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8 悪夢の再来
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実際の所、あの獣人の末路がどうだったかなんて、私は知らない。知る必要がないと言われている。
だけど「こう言え」と言われた内容が、さっきの内容だ。
これが本当か嘘かは、私には分からない。私がこの内容に怯えるのを見越して、冗談めかして言っていたのだろうけど、もしかしたらこれよりもっとひどいことになっているのかもしれない。
その報復は、私の感覚ではやり過ぎなんじゃないかと感じる。
けれどそれは、安全が確保されてたから思えることだ。もうあの獣人に襲われることはないとわかっているから言えることだ。
だって私は、その話を聞いたとき、一番最初にほっとした。もう、あの獣と会うことはないんだって。あの獣の存在がどれだけ私にとって負担だったのか、考えるまでもない。
やり過ぎなんて憐れむことが出来るのは、安全が確保されているからだ。そうじゃなかったら「死んでしまえばいい」って心の底から思っていただろう。いつふるわれるかわからない暴力を前にすると、正しさなんか役に立たない。
でも、以前の価値観の「正しさ」は、未だ私の常識を縛っている。
「暴力に暴力で返してはいけません」
それは私に根付いて消し去れない常識。……この世界には、存在しない常識。
ここでは、やり過ぎだと獣人から非難を受けることはない。私の常識は、この世界では通用しない。
やり過ぎに思えた報復は、この世界の獣人にとってはあたりまえの報復で、「強者の持ち物に手を出すと言うことは、そういうことだ」と、誰もが納得しているようだった。
そのことを恐ろしいと思うと同時に、私はガウスを後ろ盾に持っていることに、確かにほっとしていた。
なにもしなければ、無駄な争いが頻発することはない。
けれど力尽くで訴えるのなら、力による報復が返される。そうした解決法は、当然のように受け入れられる。
いつ暴力に晒されるかわからない恐ろしい世界ではあるけれど、ある意味では単純でわかりやすい。
獣人の世界は、私の生まれ故郷よりも、かなり衝動的な世界なのだ。
理詰めで相手を言い負かしても、気に入らなければ暴力で解決してしまう世界だ。そしてそれが受け入れられている。
私は考えが甘いと言われる。そうなのだろうと思う。だって、この世界の常識になじめないままだから。日本での常識を引きずっていても、生きていけるぐらい守られていたのだから。
一緒にいても、離れていても、いつもガウスに守られていたから。
だから捨てられない。捨てたくない。だってここの常識は、私を根本から否定するから。弱い人間には、生きる価値すらないと。
ガウスの威光が通じてないこの状況で、自分の甘さを思い知る。
エルファは私の言葉の意味を理解しようとしない。どれだけ言葉を尽くしても、彼女には伝わらない。
言葉が伝わらないのなら、私は、エルファに対抗する術がない。私の思う正しさは、通用しない。
私は、はっきりとガウスに、はやくエルファを排除するように頼めばよかったのだろうか。今まで、言わなくてもガウスが排除してくれていた。それを見て見ぬフリをして、安全なところで安心だけを享受してきた。その結果が、これだ。
エルファは雄を紹介すると言った。このままここにいるのは危ない。なんとか逃げなきゃ。
「手を離して、私を帰して……!!」
必死に足掻く私の背後から声がした。
「それが例のお嬢ちゃんか?」
男の声だった。
「……ひっ」
振り返って息をのむ。獅子の獣人だ。いつかの恐怖が途端に湧き上がって、身体が竦んだ。顔が、ほぼライオンだった。
「おいおい、マジかよ。獣の匂いが全然しねぇぞ、この雌」
楽しそうな声が響いた。
「でしょう? だから、あなたにぴったりだと思って。保護者がこの子に似合う獣性の雄が現れるまで待ってるらしくて。この子、全然雄と知り合えないのよ。……でも、あなたなら、ぴったりでしょう?」
私を無視して進む会話。違うという私の叫び声に、彼らは耳を貸そうともしない。
ニヤニヤと笑いながら獅子獣人が私を値踏みするように見ている。
「すげぇ当たりだな……。お嬢ちゃん、さっきの報復された虎の獣人の話な、俺の弟なんだよ。雌を無理矢理とかそんなことするヤツじゃなかったんだが、……相手はお嬢ちゃんか。どうりで。そりゃあ、お嬢ちゃんの匂いじゃあ惑わされるよなぁ……。なかなかそそる良い匂いだ」
獅子獣人の言葉に息をのんだ。
エルファはなんて獣を引き入れたのか。そこまで知ってのことだったのか。
思わずエルファを振り返ったが、彼女は「あら」といった感じで驚いている様子を見ると、さすがにそこまでは計算していないようだった。
けれど「縁があるのね」なんて、いたぶるような笑顔で笑っていた。
「弟をあんなにしたヤツをちょっと見てみようと思って、ここまで来たんだよ、俺は」
私に歩み寄ってきた獅子の獣人は、楽しげに私の耳元でそう囁いた。
ぞわぞわとした恐怖と嫌悪感が走る。
「久しぶりに古巣に帰ってみりゃあ、弟はあんなになってるし、めちゃくちゃ驚いたんだよ。……あんたをそいつから奪い取れれば、さぞかし気持ちが良いだろうなぁ。お嬢ちゃんの保護者ってヤツ、ほとんどヒトだそうじゃないか。強いつっても、うっすい匂いだ。弟には勝てたかもしれねぇが、こんなたいした匂いしかしないヤツじゃあ、俺には勝てねぇよなぁ……」
この男は、ガウスを知らないのだ。今の私は、せっかくガウスが付けてくれた匂いも水で流され、そして拭い取られている。
エルファはこの雄がガウスの匂いで腰が引けるのを防ぎたかったのだろう。
怖い。
私をなぶるように見つめるその顔は、近くで見てもほぼライオンだ。以前の、ヒトの様相が半分ぐらい残っていた雄とは、比べものにならないほど獣性が強いのが、匂いを感じ取れない私でも分かってしまう。見える手足は毛皮で覆われ、指は多少の長さがあるものの、指先まで毛で覆われたその状態は、人間の指の構造と違って見えた。
「なぁに、お嬢ちゃんは心配せず俺のもんになれば良い。あんたの保護者にゃ文句を言わせねえよ。俺以上にお似合いの雄は、あんたにゃいねぇだろうからな」
力尽くで奪い取れる自信があるからこその言葉だった。
「そんじゃ、綺麗なお嬢さん方、かわいい雌の紹介をあんがとよ。弟に良い土産ができる」
「良かったわね、ミーナ、これでガウスも安心できるわね。ガウスの番にもなれないくせに、いつまでも居候する役立たずだったものね」
にっこりと笑うエルファの勝ち誇った表情に、不快感が込み上げる。
「……勝手なことを言わないで。ガウスはそんなことを思ってない。私がガウスから大切にされてるのがわかってないの? 安心なんてするわけないじゃない。私を害することは、ガウスと敵対することだとわからないの? 自分のやってることが本当にわからないの? 私を無理矢理この獣の番にさせようとしてるのよ。……エルファ、ガウスに報復されることを覚悟してる?」
エルファを睨んだまま畳み掛ける私に、彼女はおかしそうに笑った。
「報復なんて。感謝の間違いでしょう? 弱い雌が、保護者の威を借りて、なにを粋がっているの? ガウスはあなたのお守りから解放されて、喜ぶに決まってるじゃない」
当たり前のように彼女はそう言った。バカねぇ、と、諭すように。
「ガウスはそんなこと、喜ばない。バカなのはエルファの方だよ。ガウスのことを何もわかってないくせに、自分の望みをガウスに押し付けてるだけじゃない」
「……っ、うるさいわね! 役立たずのヒトのくせに、ガウスが優しくするからってつけあがって! 足手まといはさっさと出て行くべきなのよ!」
苛立ちを押さえながらさらに畳み掛ければ、エルファが激高した。その勝手な言い草に、とうとう堪えられなくなった。
「……役に立たなくてなにが悪いの。つけあがってなにが悪いの……! ガウスが優しいから? そうよ、ガウスは私に優しい。私はガウスに大切にされてる。……私がガウスの足手まといだからってなに? 私をどうするかはガウスが決めることでしょ! エルファが余計なことして喜ぶわけないのに、そんなことさえわからないあなたが、ガウスの気持ちをかたるな!!」
「うるさいわね!! ヒトのくせに、偉そうなことを言うんじゃないわよ!」
「ヒトだから言ってるんじゃない! 私はガウスの家族よ! エルファがしてることは、ガウスに敵対してるってどうしてわからないの!」
「あなたのためにしてあげてるのに、いつもいつもいつも勝手なことを言って!! この恩知らずが……!! だからヒトってイヤなのよ!! これほどあなたにぴったりの獣はいないのに! ちょっとは感謝ぐらいしたらどうなの!!」
癇癪を起こしたように叫んだエルファに、愕然とする。これだけ言っても、伝わらないのか。
信じられない。
やはりエルファは、わからないのだ。自分がガウスに逆らっているということに。
あまりにもおかしな言い分に、返す言葉さえ見つからない。
ガウスは私に手を出すなとはっきりと言っている。だから本来はおおっぴらには手を出せない。こんなことをやるなんて、あり得ないのだ。
だから、わざと意味を曲解して、逆らってはいないという体面を保っている、という可能性も考えていた。そうあって欲しいと思っていた。それならガウスの名前でひるませることが出来ただろう。でも、やっぱり、これは違う。
彼女たちは自分たちのやっていることを正しいと思い込んでいる。そうでなければ、獣人はここまであからさまに上位者に逆らえない。
けれど、彼女の言葉には私に対する明らかな悪意を感じる。「そう思い込みたい」から、そう思っているのだ。そこまでして私を排除したい気持ちが、彼女たちにそう思い込ませているのだ。
「エルファ! バカなことをしないで! 私を家に帰して!」
叫んだが、彼女たちは聞く耳を持たない。なおも言い募ろうとすると、獅子獣人が私の体を押さえつけた。
「あー、うるせぇ。よく吠えるお嬢ちゃんだな。……こっからは番の時間だ、さっさと出ていきな」
獅子獣人がエルファたちを追い払うように手を振れば、彼女たちはクスクスと笑いながら「良い雄が紹介できて良かったわ」「お幸せにね」などと口々に言って、建物から出て行く。
「……バカなことはやめて……!! こんな事をしてもガウスは……!!」
叫ぶ私を振り返ることもなく彼女たちは建物を出て行く。そして扉は、バタンと音を立てて閉じられてしまった。
だけど「こう言え」と言われた内容が、さっきの内容だ。
これが本当か嘘かは、私には分からない。私がこの内容に怯えるのを見越して、冗談めかして言っていたのだろうけど、もしかしたらこれよりもっとひどいことになっているのかもしれない。
その報復は、私の感覚ではやり過ぎなんじゃないかと感じる。
けれどそれは、安全が確保されてたから思えることだ。もうあの獣人に襲われることはないとわかっているから言えることだ。
だって私は、その話を聞いたとき、一番最初にほっとした。もう、あの獣と会うことはないんだって。あの獣の存在がどれだけ私にとって負担だったのか、考えるまでもない。
やり過ぎなんて憐れむことが出来るのは、安全が確保されているからだ。そうじゃなかったら「死んでしまえばいい」って心の底から思っていただろう。いつふるわれるかわからない暴力を前にすると、正しさなんか役に立たない。
でも、以前の価値観の「正しさ」は、未だ私の常識を縛っている。
「暴力に暴力で返してはいけません」
それは私に根付いて消し去れない常識。……この世界には、存在しない常識。
ここでは、やり過ぎだと獣人から非難を受けることはない。私の常識は、この世界では通用しない。
やり過ぎに思えた報復は、この世界の獣人にとってはあたりまえの報復で、「強者の持ち物に手を出すと言うことは、そういうことだ」と、誰もが納得しているようだった。
そのことを恐ろしいと思うと同時に、私はガウスを後ろ盾に持っていることに、確かにほっとしていた。
なにもしなければ、無駄な争いが頻発することはない。
けれど力尽くで訴えるのなら、力による報復が返される。そうした解決法は、当然のように受け入れられる。
いつ暴力に晒されるかわからない恐ろしい世界ではあるけれど、ある意味では単純でわかりやすい。
獣人の世界は、私の生まれ故郷よりも、かなり衝動的な世界なのだ。
理詰めで相手を言い負かしても、気に入らなければ暴力で解決してしまう世界だ。そしてそれが受け入れられている。
私は考えが甘いと言われる。そうなのだろうと思う。だって、この世界の常識になじめないままだから。日本での常識を引きずっていても、生きていけるぐらい守られていたのだから。
一緒にいても、離れていても、いつもガウスに守られていたから。
だから捨てられない。捨てたくない。だってここの常識は、私を根本から否定するから。弱い人間には、生きる価値すらないと。
ガウスの威光が通じてないこの状況で、自分の甘さを思い知る。
エルファは私の言葉の意味を理解しようとしない。どれだけ言葉を尽くしても、彼女には伝わらない。
言葉が伝わらないのなら、私は、エルファに対抗する術がない。私の思う正しさは、通用しない。
私は、はっきりとガウスに、はやくエルファを排除するように頼めばよかったのだろうか。今まで、言わなくてもガウスが排除してくれていた。それを見て見ぬフリをして、安全なところで安心だけを享受してきた。その結果が、これだ。
エルファは雄を紹介すると言った。このままここにいるのは危ない。なんとか逃げなきゃ。
「手を離して、私を帰して……!!」
必死に足掻く私の背後から声がした。
「それが例のお嬢ちゃんか?」
男の声だった。
「……ひっ」
振り返って息をのむ。獅子の獣人だ。いつかの恐怖が途端に湧き上がって、身体が竦んだ。顔が、ほぼライオンだった。
「おいおい、マジかよ。獣の匂いが全然しねぇぞ、この雌」
楽しそうな声が響いた。
「でしょう? だから、あなたにぴったりだと思って。保護者がこの子に似合う獣性の雄が現れるまで待ってるらしくて。この子、全然雄と知り合えないのよ。……でも、あなたなら、ぴったりでしょう?」
私を無視して進む会話。違うという私の叫び声に、彼らは耳を貸そうともしない。
ニヤニヤと笑いながら獅子獣人が私を値踏みするように見ている。
「すげぇ当たりだな……。お嬢ちゃん、さっきの報復された虎の獣人の話な、俺の弟なんだよ。雌を無理矢理とかそんなことするヤツじゃなかったんだが、……相手はお嬢ちゃんか。どうりで。そりゃあ、お嬢ちゃんの匂いじゃあ惑わされるよなぁ……。なかなかそそる良い匂いだ」
獅子獣人の言葉に息をのんだ。
エルファはなんて獣を引き入れたのか。そこまで知ってのことだったのか。
思わずエルファを振り返ったが、彼女は「あら」といった感じで驚いている様子を見ると、さすがにそこまでは計算していないようだった。
けれど「縁があるのね」なんて、いたぶるような笑顔で笑っていた。
「弟をあんなにしたヤツをちょっと見てみようと思って、ここまで来たんだよ、俺は」
私に歩み寄ってきた獅子の獣人は、楽しげに私の耳元でそう囁いた。
ぞわぞわとした恐怖と嫌悪感が走る。
「久しぶりに古巣に帰ってみりゃあ、弟はあんなになってるし、めちゃくちゃ驚いたんだよ。……あんたをそいつから奪い取れれば、さぞかし気持ちが良いだろうなぁ。お嬢ちゃんの保護者ってヤツ、ほとんどヒトだそうじゃないか。強いつっても、うっすい匂いだ。弟には勝てたかもしれねぇが、こんなたいした匂いしかしないヤツじゃあ、俺には勝てねぇよなぁ……」
この男は、ガウスを知らないのだ。今の私は、せっかくガウスが付けてくれた匂いも水で流され、そして拭い取られている。
エルファはこの雄がガウスの匂いで腰が引けるのを防ぎたかったのだろう。
怖い。
私をなぶるように見つめるその顔は、近くで見てもほぼライオンだ。以前の、ヒトの様相が半分ぐらい残っていた雄とは、比べものにならないほど獣性が強いのが、匂いを感じ取れない私でも分かってしまう。見える手足は毛皮で覆われ、指は多少の長さがあるものの、指先まで毛で覆われたその状態は、人間の指の構造と違って見えた。
「なぁに、お嬢ちゃんは心配せず俺のもんになれば良い。あんたの保護者にゃ文句を言わせねえよ。俺以上にお似合いの雄は、あんたにゃいねぇだろうからな」
力尽くで奪い取れる自信があるからこその言葉だった。
「そんじゃ、綺麗なお嬢さん方、かわいい雌の紹介をあんがとよ。弟に良い土産ができる」
「良かったわね、ミーナ、これでガウスも安心できるわね。ガウスの番にもなれないくせに、いつまでも居候する役立たずだったものね」
にっこりと笑うエルファの勝ち誇った表情に、不快感が込み上げる。
「……勝手なことを言わないで。ガウスはそんなことを思ってない。私がガウスから大切にされてるのがわかってないの? 安心なんてするわけないじゃない。私を害することは、ガウスと敵対することだとわからないの? 自分のやってることが本当にわからないの? 私を無理矢理この獣の番にさせようとしてるのよ。……エルファ、ガウスに報復されることを覚悟してる?」
エルファを睨んだまま畳み掛ける私に、彼女はおかしそうに笑った。
「報復なんて。感謝の間違いでしょう? 弱い雌が、保護者の威を借りて、なにを粋がっているの? ガウスはあなたのお守りから解放されて、喜ぶに決まってるじゃない」
当たり前のように彼女はそう言った。バカねぇ、と、諭すように。
「ガウスはそんなこと、喜ばない。バカなのはエルファの方だよ。ガウスのことを何もわかってないくせに、自分の望みをガウスに押し付けてるだけじゃない」
「……っ、うるさいわね! 役立たずのヒトのくせに、ガウスが優しくするからってつけあがって! 足手まといはさっさと出て行くべきなのよ!」
苛立ちを押さえながらさらに畳み掛ければ、エルファが激高した。その勝手な言い草に、とうとう堪えられなくなった。
「……役に立たなくてなにが悪いの。つけあがってなにが悪いの……! ガウスが優しいから? そうよ、ガウスは私に優しい。私はガウスに大切にされてる。……私がガウスの足手まといだからってなに? 私をどうするかはガウスが決めることでしょ! エルファが余計なことして喜ぶわけないのに、そんなことさえわからないあなたが、ガウスの気持ちをかたるな!!」
「うるさいわね!! ヒトのくせに、偉そうなことを言うんじゃないわよ!」
「ヒトだから言ってるんじゃない! 私はガウスの家族よ! エルファがしてることは、ガウスに敵対してるってどうしてわからないの!」
「あなたのためにしてあげてるのに、いつもいつもいつも勝手なことを言って!! この恩知らずが……!! だからヒトってイヤなのよ!! これほどあなたにぴったりの獣はいないのに! ちょっとは感謝ぐらいしたらどうなの!!」
癇癪を起こしたように叫んだエルファに、愕然とする。これだけ言っても、伝わらないのか。
信じられない。
やはりエルファは、わからないのだ。自分がガウスに逆らっているということに。
あまりにもおかしな言い分に、返す言葉さえ見つからない。
ガウスは私に手を出すなとはっきりと言っている。だから本来はおおっぴらには手を出せない。こんなことをやるなんて、あり得ないのだ。
だから、わざと意味を曲解して、逆らってはいないという体面を保っている、という可能性も考えていた。そうあって欲しいと思っていた。それならガウスの名前でひるませることが出来ただろう。でも、やっぱり、これは違う。
彼女たちは自分たちのやっていることを正しいと思い込んでいる。そうでなければ、獣人はここまであからさまに上位者に逆らえない。
けれど、彼女の言葉には私に対する明らかな悪意を感じる。「そう思い込みたい」から、そう思っているのだ。そこまでして私を排除したい気持ちが、彼女たちにそう思い込ませているのだ。
「エルファ! バカなことをしないで! 私を家に帰して!」
叫んだが、彼女たちは聞く耳を持たない。なおも言い募ろうとすると、獅子獣人が私の体を押さえつけた。
「あー、うるせぇ。よく吠えるお嬢ちゃんだな。……こっからは番の時間だ、さっさと出ていきな」
獅子獣人がエルファたちを追い払うように手を振れば、彼女たちはクスクスと笑いながら「良い雄が紹介できて良かったわ」「お幸せにね」などと口々に言って、建物から出て行く。
「……バカなことはやめて……!! こんな事をしてもガウスは……!!」
叫ぶ私を振り返ることもなく彼女たちは建物を出て行く。そして扉は、バタンと音を立てて閉じられてしまった。
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