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6章 済度
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真人さんは入っていた物を取り出した。
人を象った木製のそれは、呪術の道具ではないだろうか。中央には沙雪さんの名前が書かれている。
「なんなんでしょうね、それ……」
美伽は顔をしかめ、気味悪げに呟いた。
「形代だ──おそらく、沙雪さんの代わりになっている」
「え? なんでそんなものが……」
「多分、沙雪さんの遺体がなかったから……かな」
「そんな……!」
まさか、遺骨がないだなんて……。
さすがに想定外だ。材料集めが順調だっただけに衝撃も大きい。私達は言葉をなくして、しばし立ち尽くす。
「……ないものは仕方ないですよね。沙雪さんの代わりになっている形代を使うしかないんだ……」
「いや、それは本当に最後の手段にしておいた方がいいだろう」
魔封じの筐も代用品で作る。そこに、これまた沙雪さんの代用品──効力も激減してしまうかもしれない、と真人さんは指摘した。
そんなことになってしまったら……ううん、その先を考えるのは止めておこう。
「探すといっても大変ですよ。屋敷内を探索するだけでも骨が折れるのに、その……自殺した場所はわからないわけでしょう? 狭間ノ國全体を視野に入れて捜索するとなると……」
「それこそ魔封じの筐が完成する前に、八雲さん……じゃないや、月宮伊吹に襲われるかも……」
不安げな顔で美伽は、私の主張を補強した。
「さすがに闇雲に捜索することはしないさ。とりあえず、沙雪さんの部屋を見つけよう」
月宮伊吹の部屋は2階にあったという。ということは、彼の親族である沙雪さんの部屋も2階にあると思われる。
「遺書のようなものが残っていたら、そこに手がかりがあるかもしれない」
△▼△
2階へ続く階段はいくつもあるが、東玄関に近い階段を使うことにした。
移動する前に、まずは詰所の隠し部屋で八雲さんの亡骸を回収する。
地下へと続く正方形の穴からは、やはり冷たい風が恐ろしい唸り声を発するように吹き上げる。
今度は真人さんだけでなく私達も梯子を降りていく。
どれだけ梯子を降りただろうか。まだ底に到達しない。
深い。延々と続いていくことに、底はないんじゃないかという不安が恐怖となって絡み付いてくる。不規則に吹き上げる重い冷風が、余計に恐怖心を煽る。
どこまでも続くかと思われたがそんなことはなかった。
ようやく底に達することができて、ひとまず安心を覚える。
梯子の先は岩肌が剥き出しになった細い通路が続き、やがて鉤の手に折れ、隠し部屋が全貌を露にした。
思いの外広かった。
岩盤をくり貫いて造っているのか、通路と同様に、床も天井も壁も全て岩肌が剥き出しになっている。
人1人が余裕で座れそうな剣山や、キリキリと吊していくであろう装置がまず目に飛び込んできた。
他にも、詳しい使い方はわからないけれど、人を苦しめるために使われると想像させる道具もそこかしこに存在する。
真人さんから裏切り者の尋問──拷問をするための部屋ということを聞かされていた。だから、それなりに覚悟はできているつもりだったけれど、やはりそれらを目にしようものなら鬱な気分にさせられる。
ましてや私は、強い感情が焼き付いた場所の過去が見えるという特殊な力を持っている。
強い感情──拷問による恐怖と苦痛がこびりついている場所ゆえに、過去視で当時の様子を見せつけられ、余計に嫌な気分にさせられた。
「凛、大丈夫?」
「上で待っててくれてもいいんだぞ?」
察した2人が気遣ってくれる。
その気持ちだけをありがたく受け取っておく。
「隠し部屋の隠し部屋かぁ。さすがに予想外だよね。どこに入り口があるんだろ……」
冷たい風が吹き付ける中、私達は隠された牢を探す。
「それにしても風がすごいね。地下なのに……」
美伽が寒そうに自分を抱きしめるようにして背中を丸める。確かにかなり肌寒い。
