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しおりを挟む章の優しさが嬉しい。
大変な状況なのに沙羅の気持ちは軽くなって、巧の保護者を早く探さなきゃという焦りも少しだけ落ち着く。
沙羅は腕の中の巧に、安心させるように囁いた。
「大丈夫だよ、ちゃんと見つかるからね。ちょっと時間掛かってるけど、大丈夫だからね」
言葉が少なくなっている様子から、巧の漠然とした不安が大きくなってきているのが沙羅に伝わってくる。それを紛らわせるように、抱きしめる腕に力を込めた。
けれど、それからは全く思うように話が進まなかった。まずスタッフがいないのだ。いても、詰めかける人への対応で明らかにテンパっている。
それでも人混みに揉まれながら、ようやくスタッフを捕まえた物の、慌ただしさはひどくなるばかりで相手にされない。どうやら迷子を見ている人がいるという状況に後回しにされているようだ。
「こんなに時間掛かると思わなかったね。……たくみ君のお父さんも心配してるだろうね。外ではぐれたわけだし、この状況で見つからないって、怪我してないかとか、泣いてないかだとか、絶対すごく心配してるよね」
沙羅は不安を吐き出すように呟きながら、巧をぎゅっと抱きしめる。
隣で章が低い声で「そうだな」と肯くと、ぽんぽんと沙羅の背中を叩いた。触れる手の重さが心地よくて、少しだけ沙羅の気持ちを軽くしてくれた。
退屈さと、周りの落ち着かない環境と、眠さもあるのだろうか、巧が頻繁にぐずぐずと文句を言い始める。なのに、どうしようもなくて、沙羅はただ、巧をなだめながら抱きしめるしかできなかった。
それからも見かけたスタッフに声をかけたがやはり他の要望を優先された。
そして三度目の「もう少しお待ち下さい」に、とうとう章がキレた。
「お待ち下さいって、こっちは三十分待たされてんだよ! 子供が親とはぐれて不安になってんだぞ! そこのがなり立てるオヤジより優先順位は上だろうが! こんなちっこい子供がこの状況で親とはぐれてんだぞ! 後回しにしてんじゃねぇよ! 子供とはぐれた親の気持ちも考えろよ!! 事故に巻き込まれて怪我してないかとか、不安で泣いてないかとか死ぬほど心配してるんだよ! さっさと放送でもなんでもいいからしろよ!」
イライラした様子で怒鳴った章を、沙羅は呆然としながら見ていた。
沙羅は怒鳴ったりする人は苦手だ。そもそもそういう事をする人が身近にいないために、声を荒らげる人には反射的に恐怖を覚える。
章の見た目の雰囲気からすると、なるほどやりそうな感じだ。けれど見た目よりも章は優しいし朗らかだ。あまり小さいことを気にするようなタイプではなさそうで、結果穏やかで、怒鳴ったりすることなどなさそうに感じていた。
なのに彼は怒鳴っている。
けれどそれは、それだけ巧のことを心配してのことだ。
驚いたけれど、沙羅は章のそれを怖いとは感じなかった。それは沙羅たちに向けられている優しさがわかるからかもしれない。
沙羅だって巧の様子と過ぎる時間に、心配になっていた。でも何も言えなかった。早くしてあげて下さいと言いたくても言えなかった。周りの状況やスタッフも大変そうなのがわかったから。それでも優先してほしい、ちゃんと見てくれてたらこの子が優先されてもいいはずなのにと思いながら、周りの人が訴える要求に流されるのを歯痒く思っていた。こっちの方がもっと大事だと思うのにと思うばかりで、それだけでなにもしてやれなかった。
沙羅は、なんの行動も起こせなかったのだ。
でも今、ちゃんと言わなければいけないことをはっきりと訴えてくれた背中が目の前にある。これほど頼もしいことはない。いつもは見送るしかできない背中なのに、今はまるで沙羅達を守るようにそこにあって、沙羅を置いていくことはない。それどころか沙羅が言いたくて言えなかったことを言ってくれる、誰よりも頼れる背中だった。
スタッフに声をかけていた人の一人が「そうですね、そちらを優先してあげて下さい」と口火を切った。子連れの母親だった。
「そうね、そっちが先よね」
その次に相槌を打ったのは年配の女性。次々に同意の声が上がる。
スタッフも周りからの援護をうけて、ようやく話を聞いてくれる体勢になった。
「では、お子さんお預かりしましょうか」
そう言われたが今度は巧が嫌がった。
「じゃあ、一緒に行きます」
沙羅は巧を抱いたまま苦笑すると、章も肯いた。
付いてきてくれるんだ。
沙羅はほっとした。もう二人で付いている必要はないのだ。でも当たり前のように章は一緒にいてくれる。その事がとても安心できた。
「タクミ、こっち来いよ」
巧は首を振る。
「じゃあ、降りて歩け。この人混みでサラがお前抱いて歩いたら危ないだろ」
「大丈夫だよ」
途中章が変わってくれて、今抱き上げてから数分しか経っていない。重いし腕は痛いけど、巧も辛いだろう。
「ダメだって。女の子に十キロ越えの荷物持たせて歩くとかないから」
荷物と言われた巧がむっとするのが見えた。
「タクミ、降りろ」
有無を言わさぬ章の態度に、とうとう巧が折れた。下には降りた物の、すぐに章の腕の中だったが。
「お知り合いですか」
スタッフの質問に、章と沙羅は「え?」と顔を向ける。
「いえ、三人とも、この子が転んだときに初顔合わせですよ」
知り合いに見えたのだろうか。確かに巧のおかげもあって、驚くほど一緒にいて馴染んでしまっているが。
「えぇ?! お二人はデートとかじゃないんですか!」
スタッフが驚いた様子で、思わずと行ったように声を上げた。章が呆れたように溜息をついた。
「だから初対面だって。顔合わせて一時間ぐらいしか経ってないし」
「も、申し訳ありません、親しそうだったので、三人ともお知り合いなのかと……!!」
「知り合いだったらさっさと親に電話してるって……」
焦った様子のスタッフに、章が苦笑していた。
ようやく、事態が解決の方向に向かい始めていた。
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