桜姫 ~50年後の約束~

雨宮よひら

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薔薇ノ国編

18.薔薇ノ茶会

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わたくしの名前は、ジュリア・ウェストと申します。

伝統や格式を重んじる、ウェスト公爵家の貴族令嬢として生まれました。
ウェスト家は貴族の中でも、長い歴史のある家柄で、一目置かれた存在でした。

幼少期のわたくしは、人見知りで、口下手で、親しい友人もおらず、孤独な日々を過ごしていました。

そんなわたくしが周りとは違うと自覚したのは、初のお茶会に参加したときのことでした。

よわい・八つのときです。
遠縁に当たるキャンベル伯爵家から、わたくし宛に招待状が届きました。
その日は娘のメヌエット令嬢の誕生日で、誕生日を祝して、盛大なお茶会を開くとのことでした。

初のお茶会……
とても嬉しかったのを覚えております。
もしかしたら、こんなわたくにしも初めて友達ができるかも知れないと、期待に胸を膨らませました。

そしてお茶会当日--
キャンベル家のお屋敷には、わたくしと同じように招待された、同じ年頃の貴族令嬢達や御子息達がいました。

見渡すと周りのご令嬢達は、リボンやフリルのついた、可愛らしいドレスを身に纏っているのに対し、わたくしは時代遅れの古臭いドレス…

とても自分が恥ずかしくて、惨めな気持ちになりました。

***

「は、初めまして…メヌエット様…ジュリア・ウェストです。こっ…この度はお招きありがとうございます」

わたくしは緊張しながらも、何度も練習を重ねた挨拶を披露しました。

「あなたがあのウェスト家の……ジュリア様、どうぞ楽しんでいってくださいね」

メヌエット様はにこやかに微笑むと、お花やフリルが、満遍なくあしらわれたドレスの裾を広げて、華麗に挨拶を返します。

その姿はまるで本物のお姫様のように綺麗で、わたくしもいつかあんな素敵なドレスが着てみたいと思いました。

***

茶会は和気あいあいとした雰囲気の中で行われ、ケーキやお菓子を手にみんな楽しそうです。

ですが内気な性格のわたくしは、その輪に入れず、部屋の隅で一人ポツリと佇んでました。

するとそこへ--
数人の令嬢達がやって来ました。

「ちょっとアナタ!いったいどういうおつもりかしら?」

クランプスのような怖い顔で、こちらをキィッと睨みつけます。
わたくしは思わず後退りをしてしまいました。

「あの…どっ、どういうつもりとは……」

「今日はメヌエット様のお誕生日なのよ!それなのになによ、そのだっさいドレスは?」

「そうよ。折角のお祝いの席だというのに、あなたのせいで台無しじゃない」

「ここはあなたみたいな場違いな子がくる場所じゃないわ」

次々と浴びせられる非難の言葉に、胸が痛みます。
わたくしは涙が溢れそうになるのを、必死に堪えるのに精一杯でした。

***

その日の晩、わたくしはお母様にもっと可愛らしいドレスが欲しいとお願いしました。
お母様はわたくしが着飾るのを嫌がります。
案の定お母様は顔を真っ赤にして声を荒らげます。

「あんな品位の欠片もない下品なドレスは、我がウェスト家にはふさわしくないわ!恥を知りなさい!」

お父様もお母様に同調するかのように--

「そうだぞジュリア、私達は古き伝統を代々と受け継ぐ歴史あるウェスト家なのだぞ。それにもしあんなチャラチャラしたドレスなんかを着て、悪い奴らに誘拐でもされたらどうする?あんなの誘拐してくれと言ってるようなものだろう」

わたくしは何も言い返せずに、ただ俯くことしか出来ませんでした。
これ以上お母様とお父様を、失望させる訳にはいけませんでした。

そう、わたくしは誇りあるウェスト家の人間…
家柄に傷を付けることは、決して許されないのです。

***

それ以降わたくしはお洒落を諦めて、自分の部屋に閉じこもって、本を読みふける日々を送りました。
本を読んでる時だけは、孤独を忘れて、楽しい空想の世界に連れてってくれる。
本だけがわたくしの唯一の友達でした。

あれから何度かお茶会の招待状が届きましたが、わたくしは参加しませんでした。

ただひたすら孤独をかき消すように、本を読み漁る毎日--
そしてときが過ぎて、わたくしが十一歳になったときのことです。
人生を変える一通の手紙が、わたくし宛に届きました。

