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三幕
14 見えてきた未来3
しおりを挟むあの日、シャルロッテに、自分の望む道を得るための価値を作り出すよう言われたとき、リィナにはあまりにも無理な提案にしか思えなかった。
神殿に与えられる物など、リィナは何一つ持ってないように思えたのだから。
その為、あの頃は、ヴォルフの元へ帰る道はないようにすら思えた。
同じ事を何度も考えて行き詰まった頃、少しだけ目先を変えて考えてみたのが、活路を見つけるきっかけだった。
リィナはまず前提を変えて考えてみた。神殿のほしい物を自分がどれだけ持っているかではなく、神殿を出るだけの口実はないのかと。神殿にこもっていてはどちらにしろ道はない。外へでる口実をまずは見つけてみようと思ったのだ。
まず考えたのがグレンタールに赴く理由だった。
あの戦争の後グレンタールが興るのだとヴォルフが言った。
そしてグレンタールには神殿ができる。それもエドヴァルドに次ぐ大きな神殿だ。
もし、ヴォルフのいる時代に戻ったとき、それがあるのならば、そこへ行こうと考えた。
でも、きっと神殿はまだできていない。
シャルロッテによると、時読みには二種類あるのだという。自分の過去や未来に実際見た物を見る時読みと、その場所で起こることを見る時読みと。
リィナは神殿内にいながら、先読みで見知らぬ景色の中にいるヴォルフを見た。それは、リィナがその時のヴォルフを見たという事である。つまり、その時代にリィナは存在しているという事。
リィナが先読みで見たヴォルフは別れた頃とそれほど変わっていなかった。ならばあの山奥に早々すぐ神殿が建つはずがない。
ならば、グレンタール神殿を、作らせればいい。
大それたことを考えていると思った。けれど、実際、できるはずのものなのだ、出来ないのならそうなるように動けば、間違いなく時代がそう動く。シャルロッテを見るうちに、リィナは実感を持ってそうと知った。
けれどそれは姫巫女の託宣としてすればできるというものではない。それにはそれなりの基盤がいる、シャルロッテの言ったことは、そこを考えろということなのだ。
グレンタール神殿のある価値。
その価値を見出すためには、まずグレンタールという基盤が必要だ。
グレンタールの価値を考えるのだ。
考えて、リィナはヴォルフの言葉を思い出した。渡る寸前に、ヴォルフは叫んだのだ。「グレンタールで待っている」と。
更にリィナは修行中に見た先読みの事をもう一度思い返す。
見知らぬ土地にいるヴォルフと、神殿の様子。断片的な先読みの内容を思い出し、自分の成したい事と付き合わせて考えた。
先読みで見たのは、グレンタールにいるヴォルフの姿と思って間違いないだろう。
という事はグレンタールはきっと興っているだろうと推測する。
そしてグレンタールができているのなら、そこにヴォルフがいる。リィナを待つために。一緒にグレンタールを作るのに加わろうと約束をしたのだ。きっと一足先にそこへ行っている。
それは、リィナにとって疑いようのない真実だった。
たとえヴォルフがリィナへの思いを失っても、仮に他に伴侶を見つけたとしても、ヴォルフは絶対に命つきるそのときまで、リィナを待っているはずなのだ。そういう人だ。
グレンタールができていて、そこにヴォルフがいる、そこに神殿を作りたい。
リィナは情報を少しずつ整理する。
神殿を作るには、まずグレンタールができていないといけない。でもきっとグレンタールは開墾して何年も経っていないだろうから。
だったらまずやることは、グレンタールへの神殿からの保護だ。神殿がグレンタールをまず保護する事でグレンタール神殿ができる事に繋がるかもしれない。ならば保護するだけの理由をこじつけなければいけない。
そこで以前ヴォルフと交わした会話を思い出した。
あの後、交通基盤は川を起点としたものからからグレンタールを経由した陸路へと移行すると言っていた。そこに、重要な経由地点としてグレンタールは存在しているのだ。国よりも先に、そこに対する影響力を神殿が持つことは、神殿にとって有利かもしれない。
しかも面倒な姫巫女を追いだせる片田舎の神殿を造らせると言うのだから、さぞかし都合が良いだろう。そこに閉じ込める事が出来る上に、時渡りの姫巫女がそこにいるとなれば新しい陸路開発に神殿の権威を示す事にもなるだろう。作ってしまえば、新しい神殿だから、もっと自由に動きやすいはずだ。
考えればいろいろと条件がそろっていることに気付く。
時の理の流れに沿って動けば、必ず時代はそう進む。
大丈夫。できる。
リィナは考えていく内に、わずかながら自信を持つ。
陸路が航路よりも発達するという託宣ならば、おそらく神殿は動くのではないだろうか。
そういえば、とリィナは思い出す。温泉のでる湯治場としての機能は、神殿に救いを求める人への信仰の一部として力を持っていた。それも利用できるかもしれない。
他には。
少しでも「姫巫女が行かなければいけない」理由が多い方が良い。他に代役が利かなければなお良い。
小さな村の、小さな力、当たり前にあった物の中に、重要性がなかったかをリィナは必死で思い出す。
他には。
そうだ。
リィナは自らが身につけている紫紺のベールに触れる。そしてグレンタールで過ごした日々を思い出す。
カルストとアヴェルタの染め物屋で働いた日々。
私しかできないことがあった。
それは、リィナがグレンタールに赴くだけの理由となりうる。そこに身を置くだけの礎とできるはずだ。
小さなことだけれど、見ただけで分かる大きな権威。
他にはない、高貴な色の作り方を知っている。
鮮やかな紫を染め上げる、グレンタールの紫泉染。
まだ、あの時代では紫色を出すための技術は見つかっていない。なぜなら紫泉染はグレンタールでのみ作る事が出来る物だから。
神殿内の高位の物だけしか身につける事が許されない、紫の染色技術。
これも使えるかもしれない。神殿の象徴をグレンタールのみが生み出すことができるのだから。
しかもそれを姫巫女が先読みの力で成し遂げるのなら、なお大きな名声でもって広がるに違いないのだ。
紫泉染めの技術をリィナが伝えるのだ。
この時代において、リィナだけが知っている技術であった。
あまり詳しくなくていい。やり方さえ知っていれば、それなりのものはできる。カルストのように見事な染色など出来なくていいのだ。技術さえ伝えれば、新しく生まれた職人が、その技術を確かなものへと作り上げていくだろうから。
それがリィナがヴォルフの元へ帰るために思いついた全てだった。
リィナは自分のしなければいけない事を一つずつ思い巡らせて確認する。
ひとまずの目的はうまくいった。私が姫巫女であり、そしてそう簡単に操る事が出来ないという最初の印象を持たせられたはずだ。
後はそれを保ちつつ、グレンタール神殿を造る流れを作っていくのだ。
私が、グレンタール神殿の歴史を作る。礎を築いてみせる。
ヴォルフ、必ず、あなたの元に帰るから。あと少し待っていて。
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