13 / 13
おまけ。魔術師の守ったもの
しおりを挟む「そなた、……という名の魔術師を知っておるな」
それは、問いかけというよりも、確認であった。
娘は、その問いかけにより、ようやく自分がなぜ白竜の前に連れてこられたのかを知る。
「……そのような名前の者、存じません……」
そのような嘘が通用するとは思えなかったが、関係ないと思う気持ちは確かな物だった。白竜の告げた名は、もう二度と関わりたくない、関わりがあったことなど消してしまいたいと思うほど、忌々しい名前であった。
「私がこの国の王子であったことはそなたも知っておろう。その私にこのような呪いをかけた者の名だが、知らぬ、と」
娘は白竜の低い声に震え上がりそうになるのをこらえながら、何とか「はい」とうなずきを返した。
しかし、そんな娘の心中を気にとめた様子もなく、それに対する白竜の答えはあっさりとしていた。
「……よかろう。では、そなたはあの魔術師と関係がないものとしよう。して、その魔術師が私にこのような呪いをかけた理由を知っておるか?」
「なぜ、そのようなことを、私に……」
「なに、少しばかり世間話をしたいと思ってな。せっかくだから私の戯れ言につきあうがよい」
それは、言外の命令であった。娘は唇をかみしめたままうなだれる。
あの男は、本当にどこまでも迷惑な男だったのだと、思った。離れて何年も経つのに、未だにこうして被害を被るのだ。
「……その魔術師は、依頼を受けたのではなく、呪いを受けていたようでな。稀代の魔術師だったようだが、いかんせん、性格が異常だったらしい。よって、いうことをきかせるためにかけられた呪いがな、私を絶望させて消さねば、自身の魔術で大切な者を死なせる、という物であったらしい。相当におかしな男であったが、どうやら大切に思う者がいたらしくてな。やつは、その者を守るために、自身の命をかけおったのだ」
娘は息を呑んだ。
嘘だ、あの男がそんなことをするわけがない。……違う、それは、私のことじゃない。
娘は混乱する気持ちを必死で隠し、うつむいた。
「私をこのような形で生かさねば、あやつの命は助かっていたのであろうがな。だが奴も、自身の命が助かれば、大切な者の命は狙われ続けると思うたらしい。あのような気違いじみた奴でも大切に思う者がいるなど、おかしなことだとおもわんか? またそれをわざわざ私に話すあたりが、おかしいだろう? ………私がその者を害するとは、なぜ考えなかったのであろうな」
娘は足下を見つめながら、血の気が引いていくのがわかった。
これまでか、と思った。自分は罪に問われるのか、それとも、秘密裏に制裁を受けるのか……。
「まあ、そんな「小娘」一人をどうこうしたところでどうにもならん。私もそんな余計な手間はかけるつもりはないのだがな」
何事も内容にそう続けた白竜にほっとしたのもつかの間。続いた言葉に娘は唇をかんだ。
「だが、少しばかり仕返しをしたいと思ったのも事実でな。おそらく、あの魔術師は、その守った者に、このことを知られることをさぞかし嫌がったであろうと思うのだ。だが私は、その魔術師のように、その者のことが大切なわけではないのでな。知らせることでその娘が傷つこうがかまわぬ。……して、娘よ。そなたはあの者とは関係ないということであるが、一応あの魔術師と関係の深い間柄の者を探してそなたを呼び出したわけだ。もしかしたら、あの魔術師が大切にしていた者を知っておるかもしれぬのでな。その者に会った時、命がけで守られた話を伝えるがよい。……魔術師へのほんの嫌がらせだ、娘、果たせよ?」
「………はい」
娘はうつむいて、ようやく震える声でうなずいた。
その後、何事もなく娘は家に帰された。あっけないもので、どうやら本気で「関係がない」ということにしてくれるようだ。本当のことはどうせ知っているだろうに。白竜は目的が果たせた時点でもうよかったのだろう。
白竜の意図が分からない。たったその程度のことをわざわざ知らせてきたのは、本当にただの「仕返し」だったのか、どういう形であれ彼を生かしたことへの「厚意」であったのか。
分からないが、確かに娘にとっては、嫌がらせに違いなかった。
一人きり住まう部屋の中で、娘は呆然として寝台に腰を下ろす。
大切な者。
「……何よ、それ」
……最低な男だった。周りのことなどどうでもよくて、自分の利益と自分の楽しさが何よりも優先していたような奴だった。好き勝手して、迷惑しかかけない男だった。あの男のせいで何度ひどい目に遭っただろう。あの男がろくなことをしでかさないから、そのたびに娘は居場所をなくし、逃げるように転々として生きてきた。
かまうなというのに、なぜか男はかまってきて、いらぬちょっかいばかりをかけて、そして盛大な損害を与えてゆく。
