禁踏区

nami

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6章 済度

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「ほんと、しつこいなぁ」

 美伽は撃退しようと塩を掴もうとするが、私がそれを制した。

「待って、襲いかかってくるわけじゃなさそうだよ」

 呪い師の霊は救いを求めるように、緩慢に両手を差し出してきた。
 私には彼を救うことはできない。
 けれど、彼が抱えている苦しみを知ることはできるだろう。


 差し出された手に、私も手を伸ばしてみた──。


 △▼△


 仏壇の前で一心不乱に経を読む男がいる。月宮家に仕えていると思しき呪い師──今現れた霊の生前の姿だ。

 経を読む姿勢には鬼気迫るものがある。
 彼をそこまで駆り立てるものは“恐怖”だろうか?

 そこに仏間の襖が開いた。入ってきたのはもう1人の呪い師だ。顔面は蒼白で、その目付きはひどく虚ろである。

『皆、殺される……』

『おい、しっかりしろ』

 入室するなり腰から下が萎えてしまったのか男は倒れそうになる。そこを経を読んでいた男が支えた。

『俺は……見てしまった……。この土地を蝕んでいる奇病の正体は……月読家の……八雲様の祟りだ……』

『なんだって……?』

『怨霊となられた八雲様は……屋敷中の者達を殺しながら……徘徊されている……。じきにここにも……来られるだろう……』

『なんということだ……』

『八雲様を隠すのは……やはり間違いだったのだ……』

『言うな。伊吹様の命令は絶対だった』

『だが、そのせいで沙雪様は自害され、狂ってしまわれた伊吹様は形代どもに月読家を滅ぼさせ、その直後に自害されたのだぞ!?』

『…………』

『狭間ノ國も……もう終わりだ……』


 そこに足音らしき音が響いてくる。



    ヒタ…………ヒタ…………



 素足でゆっくりと歩くような足音。
 廊下を普通に歩くだけでは、ここまで足音は聴こえてこないだろう。


 それでも、その足音ははっきりと聴こえてくる。
 
 
『な、なんだ……?』

 先程まで経を読んでいた男は足音に気づいたようで、視線をあちこちに向けている。



   ヒタ…………ヒタ…………



 奇怪な足音は、だんだんと近づいてくる。


『や…………八雲様だ……!』

 あとから入室してきた男は座った状態のまま、足音の主から逃れようと後ずさる。



  ヒタ…………ヒタ…………



 ヒタ…………ヒタ。



 足音は、ちょうど仏間の前で途絶えた。


 照明として使われていた蝋燭の火が一斉に消え、仏間は闇に飲み込まれる。


 そして開かれる襖──。


 開かれた襖の先──廊下には誰の姿もなかった。


 2人は恐る恐る廊下に出て様子をうかがう。
 暗黒の廊下はしんと静まり返り、人の気配はもちろんのこと、怪しげな気配すらなさそうだった。

 顔を見合わせ、2人の口から安堵の息がこぼれた。
 そして、仏間に戻ろうと振り返る。



 そこに──人影が。



『ひぃっ!?』



 ほぼ同時に、2人は短い悲鳴をあげた。



 仏間の中央には白い着物を着た男──月宮伊吹の施した呪いにより悪霊と化した八雲さんの姿があった。深く項垂れ、猫背気味に佇んでいる。



『や……やく……八雲様……!』



 …………ヒタ…………



 呼び掛けに応えるように、八雲さんは2人に向かって足を踏み出す。



『こ……来ないでくれ……! 頼むッ!』



 腰を抜かした2人は、八雲さんから逃れようと足をばたつかせて後退する。
 だがすぐに廊下の壁に阻まれて、退路を断たれる。



 …………ヒタ…………



『許してくれ! 俺だって本当はあなたを隠したくはなかったんだ!』 

『伊吹様の命令で仕方なく……!』


 2人は命乞いをするが、そんな願いは受け入れられるはずもない。
 八雲さんは──いや、中身は月宮伊吹だろうか──彼は、2人の命を摘み取ろうと2人の心臓に手を捩じ込んだ。


『ぐぅ……うっ……うあああぁぁ……!』


 2人は胸を掻きむしってのたうつ。
 服の上からではわからないが、今まさに逆さ五芒星の呪いを受けていることだろう。



 やがて、2人は動かなくなった──。


 △▼△


 現実に戻ってきた。


『ああ……ぁぁ……』


 自身に起きたことを伝えることで満足したのか、呪い師の霊は消えていった。
 いや、澄人さん達のようにただ見えなくなっただけか。
 なんにせよ、襲われなくてよかった。

「何が見えたの?」

「悪霊化した八雲さんに殺されるところ。……今の霊は、八雲さんを監禁した実行犯だったみたい」

「そうなんだ。因果応報ってやつかもね」

「どうだろ。見た目は八雲さんでも、中身は月宮伊吹なわけでしょ? 手を下したのは実質、月宮伊吹だよ」

「あ、そっか」


 月宮伊吹に操られた八雲さんにより、月宮家は──狭間ノ國は完全に滅ぼされたようである。

 月宮伊吹の日記に『贄が足りなければ己の一族と与する者達を犠牲にしても構わない』とあった。
 まさか、彼は死した後も、禁断の呪いを成就させるために──?


 ということは、ここを訪れた者達は、贄として殺されているってこと?


 むちゃくちゃだけど、辻褄は合う気がする。
 逆さ五芒星の呪いで死んだ者は、この土地に縛られ成仏することはできないという話だから。

 膨大な数の贄を必要とする呪いか。
 それは、一体どういうものなんだろう……。



 △▼△


 屋外へと出た。前方には両側を背の高い竹矢来たけやらいに囲まれた細い路地が続いている。この奥に月宮家の霊廟があるらしい。
 狭いので一列に並んで進んでいく。

 路地の最奥に霊廟はあった。
 中央部は弓形で、左右の両端が反り返った曲線状──唐破風からはふの屋根が目を引く建物だ。建物全体は細かな彫刻や彫金で装飾されており、どこか御輿に似ている気がする。
 手入れをする者がいなくなっているからか全体的に薄汚れ、豪奢な造りなのにひどく寂寥せきりょうとした雰囲気を放っている。

 観音開きの扉を押し開き、霊廟の中へと入った。
 室内を囲むようにして、霊廟のミニチュアといった感じの厨子ずしがいくつも並んでいる。

 霊廟の中央には、ここに眠る死者を慰めるように仏像が安置されていた。仏像の前にはりんや線香を立てる香炉などの仏具が置いてある。
 参る人もいなくなって久しいだろうに、すっかり染み付いてしまっているのか、埃っぽい匂いの中に線香の匂いがわずかに混ざっていた。
 
 長期間に渡り閉め切られていたことが幸いしてか、仏像も厨子もきれいな姿を保たれてあった。

 厨子の1つ1つに位牌が置かれている。
 霊廟と同じように観音開きの扉がついており、試しに開けてみると骨壺が確認できた。どうやらこの厨子が納骨棺であるようだ。

 位牌に刻まれている氏名を頼りに沙雪さんの納骨棺を探していく。
 戒名を付ける習慣がなかったらしく、位牌には俗名しか書かれていないのが印象的だ。


「あった……」


 沙雪さんが眠る納骨棺は真人さんによって発見された。
 まずは3人で沙雪さんの厨子に向かって手を合わせた。死者に対して礼儀を欠いてはいけない。

 扉を開き、慎重に骨壺を取り出す。
 一応、検めておいた方がいいだろうと、骨壺の蓋を開けた。


「これは……」


 骨壺の中に遺骨は収められていなかった。
 では空なのかというとそうではない。
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