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真麻一花

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囚心

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 凉子に対してこれほどまじめに自分の気持ちを伝えたのは初めてだった。
 彼女に言い訳する必要も、分かってもらう必要もない。凉子は雅貴にとっては天敵に等しいのだ。当然、彼女に自分の気持ちを知らせる必要も、行動に許可をしてもらう必要もない。その考えは今も変わっていない。

 ただ、実咲を守りたい、その一点に関しては、共通している。
 もう、二度と実咲を傷つけたくなかった。自分のために実咲が傷つくというのなら、雅貴自身から実咲を守らなければならない。そう考えると、凉子の言うように、近づかないのが一番なのかも知れない。
 けれど、諦めきれないのだ。女々しいほどに、実咲に会いたくてたまらない。謝って、すがって許してもらえるのなら、そうしたいほどに。

 けれど、すがってしまえば、きっと実咲はほだされる。それは、今となっては雅貴の望むところではない。だから凉子の助言が欲しかった。彼女は、実咲に対してだけは信用できる。自分では分からないところも見抜いてダメ出ししてくれるだろう。雅貴は自分の言動で実咲を少しでも傷つけずに済ませるために、凉子の協力が欲しかった。
 それか、いっそのこと、会いたいこの気持ちを打ちのめして欲しかったのかもしれない。

 縋ればきっと実咲はほだされると思う反面、彼女が心底雅貴を拒絶したいと思っているだろう事を考えると、その拒絶が怖かった。何より、もう、二度と彼女の気持ちを踏み躙るようなことをしないと考えれば、彼女がもう一度雅貴の手を取ってくれる可能性は限りなく低く感じる。

 その現実を見たくなかった。
 自分で一歩を踏み出せないことに、凉子が壁となっている事実で誤魔化して逃げているのだ。
 雅貴は、自分が凉子に選択肢をあずけて逃げている側面もあることを自覚していた。

 感情という物は実に単純でありながら複雑だ。相反する感情が同時に存在し、せめぎ合いながら、なのに当然のように同時に成り立つ。そして、そのときどきによって表に出て来る感情が入れ替わり、行動も感情も矛盾だらけで、まともな思考を奪うことさえある。
 会いたいと願う感情と、逃げ出したいような怯える気持ちと、一歩を踏み出さなければと言う決意と、凉子から「会って良い」と背中を押して欲しい、もしくは「会うな」と止めて欲しい、責任を他者にゆだねたい感情とがせめぎ合う。

 そんな自分を情けないと思う反面、凉子にゆだねる形で一歩を踏み出したことにほっとしている自分もいる。
 雅貴は息を吐くと、これで良いと自分に言い聞かせる。雅貴はひとまず凉子からの反応を待つ事にした。


 自分の気持ちは地道に分かってもらえたらいいと思った翌日、雅貴は凉子から声をかけられた。納品合間の声を落としての足止めに、また合コン報告かと身構えたが、凉子はいつもと違う様子で手を差し出して言った。

「さっさと、実咲からもう一回最後通牒を受け取れば良いんだわ」

 フンと鼻で笑った凉子が、持っていた一枚の紙を雅貴に押しつけると、心底嫌そうに雅貴を見た。

「実咲の家の住所よ。ただし、分かっているでしょうけど、実咲が納得しなければ、本当に手を引いてもらうわよ。実咲がただ流されただけだとしたら、それも全力で邪魔するから。住所を教えたのは、私の覚悟って覚えといてよね。親友の住所を勝手に教える以上、全責任もつんだから。必要なら私が実咲をまた引っ越しさせる。次の引っ越し先の目星も付けてる。あんたを信用するのに、それだけの覚悟してんだから。中途半端なことしたら、絶対に許さないんだから。……今だって、私は、井上くんを許してないから」

