雨のち君

高翔星

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第3章 夏~Summer~

第14話 空蝉

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レイが居なくなってどれ程経っただろうか。

暑さが日に日に増し七月も終盤に差し掛かっている。

雨も降る日があったが以前の様にレイは姿を見せなかった。

当たり前の、いつもの日々が戻ったんだ。

なのに、なのに何故こんなにスッキリしない?

普通に過ごしてもやる事なす事、全てが中途半端に感じる。

「おーい、聞いているかー?」

美沙香の声で我に返る。

「え?」
「『え?』じゃない。口に合わないか?」
「…いや、旨いよ。」

ネギの入った玉子焼きを一口頬張る。

今は早朝の昼休み。いつもの公園で昼食を摂っている。

ここ最近になって美沙香は俺の分の弁当を作ってきてくれていた。

「なんか最近浮かないな?」
「…そうか?」

罪悪感に葛藤。

諸々の感情の行き先が美沙香に対して向かっている気がして思わず目を逸らしてしまった。

「晴、私達その…もうじき交際して一ヶ月だろ?」
「もうそんなに経つか…。」

今月の始めに美沙香と夏祭りに行って、それから付き合う様になった。

それがもう一ヶ月。改めて思うと本当に早い。

「あれから特に何か行事や遊びにも行ってない。」
「そ、そうだな。」
「そこでだ。晴と私が付き合って一ヶ月記念をしよう。」
「一ヶ月…記念。」

もしかして毎月するのかと少し身構えてしまう。

「何すんの?」
「いや特に。休みを合わせて何かはしたいが。」
「う~ん…。」

思考が追い付かず再び箸を止めてしまう。

「もし良かったら、な?」

美沙香は少し歯切れ悪くこちらを見る。

「私の家で…二人だけでパーティーでもしよう。料理とかは任せろ!振る舞うぞ。」

一転して笑顔を見せる。

その姿がより一層、心に刺さる。

「…ありがと。」

ちゃんとしないと駄目だな。


翌日、美沙香が公休で桧山さんと俺と二人だけで仕事。

パッカー車の中、信号待ちになると窓を全開にしているせいで無数の蝉の鳴き声と熱の塊が襲ってくる。

「今日の最高気温どれぐらいか知ってる?」
「…。」
「おいっ。」

肘で小突かれた。

「あ、はい。」
「朝からずっとそんな調子だな?」
「え?そうですか。」
「なんだ?具合悪いとか?」
「いえ…。」

どちらかと言えば体調は優れている。最近になって変な夢も見ることが無くなって快眠だ。

しかしどうも気持ちが乗らない。

「夏風邪とか引くなよ。」
「風邪、か。」

いつだったか、風邪を引いて寝込んでた時にレイがずっと傍にいてくれていたっけと思い出す。

(あぁー駄目だ。またレイの事を考えてる。)

自分は本当に天の邪鬼だとつくづく思う。

あれだけ邪険にしていたのに居なくなると女々しいぐらいに考えて。

「そう言えば所長が…って俺から言うのもおかしいか。」
「え?なんですか?」
「いや、今日あたり所長から直接言ってくるだろ。」
「いやそこまで言ったなら教えてくださいよっ。」

