桜姫 ~50年後の約束~

雨宮よひら

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薔薇ノ国編

13.薔薇ノ初夜

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「今日は疲れたわ……もうクタクタよ。早く部屋に戻って休みましょう」

だがマーニャはキョトンとした顔で、信じられない言葉を口にした。

「何を仰ってるのですか?桜姫様はこれから入浴を済ませた後、オルフェオ様の部屋に赴き一夜を共に過ごされるのですよ」

「な、な、なっ…何ですって!!?」

私の悲鳴にも似た絶叫が、広い宮殿の廊下に響き渡る。

「当たり前です。今日は結婚初日なのですから……それが古くからの決まりでございます」

(そっ…んな…)

一夜を共に過ごすということは、つまりは初夜を迎えるということだ。
結婚したのだから当然と言えば当然なのだが、私は婚儀のことで頭が一杯で、すっかりその事を忘れていた。

(冗談じゃないわよ!あんな最低な男の子供なんか絶対に産みたくないわ!何とか回避する方法はないかしら)

私はあれこれと策を巡らせたが、私の足りない頭では解決作が見つかる訳がなかった。
結局、心の準備が出来ぬままその時を迎える。

「遂に来てしまったわ……ハア……」

深い溜息を吐く。
だがいくら溜息をついた所で、無駄なのだ。
私は入浴を済ませた後、化粧を直され、薄い肌着のみを身に着けさせられていた。
己のあられもない姿を見て、絶望に打ちひしがれる。

(やっぱり、嫌よ!!)
私は逃げようと回れ右をするが、
「桜姫様、何処に行かれるのですか?」
笑顔のマーニャが見張っていた。

「な、なんでもないわ…」

(いつもの天使のようなマーニャ微笑みは、今日は悪魔の微笑みに見えるわね……もう、どうにでもなればいいわ!!)
私は半ばヤケクソになると、目の前の扉を叩いた。

「失礼致します」

室内は茶色を基調とした格式高い雰囲気で、中に入って真っ先に目に入ったのは、中央に堂々と置かれた豪華な刺繍が施された大きな寝床だ。
私の部屋の寝床より二倍はある。

右側には暖炉があり、植物が連なったような蔦模様つたもようの壁には、幼き頃のオルフェオ様と思わしき肖像画がいくつも飾ってあった。

そして左側には、彫刻が施された家具が並べられている。
どれもこれも一級品だ。
オルフェオ様は椅子の上で足を組みながら、こちらを見下したように睨み付けていた。

「おいお前、俺の部屋に何の用だ?」

何て低く冷たい声だろうか--


「そんなことを私に言われても……私はただ、侍女に言われた通り掟に従ったままでございます」

「掟、だと?」

オルフェオ様は一瞬考えた素振りをした後すぐ様、
「ああ、そういえば今日は初夜だったな」
と納得したような顔をした。


するとオルフェオ様は立ち上がり、竹馬のように長い脚でスタスタと私のもとに来るなり、私を壁に追いやると、すぐ上の壁にドンっと手を突いた。

「あのっ…なっ、何を……」

至近距離で顔を見つめられて、思わず目を横に逸らした。
そんな私をオルフェオ様は鼻で笑うと--

「こんな色気のない女を寄越されても迷惑なだけだ。いいか?よく聞け!俺はお前を愛することはない!決してな!よってお前を抱くこともしない!分かったか!」とキッパリと断言した。

(そうだったわ……オルフェオ様は、私のことを会った当初から酷く嫌ってるんだもの。最初から抱かれる心配などする必要はなかったのよ。とんだ思い上がりだったわ)

良かった……と私は胸をほっと撫で下ろす。


「承知致しました。私もあなたを愛することはありませんので、どうかご安心ください」

(だって私が愛してるのは、今もこれから先も大和ただ一人だけだから……)

オルフェオ様は一瞬、目を開いて驚いた顔をしたが、直ぐに冷たい表情に戻ると、扉をビシッと指差して、
「分かったのならさっさと出て行け!邪魔だ!」
と、苛立ちを込めた声で言い放つ。

(言われなくたって、分かってるわよ……!)
私はそう言いたい気持ちをグッと抑えて一礼だけすると、そそくさとその場を後にした。

オルフェオ様の部屋から出て来た私を見て、マーニャは目をまん丸くして口元を抑えていた。

そしてこの一件は瞬く間に薔薇ノ国中に広がり、初夜を拒否された惨めな妃として私は益々、貴族令嬢たちから蔑んだ目で見られるのであった。
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