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5章 陰と陽

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「なんてこった……」

 真人さんの力ない呟きが、絶望を際立たせる。
 死角になっているため、姿を確認することはできないけど、その顔は青ざめていることだろう。


 強制的に私達は分断されてしまった……。
 その事実を心で繰り返してみる。途端に恐怖に覆われた。

 これからしばらくは、自分だけが頼り……。


「あたしがあんなこと言いださなきゃ、こんなことにならなかったのかも……。2人とも、ごめんなさい……!」

 美伽の声には泣きが入っている。

「初めて来た時も分断されたんだ。今回も遅かれ早かれこうなっていたよ。あまり自分を責めるんじゃない」

「そうだよ美伽。気にしちゃダメ」

「とにかく、今は合流することだけを考えるんだ。何かあったらラインして」

「わかりました」

 私と美伽は同時に応える。


 △▼△


 気を抜くと膝から下の力が抜けそうになる。
 早鐘で打つ心臓は鎮まらない。

 落ち着け、落ち着け……。

 深呼吸を数回繰り返す。埃っぽい淀んだ空気を、思いっきり肺に送り込むのは遠慮したいところだけど、そんなことは言ってられない。今はとにかく落ち着きを取り戻さないと。

 大丈夫、夢の中では常に独りで行動してるじゃない。

 などと考えて、不安を鎮めようとするが、夢と現実ではやはり状況は違う。
 夢の中だったら、ピンチに陥ってもそこで目が覚めれば回避することができる。
 だけど、現実ではそうはいかない。ピンチは自力で切り抜けるしかない。そうでなければ……。

 油断すると弱気が私を挫こうとする。
 ……不安なのは私だけじゃない。美伽と真人さんだって頑張ってるんだ。
 大切な人達の顔を思い浮かべると、少しだけ勇気が湧いた。


 廊下をずっと歩いてきたが、ここで問題が発生した。


(そんな……、穴が開いてる。これじゃ先に進めない……)


 どうしようかと辺りを見回す。
 すると、襖が目に入った。
 穴の向こう側にも同じ模様の襖がある。この部屋を通っていけば穴を越えることができそうだ。

 12畳ほどの部屋だった。
 奥の壁際に雛壇がいくつも並べられ、和人形が何体も並べられていた。人形の間と表現するに相応しい部屋だ。
 ただでさえ不気味と感じるのに、顔が髪で完全に覆い隠されている人形も混ざっている。すごく気味が悪い……。
 怖いので以後見ないことにしておく。

 そう決意した直後だ。
 ──過去視が始まった。


 △▼△


 駆け込むようにして一組のカップルが入ってきた。
 ともに30代半ばくらいだろうか。比較的落ち着いた年齢に達していそうな感じだけど、彼らも噂を頼りにこの地へ訪れたのだろうか?


『あ、あれは……いっ、一体……なんなんだ!?』

 全力で走ってきたのだろう。乱れる呼吸のまま、男性が言った。

『きっと霊よ』

『霊だと? そんなものが……』

『じゃあ、なんだっていうのよ!? 半透明の人間がこの世に存在する!?』

 女性の剣幕に気圧されてしまったらしく、男性は黙り込む。

『栄一はどこにいるのかしら……? どうしてあの子はこんな恐ろしい場所に……。無事だといいけど……。…………どうして……どうしてこんなことに……!』


 この人達は栄一くんの両親だ!


 栄一くんの母──早苗さんは泣き出してしまった。
 もしかすると、彼らは狭間ノ國跡地に行こうとする栄一くんを追いかけてきたのかもしれない。

 すすり泣く早苗さん。栄一くんの父──武彦さんは、そんな彼女を慰めるどころか、

『お前のせいだぞ。お前がもっと栄一のことを気にかけてやっていれば……』

『あなたから責められたくないわ。仕事仕事で家庭を顧みないあなたに! 環境が変わって辛いのは栄一だけじゃないのよ。ずっと見て見ぬ振りをしてきたあなたから、そんなこと言われたくない!』

『……すまなかった。とにかく、今は栄一を見つけるのが先だ。さっきの奴は凶器を持ってたんだ。栄一が襲われたら大変だ』

『そ、そうね』

 栄一くんの両親は襖に耳をつけて廊下の様子をうかがう。
 そして、大丈夫と判断し、そっと開けて今度は目視で確認する。

『よし、大丈夫みたいだ』

 2人は部屋を後にした。


 △▼△


 栄一くんを追ってきた両親──。
 彼らは、栄一くんを見つけることができたんだろうか……?


 穴を越えた先の襖に手を掛けた時だ。



 …………ギイッ………………ギイッ……………



 廊下から足音が聴こえた。


 ひどくゆったりした足音──。


 ……美伽と真人さんにしては……少し様子がおかしい。


 じゃあ、一体誰……?


 ………………!


 ──もしや



 悪霊化している八雲さん──!?



 しかし、私の予想は外れていた。





『…………どぉこぉだぁぁ……? ……どぉこぉにぃ……いるぅぅ…………』





 八雲さんとは似ても似つかぬ、しゃがれた老人の声──。


 けれど、悪霊化した八雲さんと同様に、その声にはたっぷりと怨みの感情が籠められている。

 
 …………ギイッ…………ギイッ…………


    …………ギイッ…………ギイッ…………


       …………ギイッ…………ギイッ…………


 足音はゆっくりゆっくりと、襖の前を通りすぎていく。


 息を殺して、私は足音が遠ざかるのを待つ。


 手が……脚が……震える。


 膝の力がみるみる抜けていく……。


 でも、こらえなきゃ……!


 今、ここで物音を立てたら──……





 コトン……ッ





「ひゃ……っ!」


 背後でした物音に驚き、小さく短い悲鳴が思わず漏れてしまった。


 慌てて口を押さえ、背後を確認する。


 懐中電灯の明かりが、畳の上に転がっている顔が髪で覆われた和人形を捉えた。
 ──雛壇から転げ落ちたらしい。


 …………足音がピタリと止まってしまったことに気づいた。



 心臓は手がつけられないくらいに暴れている。


 お願い、来ないで!


 来ないで──!


 必死の祈りも空しく……





『…………そぉぉ……こぉぉ……かぁぁ…………』
 



       …………ギイッ…………ギイッ…………


    …………ギイッ…………ギイッ…………


 …………ギイッ…………ギイッ…………



 ゆっくりゆっくり、だが確実にこちらへと狙いを定めて近づいてくる。
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