禁踏区

nami

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4章 狭間ノ國

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 あの人は禁踏区について絶対に何かを知っている。だから、ぜひとも話が聞きたい。
 そのために知りたいのは、なんといってもあの人の住まいだ。
 もちろん禁踏区へと続くトンネル付近で待ち伏せするという手もあるのだが、それだと相手は興奮して話ができない可能性が大いにある。

「仙人みたいなお爺さん…………ああ、天津あまつさんね。さあ、この近辺の人じゃないことは確かね……」

 おばさんはレジを打ちながら答える。
 天津──それがあの人の苗字のようだ。
 しかし、やはりというか残念ながら住まいを特定することはできなかった。
 レジ打ちが終わったおばさんは、さらに言葉を続ける。

「あの人を見掛けたらすぐに逃げなさい。ちょっと頭がおかしな人だから……」

 おばさんはここで一度言葉を切り、軽く辺りを見回す。その仕種は、周囲に人の気配がないかを確認しているみたいだ。

「私は元々この村の出身じゃないから、詳しいことはわからないんだけど、この村を囲んでる山には妙な噂があるのよ。それで、時折その噂を頼りに面白半分で山に向かう人が出るのね。そういう人に襲いかかって怪我を負わせることもあるのよ、あの人は……」

「そうなんですか……。怖いですね……」

「ね、危ない人でしょう? だから絶対に近づいちゃダメよ」

 きっぱりと念を押され、私達はコンビニを出た。
 やはり一筋縄ではいかない人のようだ。
 しかし、そうであっても、やはりあの人──天津さんから話を聞くべきだということで、私達は軽食を食べ終えるとすぐに山へと向かった。


 △▼△


 禁踏区へと続くトンネル付近までやって来た。
 ここで適当にうろついていたら会うことができるだろう。
 ……でも、いきなり襲われなければいいが。

 それにしても、山の中だからだろう。蚊が多い。
 一応虫除けスプレーを使っているけど、貪欲な蚊は、効果が薄れてきたところを狙って刺してくる。

「うわ、こんなに腫れちゃってるよぉ。か~ゆ~い~!」

 美伽はばりばりと腕を掻きむしる。

「もう、掻いたらダメじゃない。痕が残っちゃうよ。これ塗って我慢する」

 ポケットからロールオンタイプのかゆみ止めを出して渡した。

「サンキュ、凛」

 私達のやり取りを見ていた真人さんが軽く笑った。私も美伽も彼に注目する。

「ごめんごめん、同級生っていうか、仲が良い姉妹に見えたから、つい」

「真人さんの目にも、そう映るんですか……」

「あれ、よく言われるんだ?」

「姉妹ならまだいいですよ。たまに母娘おやこみたいって言われちゃいますから。まったくー、あたしはそんなに子供っぽくないっての!」

「私の方こそ母親だなんて……。そんなに老けて見えるのかな?」

「凛ちゃんは精神年齢が高いからな。そういう落ち着いた雰囲気が母親っぽく映るんじゃないかな」

 賑やかに雑談していたからだろう。
 目当ての人物が現れた。


「こらぁーッ! そんなところで何をしておる!」


 真っ白な髪と髭をどこまでも伸ばし、ぼろをまとった仙人のような雰囲気の老人──天津さんだ。
 白濁した眼球をどこともなくさまよわせ、手にしている杖で藪を掻き分けるようにして、まっすぐ私達がいる方へとやって来る。

 天津さんの顔つきは激怒している時のそれだ。
 しかしそんな激しい表情も、私達の前に立つと跡形もなく消え失せてしまった。
 替わりに現れたのは、恐れ──。

「お前ら、かすかに瘴気をまとっているな。あの土地へ続く隧道が暴かれていたが……。お前らが、あそこに……足を踏み入れたのか……?」

「はい。それが原因で、俺達の身には大変なことが起きています。……既に3人の仲間が亡くなりました……。お願いします。あの場所について知っていることがあれば教えてください」

 真人さんはストレートに懇願して頭を深く下げた。私と美伽もそれに倣う。
 だが、天津さんはそれに答えず、

「……なんということだ……! また……犠牲者が出てしもうたか……」

 絞り出すように呟いた。身を裂くくらいに悲痛な響きだった……。
 それからどれくらいが経っただろう。私達は未だ頭を下げた状態のままだ。

 そして、そこからまた暫くの間を置いて、

「…………わかった。力になれるかはわからんが、儂の知ることは全て話してやろう」


 △▼△


 禁踏区へと続くトンネルがある場所からやや離れたところにある天津さんの自宅に招かれた。

『みすぼらしい小屋だ』と自嘲気味に言っていたけれど、失礼だがその通りの小屋であった。
 外見にも驚いたが、中に入るとその驚きはさらに強まった。
 最大の特徴はなんといっても中央に造られた小さな囲炉裏だ。

 サッと室内の全てに視線を走らせる。
 電気は当然のこと、ガスも水道も通っていなさそうだ。
 仙人のような雰囲気だとは思っていたけれど、生活の方もまさに仙人に相応しいものである。

「客人は迎えることもないと思うておったからな。器などがないんじゃ。すまんが、茶を出すなどのもてなしはできんぞ」

「ああいえ、お構いなく。こちらこそ、突然押し掛けるような形になってしまってすみません」

 私達は囲炉裏を囲むようにして座った。

 天津さんはまず、自分の名を名乗った。フルネームは天津桜助おうすけという。
 なんとなく流れで、私達もそれぞれ名乗っておく。

「さて、どこから話したらいいものか……」

 天津さんは右手で長い髭を上から下へ撫でるようにして思案する。
 枯れてしわが目立つその甲には、雪ダルマのような形をした焦げ茶色の痣が、その存在を主張するように浮き出ている。
 しばらくそうしていたが、ようやく整理できたのだろう。天津さんはゆっくりと語り始めた。
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