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次への仕込み相模国境
しおりを挟む相模国境
北条勢本陣は突然壊走してくる前衛の兵士達に飲み込まれる。前衛の兵士達は本陣の後方に至って漸く落ち着きを取り戻した。
前衛部隊の伝令が、本陣にて就寝中の氏綱・氏康親子を叩き起こすかの様に状況を報告した。
「御館様!申し上げます!我等が前衛部隊、移動を開始したところで敵襲を受けましてございます。暗闇の為、弓矢の狙いが甘く、長尾為景の部隊に追撃を受けるも、前衛部隊の損害軽微にございます」
「うむ、損害が軽微であるなら何よりじゃ。『これは敗北には入らぬ故、気にするでない』と前衛の皆、一人残す事無く伝えるのじゃ。これより本陣・前衛共に後衛付近まで移動して陣を張り直す」
「はっ!畏まりましてございます」
北条勢は深夜にも関わらず部隊の編成と移動を始めた。
夜が明けた武田の砦
早朝であるにもかかわらず、騎馬隊を中心に編成された飯富虎昌と歩兵部隊中心の内藤虎資隊・工藤虎豊隊・今井信元隊が到着した。
それらの部隊を勝沼信友が迎える。
「「「「勝沼殿、お手伝いに参った!」」」」
「各々方、かたじけのうござる」
「しかしまぁ、お館様も考える事よ。この虎昌には考え着かぬ事でござる、ハハハ」
「いや、これはお館様の要求に対する晴信殿の答えだそうでござる」
「「「「御館様の要求とは?・・・」」」」
「北条には可能ならば『勝った』と思わせて帰らせよ・・・だそうで」
「「「「これはまた無茶な・・・」」」」
「御館様と晴信様はどちらに当たるかを選ばれた時、双方とも相模口を望まれたそうでござる。されど、考えを比較し合った結果、晴信様の方が良い案であった為、お館様が譲られたのだとか・・・」
「「「「かぁ~・・・お館様もお館様じゃが、晴信殿も大概じゃのぅ。開いた口がふさがらんわ」」」」
「まぁ・・・流石『烏景様』と『入道様』でござるな」
「「「「その『入道様』はどこに?・・・」」」」
「この砦の前方二里の辺りに小山田隊・長尾隊と共に展開中でござる」
「「「「面白そうじゃのぅ・・・我等が合流しても?」」」」
「好いでござろう!留守番を言いつけられたのは我が隊だけでござる故、『入道様』が何やらまた、工夫する事でござろう」
「「「「ならば早速!」」」」
「兵士達は疲れて居る故、少々休まれてからに為されよ」
「「「「勝沼殿、兵達を見られよ」」」」
勝沼は到着した兵士達を見た・・・一刻も早く行きたそうな雰囲気を漂わせていた。
「「「「我等の話が聞こえて居った故、兵士達も好奇心で一杯なのでござる」」」」
「・・・ならば、飯を握らせるゆえ、食べながらでもいかれよ。そなた達、兵も含めて大概でござるぞ。お館様達を大概などと言える権利は無さそうじゃ。・・・と言うか、毒されておるのであろう?」
「「「「そうでござるかのぅ?・・・」」」」
「自覚がないところが嘆かわしゅうござる。飯を受け取ってサッサと行かれよ!」
到着したばかりの四部隊は晴信に合流すべく砦を出発していった。
飯富達の部隊は砦の半里先で晴信達に出会った。
「飯富殿・工藤殿・内藤殿・今井殿、御助勢かたじけのうございます」
「「「「これが晴信殿の策の一部でござるか・・・砦から飯を預かって参った。受け取られよ」」」」
晴信の号令によって、全部隊交代で簡単に朝餉を食し始める。
それから十日後、大部隊となった晴信達は砦から約二里半の所で北条勢と対峙した。
北条の陣
「こちらが後退の折、追撃を受けたのじゃがそれ以降、こちらへ追っては来なかった。氏康、相手の総大将は恐ろしく用心深い性格の御仁の様じゃ」
「されど、父上。こちらは助かった部分もござりますれば、こちらの思惑に嵌ってくれなくとも、どっこいどっこいの痛み分けで好しと致しましょうぞ」
「そうとするか。お陰でこちらは砦を攻める手立てが大いに整ったからのぅ。されど、進軍速度が遅くなる故、覚られると手を打たれる。じっくりと進むぞ」
「ならば、それがしが前衛に入り、進軍速度を調整いたします」
「よし!それならば安心じゃ」
暫くのち、武田と北条は戦端を開いた。
兵数がまだ多い北条勢はじりじりと武田勢を押していく。
北条勢全軍が林に入った頃、両脇から矢が射掛けられた。
「ほお~・・・この段取りの為に追撃をしてこなかった訳か。武田め、砦が余程大事と見える」
前衛にいる氏康は納得したように笑みを浮かべる。
幸運な事に死者はいまだ出ていない。これまでに傷を負ったものは後衛に配置している。今も矢を射かけられた負傷者と、後衛の無傷な者を入れ換えて編成しつつ、ゆっくりと前進しながら砦へ向かって、武田勢を押し込み続けて行った。
やがて砦が見えてきた。砦の門扉が開いて、武田勢を収容していく。砦から最大射程で矢を射かけられ始めた。武田勢も負傷者が出てはいても死者は出ていないらしい。砦の門扉は最後の兵士を収容すると、ピタリと閉じられた。
砦は道を塞ぐ関所を大規模化した形態で建設されている。林の木を間伐して、林の終わる境目の所には壁を建設してある。間伐は砦からの射線を通しやすいように工夫して木を伐採してあった。
北条勢は道一杯に方陣を編成して砦に対峙した。
北条勢が砦へ向けて激しく火矢を射かけ始める頃、方陣の真ん中が開き、戦端を尖らせた丸太と屋根を固定した荷車が数台押し出された。
お互いに激しく交わす矢戦の中
「扉へ突っ込め~!」
北条氏康の号令と共に、勢いよく荷車が扉へ向かって進んでいく・・・ガッガ~ン!!!轟音が響く。
荷車が扉へ突っ込んで止まると、押していた兵士達は荷車に火をかけて陣へ戻って行った。
扉を中心に、火をかけられた荷車が並んで砦に数台並んでいる。
延々と矢戦が続いている内に火が砦に延焼し始め、武田側の消火作業が激しい矢戦の為捗らず、本格的に砦が燃えて来た。
武田勢は砦の上から姿を消した。
北条の陣
「氏康、でかした!砦が焼け落ちるまで待機じゃ。焼け落ちた後も残っている様であれば、武田勢を殲滅する。武田勢の姿が無ければ、凱旋じゃ!」
やがて火が消えて砦が跡形もなくなった景色の中に武田勢の姿は無かった。
「好し!全軍引き上げじゃ~!」
氏綱の号令と共に勝鬨を上げながら北条勢は小田原へ帰還していった。
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