時渡りの姫巫女

真麻一花

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二幕

21 望む未来3

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 戦はひとまずコルネアに有利なまま停戦となっていたが、コルネアに寄港しようとする船を襲う賊が多発していた。ゾルタン、コルネア両国共に表向きは取り締まっているが、ゾルタンに入る船が襲われることが極めて被害が少ないことから、商人達の間では、戦に乗じたただの賊ではなく、ゾルタンが襲わせているのではないかともっぱらの噂だった。
 戦は停戦状態であるというのに、輸入する商品はそのまま高騰の一途をたどっている。
 エドヴァルドの兵士がエレイネ川の治安に多くかり出されていたが、エドヴァルドの住民感情は停戦中の戦よりも物価の高騰の方に気を取られる程度には平和であった。それ故に、話題はそこに集中し、尚のこと物価の高騰ぶりを異常に感じる者も少なくはない。

 文句を言われるのに、必死に説明を繰り返すラウスも、いいかげんに疲れた様子で苦笑いを浮かべている。

「暴利なんてとんでもないですよ! むしろ今異人街は死活問題になるぐらい、利益はほとんど出していません」
「そんなわけないでしょ。これまでの三倍近い値段になってるじゃない。戦は今落ち着いているんだから、いいかげん下がっても良い状態なのに」
「ですから……」

 ラウスの説明を聞くつもりもなく、怒りをぶつけていく客も増えている。
 異人街の店まで足を運ぶ客は減り、そして文句ばかり付けに来ているような客が格段に増えていた。

「コルネアの民のくせに、異国民にすり寄りやがって、お前らも甘い蜜吸ってるんだろうが」

 そう吐き捨てる客に、こらえきれずにラウスがくってかかることもあった。根気よく対応していても、腹に据えかねる客が来ると溜まらないとラウスがぼやく。

 リィナは何も言えずに黙り込んだ。
 下手に口を出せば、異国民と間違われる言葉遣いのリィナでは火に油を注ぐだけだと分かっているため、何も出来ないのがもどかしい。

 このところの異人街に出入りするエドヴァルドの民の素行の悪さに、警備隊も多めに人員を割いてくれているが、そもそも警備隊自体が異国民の多く在籍する寄せ集めの隊である。余計な衝突も増えていた。かといって、コルネアの兵士となると、やはり見た目からして違う異国民への不信感を強く持つ者も多く、異人街の住人が泣き寝入りするような事態に陥りやすかった。
 元々差別意識があったところで、この事態である。エドヴァルドの住民と異人街の住人の対立は少しずつ表面化していっていた。


 そんな状態で、結婚することを誓い合った物の、リィナとヴォルフはなかなかその準備に時間を割けない。親族も昔からの友人もいない土地ゆえ、簡易的に済ませるつもりではあったが、それでもそれなりの節目をつけようと思うと、まだ少し先になりそうだった。

 が、周りからは完全に夫婦として認められ、先行きの見えない現状において、明るい話題として、周りからニヤニヤとからかわれることもよくあった。
 二人を兄妹のように扱っていた周りの者達だったが、報告したときは「やっとか」という言葉を付けての祝いの言葉が大半だった。
 そして、なかなか式を挙げる日が来ないまま毎日が過ぎていた。



「出来るだけ外へ出るな」

 その日も、そう言ってヴォルフは家を出た。

「はい。ヴォルフも、気をつけて下さいね」

 リィナもそれに逆らうことなく肯いてヴォルフを送り出す。
 最近、特に女子供の外出はだいぶ少なくなっていた。子どもが遊ぶ場所も、大体が集まって大人が常に数人で見るように持ち回っている。

 この現状にヴォルフはリィナを心配して警備隊を辞めるつもりでいた。ヴォルフの知っている歴史では戦火がエドヴァルドまでは来ない。それ故に全体的な安全面ではやはりエドヴァルドの方が高いと思って留まっていたが、直接的な戦火が届かなくても、これでは異人街を歩くだけでも危険が伴うような現状である。
 エドヴァルドでは完全に噂が一人歩きしていた。ひどい物では、この戦自体が異人街の者が物価を高騰させるために仕組んだ物であるといった噂まである。
 近頃増えてきた町中での争いごとに物価の高騰。エドヴァルドでは不安が蔓延し、まるで誘導されたかのように、それらの矛先が全て異人街の人間に向けられていたのだ。