「王室主催の茶会の招待状があなた宛に届いたわ」

「王室主催の…でございますか?」

お母様から告げられた言葉に、わたくしはラム肉入りのシチューを食べる手を止めて、顔を上げました。

「ええ。でもお茶会とは名ばかりで、本当の目的は第二王子アシュラム殿下の未来のお妃候補を選出する為の茶会ともっぱらの噂よ。アシュラム殿下ももう十二の年だから、そろそろ婚約者を決める時期なのね。薔薇ノ国中の貴族令嬢達が来週、王宮に集まるわ。いい事?あなたも必ず参加するのよ」

「承知…しました…」

そう答えたものの本当は乗り気ではありませんでした。
初めて参加したお茶会での心ない言葉を思い出して、胸がチクリと痛みます。
あんな惨めな思いは、二度としたくありません。
わたくしはずっと部屋に閉じこもって、誰とも接せず、本だけを読んでいたかった。
ですが王室主催の茶会を断る訳にはいきませんでした。

「いいかい?ジュリア、決して品位のない振る舞いはしてはいけないぞ。もしかしたらお前が妃候補に選ばれる可能性だってあるのだから、くれぐれも気をつけるのだぞ」

お父様はそう言うと、持っていた葡萄酒を一気に飲み干しました。

「そうね。家柄だけなら我がウェスト家は申し分ないものね。ジュリア、他の令嬢達に負けずにしっかりアシュラム殿下にアピールするのよ」

「はい……」

お父様もお母様も期待しすぎです。
何もわかっていません。
だって茶会にはお洒落で煌びやかな衣装を見に纏った、美しき令嬢達が薔薇ノ国中から集まるのです。
わたくしみたいな地味で目立たない娘が、お妃候補に選ばれるはずがありませんでした。


***

--茶会当日の朝

わたくしは渡されたドレスを見て驚きました。
いつもに増して、古臭さが倍増しています。

「このドレスは、お母様のお母様のそのまたお母様から受け継がれてきた、我がウェスト家に伝わる特別なドレスで、お母様も子供のころにこれを着て、お父様とのお見合いに挑んだのよ」

鼻高々に話すお母様を横目に、わたくしは落胆の色が隠せませんでした。
もしかしたら王室主催の茶会だから、今日ばかりは今時のお洒落なドレスを用意してくれるかも知れないと、心の片隅で少しだけ期待していました。

ですがいつまでも落ち込んでいても、仕方がありません。
わたくしは早速そのドレスに着替えると、馬車に乗り、王宮に向かいました。


***

ブランブルス城には二十分ほどで到着しました。
案内された広間に入ると、既に沢山のご令嬢達で溢れていていました。

親の威信にかけて皆、薔薇にも負けない華やかなドレスに身を包んで、気合いのほどが窺えます。
わたくしは周りの熱意に圧倒されて、恐縮してしまいました。

ふと視線を感じて目を向けると、こちらを見てヒソヒソと話す声が聞こえます。


『ちょっと何よあれ!ダサッ!』

『今日は王子様の婚約者を決める一世一代の日なのよ。なのにふざけてるのかしら?』

『 まぁでもいくらお洒落したところで、あの顔じゃドレスに負けるわよ』

『『『それもそうね!アハハハハ!』』』

わたくしは、ハッとしました。

(そう、なのですね……わたくしにはあんな可愛らしいドレスは似合わないのですね……)

この時お洒落に対する憧れが、わたくしの中から完全に消え失せました。


***

「お嬢様方、今日は僕のために遠路遥々お集まりいただきありがとう。みんなに会えてとっても嬉しいよ。美味しいお菓子も沢山用意してあるから、今日は存分に楽しんでね」

その方が片目を閉じて笑うと、周りから悲鳴が上がりました。
初めて見たアシュラム様は、噂通りの人柄で、とても王子様らしかぬ喋り方をしています。
その見た目麗しいお姿は、一瞬で周りの令嬢達を虜にしました。

すぐにアシュラム様は、御令嬢達に取り囲まれて人気者です。
わたくしはただ遠くから、それを眺めるだけしか出来ません。

(羨ましいですわ)