すると、真人さんが何かに気がついた。
「この風……もしかすると……」
彼は、風の発生源を探してほしいと言う。
「あ、そこに隠された牢があるとか?」
「その可能性が高いだろうね」
風の発生源はすぐに見つかった。
細々とした拷問道具を収納している棚、その隙間から風が吹き込んでいる。
棚をずらしてみると、そこには覗き穴が付いた木の扉が。その覗き穴から冷気を蓄えた風が鋭く吹き込んでくる。
施錠はされていない。真人さんは扉を開く。存分に軋む音をたてて開かれた。中は真っ暗だ。
懐中電灯の明かりが横たわる白骨死体を照らした時だ。
一瞬だけ、悲しげに目を伏せた八雲さんが、生前の姿で佇んでいるような気がした。
「やっと、会えましたね……」
そんな言葉が、私の口から自然と出てきた。
私達は白骨死体──変わり果てた八雲さんの元にひざまずくと、まずは手を合わせて黙祷を捧げる。
必ず、あなたを苦しみから解放してみせますから……
密やかに、私はそんな誓いを立てた。
八雲さんの亡骸には所々にぼろぼろの布切れが張り付いている。真っ黒に変色してしまっているが、元は白い着物だったことだろう。私達は丁寧に布切れとなった着物を取り払って、用意しておいたバッグに遺骨を収めていく。
白骨死体を素手で触るだなんて、それはそれは恐ろしい体験かもしれない。けれど、不思議と怖くはなかった。
「少し……いや、かなり狭いところに押し込んでしまってすみません。けど、もう少しの辛抱ですから」
真人さんはバッグを肩に掛けると、バッグ越しに八雲さんに語り掛けた。
それに応えるように一陣の冷たい風が吹いて、私達を包み込んだ。
この風は一体どこから吹いてくるのか。発生源を突き止めてみると、壁の一部が壊れ、程々の穴が開いていることがわかった。
壁は大小不揃いの石を積み上げて造られていて、それが崩れたことによって穴が開いたみたいだ。地面には、壁の一部であった石が転がっている。
「向こう側にも空間があるみたいだ。暗くてよく見えないけど、かなり広そうだな」
真人さんは穴を覗いて言った。私も覗いてみる。
穴の先は、軍用の強力な光を放つ懐中電灯も役に立たない。墨で塗り潰したような闇黒に支配されている。
何も見えないけれど、その代わり音がかすかに聴こえる。
ちょろちょろと何かが流れている……地下水だろうか。
△▼△
東玄関近くの階段を昇り、2階へと移動した。
手書きの地図も2階はほぼ白紙だ。2階の探索はほぼ手付かずだから無理もない。
それでも、月宮伊吹の部屋を真人さんが発見したのは運が良かった。月宮家の人々の部屋も、その周辺にあるだろうから。
月宮伊吹の部屋を目標にして進んでいく中、問題は起きた。
どこからともなく聴こえてきたのは、ざわざわとした複数と思われる人の声──。
この土地は今や完全なる廃墟。人の声がしていいはずがない。
私達の間に強い緊張が走る。
声の正体は、呪いによりこの地をさまよう霊だろう。
実際何度も遭遇したし、そうだとわかってていても、やはり緊張するものだ。
攻撃手段となる塩も、もう残りわずか。
だから、隠れてやり過ごそうということになった。霊は姿を現すだけでも消耗が激しいというらしいから、そのうち消えてくれるだろう。
少し進んだ先に襖があった。
開けてみると座卓と座布団がある居間と思われる部屋だった。
押し入れがあるので隠れられそうだ。そこに隠れようと部屋に踏み入ろうとしたところで、
『いたぞおおぉぉぉ!』
未だに月読家を滅ぼすためにさまよっていると思われる、鉈を持った集落の者の霊に見つかってしまった。
するとわらわらと、同じく鉈を持った霊達が集まってきた。
「引き返すぞ。とにかく全力で走れ!」
駆け出すが、その勢いはすぐに挫かれてしまう。
なぜなら、引き返した先にも鉈を持った霊が3人現れたから。
『逃がすかあぁぁぁ……!』
「そんな、挟み撃ちだなんて!」
悲鳴とほぼ同等の声で美伽が叫ぶ。
進むことも戻ることもできない。
けれど、私達にはまだ撃退する術がある。
真人さんは引き返した先に現れた3人の霊に向かって塩を投げつけた。
