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しおりを挟む沈黙したまま向かい合っていると、ママがコーヒーをいれて運んできた。
「ママたち、思った以上に乃愛のこと傷つけたのね。ごめんね」
以前のように頭を撫でてこようとしたママの手を振り払う。
「私は理由を聞いてるの!!」
懐柔なんてされてやらない。
睨むと、やっぱりママは悲しそうに微笑んだ。
なんでそっちがそんな顔をするの。泣きたいのは私の方だなのに。どうしてパパとママが被害者面するの。
「露木君の会社はうちの会社の取引先だと話したが、実際は違う。彼の会社はうちの会社とは無関係だ。いや、多少の取引はあるが、そう大きな物じゃない。……乃愛、うちの会社はね、倒産寸前だったんだ。乃愛の住んでいたアパートの支払いも出来なくなって、大学の授業料も次の支払いはもう無理な状態だった」
「……え? 倒、産……?」
「会社の方は露木君も力になってくれて、とりあえず銀行からの融資が受けられるようになって持ち直せる見通しが付く状態にまで落ち着いたよ。つい先週まで、ずっと会社に泊まり込みで対応していたが、今ならお前に話すことも出来る。婚約をやめてうちに戻ってきても、何とかなるだろうから」
思ってもみなかった言葉に頭が真っ白になった。父の顔を見て、意味が分かりだしてくると身体が震えだした。
「露木君に、乃愛の後見人になって欲しいと頼んだのは私たちだ。乃愛の生活を守って欲しいと、無理に頼み込んだ」
なに、それ。でも、露木さんは、取引先じゃなくって、政略結婚じゃないのなら、どうして……。だって、それじゃあ、この婚約、露木さんに何の利益もないって事じゃないの……?
「ど、して、露木さん、に……。なんで露木さんが、そんなこと引き受けるの……?」
「以前、彼を支援したことがあるんだ。企業が学生の挑戦を支援するという試みがあってね。その時に私が露木君の研究を気に入って支援したんだよ。たいしたことではなかったが、それが彼の転機にはなっていたようで、起業出来たことを私のおかげだと言ってくれていたんだ。……実際は彼の努力の成果で、私が力になったことなど些細な物だ。それでも彼が私に大きな恩を感じていることを知っていた。……私たちは、それにつけ込んだ」
父が発する苦い口調が、露木さんに私という迷惑を押しつけたのだと語っている。
私は、役に立つ駒ですらなく、露木さんにとって重荷でしかなかったということか。
そんな。
「露木君が私の突拍子もない頼みを受ける義理など、全くなかった。でも、彼は優しいから、私たちを見捨てることが出来なかったんだろう。露木君が婚約までする義理なんかなかった。彼もそこまでしたら乃愛がかわいそうだと最初は拒否していたんだ。何も知らせないままでは乃愛が傷つくと言ってね。だが、それを強引に押し通したのは私たちだ。いざというときに、お前が露木君の庇護下にあるという安心感が欲しかった私たちの気持ちを、彼は尊重してくれた。彼は、私たちのために、婚約者となって同居することを受け入れてくれたんだ。彼は、乃愛の気持ちを心配してくれていたよ。それと乃愛を心配する私たちの気持ちも。「嫌っている素振りでもすれば、反発して近づかないでしょう」と笑ってね、乃愛との同居が安全であることを私たちに示そうとしてくれた」
最初の頃の意地悪な露木さんの言動がふと頭を過ぎる。
大っ嫌いだった、あの頃。
それは、私を、遠ざけるために、わざとだった……?
「そういえば、乃愛が帰ってきたのは、彼と何かがあったのだろう? 彼に嫌な思いをさせられたとしたら、それはおそらく私たちのせいだ。彼は、悪くない。悪いのは、パパのほうだよ」
じゃあ、今は? 今は、露木さんは優しかった。私を遠ざけたかったのなら、なんで優しくしたの? 私が落ち込んでいたから突き放せなくなった? キスして危機感を煽った? それともあれは、私への意地悪だった? 分からない。露木さんの考えていたことなんて、私には分からない。
分かることは、私という存在が、両親にとっても、露木さんにとっても、ただの重荷でしかなかったということだけだ。
「露木君は、悪くないんだ……すまなかった、乃愛」
パパがうなだれてる。こんなパパを私は見たことがない。
でも、私は急に覆されたいろんな前提に、頭がいっぱいになっていた。
パパが悪くないのは、分かる。露木さんも、迷惑を押しつけられただけ。じゃあ、悪いのは、だれ? ……私?
私だけ一人知らされずに、みんなが大変なときにバカみたいに反発して……。
なにそれ。なんなの、それ。
「……バカみたい。パパとママが大変なときに、のうのうと自分のことばっかり考えてたなんて……」
「それは乃愛が悪いわけじゃないわ」
「教えてくれなかったもんね。でも、私だって分かるよ。あの時の私が、どんなにバカで滑稽だったかぐらいは!」
私一人、からまわりしてた。両親にも露木さんにも必要のない、私の将来のためだけの婚約に、必死に反発して、ただ迷惑な存在の私を守ってくれてた露木さんに腹を立てて、ケンカ売って。
そんなの、私、ただのバカじゃないの。
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