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三幕
5 もう一人の姫巫女5
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自分の足下で身を伏せる二人に、リィナはそんな事をする必要はないと言うが、シャルロッテは頑として聞き入れず、巫女に分からぬよう、この場は謝罪を受け取るよう目で伝えてきた。
仕方なくリィナは二人の謝罪を受け取る事にして、ようやくこの場がおさまる形に至るのだが、シャルロッテはこれで終わらせるつもりはないようだった。
「……行きなさい。沙汰は追ってくだします」
シャルロッテが目を向けることなく言い放つと、若い巫女は逃げるようにその場を去った。
誰の目もなくなったことを確かめると、シャルロッテは立ち上がり、深く溜息をついた。
「リィナ。何度言えば分かりますの? 姫巫女がそんな卑屈な態度を取るなど、言語道断ですわ。改めなさいませ」
先ほどまでと立場は逆転していた。シャルロッテはリィナを守るために人目のあるところでは必ずリィナを自らより上の存在として扱うが、二人だけの時はその限りではない。
「でも、シャルロッテ」
困りながらも口答えするリィナに、シャルロッテは呆れ気味に、けれど幾分腹立たしげに続ける。
「でもではありませんわ。あなたは姫巫女なのですよ。あなたがそのような態度だからつけあがる者も出てくるのですわ。無知蒙昧にあのような態度を取る者も出てきますし、その度に断罪せねばならなくなるのです。分かっていますか? あなたの態度が、あの者を罪な行動に走らせたのです」
「私の、せい?」
リィナは考え込んだ。彼女の価値観では先ほどの巫女も、自分も、それほどおかしいことをしたとは思わない。もちろんあんな風に軽蔑を露わにされるのは不快であったし、腹立たしさがないとは言わない。それでもリィナ自身、ここでの自分の扱いが分不相応と思っているだけに、仕方がないと思う部分の方が大きかった。
けれど、あの巫女の行動は罪なことであるとシャルロッテは言う。
神殿や巫女に対する考え方そのものが、リィナとシャルロッテの間には、大きく隔たりがある。リィナとシャルロッテ、と言うよりも、リィナと神殿に属する者、と言った方が良いのかもしれない。
リィナはシャルロッテの言葉の意味は理解できても意図が正確に把握できずにいた。
「望む望まざるに関わらず、あなたはその立場にある以上その責を負うのです。そして、その立場を望んでいなくとも、あなたの望む物を得るために姫巫女という地位は必要な物であるはずです。ならば、その責をしっかりと負いなさいませ。自分が望んでこの立場にあると自覚なさい。でなければ、巫女自体がこの神殿内で軽んじられることにもなるのです。わたくしはそれを許すつもりはありませんわ。ひいては彼の方のいる時代に戻るというあなたの望みも叶えられなくなる。巫女は、神殿に使われてはならないのです。そのような卑屈な態度では、他の巫女も、神官も、守人も困らせると言うことが、なぜ分からないのです」
「……困らせちゃう?」
リィナは思いがけない言葉に驚いて首をかしげた。
リィナには、シャルロッテの感覚は理解できない物だった。巫女達のために威厳を持った態度でと言われても、力があるのだから誰もがついてくるだろうし、リィナ一人がふさわしくない態度でいたところで問題があるようには思えないのだ。
リィナが異邦人である故に、本来の枠からはみ出た場所での対応であっても、シャルロッテの言う問題に発展することはないだろうと思えた。おそらく、そこはリィナもシャルロッテも、互いの感覚を理解することは出来ない。
シャルロッテがここまで言うのだから、きっと必要なのだろうとは思っていても、リィナ自身に必要性を感じていないから、気をつけていてもどうしても改善しきれなかった。
シャルロッテもそれを分かっているのに、このことは何度も注意され続けていた。
「そうですわ。姫巫女とは、神殿の最高位の存在。敬われ慕われることが義務なのです。敬わせてもらえないのでは扱いに混乱が起きるのは当然ですわ。あなたが人の上に立つのが苦手なのは、よく分かりました。それでも時と場合によってはそれを隠し、姫巫女としての役割を果たすために、そう装うことも覚えなければなりません。あなたにはそれが求められるのですわ」