もやが懸かった気持ちを吹っ切りたいのか、思わず声に力が入る。

「お、おう。まぁ単刀直入に言うと晴もそろそろ免許取ったらどうだって話。」
「め、免許ですか。」

避けては通れないと思っていたが遂に来たかと言う感じだった。

「うちのは三トンだから準中型ってのを取らなきゃならんがな。」

中型免許は知っているが準中型と言う言葉に聞き覚えが無く少し身構えてしまう。

「俺、それ取れるんすか?」
「歳、十八だろ?」
「はい、今年で十九です。」
「だったら問題無い。後は晴次第だ。」
「はぁ…。」

実感が湧かず生返事が出てしまう。

「ちなみに美沙香ちゃんも取るみたいだぞ?」
「え!?マジっすか。」
「このままじゃ追い越されるぞー。」

揶揄からかう様に桧山さんが煽った。

しかしそれ以上に、焦りとはまた違う感情が生まれた。

だがその表現が上手く出てこず黙りこくってしまった。


今日の作業が終えいつも通り事務所に入る。

「お疲れ様です。」
「おー、お疲れ。」

所長と目が合った途端に手招きされた。

「は、はい。」
「晴は免許とか考えてるか?」

やはりその話題かと確信した。

「ま、まぁ。将来的には?てな感じで。」
「うん。」

その後の言葉が続かず苦笑いが出てしまう。

所長の性格的に強制はしないのは分かりスムーズな会話に成り立っていなかった。

「ま、仕事ここを続けるのを考えてくれてんなら取ってくれた方が良いかな。」
「そ、そうですね。」
「給料、上がるぞー?まぁその分、仕事も増えるがな。」

事務所のデスクを見ると先に切り上げたメンバー達がタコメーターを見ながらノートに記入している。

恐らくパッカー車を乗ると、こう言った事務作業もするんだと思う。

それに対して若干の不安感と責任感が過る。

「えと…。」

けど何か環境の変化が必要かも知れない。そうすればこんなに思い耽る事も無くなるはず。

「どうしたら取れるんですか?自分、全然分からなくて。」

少し踏み出してみよう、新しい景色を。

「お!前向きな姿勢いいね。」

所長は少し笑ってパソコンを開いた。

「準中型免許ってやつを取ってもらうんだけどー。」

キーボードを叩きながら所長は何やら検索している。

「どこの教習所も三トン扱ってる所が少なくてなぁ。ちょっと先になると思う。」
「は、はい。あ!けど…。」

一抹の不安があった。

「ん?なんだ?」
「え~と、纏まった金が…。」

免許を取るには時間もそうだが金も必要だと思った。

「あぁそこは大丈夫だ。会社の経費!はちょっと難しいが…。」

所長は何やらアイコンタクトを取るかの様に俺に対してサムズアップをしてきた。

「へ?」

意味が分からず変な声が出た。

「出世払いしてくれたらいいよ。」
「あの…どう言う意味ですか?」
「ま!空きが見つかったら予約しとくから。コレの事は気にするな。」

親指と人差し指で輪っかを作るポーズをして所長はパソコンを閉じた。

「はぁ。」
「おーし皆、今日は残業せず帰れるように頑張るぞー。」

皆が所長の声に対して少し笑いが含んだ声で返す。

「ツッチーお疲れ。」
「土屋君、気をつけてね~。」
「お疲れ様ぁ。」

次々へと皆がねぎらいの言葉をかけてくれる。

いつもの光景が新鮮に感じた。

それは新しい事に向けて動こうとした結果が既に出ているせいかもしれない。

「お疲れ様でしたっ。」

足取り軽く、俺は勤怠表を押して退社した。

帰宅後に早速腹の虫が鳴り出し母親が作り置きしてくれてある食事に手を着く事にした。

今日はオムライスだった。

「あー…。」

そう言えばオムライスが好きって言ってたなと再びレイの事を思い返しかけたが考えるのを止めた。

前向きに考えないとと食事を暖める前にかぶりついた。

「…やっぱレンチンしとくべきだった。」

食べ終わった後に美沙香にメッセージを送った。

免許を取ることにしたと。

すると直ぐに既読マークが付き着信が鳴った。

スマホの液晶画面に星野美沙香と出た。

「早っ!」

緑色の受話器マークをスライドさせ電話に出る。

「もしもー」
『会社のか!?』

物凄い勢いで遮断された。

「あ、あぁ。準中型って言うやつらしいけど。」
『私も取るんだ。まだ予約も取れてないから晴に言ってなかったが。』

桧山さんから聞いたと言いそうになったが伏せることにした。

「そうか。じゃあ一緒に頑張ろうな。」
『うん!勉強も一緒に出来るぞ!』
「う…勉強か。」

