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5章 陰と陽
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探索は予想以上に難航している。
この地をさまよう霊達が、本格的に私達を襲うようになってしまったからだ。
ついさっきも、鉈を持った霊に襲われ、撃退したところだ。
「まずいな……。塩がなくなりそうだ……」
袋の中の塩は、あと一握り程度といったところだろうか。
3キロ用意した塩が底をつこうとしている。
あ、そういえば……。
「まだ使ってない塩がありますよ」
人形の間に置き忘れてきたことを話した。
これでまたしばらく凌ぐことができると、私達は人形の間に塩を取りに行く。
「あの鉈を持った霊ってなんなんだろうね。見た感じ集落の人達っぽいけど……」
「多分、月宮伊吹に命令されて月読家を滅ぼしに行った人達だと思う……」
「え、どういうこと?」
その辺りの経緯を説明した。
「けどさ、ここは月読家じゃないじゃん」
「あ、言われてみればそうだね……」
「長い間さまよっているせいかもな。霊の特徴らしいんだけど、例えば、特定の人物に強い怨みを抱いている霊がいたとする。だけど時が経つほどにその対象が曖昧になって、強い怨みを抱いていることしかわからなくなり、全ての者が怨みの対象になってしまう……ということがよくあるらしい」
「ということは、記憶が曖昧になって月読家と月宮家の区別がつかなくなっている……ということですか?」
「おそらくね」
「うわー、すごい迷惑……」
うんざりしたように美伽は頭を抱える。
「それにしても、やっぱり月宮伊吹って最低! どうせ全員殺すつもりだったくせに、どうして1人だけ生き残らせるようにしたんだろ」
「それはやっぱり、呪いのためじゃないかな」
「なんにせよ最低なことには変わらないね……」
真人さんは通ってきた場所をノートに書き出して、簡単な地図を作ってきたらしい。
おかげで迷うことも少なくなった。わりと簡単に人形の間に戻ることができた。
人形の間で塩を回収した。
真人さんが作った地図を見て、次はどの辺りを探そうか決める。
「かなり調べ回った気がするんだよな……。もしかして、別の場所なのか……?」
時間の経過は焦りとなって、私達からあらゆるエネルギーを削いでいく。
「あの……、何言ってんだこいつ、って思われるかもしれませんけど、いいですか……?」
美伽は予防線を張り、すごく遠慮がちに挙手した。
今は何が手がかりになるかわからない状況だ。真人さんも私も快く美伽の意見に耳を傾ける。
「八雲さんの亡骸は、八雲さんの部屋にあるのかも……」
予防線を張っただけのことはある。私には美伽が何を言っているのか、今一つ理解できなかった。
が、真人さんは美伽が何を言いたいか察したらしく、
「つまり、あの離れ家に隠し部屋があって、彼の遺体はそこにあるってこと?」
「そうですそうです。ほら、天津さんも八雲さんは運び出されたとかは言ってなかったじゃないですか」
「でも、あそこは月読家の敷地だよ。そこに隠すっていうのは、いくらなんでも大胆すぎない?」
「いや……灯台下暗しって言葉があるくらいだ。それに、八雲さんの両親は、彼に対して愛情が皆無のようだったからな。案外あり得るかもしれない」
確認しておくべきだ。そういう結論になり、私達は離れ家へと向かう。
渡り廊下のような道から月読邸へと移動した。
ここでも私達は霊に襲われる。
ここは、月宮伊吹に唆された者達によって引き起こされた惨劇の舞台になった場所だ。
その哀れな犠牲者達の霊が、すがるように私達に襲いかかる。
『……あぁたぁまぁをぉぉ……かぁえぇせぇぇぇぇ……!』
「あたしの頭は、あんたのもんじゃない!」
首から上がない呪い師の霊だ。
掴み掛かろうとしてきたところを、美伽は勇ましく塩を投げつけて撃退した。
「美伽ちゃん、逞しくなったな」
「こう何回も襲われれば慣れもしますよ」
頼もしいけど、これも塩があるからだ。
なくなってしまったら……。
──止めよう、悲観している暇なんてない。
