お悔やみ申し上げます

陽花紫

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小話 わさびが辛くてむせび泣く

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 母が不在の時の夕食は、決まってスーパーで買ったお寿司。それは私が小さな時から決まっていたことで、祖母が生きていた時もお寿司、何かあったらスーパーじゃないほうのお寿司、何かなくてもスーパーのお寿司。私はお寿司が特別好きなわけではないけれど、日本人なら誰もが好きな食べ物がきっとお寿司だと思う。

 この日も父がスーパーでお寿司を買ってきてくれた。いつもは母がべらべら喋ってばかりいる我が家の食卓は、お寿司を食べるときだけ静まり返る。

 祖父と父と私。もともと寡黙な三人が揃うと、それはまあ静かなものだ。幸い、つけっぱなしのテレビの音が響いて無の状態ではないのだがいつにも増してその光景は異様だ。もくもくとお寿司を平らげて、デザートの果物を冷蔵庫から出す。
「ありがとありがと。」祖父が返事をする。父も早々に食べ終わり、歯を磨きにいってしまった。

 今はまだひと時で済むこの状態も、いつかは永遠になってしまうのだろうか。ふと、そんなことを考える。その日母はよそに出かけていただけなのだが、もしも何かが起こって帰らぬ人となってしまったら…。

 どこの葬儀会館でやるのかな、喪主は父かな、交友関係の広い母だから一般葬にすると大変そうだな、そもそも連絡先すら私は知らない。一気に不安の波が押し寄せてくる。そしてこの沈黙が永遠に続くのかと思うと恐ろしい。

 今日も朝から、料理洗濯掃除と家事を頑張った。
 ほしいわけではないけれど、当たり前のように誰も何も言ってくれない。きっと母なら「ありがとう。」「助かった。」と言ってくれるに違いない。そんな言葉も声ももう二度と聞けなくなるのかと考えると、怖くて不安で仕方がない。

 「ふへへ。」呑気にテレビを見て笑う入れ歯の祖父を見る。娘亡きあとの祖父はどうなってしまうのだろうか、祖母が亡くなった時は悲しがったが今では呑気にしている。すでに寝室へと向かってしまった父はどうなってしまうのだろうか。定年退職して早2年、掃除や洗濯は辛うじて説明書を読んでこなしているが、料理がてんでできない、酒ばかり飲む。不安で心配で仕方がない。

 そんな失礼なことを考えている私はどうだ。いい年して独身、実家に住みついて彼氏もできていない、掃除洗濯料理は辛うじてできる。でもまだまだ人として未熟だ、毎月ぼうっと給与明細を眺めてばかりで、確定申告さえよくわからない。

 いつもよりわさびが多く乗ったパックのお寿司を、もくもくと咀嚼する。時折わさびがつんと効いて涙が滲んでくる。それでも父や祖父は何も言わない。そんな私の涙にも気づかない。そんなものだ。
 人生なんて、そんなもの。なるようになる時もあるし、ならないようにならない時もある。

「リンゴたべんか?」
「さっき食べたでいいよ。」

 私が喪主を務めたら、ぜったい挨拶で泣くと思う。
 その時隣で私を支え肩を抱いてくれる素敵な男性がいればいいのに。そんなくだらないことに思いをはせながら、私は涙をティッシュで拭った。

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