 それ故、エドヴァルドの市民達からの悪質な嫌がらせが異人街で頻発している。当然異人街でもそれに対抗し、自衛組織まで応急的に作られたのだが、突発的に起こる諍いに対抗し切れてないのが現状である。
 近い内にやめると言っているヴォルフだったが、すぐにやめてしまうとヴォルフが率先して行っている異人街への警備隊の見回り派遣が減少されてしまう恐れがあったために、なかなか思うように引き継ぎが出来ずにいる。
 諍いは嫌がらせにおさまらず、暴力沙汰になることも増えてきている。異人街の者もこの現状に据えかねて相応の報復行動を起こす者まで出ているのだ。

 街全体がぴりぴりしていた。
 リィナはほんの数ヶ月前まで活気があった町並みを見渡す。まばらに人の行き交いがある程度で、どこか息を潜めているような閉塞感があった。
 そのくせして、時折がなり立てる声が響く。気楽に外に出られるような状態ではなくなっていたが、残念な事にそれも日常になってきた。

 リィナはヴォルフを見送った後、家の中で仕事をする。……といっても、糸の仕入れ値が上がったために、今までのように売れることは期待できない。特にリィナの作る物は、安価で手に入るところが人気だったために尚更である。

 リィナは適当なところで切り上げると立ち上がり外へ出た。近所の子供達の相手をするためだ。大人は家の中にいることを我慢することが出来るが、子供はそうもいかない。持ち回りで交代交代に親が見るといっても人手も足りない。なので時折こうしてリィナも手伝いに出るのだ。外へ出る気晴らしと、大勢でいる安心感、そしていろんな話も伝わりやすいため、あまり外へ出られない女性達の情報交換の場としても役立っている。その為、そこに手伝いがてら顔を出す者も少なくない。ヴォルフもここに来ることだけは了承していた。
 遊ぶ子供達の相手をしながら、最近の様子などもいろいろと話しているときだった。

「お母さん、カルたちが外へ走って行っちゃったよ!」

 ダメだよね、と不安げな様子で訴えてきた女の子に、リィナと母親達は顔を合わせる。

「フィー、カルの他には誰が広場の外へ行ったの?」
「んっとね、カルと、ロンネとシュス」

 ここにいる大人は、外へ出て行ったというロンネの母親と、それを教えてくれたフィーの母親、それから広場で遊んでいる子供の母親、それからリィナの四人だ。
 リィナは三人の顔を見比べ、とっさに判断できずにいる母親達に提案した。

「三人ね。じゃあ、二人はここに残って、私とベルヘントさんで探しに行きましょう」

 誰だってこんな時は自分の子供のそばにいたいはずだ。リィナは出ていったというロンネの母親に行きましょうと声をかけ、二人で指された方へと向かう。

「カルー! ロンネ、シュスー!」

 声を張り上げたが、出ていった子供達が顔を出す気配はない。広場の外に出た辺りには既におらず、二手に分かれて街の中を探しはじめた。三人とも、元気すぎるほどの子供達だ。子供の危機感のなさや好奇心、そしてストレスがあったのだろう。すぐには見つからないかもしれないと思いつつ、リィナは声を張り上げた。
 その時だった、ドンという何かを激しく叩く音と、人の叫び声が遠くに聞こえた。異人街のエドヴァルドからの入り口方向だ。

 また喧嘩が……!

 リィナは胸が締め付けられるような苦しさを覚える。
 今まで聞いた事のない、何かがぶつかったような大きな音だ。いつもの喧嘩よりも大きな諍いが起こっているのだろうと思った。ここ数日は物を壊すように暴れたり、ひどいところでは扉がこわされたりした所もあるらしい、という話なども聞いている。街自体を破壊しようとしているかのような動きがあるらしい。
 あれだけ離れていれば直接ここにまで何かが起こることはないだろうが、リィナはいっそう不安感を覚えながら子供達を探す。

 しかし、しばらくして遠くから「逃げろ!」という叫び声が聞こえた。



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