エンゲージパニック!

真麻一花

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「あ、おはよーございます」

 朝食作っていると露木さんが起きてきた。髪ぼさぼさで寝癖付いてるのに、かっこいいってむかつく。これだからイケメンは。しかもジャージにTシャツかよ。親近感わくよりも、なんでそれでかっこよく見えるの。イラッとくるわ。

「……はよ」

 ちらりと目を向けてくる様子は、いつもの鋭さはない。もしかして、この人朝弱い?
 少しぼんやり座ってる姿を見ると、何か、ちょっと可愛い気が……しない! わーわー!! 考えてない、可愛くないし! おっさんだし!

 朝食は昨日買ってもらった高い食材で目玉焼きとベーコンとサラダとスープに食パンという、全くもって意外性のないごく普通の朝食を出す。露木さんのために頑張ったとか勘違いされたくないし!

「コーヒーで良いですか」

 自分用のついでなんだから。紅茶とか言われてもないし!
 聞くふりしながら問答無用で朝食を並べる。
 露木さんが、じっと朝食を眺めた。
 なんだ。もんくあるの? 文句あるなら受けて立つし!

「……おお。すげぇ」

 普通にうれしそうな笑顔があった。ふにゃっとした何の意図もない思わず笑顔になったっていう感じの力の抜けた顔。
 不意打ち過ぎる……!! え、なに普通に笑ってんの? ぼさぼさのイケメンが表情緩めて両手合わせてお辞儀とか、なんか可愛い……。

「……食パンが、柔らかい……」

 トーストすらしてない、切りっぱなしの分厚い食パンにかぶりついて、驚いたようにつぶやく。

「耳がパリパリでうまい……」

 ふふん。そうでしょう。焼きたての食パンって、ふかふかに温かくて、ふわふわでもちもちで耳はカリカリでサクッとしてて、香りがほんわか漂って、すっごくおいしいのよ! でもやっぱり、強力粉の違いも大きいかな。ほんとめっちゃおいしい。
 今度酵母で種作るヤツ、久しぶりに作ってあげよう。ドライイーストじゃなくて、酵母使うと手間がかかるから最近作ってなかったけど、噛むうちに口に広がるうまみというか甘さというか、全然違うんだよね。
 露木さんの表情に満足して、もっと驚かせてやろうと次に焼く食パンのことを考えていると。

「……ホームベーカリー、すごいな……」

 キッチンにある私の持ち込んだ機械見て、ひどく感心したように頷く露木さんを、今すぐ絞め殺したくなったのは、きっと、私のせいじゃない。


 昨夜は食材買ってきたけど、引っ越しの片付けを優先してお弁当を食べたから、今朝が初めての手料理だった。

「意外と、普通にうまかった。じゃあ、夜も頼むな。八時には帰ってくる」

 食べ終わった露木さんは完全に眼が覚めたらしく、もう全然可愛くなかった。

「お前、パンくわえて走るぐらいだから、ろくでもない食生活してんのかと思ったわ」
「あれは! ちょっとレポートがやばくなって、明け方までやってたせいで、ちょっと仮眠して寝過ごしただけだもん!」
「食うか走るか、どっちかにしろよ」
「時間あったら、私だって、そうしてたもん……」

 好きで燃費が悪いわけじゃない。朝食をちょっと抜いただけで、頭がくらくらしてしんどくてうずくまるような身体なのは、好きでなったわけじゃない。
 アレが悪かったのは自覚している。でも、私にだって理由がある。……それが、理解してもらいづらいことだとは分かっているけど。
 何となくとてもくやしくなって口をつぐんだまま床をにらみつける。何となく目元が熱くなった。

「なら、せめてジャムを塗ったパンをくわえて公道を走るな。……蜂蜜も駄目だからな!」

 溜息交じりの声がした。たぶん、これ、私が泣きそうになってるの気付かれてる。違うし。平気だし。納得がいかないだけだし。露木さんのせいで泣いたりとかしないし。

「でも、糖分をちょっと多めにとらないと、どうしても駄目で……」

 食パンは甘めに作ってあるけど、それでもパンだけですまそうとすれば、カロリーが足りない。ジャムとかたっぷりだとパン一枚で足りるけど。
 露木さんは、溜息をついてダイニングから出て行った。バタンとドアの音がして、部屋に戻ったのが分かった。
 言い訳ばっかりしてしまった自覚があった。でも認めたくなくて、うつむいたまま、食べかけのパンをカプリとくわえた。冷めていたせいか、さっきよりおいしくなくなっていた。
 ぐっとコーヒーを飲み干そうとしたとき、露木さんが出てきた。

「ほら」

 箱で頭を叩かれる。

「なにすんですか」
「菓子やるから。足りないときの糖分補給は、ジャムじゃなくて、持ち歩ける物にしとけ」

 頭に置かれたお菓子を受け取り、目の前に持ち直す。和菓子のお土産物だ。

「……今は、別に、いらないし」

 だって、今日はちゃんとご飯食べたし。

「じゃあ、返せ」

 むっとして手を伸ばす露木さんに、慌てて箱を抱きしめて守る。

「も、もらってあげても良いよ!!」
「なんでもらってもらわなきゃいけねーんだよ」
「くれた物を返せだなんて、せこいと思うの!」
「いらねぇんだろ」
「そんなこと言ってないし!」
「……言っただろ」
「「今は」甘い物なくても倒れないだけだもん!」
「へらずぐち」

 私の隣に立った露木さんが私のほっぺをくにゅっとつまんだ。

「ごひゃんたへれない」

 どちらにしろお菓子を死守してるからご飯は食べられないんだけど。

「そんなにお菓子が欲しいか」
「も、もらっれあげれもいいれすよ!!」

 あくまでも上から目線を維持していると、くっと露木さんが表情を崩した。

「すきにしろ」

 ほっぺから手が離れて露木さんに背を向けられ、雰囲気が柔らかだったことに、何となく焦りを覚えて、背中に向かって声をかける。

「露木さんの懐は、ちっさくなかったことにしてあげても良いよ!!」
「なんだそれ!」

 ついに声をあげて笑い出した。
 ひとしきり笑って、私の目の前にもう一度たつ。顔は真面目だけど、目元は柔らかいままだった。

「もうパン食いながらはやめろ」
「……はい」
「万が一やるにしてもジャムとかの触ったら汚れる物を塗るのはナシだ」
「……はい」
「それがなくなったら、今度は土産の残りじゃないお菓子買ってやるから、焦ったときはそれでひとまずしのげ」
「……露木さん、意外といい人ですか」
「俺は最初から明らかに親切だろ」
「どこが……!」

 イー! と顔を顰めてから、お菓子の箱を死守したまま最後のパンを大口でいれてゆく。

 さっきは思わず素直にはいはい頷いちゃってたけど、うっかり餌付けされかけてると気付いてちょっと危機感を覚えた。
 むかつかせておいてからちょっと優しくして、ギャップできゅんとさせるとか、このイケメン狙いすぎ。むかつく。べつに、ちょっと笑った顔が可愛いとか、かっこいいとか全然思ってないし。

 だって目指せ婚約破棄なんだから!
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