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本編
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しおりを挟む思い返すと、ろくでもないことばかりが思い出されて、実咲はため息をついた。
好きにならなければ、そんなところに気付かずにすんでいたのかもしれないのに。
けれど、それでも一緒にいたかった。
そうして実咲は、雅貴の望む女らしさを少しずつ身につけていき、でもずっと一緒にいるために姑息にも友達のふりをし続けた。
そうして友達のふりをしながら、女の人と腕を組んで歩く雅貴の後ろ姿を目で追いかけた。
雅貴の軽薄さに嫌悪を覚えながら、それでもそうして雅貴の隣にいるのは自分でありたいと願ってしまうようになっていた。
こんなに雅貴の女癖の悪さに嫌気がさしているのに、それでも、どうしても雅貴を好きな気持ちが止められなかった。
あきらめるにはあの頃の雅貴は優しすぎた。もしかしたら私は特別かも知れない、と期待させるのは十分なほどに。それはただの友達としての優しさだったが、それが余計に特別に扱われているように感じられたのだ。
そして、とうとう耐えきれなくなったあの日、実咲は雅貴が付き合っていた女性と別れたのを見計らって彼を呼び出した。
仕事が終わって夕食がてらの小料理屋。居酒屋を兼ねたその店内の喧噪から少し離れたボックス席に陣取り、そしておもむろに切り出した。
「ねえ、私と付き合ってよ」
自分であきれるほどそっけない声と言葉だった。
雅貴が実咲の目の前で悩むように小さく首をかしげる。
心臓がイヤになるほど大きく鼓動を打っていた。
けれど、それが精一杯だった。
どんな顔をしていいのか分からず、ただ必死でその言葉を言っていた。
自分以外の女と一緒にいる姿を見たくない、だたその一心で。雅貴の隣にいるのは自分でありたくて。
そして、叶わないのなら、いっそのこと、雅貴から離れたくて。玉砕覚悟だった。雅貴は確かに自分を女として認めているようではある。けれど雅貴にとっては自分は友達に過ぎない。それに、雅貴と付き合う女性を近くで見過ぎていた。自分より明らかにランクが上の女性。そして雅貴の周りにはまだそんな女性達が雅貴と関係を持とうとたむろっている。
自分なんかを選ぶはずがない。でも今の状況は耐えられない。
その時の実咲には期待と諦めが同時に胸の中にあった。
「付き合うって、今からどっか一緒に行くわけじゃなくってか?」
的はずれな答えに、少しあきれて、少し力が抜けて、そして少し笑って、わずかにふるえながらテーブル越しに、雅貴のほほを軽く握ったこぶしでトンとたたくように触れる。
「んなわけないでしょ。どうしてそんなことを言うためにこんなトコにわざわざ呼び出すのよ」
「……まぁ、そりゃそうだよな」
雅貴は少し驚いた様子で、髪をかき上げながら頭を掻いていた。
「いや、そうかなとは思ったんだけど、もし「本屋行くの付き合って」とかって感じだったら、早とちりで恥ずかしいだろ」
「そうかもしんないけどさ……」
力ががっくりと抜けているのに、緊張と動揺のふるえは止まらなかった。
「じゃあ、付き合おうか」
動揺している実咲へフェイントをかけるようにあっさりと雅貴が言ってのけた。
唐突すぎて、実咲の頭は一瞬雅貴の言葉が理解できなかった。
「え?」
実咲は彼の顔を見た。
雅貴は笑っていた。女性にいつも向けている、甘ったるい笑顔で。
実咲は、自分に向けるその笑顔を見て、はじめて不快感を覚えた。欲しかったはずの笑顔は、得てみると、とても価値のない物だったと言うことに、このとき、漠然とながらも気づき始めていたのだろう。
ああ、やっぱりこの程度か。
あの時の実咲の気持ちを言葉にするとすれば、そんな感じだった。
答えをもらった瞬間、うれしいはずなのに同時にむなしさと切なさが胸を占めていた。
自分は、雅貴と友達だった。雅貴の周りの女性ほど美人でもない。けれど、それでも自分と付き合ってくれるというのなら、雅貴にとって自分は特別なのかもしれない。そんな期待を打ち砕くには十分すぎるほど、軽い答えだった。
自分も、他の女と変わりないのだ。
それがそのとき実咲に突きつけられた現実だった。
締め付けるような痛みが実咲の胸を襲った。
そこから自分の気持ちをごまかす日々が始まった。
その日の絶望を胸の中に押し込めて、もしかしたらと期待を抱き続けた。
自分と付き合っているはずなのに、見え隠れする女の影に目をつぶった。イヤでも耳に届く噂から必死で耳をふさいだ。時折感じる突き放されるような雅貴の遠さも気のせいと思い込もうとした。
一緒にいるのが幸せで、うれしくて、つらさと苦しさから目を背けて。
そうしている内に実咲は、ふと気付いた。
自分が、誰よりも長く雅貴の彼女の位置に座り続けていることに。
ああ、やっぱり、私は特別なんだ。
それに反する心の声を無視して、実咲は自分に言い聞かせた。
そうして自分をごまかし続けた結果、実咲は一番嫌な形で現実を思い知らされることとなった。
思い出したくもない数日前のキスの場面が思い出され、実咲は頭を振った。
せめて、ずっと胸にあった不安から目をそらさずにいたなら、あれほど傷つかなかったかもしれないのに。
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