくとお寿司を平らげて、デザートの果物を冷蔵庫から出す。
「ありがとありがと。」祖父が返事をする。父も早々に食べ終わり、歯を磨きにいってしまった。
今はまだひと時で済むこの状態も、いつかは永遠になってしまうのだろうか。ふと、そんなことを考える。その日母はよそに出かけていただけなのだが、もしも何かが起こって帰らぬ人となってしまったら…。
どこの葬儀会館でやるのかな、喪主は父かな、交友関係の広い母だから一般葬にすると大変そうだな、そもそも連絡先すら私は知らない。一気に不安の波が押し寄せてくる。そしてこの沈黙が永遠に続くのかと思うと恐ろしい。
今日も朝から、料理洗濯掃除と家事を頑張った。
ほしいわけではないけれど、当たり前のように誰も何も言ってくれない。きっと母なら「ありがとう。」「助かった。」と言ってくれるに違いない。そんな言葉も声ももう二度と聞けなくなるのかと考えると、怖くて不安で仕方がない。
「ふへへ。」呑気にテレビを見て笑う入れ歯の祖父を見る。娘亡きあとの祖父はどうなってしまうのだろうか、祖母が亡くなった時は悲しがったが今では呑気にしている。すでに寝室へと向かってしまった父はどうなってしまうのだろうか。定年退職して早2年、掃除や洗濯は辛うじて説明書を読んでこなしているが、料理がてんでできない、酒ばかり飲む。不安で心配で仕方がない。
そんな失礼なことを考えている私はどうだ。いい年して独身、実家に住みついて彼氏もできていない、掃除洗濯料理は辛うじてできる。でもまだまだ人として未熟だ、毎月ぼうっと給与明細を眺めてばかりで、確定申告さえよくわからない。
いつもよりわさびが多く乗ったパックのお寿司を、もくもくと咀嚼する。時折わさびがつんと効いて涙が滲んでくる。それでも父や祖父は何も言わない。そんな私の涙にも気づかない。そんなものだ。
人生なんて、そんなもの。なるようになる時もあるし、ならないようにならない時もある。
「リンゴたべんか?」
「さっき食べたでいいよ。」
私が喪主を務めたら、ぜったい挨拶で泣くと思う。
その時隣で私を支え肩を抱いてくれる素敵な男性がいればいいのに。そんなくだらないことに思いをはせながら、私は涙をティッシュで拭った。
この日も父がスーパーでお寿司を買ってきてくれた。いつもは母がべらべら喋ってばかりいる我が家の食卓は、お寿司を食べるときだけ静まり返る。
祖父と父と私。もともと寡黙な三人が揃うと、それはまあ静かなものだ。幸い、つけっぱなしのテレビの音が響いて無の状態ではないのだがいつにも増してその光景は異様だ。もくもくとお寿司を平らげて、デザートの果物を冷蔵庫から出す。
「ありがとありがと。」祖父が返事をする。父も早々に食べ終わり、歯を磨きにいってしまった。
今はまだひと時で済むこの状態も、いつかは永遠になってしまうのだろうか。ふと、そんなことを考える。その日母はよそに出かけていただけなのだが、もしも何かが起こって帰らぬ人となってしまったら…。
どこの葬儀会館でやるのかな、喪主は父かな、交友関係の広い母だから一般葬にすると大変そうだな、そもそも連絡先すら私は知らない。一気に不安の波が押し寄せてくる。そしてこの沈黙が永遠に続くのかと思うと恐ろしい。
今日も朝から、料理洗濯掃除と家事を頑張った。
ほしいわけではないけれど、当たり前のように誰も何も言ってくれない。きっと母なら「ありがとう。」「助かった。」と言ってくれるに違いない。そんな言葉も声ももう二度と聞けなくなるのかと考えると、怖くて不安で仕方がない。
「ふへへ。」呑気にテレビを見て笑う入れ歯の祖父を見る。娘亡きあとの祖父はどうなってしまうのだろうか、祖母が亡くなった時は悲しがったが今では呑気にしている。すでに寝室へと向かってしまった父はどうなってしまうのだろうか。定年退職して早2年、掃除や洗濯は辛うじて説明書を読んでこなしているが、料理がてんでできない、酒ばかり飲む。不安で心配で仕方がない。
そんな失礼なことを考えている私はどうだ。いい年して独身、実家に住みついて彼氏もできていない、掃除洗濯料理は辛うじてできる。でもまだまだ人として未熟だ、毎月ぼうっと給与明細を眺めてばかりで、確定申告さえよくわからない。
いつもよりわさびが多く乗ったパックのお寿司を、もくもくと咀嚼する。時折わさびがつんと効いて涙が滲んでくる。それでも父や祖父は何も言わない。そんな私の涙にも気づかない。そんなものだ。
人生なんて、そんなもの。なるようになる時もあるし、ならないようにならない時もある。
「リンゴたべんか?」
「さっき食べたでいいよ。」
私が喪主を務めたら、ぜったい挨拶で泣くと思う。
その時隣で私を支え肩を抱いてくれる素敵な男性がいればいいのに。そんなくだらないことに思いをはせながら、私は涙をティッシュで拭った。
0
お気に入りに追加
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
風になった母…
きっこ
エッセイ・ノンフィクション
母との最後の瞬間が訪れました。
思い出すと辛くて悲しいのですが…。
大切な人が旅立った時の悲しみや心の葛藤を
その時の状況と合わせて忠実に描いてみました。
大切な人が旅立った時に…
どのような思いや感じ方をするのだろうか?
と思っている人達の参考になれば幸いです。
Webコンテンツ大賞の戦い方【模索してみよう!】
橘花やよい
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスのWebコンテンツ大賞。
読者投票もあるし、うまく戦いたいですよね。
●応募作、いつから投稿をはじめましょう?
●そもそもどうやったら、読んでもらえるかな?
●参加時の心得は?
といったことを、ゆるふわっと書きます。皆さまも、ゆるふわっと読んでくださいませ。
30日と31日にかけて公開します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
私が場面緘黙症を受け入れるまで
お鮫
エッセイ・ノンフィクション
私が場面緘黙症で大変だったことや、こういうことを思っていたというのをただ話すだけです。もし自分が場面緘黙症だったり、身近にいるかたに、こういう子もいるんだって知ってもらえれば幸いです。もちろん場面緘黙症ってなんぞや、という方ものぞいてみてください。
ほとんど私の体験談をそのまま文字に起こしています。
初めての投稿になります。生暖かく見守りください
読まれない小説はもう卒業! 最後まで読んでもらえる小説の書き方|なぜ続きを読んでもらえないの? 小説の離脱ポイントを分析しました。
宇美
エッセイ・ノンフィクション
私はいままでたくさんのweb小説を読み始めて、途中でつまらなくなって、読むのをやめました。
なぜ読むのをやめてしまったのか…… このエッセイでは、離脱ポイントを分析解説しています。
あなたの執筆に役に立つこと間違いなしです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる