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しおりを挟む自分を愛してくれるような男と結婚しても互いに不幸になるだけだと言い切るクリシュナに、国王は項垂れて、呻くように呟いた。
「お前は……俺を、脅しているのか?」
握りしめた拳が震えている。
クリシュナは自嘲めいた笑いが込み上げるのをこらえていた。
その通りだ。脅しているのだ。わたくしが不幸になるのは、あなたのせいだと。だから、一度で良いから、一夜の情けが欲しいと。それも出来ないくせに、適当な事を言ったあなたが悪い、と。
責めたかったのだ。なのに、衝撃を受けている国王を目の当たりにすると、そんな事をしてしまった自分の心が、やめておけば良かったと疼く。
力なく項垂れる彼の姿を見るのが苦しい。愛しい人を傷つけて胸が痛まないわけがない。
けれど、撤回する気にもなれなかった。「ごめんなさい」「大丈夫」と慰めたい気持ちと同じぐらい、自分の気持ちを国王に思い知らせたかった。
クリシュナは唇を噛んだ。
「約束を、破るからですわ」
努めて冷静な声で返すと、国王は凶暴な猛獣を思わせる瞳で睨むようにクリシュナを見た。
「誰が約束を破るなどと言った」
「落ちぬ男はおらぬと言ったのに、陛下は……」
言いかけたところで、それを遮るように国王が言葉をかぶせてきた。
「誰が、落ちておらぬと言った?」
厳しく見つめてくる瞳とぶつかった。引き締められた口元も、唸るような低い声もどれも人を怯えさせるほど威圧的な物だった。
けれどクリシュナには、言葉の内容に比べれば、それらのどれも些細な物と思えた。
「……え?」
クリシュナは意味が分からずに、惚けたような声を漏らす。
「お前を奪えぬ事と、お前に落ちぬ事は別の問題だとは思わないのか?」
皮肉げに笑うその顔は、先ほどまでの凶暴さをたたえたままだ。厳しいまでの視線は今もクリシュナを突き刺すように向けられている。
「……え?」
「年がお前の倍より上だぞ。お前のような未来のある若い女を、どうしてこんな老いた俺が奪える。俺がお前を奪うということが、どれだけお前を過酷な世界に引きずり込むか分かっているのに、どうして……」
怒りのように吐き出される言葉は、苦悩が滲んでいるように思えた。
その言葉が真実なのか、それとも体の良い言い訳なのか、クリシュナには分からなかった。ただ、そんな言葉で逃げられるのも、ないがしろにされるのもやりきれないと思った。そんな言葉を理由にされて、自分の気持ちを拒絶されるのでは、あまりにもやるせない。
いっそ、そんな目で見る事が出来ないと言われた方がまだ納得が行く。中途半端にかけられる思いがあれば、いつまでも彼に気持ちを引きずられるままで、未練ばかりに縋りたくなる。けれど、それはクリシュナには許されないのだ。家のために結婚はさせられる事に変わりはないのだから。未練に縋って惨めに生きていくつもりもない。ならば想いを変える事は出来なくても、未練を打ち砕かれた方がずっとましだ。
「陛下が、わたくしを受け入れてくれないのでしたら、わたくしの恋だの愛だのといったものの未来などどうでも良いのです。わたくし、もう一八ですのよ。これでも望みがないからと、何度も諦めようとしましたわ。他の方を見ようと、恋しようと、これでも頑張ったのです。でも、諦めたのです。わたくしは、あなたを諦めることなど出来ないのだと。わたくしのこの想いは、たった一度の恋で良いのです。きっと一生に一度の恋ですわ」
国王がクリシュナに歩ませたい未来などないのだと、彼女は迷うことなく語った。
「ですから、もう、陛下がわたくしを手折ってくれないのでしたら、どうでも良いのです。陛下にその気がないのでしたら、わたくしにとって落ちるも落ちぬも同じこと。それならどうか先ほどの言葉はいっそ無かった事にして下さいませ。その方がわたくしももっと楽に嫁ぐ事が出来ますわ。受け入れられぬとおっしゃるのでしたら、どうかわたくしの事に口を出したりなさらないで下さいませ。このまま放っておいて下さいませ。手折る気すらないのでしたら、それ以上はわたくしだけの問題。幸せになるもならぬも、わたくしが自身で選ぶ道ですもの。陛下には関係のないことなのですから」
国王はクリシュナの諦めの混じった懇願を静かに聞いていたが、ややあって、彼女の細い手首を掴んだ。その顔には先ほどまでの怒りのような感情も、苦悩も浮かんでいない。けれど、思い詰めているのではないかと感じるほど、ひどく真剣な顔をしていた。
「……来い」
「陛下?」
国王の変化は突然だった。
急に引かれた腕に、クリシュナは慌てて足を繰り出す。そうしなければ転んでしまいそうなほど、クリシュナの意志を無視した引っ張り方だった。掴んだ国王の手は強く、掴まれた手首は痛みさえ覚える。
「陛下、どこへ……」
強い力で引かれながら、クリシュナは国王の顔を仰ぎ見た。見つめる横顔は厳しいと思えるほど真剣な表情のままだ。
「陛下」
呼んでも返事をしてくれない。振り返ってさえくれない。
クリシュナは泣きたくなった。感情は読み取れないが、きっと怒っているのだと思えた。それは全て自分のせいであると思うと悲しかった。
全部自分が起こした事なのに怖かった。
「陛下?」
突然引かれた腕に、クリシュナは慌てて足を繰り出す。そうしなければ転んでしまいそうなほど、クリシュナの意志を無視した引っ張り方だった。掴んだ国王の手は強く、掴まれた手首は痛みさえ覚える。
「陛下、どこへ……」
強い力で引かれながら、クリシュナは国王の顔を仰ぎ見た。見つめる横顔は厳しいと思えるほど真剣な表情のままだ。
「陛下」
呼んでも返事をしてくれない。振り返ってさえくれない。
クリシュナは泣きたくなった。感情は読み取れないが、きっと怒っているのだと思えた。それは全て自分のせいであると思うと悲しかった。
全部自分が起こした事なのに怖かった。
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