禁踏区

nami

文字の大きさ
上 下
31 / 58
4章 狭間ノ國

8

しおりを挟む
 あの人は禁踏区について絶対に何かを知っている。だから、ぜひとも話が聞きたい。
 そのために知りたいのは、なんといってもあの人の住まいだ。
 もちろん禁踏区へと続くトンネル付近で待ち伏せするという手もあるのだが、それだと相手は興奮して話ができない可能性が大いにある。

「仙人みたいなお爺さん…………ああ、天津あまつさんね。さあ、この近辺の人じゃないことは確かね……」

 おばさんはレジを打ちながら答える。
 天津──それがあの人の苗字のようだ。
 しかし、やはりというか残念ながら住まいを特定することはできなかった。
 レジ打ちが終わったおばさんは、さらに言葉を続ける。

「あの人を見掛けたらすぐに逃げなさい。ちょっと頭がおかしな人だから……」

 おばさんはここで一度言葉を切り、軽く辺りを見回す。その仕種は、周囲に人の気配がないかを確認しているみたいだ。

「私は元々この村の出身じゃないから、詳しいことはわからないんだけど、この村を囲んでる山には妙な噂があるのよ。それで、時折その噂を頼りに面白半分で山に向かう人が出るのね。そういう人に襲いかかって怪我を負わせることもあるのよ、あの人は……」

「そうなんですか……。怖いですね……」

「ね、危ない人でしょう? だから絶対に近づいちゃダメよ」

 きっぱりと念を押され、私達はコンビニを出た。
 やはり一筋縄ではいかない人のようだ。
 しかし、そうであっても、やはりあの人──天津さんから話を聞くべきだということで、私達は軽食を食べ終えるとすぐに山へと向かった。


 △▼△


 禁踏区へと続くトンネル付近までやって来た。
 ここで適当にうろついていたら会うことができるだろう。
 ……でも、いきなり襲われなければいいが。

 それにしても、山の中だからだろう。蚊が多い。
 一応虫除けスプレーを使っているけど、貪欲な蚊は、効果が薄れてきたところを狙って刺してくる。

「うわ、こんなに腫れちゃってるよぉ。か~ゆ~い~!」

 美伽はばりばりと腕を掻きむしる。

「もう、掻いたらダメじゃない。痕が残っちゃうよ。これ塗って我慢する」

 ポケットからロールオンタイプのかゆみ止めを出して渡した。

「サンキュ、凛」

 私達のやり取りを見ていた真人さんが軽く笑った。私も美伽も彼に注目する。

「ごめんごめん、同級生っていうか、仲が良い姉妹に見えたから、つい」

「真人さんの目にも、そう映るんですか……」

「あれ、よく言われるんだ?」

「姉妹ならまだいいですよ。たまに母娘おやこみたいって言われちゃいますから。まったくー、あたしはそんなに子供っぽくないっての!」

「私の方こそ母親だなんて……。そんなに老けて見えるのかな?」

「凛ちゃんは精神年齢が高いからな。そういう落ち着いた雰囲気が母親っぽく映るんじゃないかな」

 賑やかに雑談していたからだろう。
 目当ての人物が現れた。


「こらぁーッ! そんなところで何をしておる!」


 真っ白な髪と髭をどこまでも伸ばし、ぼろをまとった仙人のような雰囲気の老人──天津さんだ。
 白濁した眼球をどこともなくさまよわせ、手にしている杖で藪を掻き分けるようにして、まっすぐ私達がいる方へとやって来る。

 天津さんの顔つきは激怒している時のそれだ。
 しかしそんな激しい表情も、私達の前に立つと跡形もなく消え失せてしまった。
 替わりに現れたのは、恐れ──。

「お前ら、かすかに瘴気をまとっているな。あの土地へ続く隧道が暴かれていたが……。お前らが、あそこに……足を踏み入れたのか……?」

「はい。それが原因で、俺達の身には大変なことが起きています。……既に3人の仲間が亡くなりました……。お願いします。あの場所について知っていることがあれば教えてください」

 真人さんはストレートに懇願して頭を深く下げた。私と美伽もそれに倣う。
 だが、天津さんはそれに答えず、

「……なんということだ……! また……犠牲者が出てしもうたか……」

 絞り出すように呟いた。身を裂くくらいに悲痛な響きだった……。
 それからどれくらいが経っただろう。私達は未だ頭を下げた状態のままだ。

 そして、そこからまた暫くの間を置いて、

「…………わかった。力になれるかはわからんが、儂の知ることは全て話してやろう」


 △▼△


 禁踏区へと続くトンネルがある場所からやや離れたところにある天津さんの自宅に招かれた。

『みすぼらしい小屋だ』と自嘲気味に言っていたけれど、失礼だがその通りの小屋であった。
 外見にも驚いたが、中に入るとその驚きはさらに強まった。
 最大の特徴はなんといっても中央に造られた小さな囲炉裏だ。

 サッと室内の全てに視線を走らせる。
 電気は当然のこと、ガスも水道も通っていなさそうだ。
 仙人のような雰囲気だとは思っていたけれど、生活の方もまさに仙人に相応しいものである。

「客人は迎えることもないと思うておったからな。器などがないんじゃ。すまんが、茶を出すなどのもてなしはできんぞ」

「ああいえ、お構いなく。こちらこそ、突然押し掛けるような形になってしまってすみません」

 私達は囲炉裏を囲むようにして座った。

 天津さんはまず、自分の名を名乗った。フルネームは天津桜助おうすけという。
 なんとなく流れで、私達もそれぞれ名乗っておく。

「さて、どこから話したらいいものか……」

 天津さんは右手で長い髭を上から下へ撫でるようにして思案する。
 枯れてしわが目立つその甲には、雪ダルマのような形をした焦げ茶色の痣が、その存在を主張するように浮き出ている。
 しばらくそうしていたが、ようやく整理できたのだろう。天津さんはゆっくりと語り始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

菅原龍馬の怖い話。

菅原龍馬
ホラー
これは、私が実際に体験した話しと、知人から聞いた怖い話である。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

処理中です...