茜の不思議サーカス団

陽花紫

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光の不思議サーカス団

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 長く伸ばした黒い髪に赤い瞳、不気味なほど青白い肌にいつも身にまとう黒いドレス。陽の光に弱い彼女はいつもパラソルをさしている。アカネはサーカスの団長であるリーの娘としてこの世に生まれた。物心ついた頃には、すでにサーカス団の一員になっていた。母はアカネを産んですぐに亡くなった。けれど、アカネはちっとも寂しくなんかなかった。
 いつもそこには愛する父と、サーカスのみんながいたから。代々続くサーカス団の娘に生まれて、アカネは幸せだった。どこにでもいる、普通の少女。アカネはそう自負していた。少し太陽の光が苦手なだけで、そう、ここにいる変人たちとは私は違うと思いたかった。

「アカネ、おはよう。ああ、今日もなんて君は可愛らしいんだ。」

 朝、目が覚めるとまず視界に入るのはだらしなく鼻の下を伸ばした父の姿。私はもう十六になったばかりだというのに、布団をめくり私の膝下に手を入れて抱き起こす。幼い頃はその行為がどこかの国のお姫様のように思えて好きだったけど、今はあまり好きじゃない。父に抱えられて洗面所へと向かう、そのあたりでようやく自分の足で床を踏みしめ、すでに歯磨き粉をつけられた歯ブラシを奪い取り歯を磨く。
「仕上げしてあげようか?うん?」
 私が歯を磨く間、父は柔らかなブラシで私の髪を梳かしてくる。時折ふんふんと鼻を近づけ何かを匂っているが私はそれを無視して口をゆすぎ顔を洗う。
「ああっ、ほら洗顔は優しくしないと!」
 まるで美容家だ。差し出されたタオルを受け取り顔をがしがし拭いてから、物心ついた時からなんら変わりない父のその美貌に叩きつけた。アカネちゃんひどい!そんな可愛い声をあげても老年の男性のぶりっこには吐き気がする。むかむかする腹に手を当てながら階段を降りて食卓に向かうと、すでにお腹を空かせた団員たちが食事をはじめている。
「おいジャック、俺のパンだぞ!」
「ちんたら食べてるほうが悪いんだよ、のろま!」
「そんなに食ったら太るぞ、豚ピエロ!」
「うるせえ、今日は新技出すから腹減ってしょうがないんだよ!」
 いつものように自由な道化師のジャックに、父の頼もしい助手でもある生真面目なジョナサン。
「二人とも朝からうるさいわね、アタシのパンもあげるから黙っててよ。」
「おっ、マリー!ありがとな!ほらお前も見習えよ。」
「なんでだよ、マリーそれで朝飯足りるのか?」
「ええ、今ダイエット中なの。」
「ダイエット?そんな肉のある体でよく言うよ。僕の美しさにはとうてい及ばないね。」
「なんですって?タコ男。」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。」
「助手は黙ってて!」
 そのプロポーションを維持し続けサーカスの看板娘として空中ブランコに乗るマリーに、自分が大好きで今も鏡を見つめながら野菜ジュースを飲む軟体のアーサー。
「おはよう、アカネ。」
「おはよう、レンフィールド。」
 幼馴染の青年の隣に座り、差し出されたパンにかじりつく。今日も昨日気力と体力を消耗しきった占い師ルーシーは不在のようだ。
「やあやあ、諸君。おはよう!今日も一日がんばってくれたまえ!」
 能天気な声が響き、サーカス団の一日は始まる。

 食事も終え、テントの中に移動すると胡坐をかいて何やら呪文を唱えているルーシーと目が合った。
「おはよう。」
 邪魔をしないように通り過ぎ、檻の中の動物たちに餌をやる。レンフィールドが手懐けたライオンやトラはいつも穏やかだ。舞台に立つと震えあがるような雄叫びをあげて彼に襲い掛かる演技をするというのに、餌を前にしても私の指示がないと食らいつこうとはしない。
「あの二人も君達を見習えばいいのにね。」
 そうライオンに話しかけ、私も自分の準備に入る。私は綱渡りを得意としている。

 私の母も綱渡りの名手で、そして綱の上で跳ねながらリボンを操っていたらしい。そして団長である父と恋をして私が生まれた。母は幼いころから貧しくて、学校にも行けず森で木の実を取っては町で売り生計を立てていたらしい。ある時友達に誘われてロープ遊びをしたのがきっかけで、その才能が花開いたそうだ。そして、たまたま通りかかった父の父、私の祖父の目にとまり、あれよあれよという間に当時の花形であるタイトロープの看板娘になっていた。空中ブランコができてからは、そっちが花形になってしまったけれど私は空中で体をくねらせたり、大きく揺れることはできないから比較的安定したロープのほうが好きだ。

 日差しの強い時にはパラソルをさしながら、綱を渡る。時には飛び跳ねてみたり、片足立ちになってみたり。同じような年頃の少女を連れてロープの上でかけっこをしてみたり、そのたびに起きる拍手や喝采が好きだった。
「アカネ、今日も君は美しかったよ。」
 出番が終わると、必ず袖で父が私を抱きしめてくれる。そして次に控えるマリーに睨まれて、気にするなと言わんばかりに出番を終えたレンフィールドが頭を撫でてくる。楽屋に戻るとジャックがお喋りマシーンになっていて、それに相槌をうちながらも帳簿から目を離さないジョナサン。そしていつまでも鏡を見つめて痛そうなポーズを決めているアーサー。そんなアーサーを見つめながらも髪型を整えるルーシー。
「アカネ、ちょうどいいところにきた。」
 彼女は私を見つけると、嬉しそうに手招きした。
「新しい髪飾りがうまくつかなくて…。」
 そう彼女が手にする髪飾りを見ると、そこには見たことのない花のような形をした物体があった。
「これ、綺麗ね。どこで見つけたの?」
「だいぶ前、春の国で見つけたの。春の国にしか咲かない花なんだって。」
 その花は小ぶりながらも、同じような形をした花弁が重なり合ってできていた。飾りになっているためその花弁は金色になっているが実物はどんな色をしているのだろう。
「どんな色をしているのかしら。」
「さあ、私も形しか知らないの。」
 片側に花を結わえた彼女は、いつもよりうんと大人びて見えた。
 私たちが今いるここは冬の国。もうすぐ公演も終わり、じきに春の国へと向かうことになる。私はルーシーと名前も知らないその花を見る約束をして、ともにカーテンコールへと駆けだした。
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