「でも不思議。最初来た時は霊なんて八雲さんくらいしか見えなかったのに。どうして今はこんなに見えるようになったんだろ。あたし、霊感とか全くないのに」
「これも、呪いのせいかもな」
「え?」
「逆さ五芒星の呪いに冒されている俺達は、言わば死に片足を突っ込んでいるようなもんだ」
「私達は彼らの仲間になりつつある──だから見えるようになった……ということですか?」
真人さんは頷いた。
私の背筋にひやりと冷たいものが走る。美伽も同じ気持ちを抱いたらしく表情が強張り始める。
「ごめん、不安を煽るようなこと言っちまったな」
「あ、いえ、元はといえばあたしが言い出したことですから……」
「ううん、私も軽率だった」
霊の仲間入りなんて絶対に御免だ。
気を取り直して私達は先を急ぐ。
ようやく離れ家へとたどり着いた。
6つの格子戸を潜り抜け、奥にある座敷牢を目指す。
最初に訪れた時は、ここで八雲さんが現れたのだ。
そして、呪いをかけられた──。
また遭遇することになるかもしれない。
もし、そんなことになってしまったら……。
逃げ帰りたい気持ちが根を張り、急速に私の中で成長していく。
ううん、そんなことをしてもなんの解決にもならない。
成長した怖気を引き抜くような気持ちで、座敷牢の中に足を踏み入れた。
初めて訪れた場所なのに、どこか懐かしさを感じるのは、夢の中で生前の頃と変わらない八雲さんに会ったからだろうか。
私達の目の前──部屋の奥には小窓がある。
夢の中では開いていた窓も今は閉じられ、板を打ち付けて厳重に封鎖されていた。
布団が片付けられているからなのか、8畳間はひどくがらんとしている。
家具の類いはほとんどなく、高さ50センチ、幅80センチほどの小さな書架と文机があるのみだ。
念入りに室内を調べてみたが、隠し部屋に通じている存在は何一つ発見できなかった。
私の目はなんとなく文机の上に向けられる。文机の上には埃を被っている花瓶と冊子が一冊。
花瓶の色は元は白だと思われる。しかし、長い間手入れをされていないため、薄汚れて灰色になってしまっているようだった。
冊子を手に取ってみる。色褪せた紺色の表紙の筆記帳だ。どうやら八雲さんの日記らしい。
──彼の想いが綴られていることだろう。
彼の残した想いを知りたい。それも供養の1つになるんじゃないかと思った。
△▼△
○月 ●日
明日は許嫁である月宮家の御嬢さんとお逢いすることになっている。名は確か沙雪さんといったか。大層可憐で親切な方だという。
しかし如何に親切とて、僕のこの醜い姿を見てしまったら、彼女は月宮家に生まれたことをさぞ嘆くことだろう。
そのような不憫な思いはしてもらいたくない。やはり僕はこの婚姻から身を引くべきなのだ。
沙雪さんのような素晴らしい女性には、もっと相応しい相手がいるはず。彼女は別の方と夫婦になって幸せになってもらいたい。
○月 ●日
僕は夢を見ているのだろうか。沙雪さんは僕の姿に嫌悪感を抱かなかったばかりか、僕と夫婦になることを心から望んでくれているようだ。
沙雪さんは評判通りの素敵な女性であった。そんな女性と一緒になれるとは。この上ない幸せを感ずる。
まだ胸の高鳴りが止まない。胸の高鳴りが眠りの妨げとなり眠ることが出来ない。体が熱い。胸の奥が疼く。けれどそれは決して不快ではない。それどころか、どこか心地好い痛みだ。
しかし本当に僕などが、このような幸福を手にしても良いのだろうか。先行き短いであろう僕が。
否、素直に喜ぼう。そうでないと沙雪さんに失礼だ。
彼女は僕に秘密を曝け出してくれた。ああすることは、きっと相当な勇気を必要としたことだろう。その勇気に僕は応えたい。
○月 ●日
幼少の頃から独りでいることが多い僕には、孤独は至極当前のことだった。緩やかな時の流れが、寂しいと感ずる気持ちを胸の奥底に沈めてくれていた。だから独りであっても、寂しいと感ずる気持ちは何時からか麻痺していたように思う。
けれども沙雪が度々僕の部屋を訪れてくれるようになってからは、今まで奥底に沈められていた感情が浮き上がり、寂しさを感ずる心の麻痺を解いてしまったらしい。
昼間、彼女と逢っている時はこの上ない幸福感に包まれている。それが夜、独りになってしまうと堪らなく寂しくなる。
