白銀の竜と、金の姫君

真麻一花

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おまけ。魔術師の守ったもの

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 「そなた、……という名の魔術師を知っておるな」

  それは、問いかけというよりも、確認であった。
  娘は、その問いかけにより、ようやく自分がなぜ白竜の前に連れてこられたのかを知る。

 「……そのような名前の者、存じません……」

  そのような嘘が通用するとは思えなかったが、関係ないと思う気持ちは確かな物だった。白竜の告げた名は、もう二度と関わりたくない、関わりがあったことなど消してしまいたいと思うほど、忌々しい名前であった。

 「私がこの国の王子であったことはそなたも知っておろう。その私にこのような呪いをかけた者の名だが、知らぬ、と」

  娘は白竜の低い声に震え上がりそうになるのをこらえながら、何とか「はい」とうなずきを返した。
  しかし、そんな娘の心中を気にとめた様子もなく、それに対する白竜の答えはあっさりとしていた。

 「……よかろう。では、そなたはあの魔術師と関係がないものとしよう。して、その魔術師が私にこのような呪いをかけた理由を知っておるか?」
 「なぜ、そのようなことを、私に……」
 「なに、少しばかり世間話をしたいと思ってな。せっかくだから私の戯れ言につきあうがよい」

  それは、言外の命令であった。娘は唇をかみしめたままうなだれる。
  あの男は、本当にどこまでも迷惑な男だったのだと、思った。離れて何年も経つのに、未だにこうして被害を被るのだ。

 「……その魔術師は、依頼を受けたのではなく、呪いを受けていたようでな。稀代の魔術師だったようだが、いかんせん、性格が異常だったらしい。よって、いうことをきかせるためにかけられた呪いがな、私を絶望させて消さねば、自身の魔術で大切な者を死なせる、という物であったらしい。相当におかしな男であったが、どうやら大切に思う者がいたらしくてな。やつは、その者を守るために、自身の命をかけおったのだ」

  娘は息を呑んだ。
  嘘だ、あの男がそんなことをするわけがない。……違う、それは、私のことじゃない。
  娘は混乱する気持ちを必死で隠し、うつむいた。

 「私をこのような形で生かさねば、あやつの命は助かっていたのであろうがな。だが奴も、自身の命が助かれば、大切な者の命は狙われ続けると思うたらしい。あのような気違いじみた奴でも大切に思う者がいるなど、おかしなことだとおもわんか? またそれをわざわざ私に話すあたりが、おかしいだろう? ………私がその者を害するとは、なぜ考えなかったのであろうな」

  娘は足下を見つめながら、血の気が引いていくのがわかった。
  これまでか、と思った。自分は罪に問われるのか、それとも、秘密裏に制裁を受けるのか……。

 「まあ、そんな「小娘」一人をどうこうしたところでどうにもならん。私もそんな余計な手間はかけるつもりはないのだがな」

  何事も内容にそう続けた白竜にほっとしたのもつかの間。続いた言葉に娘は唇をかんだ。

 「だが、少しばかり仕返しをしたいと思ったのも事実でな。おそらく、あの魔術師は、その守った者に、このことを知られることをさぞかし嫌がったであろうと思うのだ。だが私は、その魔術師のように、その者のことが大切なわけではないのでな。知らせることでその娘が傷つこうがかまわぬ。……して、娘よ。そなたはあの者とは関係ないということであるが、一応あの魔術師と関係の深い間柄の者を探してそなたを呼び出したわけだ。もしかしたら、あの魔術師が大切にしていた者を知っておるかもしれぬのでな。その者に会った時、命がけで守られた話を伝えるがよい。……魔術師へのほんの嫌がらせだ、娘、果たせよ?」
 「………はい」

