再会は甘い誘惑

真麻一花

文字の大きさ
上 下
14 / 17

14

しおりを挟む

「ごめん、……気持ち、悪い、よな」

 彼がひどく低い声でつぶやいた。
 気持ち悪い?
 なにそれ。そういう問題じゃないでしょ。

 彼の言いようが、ひどく不快に感じた。
 結婚している男の不倫相手になりかねなかったなんて、倫理的に許されない問題だ。現実的な問題を考えるのなら下手したら訴訟問題にだってなってくる。それを気持ちが悪いとかそんな問題と思っている事が信じられなかった。
 知らなかったとはいえ、関係もって訴えられたら、私が損害賠償ものなのに。気持ち悪いとか、どうしてそんな発想になるのか。

「確かに、あんまり、良い気分じゃないわね」

 イラッとしながら私は言葉を返す。声も口調も必然的にとげとげしくなる。いらだちがだいぶ恐怖を払拭してくれていた。その分私は冷静になる。

「……ごめん。俺は、最初から、留衣と、やりなおしたかった。再会したあのときから、……本当はもっと前からそのつもりだった。留衣にもう一回会えたら、絶対にチャンスは逃さないって決めていた」

 彼は目をそらしたまま、わずかに震える声でそう言った。

「何、言ってるの……? 何で、そんな事が言えるの」

 結婚しているくせに。「やり直したい」? 意味が分からない。ばれなければ何をしても良いと言うこと? 奥さんに嘘ついて、私に嘘ついて。分からなければ、誠実そうに見せてれば、それで良いって事? そしたら私が、そして奥さんが傷つかないから良いだろうって事?

「人、だまして、そんな事していいって思ってるんだね」

 彼は、あの頃と変わっていなかった。その場さえ取り繕えばいいと言わんばかりの、あの頃の態度と。

「そういうつもりじゃなかった」
「じゃあ、どういうつもりなの。結局、私の事だまして、結局変わってないじゃない」

 私がいらだった感情のままに責め立てると、彼は更にうなだれた。

「ごめん、だますつもりとか、本当になかった」
「どこが? 最初からその気だったって今言ったじゃない。何もしないからって無理矢理私に近づいて」

 彼が顔を上げた。そして懇願するように私を見る。

「留衣、ごめん、でも、話を聞いて欲しい」

 言葉にするうちに、私の感情はヒートアップしていっていた。苦しみを隠すように不快感と、いらだちが私の中を占めてゆく。

「いや!! 孝介さんは、いつも、私に嘘ばっかり言う!!」

 私は聞きたくなくて叫んだ。あの頃の気持ちがこみ上げて、再会以来呼ぶことを避けていた彼の名前が思わず口をついて出るほどに私は興奮していた。
 あのとき言いたくて言えなかった言葉がほとばしった。私の中に、ずっとたまっていた言葉。言いたくて言えずにずっと心のどこかでくすぶっていた言葉が今頃になって、今の気持ちと一緒に出てくる。
 彼が取り繕うとするほどに私は彼を排除するかのように感情的になっていった。

「もう、言わないから、全部話すから」
「聞きたくない!! 信じたら馬鹿を見るのはいつも私じゃないっ 今回だってそう! 前とは変わったっていって、人の話聞くふりして、誠実そうなふりして、結局私をだましたのは孝介さんじゃない! もう嫌、孝介さんの話なんて聞かない。もうイヤなの!!」
「留衣、頼む」

 彼が切羽詰まったような顔で詰め寄ってくる。けれど私も必死だった。怖くて。また彼に言いくるめられそうで。彼が言ったことをまた信じたくなりそうで。そしたら、また傷つきそうで。
 彼とはもうおしまいにするのだ。今度こそ、はっきりと、ちゃんと関係を切るのだ。
 私は彼を拒絶するのに必死になる。もう、頭の中は彼を責め立てることでいっぱいだった。
 私は感情のままに叫ぶ。

「近づかないで!! うそつき! うそつき! うそつき!!」
「話を聞けよ!!」

 彼が突然、私の叫び声を遮るように怒鳴った。
 その剣幕にびくりと震える。
 私は固まった。心が萎縮したように何も言えなくなった。彼が怒鳴ったことに頭が真っ白になっていた。
 彼の言葉を聞きたくなかった。聞くのが怖かった。けれど、それは彼を怒らせてしまった。

 出会って以来、一度だって聞いた事のない彼の怒鳴り声に私は怯えた。興奮していた私の頭は一気に冷めていた。
 どんなにひどいことをしても、彼が私を怒鳴ったことは一度だってなかった。自分勝手だけど、いつだって優しかった。人を怯えさせたり、人をわざと傷つけるようなことをする人ではなかった。
 彼が怒ったところを、私は初めて見た。

 胸が苦しい。
 泣きたい。逃げたい。怖い。
 ……嫌われた。
 体ががくがく震えた。
 怖い、……怖い。
 なにが? 彼が? それとも、彼に嫌われることが? それとも、失うことが……?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

同居人以上恋人未満〜そんな2人にコウノトリがやってきた!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
小学生の頃からの腐れ縁のあいつと共同生活をしてるわたし。恋人当然の付き合いをしていたからコウノトリが間違えて来ちゃった!

Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

鳴宮鶉子
恋愛
Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

現在の政略結婚

詩織
恋愛
断れない政略結婚!?なんで私なの?そういう疑問も虚しくあっという間に結婚! 愛も何もないのに、こんな結婚生活続くんだろうか?

処理中です...