3人の霊はぐにゃりと歪み、煙のように消え去った。
私達の逃走劇が再開される。
人を象った木製のそれは、呪術の道具ではないだろうか。中央には沙雪さんの名前が書かれている。
「なんなんでしょうね、それ……」
美伽は顔をしかめ、気味悪げに呟いた。
「形代だ──おそらく、沙雪さんの代わりになっている」
「え? なんでそんなものが……」
「多分、沙雪さんの遺体がなかったから……かな」
「そんな……!」
まさか、遺骨がないだなんて……。
さすがに想定外だ。材料集めが順調だっただけに衝撃も大きい。私達は言葉をなくして、しばし立ち尽くす。
「……ないものは仕方ないですよね。沙雪さんの代わりになっている形代を使うしかないんだ……」
「いや、それは本当に最後の手段にしておいた方がいいだろう」
魔封じの筐も代用品で作る。そこに、これまた沙雪さんの代用品──効力も激減してしまうかもしれない、と真人さんは指摘した。
そんなことになってしまったら……ううん、その先を考えるのは止めておこう。
「探すといっても大変ですよ。屋敷内を探索するだけでも骨が折れるのに、その……自殺した場所はわからないわけでしょう? 狭間ノ國全体を視野に入れて捜索するとなると……」
「それこそ魔封じの筐が完成する前に、八雲さん……じゃないや、月宮伊吹に襲われるかも……」
不安げな顔で美伽は、私の主張を補強した。
「さすがに闇雲に捜索することはしないさ。とりあえず、沙雪さんの部屋を見つけよう」
月宮伊吹の部屋は2階にあったという。ということは、彼の親族である沙雪さんの部屋も2階にあると思われる。
「遺書のようなものが残っていたら、そこに手がかりがあるかもしれない」
△▼△
2階へ続く階段はいくつもあるが、東玄関に近い階段を使うことにした。
移動する前に、まずは詰所の隠し部屋で八雲さんの亡骸を回収する。
地下へと続く正方形の穴からは、やはり冷たい風が恐ろしい唸り声を発するように吹き上げる。
今度は真人さんだけでなく私達も梯子を降りていく。
どれだけ梯子を降りただろうか。まだ底に到達しない。
深い。延々と続いていくことに、底はないんじゃないかという不安が恐怖となって絡み付いてくる。不規則に吹き上げる重い冷風が、余計に恐怖心を煽る。
どこまでも続くかと思われたがそんなことはなかった。
ようやく底に達することができて、ひとまず安心を覚える。
梯子の先は岩肌が剥き出しになった細い通路が続き、やがて鉤の手に折れ、隠し部屋が全貌を露にした。
思いの外広かった。
岩盤をくり貫いて造っているのか、通路と同様に、床も天井も壁も全て岩肌が剥き出しになっている。
人1人が余裕で座れそうな剣山や、キリキリと吊していくであろう装置がまず目に飛び込んできた。
他にも、詳しい使い方はわからないけれど、人を苦しめるために使われると想像させる道具もそこかしこに存在する。
真人さんから裏切り者の尋問──拷問をするための部屋ということを聞かされていた。だから、それなりに覚悟はできているつもりだったけれど、やはりそれらを目にしようものなら鬱な気分にさせられる。
ましてや私は、強い感情が焼き付いた場所の過去が見えるという特殊な力を持っている。
強い感情──拷問による恐怖と苦痛がこびりついている場所ゆえに、過去視で当時の様子を見せつけられ、余計に嫌な気分にさせられた。
「凛、大丈夫?」
「上で待っててくれてもいいんだぞ?」
察した2人が気遣ってくれる。
その気持ちだけをありがたく受け取っておく。
「隠し部屋の隠し部屋かぁ。さすがに予想外だよね。どこに入り口があるんだろ……」
冷たい風が吹き付ける中、私達は隠された牢を探す。
「それにしても風がすごいね。地下なのに……」
美伽が寒そうに自分を抱きしめるようにして背中を丸める。確かにかなり肌寒い。
すると、真人さんが何かに気がついた。
「この風……もしかすると……」
彼は、風の発生源を探してほしいと言う。
「あ、そこに隠された牢があるとか?」
「その可能性が高いだろうね」