  娘はうつむいて、ようやく震える声でうなずいた。
  その後、何事もなく娘は家に帰された。あっけないもので、どうやら本気で「関係がない」ということにしてくれるようだ。本当のことはどうせ知っているだろうに。白竜は目的が果たせた時点でもうよかったのだろう。
  白竜の意図が分からない。たったその程度のことをわざわざ知らせてきたのは、本当にただの「仕返し」だったのか、どういう形であれ彼を生かしたことへの「厚意」であったのか。
  分からないが、確かに娘にとっては、嫌がらせに違いなかった。
  一人きり住まう部屋の中で、娘は呆然として寝台に腰を下ろす。
  大切な者。
 
「……何よ、それ」

  ……最低な男だった。周りのことなどどうでもよくて、自分の利益と自分の楽しさが何よりも優先していたような奴だった。好き勝手して、迷惑しかかけない男だった。あの男のせいで何度ひどい目に遭っただろう。あの男がろくなことをしでかさないから、そのたびに娘は居場所をなくし、逃げるように転々として生きてきた。
  かまうなというのに、なぜか男はかまってきて、いらぬちょっかいばかりをかけて、そして盛大な損害を与えてゆく。

  大っ嫌いだった。

  暖かなぬくもりも、あの男のせいで失ったことが何度もある。優しかった人たちがあの男のしでかしたことのせいで手のひらを返すように娘を非難した。ひどい時は町全体に損害を与え、追われるように逃げた。全部、全部、あの男のせいで。私は。

 「命をかけて、守った……? ふざけないで」

  死んだという知らせを噂で聞いて、最初に胸にこみ上げたのは、もう二度と振り回されることはないという安堵だった。もう二度と会わなくてすむ、と。

 「……ふざけないでっ、さんざん、私をどん底に突き落としておいて………っっ」

  何で、のどの奥がきしむように痛いのだろう。何でまぶたが熱くなるのだろう。
  知りたくなかった、こんなこと。こんなことを知らせるだなんて、あの王子はなんと意地が悪いのだろう。あの男のことを憎んだままでいたいのに。何でそんなことを教えるのだ。
  こんなにも憎いのに。こんなにも許せないのに。

 「あんたなんか、大っ嫌い」

  でも、ずっと、ずっと離せずにいた手。あの男もまた、どんなときも娘のことだけは捨てようとしなかった。いっそ捨ててくれた方がましだったけれど、絶対に、手を離すことはなかった。
  そんな男と関わりがなくなったのは、娘が一人で生きていけるようになってからだ。
  男は、突然にふらりと娘の前から消えた。そんなことはよくあることだったが、けれど結局そのまま帰ってこなくなった。
  そうしてようやく平穏を手に入れた。それからは知り合いから男の様子をきくことはあったが、それだけだ。男はぴたりと関わってくるのをやめた。
  それは単に娘のことを忘れて、王都で好き勝手やっているせいだと思っていた。

  ……大切な者を命がけで守った?
  知らない、そんなこと知らない。守られていただなんて、信じない。だって、あの男はいつだって私を……。

 「……私を……」

  涙があふれる。

 「あんたなんか、大っ嫌い……大っ嫌い……」

  なのに、何で思い浮かぶのだろう。笑いながら頭をなでてきたその人の笑顔が。何でよみがえるのだろう、つないだ手のぬくもりが。
  死んだと聞いた時はほっとしたのに。何も思わなかったのに。何で、今更。
  あいつのために泣いてやるだなんて、死んでもお断りだ。
  なのに、きしむ喉の奥が勝手にしゃくりをあげる。熱くなったまぶたから涙は勝手にぼろぼろとあふれてくる。

 「……兄さん……」

  娘は、もう二度と呼ぶつもりのなかった男を、小さく、呼んだ。
  へらへらと笑いながら応えてくる声はない。
  もう、なじることも、出来ない。



************

だから、知らせたくなかった、魔術師のお話。
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みんなの感想(1件)

ぐりこ
2021.04.21 ぐりこ

魔術師の死に様が、とても格好良い。

真麻一花
2021.04.21 真麻一花

ありがとうございます。気に入っているところなので、とてもうれしいです!

解除

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