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真麻一花

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本編

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「違う! そういう意味じゃない……!!」

 なじる実咲に、雅貴が反射的に否定をしてきた。そして、とっさの語句の強さは、すぐに力ない言葉へと取って代わる。雅貴が感情を抑えようとするかのように震える溜息をついた。

「ごめん。俺は、また実咲に嫌な思いばかりさせているんだな。ごめん。そういう意味じゃなかったんだ。俺はおまえが好きだ。……俺はおまえ以外の女には興味ないよ」

 どきりとした。望む言葉を返されて。それは心が読まれたかのような居心地の悪さだった。けれど実咲は必死で皮肉げな笑みを作って言い返した。

「そんなバカなセリフを、本気に受け取れって? あんたぐらいの女好きなんて見たことないのに?」

 雅貴の周りにいる女性と戦う土俵が違うのでは、結局実咲は苦しい思いをするのだ。何とも思っていないからといって他の女を抱く雅貴を見る羽目になるのがオチだ。
 辛くてたまらない気持ちが表に出ないように押さえつける。
 言い捨てた私に、低い声で雅貴が呟く。

「そうだな、顔と体がきれいな女となら誰とでもしてきたしな。そう思われるのが当然だと思う。でも、おれは別に女の子が好きなわけじゃない。俺は、今まで付き合ってきた子達が他の男とセックスしても何とも思わないし、好きだった子もいなかった」

 必死で言い訳するような視線を、実咲は目をそらせることで拒絶する。

「……何それ。意味わかんない」
「恋愛対象として興味があった訳じゃない。俺が好きなのは実咲だけだ。俺は、おまえが他の奴とするのだけはイヤだし、実咲が俺以外の男と笑いながら歩いているところも見たくない。実咲以外の女の事は、好きだったわけじゃないんだ」

 言い訳がましい言葉を、実咲は笑い飛ばした。

「それで? 仮にそれを真に受けて私とあんたがよりを戻したとして? 私が他の男とやるのは許せないから、私が雅貴の彼女になって、あんたが興味のないセックスフレンドとやりまくるのを私に見てろって?」

 実咲は軽く笑ってみせる。ばからしい、と。今までと何が違うの、と。
 あり得そうなことだ。
 そう思いながら、実咲は雅貴を見る。彼が必死に否定してくるのを期待しながら。
 実咲は自分でも気付かぬ内に、期待していた。
 不安を揶揄という形でぶちまけて、雅貴に否定してもらいたかった。
 そんな実咲の無意識に応えるように、雅貴はきっぱりと断言する。

「実咲以外と付き合う気はない。もう二度と他の女には手を出さない。……今は、興味もないよ」

 雅貴の真剣な表情で紡がれる言葉。
 嬉しかった。
 望んだとおりに、いや、それ以上の言葉を返されて。
 胸を占めるのはたとえようもない悦び。
 うれしくて、けれど、実咲は泣きたくなる。
 雅貴の言葉を、素直に受け入れることができなかった。

「……それを、信じろって? 女に興味がない? 雅貴からそんな言葉聞くなんて、笑えるんだけど」

 信じたい、信じたいのに、どうしても信じられない。泣きたいぐらいに嬉しい、けれど、泣きそうなぐらいそれを信じられない自分がいる。

「……どうやったら、それを信じられるって?」

 泣きそうになるのを堪えながら嘲笑うように雅貴を見る。笑っていないと、涙が堪えられそうになかった。

 苦しい。
 こんなに好きだと思うのに。私は雅貴を信じられない。もうあんな思いをしたくない。あんな苦しい思いはしたくない。彼の言葉に未来を見つけられない。彼の言葉が本当だという保証も、本当だとして、続くという保証も、なにもないのだから。

 保証がなくても、純粋に願い、信じるには、実咲の受けた傷は大きすぎた。
 信じると言うことは、悲しいほどに、難しい。一度不信感を抱いてしまえば、きっと完全にぬぐい去ることは出来ないのだ。深い傷は、どんなに綺麗に治っても、必ず跡が残るように。
 雅貴の表情は真剣だった。彼は実咲からの非難を覚悟していたように、静かにうなずいた。

「俺が何を言ってもすぐに信用してもらえるとは思ってない。そう思われるだけのことをしたと思っている。俺が実咲の立場なら、……たぶん信用しない」

 つぶやいたその顔が自嘲気味にゆがんだ。

「……ごめん。そんな事に気付くのに、二ヶ月もかかった。ただ、それが、今の俺の正直な気持ちだ」

 雅貴は息を吐くと、口元を引き締めた。
 そんな雅貴の様子を、複雑な気持ちで眺めながら、実咲は頭の片隅でちらりと考える。

 今、ここで、信じられない、帰って、と、言ったのなら、雅貴は帰るのだろうか。そして、はじめに言ったように、もう、関わりのない人となる……?

 考えて、ぞっとした。
 雅貴との関わりを捨てていたつもりなのに、捨てる覚悟が付いていたはずなのに、今は、もう、それを失うことを、実咲は恐れていた。
 半時間にも満たないわずかな時間が、二ヶ月費やして忘れようとした心を、もう揺るがしている。
 雅貴の言葉を拒絶しても、再び、雅貴自身を拒絶する勇気は、どこかに消えてしまっていた。
 実咲は何も答えられずに、胸の中で渦巻く気持ちをもてあます。自分がどうしたいかさえ分からなくなっていた。雅貴の言葉を、どう判断すればいいのかわからない。

 信じたい。

 雅貴を好きだと思う気持ちは、悲しいほどにぶれることがない。それは、気持ちを自覚したあの日から、ずっと、変わることなく。

 でも、こんな事、続けられない。

 実咲はそう自分に言い聞かせる。傷つくのが怖い。傷つくぐらいなら雅貴は信じる価値がないと思い込んでいる方がずっと楽だった。もう期待なんかしたくない。だから雅貴を追い払わなければいけない理由を必死で探した。
 なのに、不意に思い出すのは嫌な事実だ。

 雅貴は、私に嘘をついたことは、一度もない。

 それは、実咲の中で、純然たる事実であった。ごまかすことはあった。けれど、言いたくない事は言わなかったのであって、嘘はつかなかった。その点に関しては、付き合っていた頃も一貫して変わらず誠実であったとも言える。

 また一つ、雅貴を追い払えない理由いいわけを一つ作り出す。
 雅貴から逃げ出さなければいけないとずっと思い続けていた。その強迫観念が実咲をせかすのに、「もう今更関係ない、帰って」の一言が、のどの奥で止まったまま出てこない。
 逃げ出したい反面、実咲は、雅貴を許したかった。許して、今、目の前にいる、真摯な雅貴と、やり直したかった。

 すがりたい。

 実咲は思う。
 雅貴の言葉にすがってやり直したい。

 けれど、もう傷つくのは嫌だった。怖かった。


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