寂しさに潰れてしまわないように沙雪を想う。彼女への想いは日毎に募るばかりだ。出来ることなら彼女も僕の事を想ってくれていたら嬉しい。
この地をさまよう霊達が、本格的に私達を襲うようになってしまったからだ。
ついさっきも、鉈を持った霊に襲われ、撃退したところだ。
「まずいな……。塩がなくなりそうだ……」
袋の中の塩は、あと一握り程度といったところだろうか。
3キロ用意した塩が底をつこうとしている。
あ、そういえば……。
「まだ使ってない塩がありますよ」
人形の間に置き忘れてきたことを話した。
これでまたしばらく凌ぐことができると、私達は人形の間に塩を取りに行く。
「あの鉈を持った霊ってなんなんだろうね。見た感じ集落の人達っぽいけど……」
「多分、月宮伊吹に命令されて月読家を滅ぼしに行った人達だと思う……」
「え、どういうこと?」
その辺りの経緯を説明した。
「けどさ、ここは月読家じゃないじゃん」
「あ、言われてみればそうだね……」
「長い間さまよっているせいかもな。霊の特徴らしいんだけど、例えば、特定の人物に強い怨みを抱いている霊がいたとする。だけど時が経つほどにその対象が曖昧になって、強い怨みを抱いていることしかわからなくなり、全ての者が怨みの対象になってしまう……ということがよくあるらしい」
「ということは、記憶が曖昧になって月読家と月宮家の区別がつかなくなっている……ということですか?」
「おそらくね」
「うわー、すごい迷惑……」
うんざりしたように美伽は頭を抱える。
「それにしても、やっぱり月宮伊吹って最低! どうせ全員殺すつもりだったくせに、どうして1人だけ生き残らせるようにしたんだろ」
「それはやっぱり、呪いのためじゃないかな」
「なんにせよ最低なことには変わらないね……」
真人さんは通ってきた場所をノートに書き出して、簡単な地図を作ってきたらしい。
おかげで迷うことも少なくなった。わりと簡単に人形の間に戻ることができた。
人形の間で塩を回収した。
真人さんが作った地図を見て、次はどの辺りを探そうか決める。
「かなり調べ回った気がするんだよな……。もしかして、別の場所なのか……?」
時間の経過は焦りとなって、私達からあらゆるエネルギーを削いでいく。
「あの……、何言ってんだこいつ、って思われるかもしれませんけど、いいですか……?」
美伽は予防線を張り、すごく遠慮がちに挙手した。
今は何が手がかりになるかわからない状況だ。真人さんも私も快く美伽の意見に耳を傾ける。
「八雲さんの亡骸は、八雲さんの部屋にあるのかも……」
予防線を張っただけのことはある。私には美伽が何を言っているのか、今一つ理解できなかった。
が、真人さんは美伽が何を言いたいか察したらしく、
「つまり、あの離れ家に隠し部屋があって、彼の遺体はそこにあるってこと?」
「そうですそうです。ほら、天津さんも八雲さんは運び出されたとかは言ってなかったじゃないですか」
「でも、あそこは月読家の敷地だよ。そこに隠すっていうのは、いくらなんでも大胆すぎない?」
「いや……灯台下暗しって言葉があるくらいだ。それに、八雲さんの両親は、彼に対して愛情が皆無のようだったからな。案外あり得るかもしれない」
確認しておくべきだ。そういう結論になり、私達は離れ家へと向かう。
渡り廊下のような道から月読邸へと移動した。
ここでも私達は霊に襲われる。
ここは、月宮伊吹に唆された者達によって引き起こされた惨劇の舞台になった場所だ。
その哀れな犠牲者達の霊が、すがるように私達に襲いかかる。
『……あぁたぁまぁをぉぉ……かぁえぇせぇぇぇぇ……!』
「あたしの頭は、あんたのもんじゃない!」
首から上がない呪い師の霊だ。
掴み掛かろうとしてきたところを、美伽は勇ましく塩を投げつけて撃退した。
「美伽ちゃん、逞しくなったな」
「こう何回も襲われれば慣れもしますよ」
頼もしいけど、これも塩があるからだ。
なくなってしまったら……。
──止めよう、悲観している暇なんてない。
「でも不思議。最初来た時は霊なんて八雲さんくらいしか見えなかったのに。どうして今はこんなに見えるようになったんだろ。あたし、霊感とか全くないのに」
「これも、呪いのせいかもな」
「え?」
「逆さ五芒星の呪いに冒されている俺達は、言わば死に片足を突っ込んでいるようなもんだ」