風の発生源はすぐに見つかった。
細々とした拷問道具を収納している棚、その隙間から風が吹き込んでいる。
棚をずらしてみると、そこには覗き穴が付いた木の扉が。その覗き穴から冷気を蓄えた風が鋭く吹き込んでくる。
施錠はされていない。真人さんは扉を開く。存分に軋む音をたてて開かれた。中は真っ暗だ。
懐中電灯の明かりが横たわる白骨死体を照らした時だ。
一瞬だけ、悲しげに目を伏せた八雲さんが、生前の姿で佇んでいるような気がした。
「やっと、会えましたね……」
そんな言葉が、私の口から自然と出てきた。
私達は白骨死体──変わり果てた八雲さんの元にひざまずくと、まずは手を合わせて黙祷を捧げる。
必ず、あなたを苦しみから解放してみせますから……
密やかに、私はそんな誓いを立てた。
八雲さんの亡骸には所々にぼろぼろの布切れが張り付いている。真っ黒に変色してしまっているが、元は白い着物だったことだろう。私達は丁寧に布切れとなった着物を取り払って、用意しておいたバッグに遺骨を収めていく。
白骨死体を素手で触るだなんて、それはそれは恐ろしい体験かもしれない。けれど、不思議と怖くはなかった。
「少し……いや、かなり狭いところに押し込んでしまってすみません。けど、もう少しの辛抱ですから」
真人さんはバッグを肩に掛けると、バッグ越しに八雲さんに語り掛けた。
それに応えるように一陣の冷たい風が吹いて、私達を包み込んだ。
この風は一体どこから吹いてくるのか。発生源を突き止めてみると、壁の一部が壊れ、程々の穴が開いていることがわかった。
壁は大小不揃いの石を積み上げて造られていて、それが崩れたことによって穴が開いたみたいだ。地面には、壁の一部であった石が転がっている。
「向こう側にも空間があるみたいだ。暗くてよく見えないけど、かなり広そうだな」
真人さんは穴を覗いて言った。私も覗いてみる。
穴の先は、軍用の強力な光を放つ懐中電灯も役に立たない。墨で塗り潰したような闇黒に支配されている。
何も見えないけれど、その代わり音がかすかに聴こえる。
ちょろちょろと何かが流れている……地下水だろうか。
△▼△
東玄関近くの階段を昇り、2階へと移動した。
手書きの地図も2階はほぼ白紙だ。2階の探索はほぼ手付かずだから無理もない。
それでも、月宮伊吹の部屋を真人さんが発見したのは運が良かった。月宮家の人々の部屋も、その周辺にあるだろうから。
月宮伊吹の部屋を目標にして進んでいく中、問題は起きた。
どこからともなく聴こえてきたのは、ざわざわとした複数と思われる人の声──。
この土地は今や完全なる廃墟。人の声がしていいはずがない。
私達の間に強い緊張が走る。
声の正体は、呪いによりこの地をさまよう霊だろう。
実際何度も遭遇したし、そうだとわかってていても、やはり緊張するものだ。
攻撃手段となる塩も、もう残りわずか。
だから、隠れてやり過ごそうということになった。霊は姿を現すだけでも消耗が激しいというらしいから、そのうち消えてくれるだろう。
少し進んだ先に襖があった。
開けてみると座卓と座布団がある居間と思われる部屋だった。
押し入れがあるので隠れられそうだ。そこに隠れようと部屋に踏み入ろうとしたところで、
『いたぞおおぉぉぉ!』
未だに月読家を滅ぼすためにさまよっていると思われる、鉈を持った集落の者の霊に見つかってしまった。
するとわらわらと、同じく鉈を持った霊達が集まってきた。
「引き返すぞ。とにかく全力で走れ!」
駆け出すが、その勢いはすぐに挫かれてしまう。
なぜなら、引き返した先にも鉈を持った霊が3人現れたから。
『逃がすかあぁぁぁ……!』
「そんな、挟み撃ちだなんて!」
悲鳴とほぼ同等の声で美伽が叫ぶ。
進むことも戻ることもできない。
けれど、私達にはまだ撃退する術がある。
真人さんは引き返した先に現れた3人の霊に向かって塩を投げつけた。
3人の霊はぐにゃりと歪み、煙のように消え去った。
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