3 / 3
巡花
もしかしたら、こんな未来
しおりを挟む満開の桜が視界一面にあふれていた。
敷物の上に腰を下ろし、二人肩を並べ、桜を仰ぎ見る。
吹き抜ける風に木々が揺れ、花びらが舞う。
「風が強いな」
桜の花びらが視界を薄く染め上げるのを目を細めて見つめながら、彼はつぶやいた。
「せっかく満開なのに、これじゃ、すぐに散ってしまいそうだ」
言葉とは裏腹に、柔らかな表情で舞い散る花びらを見つめながら、そう続けた彼の声に、彼女は桜を見上げたまま、クスリと笑う。
「花より団子って言ってた人の言葉とは思えない」
楽しげに笑いながら桜を見つめる彼女に、彼は桜から目をそらすと怪訝そうに彼女を見た。
「俺、そんな事言ったっけ? 俺は結構、花見、好きだぞ」
彼女は少し意味ありげなほほえみを浮かべちらりと彼を横目で見る。
「言ってた」
彼女はそう言ってまた笑った。
それが更に納得がいかないという表情で、けれど彼女の視線の先を追いかけるように、彼はもう一度桜を見上げた。
風が吹くたびに花びらが舞い、視界が薄桃色に染まる。
強い風に吹かれながら、けれど、柔らかく、ゆるやかに、それは流れるように、はらり、はらりと舞い落ちる。
「花が散ってるのに、きれいなのは、すごいよな」
彼は同意を求めるようにつぶやいた。
それがまるで、花より団子なんて思ってないという主張のようにも聞こえて、彼女はまた軽やかにクスクスと笑った。
彼女の白い手が、風になびく長い黒髪を押さえる。
「あなたがそんなロマンチストなんて、知らなかった」
からかうように言った彼女に、彼はにやりと笑って、彼女をのぞき込んだ。
「おまえが言ったんだよ」
彼女はきょとんとして彼を見つめた。
「……そうだっけ?」
「そうだよ」
彼は笑う。
笑う彼を見て、彼女も笑った。
「そうだったかも」
そして、また二人で桜を仰ぎ見る。
まるでゆらぎながら静かに落ちて行く花びらのように、ゆったりと二人の間に訪れた静寂と共に時間が流れていく。
風が枝をゆらす音と、楽しげな子供達の笑い声だけが辺りをつつむ。
「おかーさーん」
幼い声が響いた。
「おとーさーん!」
二人は声のする方に目を向ける。
幼い姉妹が手を振りながら、桜吹雪を見るように身振り手振りで訴えてくる。
「きれいねー!」
叫ぶその声に、二人は笑いながら手を振って返す。
姉妹が舞い散る花びらに声を上げながらはしゃぎ、その小さな手をいっぱいにひろげ小さな花の雪を受け止めようとしている。
けれど、捕まえられようとした花びらは、風にゆられてひらりひらりと、小さな手のひらをすり抜けて行く。それがまた楽しいとばかりに、姉妹はなおも手のひらを伸ばす。
また一つ、桜の季節の美しい一枚の絵画が、心に刻みつけられる。
「春菜」
彼の呼びかけに、彼女はほほえみで返事を返す。
「来年も、来ような」
来年も、再来年も、一緒にいられる限り、ずっと。
彼女はほころぶように笑みを深め、彼を見つめた。
「……うん」
そうして重ねた手をきゅっと握る。
それから、再び、舞い散る桜を見上げた。
満開の桜が辺りを包んでいた。
0
お気に入りに追加
9
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
地獄三番街
有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。
父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。
突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結した小説欄でタイトルをお見掛けして、拝読しました。
三部で構成された作品ですが、そのどれもにライト文芸らしさが詰まっていました。
心の様子がしっかりと描かれていて、でもそれは決して固くはなく、ふわっと心に入ってくる文章と構成。リアリティーがあって、かつ、そこには形容しきれない爽やかさがありました。
ライト文芸に相応しい、質がすごくいい物語だったと思います。
ありがとうございます。
とてもうれしい言葉の数々に、とてもドキドキしています。
少しでも楽しんでいただけたのでしたら、とてもうれしいです。