逢花(おうか)

真麻一花

文字の大きさ
上 下
1 / 3
逢花

前編

しおりを挟む





 あの時、一面が薄桃色に染まった。 






 吹き抜けてゆく風は桜並木を揺らし、雪のように花が舞う。 
 薄桃色に彩られた春の雪――……。 

 切なくなるような既視感が切ない痛みを伴って胸をよぎる。 
 いつだったか……。 
 記憶をたどるが、思い出せなかった。 

「透哉(とうや)、行くぞ」 
「おぅ」 

 祐二に呼ばれて振り返った。 
 その瞬間また風が吹き抜け、宙に花びらが舞う。 
 風から目を背けた先に、彼女がいた。 
 黒い髪が風になびき、白い指は風にもてあそばれる髪を押さえ、その瞳は宙に舞う花びらを見つめている。 

 あれは……。 

 眩暈を感じるほどの切ないような不思議な既視感。 
 これは、いつの記憶……? 

 透哉は胸に残る感覚を探りながら、彼女から目を離せずにいた。 
 声をかけたらいけない、そんな気がした。 けれど早く声をかけなければいけないと心がせく。 

 何故? どうして? 

 透哉はわけのわからない衝動に戸惑っていた。
 
「……透哉ー?」 

 祐二の声にはっと我に返る。 

「おー……今行く」 

 答えながら彼女をもう一度見つめ、そして祐二と一緒に教室へ向かった。 
 透哉が背を向けた後に彼女が振り返り、その視線が彼の背中を追っていた事には気づかなかった。
 
 岡崎春菜。 
 クラスメートなので彼女の名前ぐらいは知っている。けれど透哉が彼女とまともに話した事は一度もなかった。ごく普通の子で、美人というわけでもなければ、とくに目立つ事もなく、とくに男子から興味をもたれる子でもなかった。比較的地味な子、という印象が透哉にはある。というより、彼女に興味を持った事はこの三年間で一度もなかった。 
 卒業式の日になって、初めて彼女に興味を覚えた。 
 彼女とは全く接点はない。この卒業式を迎えれば同窓会でもない限り、もう会うこともないだろう。 
 けれど。 

 彼女と話してみたい。 

 透哉は強く思った。 
 しかし卒業式の日ともなると、女子はみんな群れて、話しかけるタイミングなどとても取れそうになかった。そして、話しかける機会のないまま卒業式が始まった。 
 卒業式に感動するほど繊細な感覚を持ち合わせてはいなかったが「普段と違うことをする」そのことがやはり特別に感じた。 
 式が終わったあと、卒業生が群れている中で透哉は彼女を探す。 
 祐二とたわいもない話をしながら、視線が卒業生の中をさまよう。 
 退屈だった卒業式。しかし、これがひとつの区切りとなり、当たり前の様にそばにいる友人たちでさえ、約束をしないと会う事はなくなってしまう。そのことが不思議に思えた。 
 当たり前のように訪れる「別れ」の日。 
 それは、そのまま、彼女との会う機会をなくすことでもあった。 
 透哉は彼女が見つからないことに焦りを覚えていた。 


 その時、また強い風が吹いた。 
 目の前を桜の花びらが舞った。 
 透哉は振り返り、風が吹いてきた先を見つめる。 
 立ち並ぶ、満開の桜並木。 
 そこには目を細めて桜を見つめる彼女がいた。 

 突然、透哉の脳裏にその日のことがよみがえった。 
 入学式の日だった。少し大きめの制服を着て、桜吹雪の中、佇んでいた少女の姿。 
 あれは……。 

 記憶の中の少女が、視線の先にいる彼女の姿に重なる。 
 入学式の日に感じた、えもいえぬ感動が胸の中によみがえった。直後、更に思い出した言葉に胸がずんと痛むように重くなる。 
『暗そうな女』 
 思い出してしまったその記憶。 
 それは、あの日、透哉が彼女に下した感想だった。 

 入学式の日、透哉は桜の中で佇む後姿の彼女から目が離せなくなった。そして話しかけようとして、顔を見て後姿との印象の差に落胆をした。 
 だぼだぼの制服、垢抜けない雰囲気、眼鏡をかけた彼女の姿は、舞い上がった透哉の気持ちを沈めるには十分だった。 