言いたい事は理解できるが、納得が行かない。その様子に、シャルロッテが更に言い募る。
「帰りたいのでしょう? あなたにとって必要な事ですのよ?」
「……うん。でも、力も出せないのに、姫巫女として偉そうにするなんて、出来ないもの……私には姫巫女としての対応をされるのも、対応をするのも、分不相応だわ」
「リィナ」
シャルロッテが、少しとがめるように彼女見た。
おそらく、目をかけていた巫女の目に余る行いも、それを断罪しなければならないやるせなさもあるのだろう。いつも以上にシャルロッテは強く厳しくリィナに説明をはじめた。
何故姫巫女らしい対応が必要なのかを。
まずはリィナの今後について言及した。
リィナがが時渡りをするとしたら、神殿からとなると言うのである。
それをシャルロッテが説明した時、リィナはそれに思い至っておらず、「どうして?」と、戸惑いを隠せなかった。神殿から時渡りをすれば、神殿から出られず、また身柄は神殿に置かなければならなくなる。
シャルロッテはそこから説明をしなければならなかったのかと、呆れながらも説明した。
「神殿があなたを手放すとでも思うのですか?」
神殿以外の場所で時渡りをすると、神殿から簡単に逃げる事が出来る。それがわかっているのに神殿がそれを許すはずがない。そうならないように、確実に阻止されると思っていい。
力が使える兆しが見え始めた今後は、神殿の外に出る事さえ許されなくなるだろう。
そう考えると、リィナは間違いなく百有余年先の神殿に一人で時渡りする事になるのだ。
となると、帰ったときにリィナが今のままだと、神殿は良いように懐柔させようとする事は疑う余地もない。
それは、たとえ求める時代に帰ったとしても、今の弱者の立場しか示せないリィナではヴォルフに会いに行くことが叶うことはない事を意味する。権威をまともに示す事も出来ない姫巫女は、都合良く必ず神殿の内部に閉じ込められ、縛られるだろう。
「今のあなたを見ているとそうなるのが目に見えるようですわ」
と、シャルロッテはリィナを見据えていった。
現時点で既にその兆しはある。シャルロッテがリィナの側にいるからある程度自由に出来ているものの、シャルロッテがいなければ、今頃、時渡りなどする必要はないとばかりに姫巫女としてこの神殿にいることを強要されていたはずだと続けた。
リィナはそれに反論する事は出来なかった。
仕方なくリィナは二人の謝罪を受け取る事にして、ようやくこの場がおさまる形に至るのだが、シャルロッテはこれで終わらせるつもりはないようだった。
「……行きなさい。沙汰は追ってくだします」
シャルロッテが目を向けることなく言い放つと、若い巫女は逃げるようにその場を去った。
誰の目もなくなったことを確かめると、シャルロッテは立ち上がり、深く溜息をついた。
「リィナ。何度言えば分かりますの? 姫巫女がそんな卑屈な態度を取るなど、言語道断ですわ。改めなさいませ」
先ほどまでと立場は逆転していた。シャルロッテはリィナを守るために人目のあるところでは必ずリィナを自らより上の存在として扱うが、二人だけの時はその限りではない。
「でも、シャルロッテ」
困りながらも口答えするリィナに、シャルロッテは呆れ気味に、けれど幾分腹立たしげに続ける。
「でもではありませんわ。あなたは姫巫女なのですよ。あなたがそのような態度だからつけあがる者も出てくるのですわ。無知蒙昧にあのような態度を取る者も出てきますし、その度に断罪せねばならなくなるのです。分かっていますか? あなたの態度が、あの者を罪な行動に走らせたのです」
「私の、せい?」
リィナは考え込んだ。彼女の価値観では先ほどの巫女も、自分も、それほどおかしいことをしたとは思わない。もちろんあんな風に軽蔑を露わにされるのは不快であったし、腹立たしさがないとは言わない。それでもリィナ自身、ここでの自分の扱いが分不相応と思っているだけに、仕方がないと思う部分の方が大きかった。
けれど、あの巫女の行動は罪なことであるとシャルロッテは言う。
神殿や巫女に対する考え方そのものが、リィナとシャルロッテの間には、大きく隔たりがある。リィナとシャルロッテ、と言うよりも、リィナと神殿に属する者、と言った方が良いのかもしれない。
リィナはシャルロッテの言葉の意味は理解できても意図が正確に把握できずにいた。
