お悔やみ申し上げます

陽花紫

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高校一年生のころ 父方の祖父 後編

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「紫ちゃん、待たせたね。行こうか。」
「うん。」

 母の車に乗せられ、葬儀会館へと向かう。信じられないといった気持ちはあったものの、不思議涙は流れなかった。

 葬儀会館につくと、泣いた後の父と、めそめそと泣いている兄がいた。
「冷たいやつ。」
 涙一つみせない私の頬を、兄はつねった。

 横たわる祖父の顔を見ても、私には不思議と悲しいという感情は浮かばなかった。
むしろ、苦しい闘病生活が終わってよかったねと思った。
もう今は苦しくない、安らかに眠っている。

 でもそんなことは口にできずに、ただただ下を見ることしかできなかった。葬儀は、祖父が会員になっていた葬儀会館で行われた。

 そしてそこで初めて、お通夜というものを知った。

 しばらく控室にいると、担当の人がきた。父や祖母と打ち合わせをしていたので、私は母と一緒にテレビをみた。飽きたら、会館内を兄とうろついた。うろつくまでもない小さな会館だった。

 またしばらくして担当のお兄さんを観察した。アトピーなのか、赤らんだ顔をしていた。

しばらくすると、お兄さんが白衣を着て、祖父の洋服を白い着物に着せ替えた。

てきぱきと、迷いない手で病院で着ていたパジャマの上から着物をかぶせ、するすると着付けていく。そして次には着ていたはずのパジャマが抜き取られて、畳まれていく。
納棺師、おくりびとだね、と父が言った。
ぼうっと見ていた私は、それが何を意味するのかがわからなかった。気付くと、祖父は棺に入れられていた。

 私と兄は、受付係を任された。
巻物のような紙に、来た人の名前を書いてもらった。
一緒に暮らしている私の母方の祖父母や、いとこ、父方の親戚がきた。

 しばらくして、式が始まるからという理由で席に着いた。

いつもお盆の時に祖父母の家にくるお坊さまが、そこにはいた。見慣れないカラフルな着物をきていた。
私はただじっと前の席の背もたれをぼけっと眺めていた。しばらくして、母と一緒にお参りにすすんだ。お香が手にはりついてはなれない。いくら手をすり合わせても取れないので、そっと椅子のふちにこすりつけた。

 しばらくして眠くなってきたけど、失礼だと思ってがんばって起きた。お坊さまのお経は優しい声で、落ち着いていた。

「新しい名前を授けます。」
その名前も意味も、覚えていない。
「明日も来ますね。」
そう言ってお坊さまは帰っていった。

 その日の夜、私達家族は父だけ残して家に戻った。父は祖父のそばで、一晩を過ごすという。

 翌日、葬儀、出棺があったけれどよく覚えていない。
お坊さまが白いもふもふをもって、シンバルをたたく人もいたことも覚えている。
あと、最後だからと母に促されて備え付けの便せんに手紙を書いたし、司会のお姉さんのアナウンスにこっそり泣いてしまったことも覚えている。

 祖父は若いころ電車の運転士をしていて、晩年は神社の氏子をしたりとなかなかに人がよかったらしい。初めて聞いたそんな話に、どうして自分は孫なのに祖父のことを何も知らないのだろうと悲しくなった。

「やすらかに。」

 便せんには、そんなようなことを書いたような気がする。

 それが私が経験したはじめての、身内の死というものだった。

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