時渡りの姫巫女

真麻一花

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二幕

4 新しい生活4

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 デニスのところで支払いを終わらせてから、ヴォルフとリィナはエドヴァルド中心部の町中を見て歩いていた。
 普段リィナが主に行き来するのはエドヴァルドの中でも端の方、運河周辺に作られた街、異国民街がほとんどである。立地的に近いこともさることながら、多くの異国民が店や家を構えたこの小さな街は、この時代の常識を知らないリィナに易しいためだ。エドヴァルドの生活習慣を身につけるまでは、リィナの言葉では少し通じにくい町中は、偏見も決して皆無ではなく、必然的に軽く見られ、か弱い少女一人では危険が増す。戦が悪化してきている事もあり、尚更である。治安の面では町中には劣るが、そういった異国民への風当たりの強さを考慮すると、異国民の多い通りの方が安全と言えた。長屋生活での顔見知りも多くある。そして言葉が違うことも珍しいことでもなく、エドヴァルドの常識や生活用品を知らないことも不審に思われることもなく行き来できるのだ。
 それ故、エドヴァルドの町中に慣れている者が一緒でないと行かないように言われており、町の中心部にリィナが来ることは少ない。
 久しぶりの町中を、リィナはヴォルフが付き合ってくれるのが嬉しくて、尚楽しく見て回った。
 仕事柄、町中の巡回もあるというヴォルフはいろんな店を知っている。顔見知りとも出くわし、リィナはヴォルフの生活を垣間見る。

「お。お前、可愛いのつれてんな、コレか?」

 と、付き合っている女性を示す仕草に、ヴォルフが黙れと軽くあしらう。

「手を出したら殺すぞ」

 否定せずにさらりと釘を刺すのを聞いて、リィナは顔が熱くなった。説明が面倒だから答えてないという事ぐらい分かっている。「家族」と言うにしても「妹みたいな物」ではなんだかんだと根掘り葉掘り聞かれて面倒になるのは、お互いよく分かっている。なので、相手の質問がよほど突拍子もない関係を示唆しない限り、適当に誤魔化すことが、リィナも良くあるのだ。それでも、それを否定しなくてもいいやと思う程度には、女の子としてみてもらえているのだろうか、などと期待してしまうのはしかたがないだろう。
 考えないようにしていても、想いを抑えることは出来ない。好きな気持ちはどんどんふくらんで行く。

 二人で町を見て回り、日が傾きかけた頃、リィナはヴォルフに連られれて食堂に入った。こぢんまりしているが味も良く、繁盛している店だという。まだ日が落ちる前で客もまばらだ。

「あら、警備隊の小隊長さんじゃない。こんな時間に珍しい……まあ、かわいらしいお嬢さんと一緒に」

 店に足を踏み入れたところで女将さんらしき女性がにこにこと声をかけてきた。

「良く来るんですか?」
「この近くで食べる時はな」
「小隊長さんはつれないと噂になっているかと思えば、こんなに可愛いお嬢さんがいるのならしかたがないわねぇ」

 クスクスとからかう女将に、「その話は今度聞かせてもらおうか」とヴォルフが話を切り上げる。そしていくつか注文を済ませると、店端の人目に付きにくい席を陣取る。日が落ちると柄が悪い客も相応に増えるから、と言うのだ。
 頼んだ料理は、どれもリィナが普段作ることが出来ないような物が多く、その珍しさに彼女は興味深げに食事をすすめた。

「帰ってこられないときはおいしい物食べているんですね」

 思わず漏れたうらやましげな言葉に、ヴォルフが笑う。

「俺は毎日食べるならちびすけの料理のほうがいいぞ。たまに食べに来るのなら、こういうのも美味いけどな」
「……褒めて、ます?」
「褒めてないように聞こえたか?」
「うー。ヴォルフの言葉は、ときどき裏があるように聞こえます」
「褒めているに決まっているだろう。俺は毎日おちびちゃんの料理が食いたい」

 ヴォルフがのぞき込むようにリィナを見ると、にやりと笑った。リィナの顔がボンと赤くなる。

「絶対! からかってます!」

 小声で、けれど小さな声で精一杯叫べば、とたんにヴォルフが吹き出して笑う。

「ホントに、ホントに、一生私の料理を食べさせます……!」
「望むところだ、食わせてもらおうじゃないか。もちろん、これはおちびちゃんの求婚だと思っていいんだよな?」
「ち、ちがいますっ」

 リィナは悲鳴を上げそうになるのをこらえて、のぞき込んでくるヴォルフの額をぺちりと叩いた。
 からかわれているのは分かっているのだが、こらえきれない恥ずかしさを誤魔化すように、防御するヴォルフの手のひらを拳で何度も叩いて怒った。

「もう、からかわないで下さい!」

 ひとしきり叩いたところで、リィナは自分の頬を手のひらで包む。
 嬉し恥ずかし、そして冗談でしかないところがちょっぴり苦しい。けれど、そんなやりとりが出来るだけでも幸せだった。この関係だけで十分だと思っていた。
 この時までは。


「あらヴォルフ?」

 リィナの位置からは、ついたてがあって声の主は見えなかったが、若い女性のようだ。

「このところはご無沙汰だけれど、たまには……」
「連れがいるんだ、向こうへ行ってくれ」

 ヴォルフから表情が消えて、静かだが威圧する響きを持って言葉が返される。拒絶と分かるその声に、相手の女性が言葉を詰まらせたようだった。

「そんな事を言わずに、相手の方とご一緒に……あら」

 のぞき込んできた女性と、リィナの目が合った。

「こんばんは」

 リィナがにこっと笑って挨拶をすると、女性はそれに返事をせずに、ヴォルフに視線を移した。

「連れって、このかわいらしいお嬢さん?」

 揶揄するように笑って、そしてもう一度リィナに目をやると上から下まで観察して、そして女性は艶やかに笑った。

「今夜は、私の方がいいんじゃないかしら?」



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