「望む望まざるに関わらず、あなたはその立場にある以上その責を負うのです。そして、その立場を望んでいなくとも、あなたの望む物を得るために姫巫女という地位は必要な物であるはずです。ならば、その責をしっかりと負いなさいませ。自分が望んでこの立場にあると自覚なさい。でなければ、巫女自体がこの神殿内で軽んじられることにもなるのです。わたくしはそれを許すつもりはありませんわ。ひいては彼の方のいる時代に戻るというあなたの望みも叶えられなくなる。巫女は、神殿に使われてはならないのです。そのような卑屈な態度では、他の巫女も、神官も、守人も困らせると言うことが、なぜ分からないのです」
「……困らせちゃう?」
リィナは思いがけない言葉に驚いて首をかしげた。
リィナには、シャルロッテの感覚は理解できない物だった。巫女達のために威厳を持った態度でと言われても、力があるのだから誰もがついてくるだろうし、リィナ一人がふさわしくない態度でいたところで問題があるようには思えないのだ。
リィナが異邦人である故に、本来の枠からはみ出た場所での対応であっても、シャルロッテの言う問題に発展することはないだろうと思えた。おそらく、そこはリィナもシャルロッテも、互いの感覚を理解することは出来ない。
シャルロッテがここまで言うのだから、きっと必要なのだろうとは思っていても、リィナ自身に必要性を感じていないから、気をつけていてもどうしても改善しきれなかった。
シャルロッテもそれを分かっているのに、このことは何度も注意され続けていた。
「そうですわ。姫巫女とは、神殿の最高位の存在。敬われ慕われることが義務なのです。敬わせてもらえないのでは扱いに混乱が起きるのは当然ですわ。あなたが人の上に立つのが苦手なのは、よく分かりました。それでも時と場合によってはそれを隠し、姫巫女としての役割を果たすために、そう装うことも覚えなければなりません。あなたにはそれが求められるのですわ」
言いたい事は理解できるが、納得が行かない。その様子に、シャルロッテが更に言い募る。
「帰りたいのでしょう? あなたにとって必要な事ですのよ?」
「……うん。でも、力も出せないのに、姫巫女として偉そうにするなんて、出来ないもの……私には姫巫女としての対応をされるのも、対応をするのも、分不相応だわ」
「リィナ」
シャルロッテが、少しとがめるように彼女見た。
おそらく、目をかけていた巫女の目に余る行いも、それを断罪しなければならないやるせなさもあるのだろう。いつも以上にシャルロッテは強く厳しくリィナに説明をはじめた。
何故姫巫女らしい対応が必要なのかを。
まずはリィナの今後について言及した。
リィナがが時渡りをするとしたら、神殿からとなると言うのである。
それをシャルロッテが説明した時、リィナはそれに思い至っておらず、「どうして?」と、戸惑いを隠せなかった。神殿から時渡りをすれば、神殿から出られず、また身柄は神殿に置かなければならなくなる。
シャルロッテはそこから説明をしなければならなかったのかと、呆れながらも説明した。
「神殿があなたを手放すとでも思うのですか?」
神殿以外の場所で時渡りをすると、神殿から簡単に逃げる事が出来る。それがわかっているのに神殿がそれを許すはずがない。そうならないように、確実に阻止されると思っていい。
力が使える兆しが見え始めた今後は、神殿の外に出る事さえ許されなくなるだろう。
そう考えると、リィナは間違いなく百有余年先の神殿に一人で時渡りする事になるのだ。
となると、帰ったときにリィナが今のままだと、神殿は良いように懐柔させようとする事は疑う余地もない。
それは、たとえ求める時代に帰ったとしても、今の弱者の立場しか示せないリィナではヴォルフに会いに行くことが叶うことはない事を意味する。権威をまともに示す事も出来ない姫巫女は、都合良く必ず神殿の内部に閉じ込められ、縛られるだろう。
「今のあなたを見ているとそうなるのが目に見えるようですわ」
と、シャルロッテはリィナを見据えていった。
現時点で既にその兆しはある。シャルロッテがリィナの側にいるからある程度自由に出来ているものの、シャルロッテがいなければ、今頃、時渡りなどする必要はないとばかりに姫巫女としてこの神殿にいることを強要されていたはずだと続けた。
リィナはそれに反論する事は出来なかった。
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