みんなから愛されて、慕われて、人気者のアシュラム様が少しだけ羨ましく思いました。
それに比べてわたくしは、人から馬鹿にされて、笑われる真逆の存在です。
わたくしもあんな風に、誰からも好かれるような人間になりたかった--
わたくしにはアシュラム様が眩しすぎて、目が眩みそうでした。

(わたくしったら、なんてことを……)
居た堪れない気持に苛まれたわたくしは、茶会を抜け出してしまいました。

宛もなく広大な城内をふらついてると突然、見たこともない美しい一羽の蝶が目の前に舞い込んできました。

(わぁ綺麗……なんて品種かしら。見たことのない柄だわ。あ、蝶々さん待って!)

わたくしは蝶に導かれるように後を追いかけていくと、大きな噴水のある広場に到着しました。
噴水の周りには色とりどりの薔薇の花が植えられており、そこには数え切れないほどの沢山の蝶が舞っていました。
中央には天に向かって、盛大に水が噴き出しています。


「なんて美しい場所なのでしょうか……」

感激のあまりわたくしは、口に出して呟いてました。

「どう、気に入ってくれた?」

突然、後ろから声が聞こえました。
わたくしは驚いて、勢いよく振り向くと--

「アッ…シュラム…様!?」


(どうしてアシュラム様が……)

先ほどまで茶会の場にいたアシュラム様が、今わたくしの目の前にいるのです。
わたくしは、わけがわからず混乱しました。

「この蝶達は、僕が育てているんだ」

「えっと…その……ア、アシュラム様……自ら…でございますか……」

わたくしは取り敢えず、必死に口を動かしました。
夢か現実かはさておき、王子様を無視するような不敬な真似は、絶対にしてはいけないのでした。

「そうだよ。とっても綺麗だろう?」

とアシュラム様が手を伸ばすと、蝶がアシュラム様の指先に止まりました。
なんと幻想的で、絵になる光景でしょうか。
わたくしは本当に、夢でも見ているのでしょうか。


「はい……とても綺麗です……わたくしも……蝶になりたいです……」

「蝶に?それはどうしてだい?」

アシュラム様は首を傾げながら、わたくしの顔をジッと見つめます。
わたくしは、今にも心臓が飛び出してしまいそうでした。

「だ、だって蝶は……幼虫の時は気持ちが悪いと人から嫌われているけれど、やがてはさなぎになり、そして美しく成長します……わ、わたくしも蝶のように、美しくなりたいのです……」

--『まぁでもいくらお洒落したところで、あの顔じゃドレスに負けるわよ』

先ほど突きつけられた現実を思い出して、胸が抉られました。

わたくしは、人から嫌われる醜い幼虫なのです。
だとしたら、いつかはわたくしも、人を惹き付ける美しい蝶のように、大空を羽ばたける日がくるのでしょうか--

するとアシュラム様からは、わたくしが想像だにもしなかった予想外の言葉が返ってきます。

「幼虫が気持ち悪いだって?冗談だろう?とってもチャーミングで可愛いじゃないか」

「幼虫が……でございますか……?」

わたくしは信じられなくて、目が点になりました。
だってあのニョロニョロと動き回るお姿は、わたくしには、気持ち悪くて、恐ろしく思えてならなかったのです。

「うん。特につぶらな瞳と、草をムシャムシャと食べる姿が堪らなく可愛いんだ」

アシュラム様はそう言うと、指先に止まった蝶を、そっと撫でました。
そのお姿は、慈愛に溢れていました。

「この蝶に羽化するまで、とても大切にお世話して来たのですね……そっ、それなのにわたくしは、気持ちが悪いだなんて……」

「分かってくれればいいんだ。それに僕が幼虫を可愛いと思うように、美的感覚は人それぞれだと思うよ」

アシュラム様はそう言うと、付け足すように--

「だから君も無理して蝶になることはないさ。ありのままの君を好いてくれる人は必ずいるよ。だから自信を持って。君は君のままでいいんだよ」

太陽のような弾ける笑顔で笑いました。

(なんて輝かしい笑顔なのでしょうか……)
とても眩しくて、涙が溢れそうです。
恐れ多くもわたくしは、その太陽のような笑顔をずっと見ていたいと、思ってしまいました。