大っ嫌いだった。
暖かなぬくもりも、あの男のせいで失ったことが何度もある。優しかった人たちがあの男のしでかしたことのせいで手のひらを返すように娘を非難した。ひどい時は町全体に損害を与え、追われるように逃げた。全部、全部、あの男のせいで。私は。
「命をかけて、守った……? ふざけないで」
死んだという知らせを噂で聞いて、最初に胸にこみ上げたのは、もう二度と振り回されることはないという安堵だった。もう二度と会わなくてすむ、と。
「……ふざけないでっ、さんざん、私をどん底に突き落としておいて………っっ」
何で、のどの奥がきしむように痛いのだろう。何でまぶたが熱くなるのだろう。
知りたくなかった、こんなこと。こんなことを知らせるだなんて、あの王子はなんと意地が悪いのだろう。あの男のことを憎んだままでいたいのに。何でそんなことを教えるのだ。
こんなにも憎いのに。こんなにも許せないのに。
「あんたなんか、大っ嫌い」
でも、ずっと、ずっと離せずにいた手。あの男もまた、どんなときも娘のことだけは捨てようとしなかった。いっそ捨ててくれた方がましだったけれど、絶対に、手を離すことはなかった。
そんな男と関わりがなくなったのは、娘が一人で生きていけるようになってからだ。
男は、突然にふらりと娘の前から消えた。そんなことはよくあることだったが、けれど結局そのまま帰ってこなくなった。
そうしてようやく平穏を手に入れた。それからは知り合いから男の様子をきくことはあったが、それだけだ。男はぴたりと関わってくるのをやめた。
それは単に娘のことを忘れて、王都で好き勝手やっているせいだと思っていた。
……大切な者を命がけで守った?
知らない、そんなこと知らない。守られていただなんて、信じない。だって、あの男はいつだって私を……。
「……私を……」
涙があふれる。
「あんたなんか、大っ嫌い……大っ嫌い……」
なのに、何で思い浮かぶのだろう。笑いながら頭をなでてきたその人の笑顔が。何でよみがえるのだろう、つないだ手のぬくもりが。
死んだと聞いた時はほっとしたのに。何も思わなかったのに。何で、今更。
あいつのために泣いてやるだなんて、死んでもお断りだ。
なのに、きしむ喉の奥が勝手にしゃくりをあげる。熱くなったまぶたから涙は勝手にぼろぼろとあふれてくる。
「……兄さん……」
娘は、もう二度と呼ぶつもりのなかった男を、小さく、呼んだ。
へらへらと笑いながら応えてくる声はない。
もう、なじることも、出来ない。
************
だから、知らせたくなかった、魔術師のお話。
0
お気に入りに追加
43
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。
有川カナデ
恋愛
憧れのお義姉様と本当の家族になるまであと少し。だというのに当の兄がお義姉様の卒業パーティでまさかの断罪イベント!?その隣にいる下品な女性は誰です!?えぇわかりました、わたくしがぶっ飛ばしてさしあげます!……と思ったら、そうでした。お兄様はお義姉様にべた惚れなのでした。
微ざまぁあり、諸々ご都合主義。短文なのでさくっと読めます。
カクヨム、なろうにも投稿しております。
王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!
奏音 美都
恋愛
ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。
そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。
あぁ、なんてことでしょう……
こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
孤独の華
御伽夢見
恋愛
その旅人は恐れられていた。善行をしてお礼を述べられても、皆同じように気味悪がる。拒否の言葉がきこえる。
旅人を男と認識し、ほとんどの者が気付かなかった。本当は見目麗しい、可憐な女性であったことに。女性と気付かれても相手は態度を変えない。むしろ暴言は増える。
ある日偶然旅人を目撃したカイルは一目で彼女の全てを自分の人生に受け入れたい程の衝撃を受ける。
一方、もう一人のカイル・・ある国の王子は最愛の公爵令嬢の行方を探していた。
令嬢もまた、王子の事を想っていた。だが、姿を消すことしかあの時は思いつかなかったのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
魔術師の死に様が、とても格好良い。
ありがとうございます。気に入っているところなので、とてもうれしいです!