当たり前だが勉強無しで受かるほど甘くない。と分かっていても思わず嫌気が出てしまう。

『ちゃんと私が努める!晴の先生だ。』
「先生って…。つかそっちの勉強とかもあるだろ?」

美沙香には看護の勉強もあると思いだし少し気を遣ってしまう。

『問題無い。晴と一緒に勉強するならー』
『星野さーん、そろそろぉ~。』

少し遠くから美沙香を呼ぶ声がした。

「お前また抜け出してるのかよ。」
『あ、あぁすまない。授業に戻る。』
「うん、頑張ってな。」
『ありがとう。じゃあまた明日な。』
「あぁ。また…明日。」

再会の約束の言葉。それが異常に儚く聞こえた。

今日は普段何も思わない事がやたらと敏感に感じる。




「えと…以下の標識はどれも歩行者優先とは限らない…。」

いつもの三人でパッカー車に乗り仕事をしている訳だが移動の最中さなか、美沙香は既に運転免許の問題集を見ている。

「気が早いねー、美沙香ちゃん。」
「普通免許も無い身としたら当たり前です。」

お互い交通ルールもままならない状態もあり初歩の初歩からのスタートとなる。

一方通行とかなら分かるが…。

「ほら、晴も勉強しとけ。」

美沙香が見ていた問題集を押し付けてくる。

「一応仕事中だろ。」
「本当に頭が固いと言うか生真面目な奴だな。」
「ははっ!尻に敷かれてるって感じだな。」

桧山さんが茶化す様に笑う。

「え?どちらかと言うと尽くす方ですよ?」
「え!?」

こいつは何を言っているんだ…。

「二人、付き合ってんの?」
「あ…。」

美沙香は思わずと言った表情でこちらを申し訳無さそうに見る。

どう返して良いか分からず目を逸らしてしまった。

「こ、言葉の綾と言うやつです。」
「そ、そう?」

本当に分かっているのか不明だが桧山さんはそれ以上何も詮索しなくなった。

すると目を逸らした先に白いワンピース姿の人が見えた。

「あっ。」

三人を乗せたパッカー車は直ぐに追い越して行く。

遠くなっていくワンピース姿にしばらく固まっていた。

「晴はワンピースのが好みか~。」

また茶化してくる桧山さん。

「い、いえ!そんなんじゃ…。」

美沙香を見ると少し不機嫌そうに見えた。

「ち、違うって!知り合いに似てて思わず…。」
「私は何も言ってない。」

こ、怖い。考え過ぎかもしれないが怒っている様子にも見える。



少し気不味い空気の中、いつもの作業を淡々とこなす。

動揺しているせいか、いつもより体温が暑い気がする。

美沙香を一瞥いちべつすると若干眉をひそめている様に見える。

「な、なぁ?機嫌直せよ?」
「何がだ。」
「何がって…。」

謝罪の言葉が出てくる前に持ったゴミ袋から虎柄のロープがみ出ていた。

「誰だよこんなの入れたの。」
「常識無い奴だ。」

美沙香が言うか?と少し笑えたがそんな空気じゃない。

でもそれが心のゆとりになった。

「さっきはゴメン。そのー」
「肌、出しているのが良いのか?」

突拍子の無い言葉に思わず心臓が跳ねた。

「は!?いやそう言う意味じゃないって!」
「今度着てみよう。あ、でもあんなの無いから買いにー」
「だから違うって!」

でも正直言えば…と自分で思ってしまったのが悔やまれる。

「だったら何であんなに見てたんだ。声もあげて。」
「それは…。」

強く握られていたゴミ袋が下に徐々に落ちていった。

「友達に…似てたから。」

友達。

自分で言っておいてなんだがその言い方で良いのか分からず自分も下を向いてしまった。

「そうか。ほら、仕事続けよう。」
「あぁ。」

もう大丈夫だと思っていたはずなのに。

何かの拍子にレイの顔が覗かせる。

結局何をしても駄目なのかと再び頭を抱える。

次第に頭に熱が籠っているのが感じた。

(熱中症にならないうちに終わらせよう。)

「晴、それは入れたら…あっ!!!」

そう思い、手だけ動かしていると今まで聞いたことの無い美沙香の怒号が響いた。

「え?」

その瞬間、持っていた袋から凄まじい力で引き寄せられた。

離す暇も無く俺の左腕がプレスの間に吸い込まれた。

手先から猛烈な熱さと痛み、重圧の中、声帯が潰れるぐらいに叫んだ。

太腿から足先にかけて力も無くなった。

薄れゆく意識の中、美沙香の声と桧山さんの声が聞こえた。




「晴君!!」


久しぶりに、あいつの声も微かに聞こえた気がした。


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