ですがそんな無謀な願いは、叶わないのです。
アシュラム様が周りを照らす太陽ならば、わたくしは周りを暗くする陰なのです。
陽と陰は決して相容れない関係なのでした。

***

それからわたくしは自分の屋敷に帰っても、心ここに在らず状態でした。
大好きな本にも身が入らず、一日中ずっと窓の外を眺めておりました。
こんな経験は初めてです。

わたくしはいったい、どうしたというのでしょうか?
頭に浮かぶのは、アシュラム様のことばかりです。
あの噴水広場の出来事を思い出しては、物思いにふける日々……
時が経過すればするほど、アシュラム様への思いが募るばかりでした。


「た、た、た…たいへんです!お嬢様!」

お茶会から数週間経った日のことでした。
侍女のミリアーナが猛突進で、部屋に飛び込んできました。
額に汗を浮かべて、息を切らして、血相を変えて、尋常ではない様子です。

「ミリアーナ、そんなに慌てて、どうしたのですか?」

ミリアーナは一旦、胸に手を置いて呼吸を整えると、ゆっくりと口を開きました。

「今、王宮から報せが入り、お嬢様がアシュラム王子の婚約者に選ばれたと、正式に発表されました…!」

(わたくしが…アシュラム様の…婚約者…?)

最初、ミリアーナが何を言ってるのか分かりませんでした。
言葉の意味を理解すると、全身を震えが駆け巡りました。

「そ、それは…本当でしょうか……何かの手違いではありませんか……?」

わたくしは逸る気持ちを抑えて、ミリアーナに真偽のほどを確認します。

「本当に本当でございます。今しがた王宮から手紙が届いて、ソリドール夫人が確認した所、手紙にはそう書かれていたそうです。ソリドール夫人は嬉しさのあまり、気を失ってしまわれました」

「お母様が!?」

「はい。ソリドール夫人は今は自室でお休みになられています……お嬢様……おめでとうございます!!」

ミリアーナは嗚咽を漏らしながら、喜びの涙を流します。
その様子から、全て本当のことなんだと確信しました。

(なぜ、わたくしが……)

その日の晩は、一睡もできませんでした。
不安、重圧、負荷……負の感情が重くのしかかります。
ですがそれ以上に、嬉しさが勝りました。

--『君は君のままでいいんだよ』

きっとあの言葉は、心優しいアシュラム様なりのお気遣いだったのでしょう。
もう一度あの太陽のようにキラキラと輝き、それでいて心温まる太陽のような笑顔を、お側で見てみたい…
アシュム様の伴侶になりたい…
そう強く思ってしまいました。

以前のわたくしには、とても考えられない感情でした。
その時わたくしは、気付いてしまったのです。
嗚呼、わたくしはアシュラム様のことを、お慕い申し上げているのだと--


わたくしが婚姻を受け入れたのは、それから五日後の事でした。

***

アシュラム様とは幾度か逢瀬を重ねて、わたくしが正式に王宮に入ったのは、十六歳のときでした。

結婚式のお召し物はウェスト家の強い意向で、袖まで布に覆われた飾りのない無地の白いドレスでした。
我が家の伝統を尊重してくれたアシュラム様には感謝しかございません。


出会った当初は、女の子らしい顔立ちだったアシュラム様も、今ではすっかり男らしくなられ、背もグンと伸びて、更に魅力度が増しました。

女性人気も凄まじく、三人の王子様の中ではアシュラム様が一番おモテになると聞きました。
その分アシュラム様の人気が上がれば上がる程、わたくしに対しての僻みや嫉妬も必至でした。


『あれがアシュラム様のお妃様?嘘でしょう』

『どうせ家柄だけで選ばれたのよ。アシュラム様があんな芋臭い女を本気にするわけないじゃない』

『家柄だけが取り柄の女と、愛のない結婚をさせられて、アシュラム様もお可哀想に……』

などと罵声を浴びせられるのも、日常茶番事でした。
ですが、すべて真実ですから、わたくしは反論もせず、ただ黙って受け流すだけです。

たとえ皆の言う通り、アシュラム様に愛されることはなくとも、愛する人の隣にいられるだけで、わたくしはそれだけで幸せでした。

例えそれが一生、報われる事のない愛でも--

いつかアシュラム様に心から愛する人ができて、捨てられるその日までは、アシュラムのお側にいたいのです。

わたくしは、アシュラムを心より愛しているのでした。


--お終い--
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