「私達は彼らの仲間になりつつある──だから見えるようになった……ということですか?」
真人さんは頷いた。
私の背筋にひやりと冷たいものが走る。美伽も同じ気持ちを抱いたらしく表情が強張り始める。
「ごめん、不安を煽るようなこと言っちまったな」
「あ、いえ、元はといえばあたしが言い出したことですから……」
「ううん、私も軽率だった」
霊の仲間入りなんて絶対に御免だ。
気を取り直して私達は先を急ぐ。
ようやく離れ家へとたどり着いた。
6つの格子戸を潜り抜け、奥にある座敷牢を目指す。
最初に訪れた時は、ここで八雲さんが現れたのだ。
そして、呪いをかけられた──。
また遭遇することになるかもしれない。
もし、そんなことになってしまったら……。
逃げ帰りたい気持ちが根を張り、急速に私の中で成長していく。
ううん、そんなことをしてもなんの解決にもならない。
成長した怖気を引き抜くような気持ちで、座敷牢の中に足を踏み入れた。
初めて訪れた場所なのに、どこか懐かしさを感じるのは、夢の中で生前の頃と変わらない八雲さんに会ったからだろうか。
私達の目の前──部屋の奥には小窓がある。
夢の中では開いていた窓も今は閉じられ、板を打ち付けて厳重に封鎖されていた。
布団が片付けられているからなのか、8畳間はひどくがらんとしている。
家具の類いはほとんどなく、高さ50センチ、幅80センチほどの小さな書架と文机があるのみだ。
念入りに室内を調べてみたが、隠し部屋に通じている存在は何一つ発見できなかった。
私の目はなんとなく文机の上に向けられる。文机の上には埃を被っている花瓶と冊子が一冊。
花瓶の色は元は白だと思われる。しかし、長い間手入れをされていないため、薄汚れて灰色になってしまっているようだった。
冊子を手に取ってみる。色褪せた紺色の表紙の筆記帳だ。どうやら八雲さんの日記らしい。
──彼の想いが綴られていることだろう。
彼の残した想いを知りたい。それも供養の1つになるんじゃないかと思った。
△▼△
○月 ●日
明日は許嫁である月宮家の御嬢さんとお逢いすることになっている。名は確か沙雪さんといったか。大層可憐で親切な方だという。
しかし如何に親切とて、僕のこの醜い姿を見てしまったら、彼女は月宮家に生まれたことをさぞ嘆くことだろう。
そのような不憫な思いはしてもらいたくない。やはり僕はこの婚姻から身を引くべきなのだ。
沙雪さんのような素晴らしい女性には、もっと相応しい相手がいるはず。彼女は別の方と夫婦になって幸せになってもらいたい。
○月 ●日
僕は夢を見ているのだろうか。沙雪さんは僕の姿に嫌悪感を抱かなかったばかりか、僕と夫婦になることを心から望んでくれているようだ。
沙雪さんは評判通りの素敵な女性であった。そんな女性と一緒になれるとは。この上ない幸せを感ずる。
まだ胸の高鳴りが止まない。胸の高鳴りが眠りの妨げとなり眠ることが出来ない。体が熱い。胸の奥が疼く。けれどそれは決して不快ではない。それどころか、どこか心地好い痛みだ。
しかし本当に僕などが、このような幸福を手にしても良いのだろうか。先行き短いであろう僕が。
否、素直に喜ぼう。そうでないと沙雪さんに失礼だ。
彼女は僕に秘密を曝け出してくれた。ああすることは、きっと相当な勇気を必要としたことだろう。その勇気に僕は応えたい。
○月 ●日
幼少の頃から独りでいることが多い僕には、孤独は至極当前のことだった。緩やかな時の流れが、寂しいと感ずる気持ちを胸の奥底に沈めてくれていた。だから独りであっても、寂しいと感ずる気持ちは何時からか麻痺していたように思う。
けれども沙雪が度々僕の部屋を訪れてくれるようになってからは、今まで奥底に沈められていた感情が浮き上がり、寂しさを感ずる心の麻痺を解いてしまったらしい。
昼間、彼女と逢っている時はこの上ない幸福感に包まれている。それが夜、独りになってしまうと堪らなく寂しくなる。
寂しさに潰れてしまわないように沙雪を想う。彼女への想いは日毎に募るばかりだ。出来ることなら彼女も僕の事を想ってくれていたら嬉しい。
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