 一気に気持ちが冷めた、あの日。 
 あの絵画のように綺麗な一瞬に感動して動けなくなってしまった自分が、バカみたいに思えて、二度とその事を思い出そうとはしなかった。 
 しかし今、透哉の中で思い出された記憶は、垢抜けないと思ったあの姿さえ、とてもきれいに思えて、いかにあの時の自分の判断が馬鹿げていたかを突きつけているかのようだった。 

 暗いというより穏やか、そんな言葉がよく似合う。 
 落ち着いた感じの笑顔を浮かべる子なんだなと、透哉はぼんやりと考えた。 

 彼女とはここで言葉も交わさず別れてしまえば、それっきりになる。祐二たちとするように「また今度」と言葉を交わす事はない。 
 考えれば考えるほど自分が情けなく思えて、ため息がこぼれた。 

「珍しいな、お前が一番卒業式で寂しそうにする事はなさそうな奴だと思ったのに」 

 からかうように祐二が言う。 

「俺はお前と違って繊細だからな」 

 祐二に答えたところで、離れたところから声がかかった。 

「おーい、写真撮るぞー!!」 

 その声に反応して卒業生たちが集まっていく。クラスメートが集まる中、彼女が透哉の前に並んだ。 
 妙に緊張して透哉の胸が高鳴る。 
 話しかけようかどうしようか悩んでいるうちに写真は撮り終わり、また人が散らばっていく。 
 そして彼女も目の前から立ち去ろうとしていた。 
 話しかける言葉が見つからず声をかけるのをためらっていると、また強い突風が吹きぬけていった。 

「今日、風強いな」 

 ようやく出た言葉に、透哉は自分でも呆れた。 
 これでは誰に話しかけたのか全く分からない。振り返ってくれるか、自分が話しかけたと気づかれないまま立ち去っていくか……。 
 ドキドキしながら彼女の反応をうかがう。
 
「……え?」 

 彼女が振り返った。うれしさ反面、まさかこんな言葉で振り返ってもらえると思っていなかった透哉は軽く動揺した。 

「さっきから、桜吹雪見てたろ?」 

 動揺を隠しつつ、なんでもないように話しかける。 

「え、ああ、うん。きれいだよね」 

 少しとまどっていた様子の彼女がほころぶように微笑んだ。 

「桜、好きなんだ?」 
「うん。散っていく姿がきれいなのって、すごくない?」 
「え?」 

「だから、ほら。普通さ、花が散るときって、どっちかっていうと汚く見えちゃうでしょ。でも、桜って、散るときもきれいだから。すごいなって」 
「へー……。考えた事もなかった」 

 透哉がしみじみと考えていると彼女が笑った。
 
「私ねぇ、特にこの学校の桜、すごく好きなの。二種類あるの知ってる? ひとつは、ほら、よく見かける桜……ソメイヨシノだっけ? 入学式のときに咲く桜。今咲いているのはあれと違って、ピンクが濃いでしょ。こっちの方がかわいいくて好きかも。それに、ソメイヨシノって入学式の時期だけど、この桜、卒業式の時期に咲くでしょ、一足早い春って感じがするから」 

「え?早いのか?」 
「早いでしょ。まだお花見の時期になってないじゃない。桜前線のニュースとかまだ大分先だよ」 
「へー……」 
「高野君、朝、桜吹雪見てたでしょ? 結構真剣に。お花見とか好きなのかと思った」 
「いや、食べるほう専門で。花にはあんまり」 

 くすくすと彼女が笑う。 
 それがうれしくて透哉も一緒になって笑った。 

 俺が桜見てたのを、彼女は気付いていたんだ。 
 そう思うと、少しくすぐったいような喜びがわき上がり、透哉の胸の中を温かくした。自分のことが少しでも彼女の印象に残っていた事がうれしかった。 
 その時、彼女がはにかみながら言った。 

「なんか、高野君とこんな風に話せると思わなかったな」 
「そうだよな、話すことほとんどなかったし」 
「うん」 

 交わしていく他愛のない話の中で彼女が笑う。 

 かわいいな。
 
と、透哉は思った。 




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

カフェの住人あるいは代弁者

大西啓太
ライト文芸
大仰なあらすじやストーリーは全く必要ない。ただ詩を書いていくだけ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

地獄三番街

有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。 父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。 突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

処理中です...