この世界には愛がない。

虫とるず

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1.異世界プロジェクト

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 2050年、アメリカNASAが開発した異世界転生プログラムが全世界を狂わせた。
 異世界転生プログラムとはその名の通りの事であり、VRゲームを応用した技術を使い空想上の世界に入り込むことが出来るのだ。しかし入り込むとは言っても身体ごと異世界に持っていくことは出来ず、専用ヘルメットを被り、所謂夢を見ている感覚で異世界体験をすることが出来る。
 期間は約一ヶ月であり、その間病院で経管栄養を行いながら横になっておく。身体に異常をきたせば専用ヘルメットから警告アラームがなり医者が診断するが、その間も異世界体験は続行したままである。
 一ヶ月経った後でも、身体に特に変化がなく副作用もない。
 安心で安全なプロジェクトなのである。
 安心で安全…、一体このフレーズを何度テレビで聞いただろうか。もう今年の流行語大賞これで決まりだろ、てくらい社会に浸透していて、ツイッターのトレンドはいつまで経っても消えない。
 僕は調べていた異世界プロジェクトのページを閉じ、ツイッターを開いた。
 そして検索欄に異世界転生プログラムと打ち込み、更新して世間の反応を読む。
 
 『マジで皆異世界いってみ!人生変わるぜ』
 『初回は結構安値で出来るから、一回くらいやったほうがいいと思う。人生経験にもなるし』
 『異世界で彼女出来た草草』
 『お前ら行く前に説明書読めよ。禁止されてるからここでは言えないが』
 『皆異世界依存症にはなるなよwww←とかいう俺依存症ですwwwもう三回体験しました。明日から四回目ww』

 プロジェクトが日本で実施され始めたのは、アメリカが実施し始めてから二ヶ月後の四月。今はもう七月も終わりを迎え、異世界体験が可能になってから約四ヶ月も経ち、僕の知り合いも何人かすでに体験していて既に身近な存在となっていた。 
 ツイッターでも一秒で何件も更新され各々感想を述べたり、人生観を語ったりしている。

「異世界か…」

 確かに興味はあるし、いつかは行って見たいとは思う。だが、行ったところで現実世界をないがしろにしているようで変な罪悪感もある。確かに貴重な経験をすることが出来るだろうが、いろんなリスクを考えると踏みとどまってしまう。
 だが、明日から長い長い大学の夏休み。彼女見なければ友達もいない僕にとって、夏休みとはただ暇な毎日を送る意味のない日々のことだ。ぼんやりと夏休みを過ごすくらいなら、いっそのこと異世界に行ってみるのもいいかもしれない。
 冷房の効いていない真夏の真昼に僕はスマホの画面を見つめながら考えを巡らす。
 そしてすぐ横に置いてあった茹でたそうめんにつゆをつけて、思いっきし啜った。
 頭が固まったような気がした。

「行こう」

 有り得ないくらい異世界へのメリットデメリットを考えつつ、やはり半信半疑で行く事を阻んでいた数秒前の脳裏にはもはや異世界の好奇心でしか埋まっていなかった。
 僕は時計を見る。
 午後一時ちょうど。

「思い立ったが吉日だ」

 まるで大事な試合の前に気合いを入れるかのように発したこの言葉を合図にして、僕は急いで風呂に入り着替えを済ませ、近くのコンビニでありったけのお金を下ろして、異世界プロジェクトが行われている病院へと向かった。

 病院に着くと受付が二つあり、普通の診断用と異世界転生用とに分けられており、後者の方には三人ほど並んでいた。
 僕は受付に行って少し並んで、問診票を書いて渡すと、小さな部屋に案内された。

「ここが桐谷翔太きりたにしょうたさんのお部屋110号室となります。採血の準備をしますのでその間説明書を読んでいてください。この説明書は必ず読むように」

 若い看護師に念を押され、少し動揺したが用意された椅子に座りスマホを取り出した。

ーーー僕もとうとう異世界デビューか。

 僕は興奮を抑えきれず、ツイッターを開き今の心境をツイートしてみた。

『今から異世界行ってきます笑』

 落ち着いた風を装い、端的に綴られたこの文章には、まるで小学生の時に初めて飛行機に乗ったワクワク感を想起させる。
 溢れるほどの好奇心がそこにはあった。
 僕はしばらくの間ツイッターに夢中になっているとさっきの看護師が注射器を持って現れた。

「それでは採血します。じっとしていてください」

 僕は左腕を伸ばしじっとしていた。
 すると注射器に取り付けられた小さなスクリーンに緑色で正常というマークが現れた。

「血圧、体温、臓器環境、健康状態全て大丈夫ですね。それでは早速ベットに横になっていただきます」

 看護師が淡々と言い、僕はあまりの手順の早さに驚いた。実際もっと時間をかけていろんな検査やら書類を書くのだと思っていた。
 僕は言われるがままにベットに横になると、テレビで何百回もみた青いヘルメットを被らされた。

「痛くないですか?」

「は、はい」

 ヘルメットの側には巨大な機械があり、CPUの過剰な働きによる熱の発生を防ぐためのファンの回る音が聞こえる。

「点滴を打ちますね」

 看護師はそう言うと手早く僕の左腕に針をさす。
 痛みは感じなかった。

「目を瞑ってください」

 僕が言われるがままに従う。
 心臓の拍動が秒針の速度を追い越して、自分の体を温めている。

「それではプロジェクトを開始します」

 そう言うと、看護師が何やらスイッチを入れたのかヘルメットに熱が帯びてきている。少しだけ頭がクラクラしてくる。
 まるで二日酔いの時に感じる胸苦しさを覚え、僕は吐き気を催した。
 しかし、次の瞬間そんなことなどどうでも良くなるほどの眠気が僕を襲い、いつの間にか気を失っていた。

「良い異世界生活を」


 
 
 
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