エンゲージパニック!

真麻一花

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「お前、ほんとに飯なんて作れんのか?」

 買い物かごを乗せたカートをがらがらと隣で押しているのは、婚約者(仮)の露木さんだ。 認めない、絶対婚約とか認めない! (仮)扱いで十分だ!!
 って思うんだけど、この状況は、一体何なんだろう………。

「見栄はってないよな?」

 ほんと、この男、うざい。

 スーパーで買い物をしてるわたしの隣にくっついて離れないのは、この男の分のご飯を作ることになったから。買い物のお手伝いとかいう可愛い理由じゃない。

『お前の作る飯とか不安すぎだろ。俺も一緒に行く』

 とかほざいて付いてきた。つまり、見張り。て言うか、なんであんたのご飯まで作んなきゃいけないの! と、ふつふつとまた怒りがこみ上げてくるけれど、仕方がない事情が……。

 実は、私たち、同居することになりました。

 うちの両親、頭、おかしくなったんじゃない? って、最初は思ったよね。いや、今も結構本気で思ってる。

 私の通う大学は家からちょっと離れていて、今まで一人暮らししていた。だから、寝坊してこの前みたいな不幸が起こったわけだけど、あの不幸は、私に起こる不幸のほんの序章だった。
 ジャムパン事件から続く、見合い、婚約の流れを受けて、ついには婚約者の家に引っ越しというおかしな事態にまで発展した。

「同居中だからって、結婚までは身体を許すんじゃないぞ!!」とか父が言ってたが、そう思うなら、年頃の男女を一緒に住まわせるなよ。母はというと「キスぐらいまでなら、オッケーよ!」とか、うふふと楽しそうに笑う始末。
 だから、なに考えてんのかと。うちの両親、こんなキャラじゃなかったはずなのに……どんだけこの男との婚約に浮かれてんの。

 最初同居しなさいと言われたときは冗談だと思っていたら後日母から電話がかかってきた。

「今月までしか家賃支払いしてないから、早く露木さんの所に引っ越すのよ! 業務提携の件でしばらくうちの仕事忙しいからパパとママ手伝ってあげられないけど、露木さんにいろいろ手配頼んでるから! ちゃんと露木さんの言うこと聞きなさいね。じゃあ露木さんによろしくね~♪」

 と、問答無用にのたまった母は、私の返事も聞かず、電話を切った。
 ……あれから電話が繋がらない。
 どういうことだ。話をしようと家に帰っても誰もいないんだけど。なに考えてんの、ほんと。

 その後、教えてもないのに婚約者(仮)の露木さんから電話がかかってきて、気がついたら引っ越し日も決まってた。
 露木さんちからだと大学に近くなったし、マンションの一室のくせに広いしきれいだし、利便性上がったけど。

 でも、おかしくない? この状況。
 一人暮らしじゃどうして駄目なのと文句を言えば「二人が知り合うためには一緒の時間も必要でしょ!」とか言われたけど、いやいやいやいや、いらないから。

 そんなこんなで引っ越しの初日、箱詰めの荷物に囲まれながら、キッチン使用許可と近くのスーパーがどこかを尋ねたところ、『二人でスーパーでお買い物☆』な状況に陥っていた。
 料理するんなら自分の分も作れとかナニサマ。夫とか認めないから!! って思ってたら、

「こっちで生活する間、生活費は俺が出すから。あんたのカードも使えないようにしてもらったから、ちゃんと俺のいうこと、聞けよ」

 ……って、どういうことー!!
 ほんとにカード類は銀行のも含め、全て使えなくなっていた。
 食料の出資者が作れという以上、作らざるを得ない。
 ……悔しい!

「……露木さん、うちの両親に何したんですか」

 私への不信感をだらだら流されて、「不信感マックスは私の方だ!!」という気持ちを思いっきり乗っけて、ちくりと言い返してやった。

「何って……手のかかるお嬢さんを引き受けてやっただけだろ?」
「それがそもそもおかしいの。だって、パパがこんなの許すなんて……」

 一人暮らしにも反対したぐらいだ。

「ま、俺の人間性のなせる技だろうな」
「は? 何言ってんの? 二重人格のくせに!」
 どんな顔してそんなこと言ってんだと、振り返って顔を顰めてしまった。

「ぶっさいくな顔してんな」
「うっさい!」

 思わず「イー!」って顔しかめてやったら、「ガキ」って。むかつくー!

 店内を進む足を速めると、露木さんは長いコンパスでゆったりと付いてくる。なのに進むスピードが一緒ってなに! むかついたから、いつもは買わないような高いソーセージとベーコンと、可愛い名前が付いた一番高い卵と、何とか地鶏っていう高い鶏肉かごに入れてやった! 牛乳なんて紙パックの3倍の値段の瓶入りのヤツだ! 野菜は全部有機栽培とか一番高いヤツいれてやる! あと普段は手を伸ばすことも出来ない、ちっこい瓶で千円超えの国産蜂蜜も入れてやるんだからね!!

 と、次々と、いつもよりワンランクもツーランクも上の商品を遠慮なくぽこぽことかごに入れてゆく。
 それから、それから……1枚500円する板チョコ!! 後は……強力粉だって、一番高い春よ恋だ!

「小麦粉……?」
「パンは手作り派です」

 材料いれてスイッチぽんのホームベーカリーだけどね! 料理するんだぜ的な見栄がむくむくとわき上がる。
 ツンとすまして言ってやると、ふーんと聞いていた男が、にやりと笑った。

「朝くわえて走るぐらいだから、よっぽど好きなんだな」
「……!!」

 ほんっと、この男、むかつく!
 でも、お会計は二人分の食料品だけで五千円越え。ふふん! ざまーみろ! って思ったら「他には良いのか」って聞かれた。
 意地悪出来て良い気分で帰ってたのに、まさかの追加オッケー宣言とか。金持ちか、コイツ。

「こんなに高いのばっかり買ったのに、なんで平気そうなの!!」
「……なんだ、自覚あったのか」
「ない方がおかしいよ!」
「いや、北澤さんとこのお嬢さんだから、いい暮らししてたのかと」
「うちみたいな中小企業、一般家庭と変わんないから!」

 時間あるときはいつもセール品求めて走ってるし! 大体、引き落とし以外の生活費は月5万なんだから、いろいろお小遣いに使いたかったら食費をつめるしかない。いつも指くわえてみてたのをどんどん詰めてやったのに。
 社長っていってもうちのパパ見てると、会社経営してるからって生活は一般人と変わんないと思ってたんだけど、もしかして、他の中小企業の社長ってもっといい暮らししてんの? いや、でも、ママだってお客さんが来るときはびっくりするぐらい高い食材をぽんぽん買うし……こんな物なのかな……。

 とりあえず『高い買い物して「コイツ経済観念ないから婚約破棄」作戦』も失敗したらしい。

「……へぇ」

 露木さんが少し考え込むように黙り込んだ。
 何よ、その反応……。も、もしかして、一般家庭と変わりないって、パパのイメージダウンだったり、とか? 会社の契約上、よくなかったりとか、しちゃう?

「パパは! 私とは違ってきちんとしてるかもだけど、社長令嬢っぽいのが好みなら、私との結婚はやめた方が良いと思うの!」

 よし! これだ! これなら、パパのことは悪くいってないし、私だけのイメージダウン!
 どや顔で露木さん見たら、イケメンが嘲笑うように鼻で笑った。

「お前、バカか? 気に入らなくても、北澤さんとのつながりを切るわけないだろ」

 それはなにか、私のことは気に入らないけど仕方ないって事?!

「むーかーつーくー!」

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