 周りには聞こえないほど小さな声で、しかしやたらとドスをきかせて脅すように言って、凉子が溜息をつく。

 呆然と受け取った雅貴は、心底嫌そうな凉子を見ながら、突然の展開に驚く。ほっとしたような拍子抜けしたような。
 しかし居住まいを正し、雅貴は頭を下げた。

「……ありがとう」

 凉子は一つ溜息をついただけで、何も答えなかった。

 雅貴に、凉子の意図は分からない。おそらく聞いても教えてはくれないだろう。
 ただ、彼女が雅貴の態度の何かを信用してくれたことは理解出来た。これ以上実咲を傷つけることはないと、それだけは。
 引っ越しをさせると言うことは、それにかかる手間や費用を持つことも含まれるのだろう。そのくらいの覚悟をしてるのだから、雅貴を排除すると決めたら本気で、今度は二度と取り持つ気はない、そういう意思表示でもあるのだろう。実咲に中途半端な負担をかけるつもりはない、実咲だけ傷つける気もない、傷つくのなら一蓮托生……とでも思っているのかもしれない。

 苛烈な彼女の思考を想像して、やはり佐藤さんとは気が合いそうにない、と思いつつ、それでも今だけは彼女に感謝しようと思った。



 その日は気持ちが高ぶっていたのか、眠気も体の重さも感じなかった。はやる気持ちのまま、仕事が終わるとすぐに、すぐに教えられた実咲のアパートへと向かった。が、勇気を振り絞ってチャイムを押すが、彼女はいなかった。
 この時間にいない?
 躊躇っているところで、電話がかかってきた。
 ……嫌な番号だった。

「もしもし?」

 ある程度の覚悟を決めて出ると、電話の向こうから、ご機嫌そうな凉子の声がした。
 よりにもよって、今日は合コンだそうだ。それを告げる楽しげな声が携帯の向こうから響いてくる。挙げ句の果てに、ご丁寧なことで、場所まで教えてくれた。

 ……この、女……。

 電話を持つ手が震えた。
 雅貴の中の、感謝の思いが、完全に吹っ飛んでいた。

 これは、間違いなく嫌がらせだ。俺に、実咲が男といるところを見せようという意図がひしひしと感じられる。

 あの女、わざと合コンの日を選んで住所渡しやがったな。
 確実に、そのくらいは企んで実行る女だと思った。
 勢い付けて、即行動されても良いように、もし行動しなかったら、行動させるようにと電話までかけてきたのだ。

 睡眠の足りない頭はすぐに沸騰したが、教えられた居酒屋に向かっていると、足を進ませるごとに、だんだんと頭は冷えてくる。それは次第に焦りと恐怖へとすり替わっていった。
 もし、今日になって、実咲が付き合いたいと思うような男が現れたら?
 もし、実咲に触れる男がいたら?

 焦る気持ちに足が速まる。かといって、行ってどうするつもりなのか、雅貴自身考えてもいなかった。
 ただ、居ても立ってもいられずに、今はひたすら実咲の姿を確認したかったのだ。
 冷静になったのは、店に着いてからだった。店の中に入りかけて、どう実咲に声をかけるか考えたところで体がこわばった。さっきまで急いていた足はぴたりと止まり、目的の入り口を見るが、体が動かない。
 声をかけて、拒絶される自分の姿が、いとも簡単に想像できた。何より、こんな場所で、まともに会話をさせてもらえるとも思えない。逃げられるがおちだ。
 だが……。

 人の出入りの多さに、雅貴は入口から離れて、店に出入りして行く人の流れを見つめる。
 実咲の前に姿を見せるだけのことが怖くて、躊躇ったまま、雅貴は立ち尽くしていた。また店から出てきたカップルがいる。それを見るとはなしに目で追って、そして雅貴は息をのんだ。

 衝撃に胸が軋んだ。
 二人の後に出てくるメンバーが居る様子もない。明らかに、二人だけで出てきたのだとわかる。
 男と二人きりで並んで歩く実咲が視線の先にいた。


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