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4章 狭間ノ國
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呪いから解放されるための有力な手がかりはなかった。それでも、いくつか判明した事実があるのも確かだ
特に冬服を着た男の子──綾部栄一くんに関する謎は半分ほど解けたと言ってもいい。
しかし、謎がより深まってしまったものもある。
あの、亡霊だ──。
別人に見えるほどに印象が変わるとは、一体どういうことなんだろう……?
それを解き明かすことが、彼を弔い、ひいては私達にかけられた呪いを解くことに繋がると思われる。
真人さんは私達に一言断ると、用足しに部屋を出た。
すると、美伽の口角が意味深にニヤッとつり上がる。
「ねえ、真人先輩と2人きりにしてあげよっか?」
声を潜めて言われた。
その場違いでお気楽な台詞に、私はほとほと呆れるしかない。
「美伽、ずいぶん余裕だね。今はそんな気を回してる場合じゃないと思うけど?」
「わかってないなぁ。こういう時だからこそ、気持ちに余裕がないと。ってわけだから、2人でよろしくやりたまえ」
そこに真人さんが戻ってきた。
思わず私の心臓が飛び上がる。今の話、聴かれてしまったんじゃ……?
「ところで、コンビニに晩飯買いに行こうと思うんだけど何がいい? あまり食欲ないかもしれないけどさ、少しは食べとかないとな」
……よかった、聴かれてなかったみたいだ。
「あ、だったらあたしが行ってきますよ! というか、ぜひ行かせてください!」
ここぞとばかりに美伽は、有無を言わせない態度で買って出た。
真人さんはその申し出に快く応じ、財布を美伽に渡した。
「じゃ、2人でごゆっくりー」
意味深な台詞を残して美伽は行ってしまった。
真人さんをちらりと見る。特にその意味には気づいていないようで、実に平然としている。
だけど私は違う。
今まで封じられていた意識を叩き起こされたせいだ。以前よりも強く真人さんのことを意識してしまう羽目になった。
このまま真人さんと2人、という状況は耐えられそうにない。
彼には「美伽を手伝う」と言い訳をして、私は逃げるように部屋を出た。
なぜか美伽は、アパートの脇に隠れるように佇んでいた。
「ちょっと美伽! 余計な真似はしないでよ」
私は少し強引に美伽を振り向かせる。
美伽の目は濡れて光っていた。
「やだな凛ってば、どうして追いかけてくるかなぁ」
美伽はごしごし目を擦り、茶化すように取り繕う。
「……美伽、泣いて……」
「……ねえ、もう少しで夏休みも終わるでしょ。そしたら新学期が始まる。……でも、その頃にはあたし、死んじゃってるんじゃないか……新学期を迎えることができないんじゃないかって……それを考えると怖くてたまらないの……!」
堰を切ったように美伽は泣き出した。
「泣いてばかりでごめん。こんなんじゃいけないのに……」
もしかすると、ああやって軽口を叩くことで、美伽は自分を保っていたのかもしれない。迫り来る恐怖に潰されないように……。
そして、泣いてる姿を誰にも見られたくなかったから部屋を出たんだろう。私達に心配をかけまいとして……。
大丈夫、私がついてるよ──。
私は美伽をそっと抱き締めた。
だけど、私だって不安を感じてないわけじゃない。
助かる方法を見つけるために調べていく──それが間に合わなかったら──? 途中で力尽きてしまったら──……?
そんな不安が不意に顔を覗かせると、気が狂いそうな恐怖に襲われてしまう。
気がついたら、私も涙が止まらなくなっていた。
私達は抱き合って泣いた。
体の中の水分が空っぽになるくらいに泣き続けた。
そしてようやく、涙の洪水は収まってくれた。
「凛、目が真っ赤だよ」
「美伽こそ」
思いきり泣いたからか、美伽の顔はどこかさっぱりとしていた。
私の方も、心の濁りが心なしか澄んだように感じられた。
抱えていた恐怖も不安も、涙がある程度洗い流してくれたのかもしれない。
「大丈夫だよ、美伽。新学期はちゃんと迎えることができる。だから、頑張ろう?」
「そうだね。ありがとう、凛」
「コンビニ行こっか。晩御飯買いにいかないと」
「あ、いけない」
私達は最寄りのコンビニまで駆け足で向かった。
お弁当と飲み物を適当に選んで買った。
そろそろ未央さんも来る頃だろうと、彼女の分も忘れずに。
アパートまで帰ってくると、門から真人さんが出てきた。
「お、戻ってきたか。ちょっと遅いから迎えに行こうかと思ったよ」
「すみません。ところで、未央先輩は?」
「ああ、まだ来てない。どうしたんだろうな。ラインしてみたんだけど、返事もなければ、そもそも読んでもいないようなんだ」
ラインを開くと確かに真人さんの言う通りであった。メッセージは既読になっていない。
そういえば未央さんは……どこか自棄になっているように見えた。
まさか──!?
途端に胸がざわつき始めた。
このことを話すと、2人の表情はみるみるうちに曇り青ざめていった。
「未央のマンションに行ってみよう」
真人さんは未央さんが住むマンションに向けて車を飛ばす。
急いでいる時に限って信号は阻むように赤へと変わってしまう。それがひどくもどかしい。
チリチリと燻る苛立ちと戦いながら、どうにか未央さんの住まいである15階建てのマンションに到着した。
特に冬服を着た男の子──綾部栄一くんに関する謎は半分ほど解けたと言ってもいい。
しかし、謎がより深まってしまったものもある。
あの、亡霊だ──。
別人に見えるほどに印象が変わるとは、一体どういうことなんだろう……?
それを解き明かすことが、彼を弔い、ひいては私達にかけられた呪いを解くことに繋がると思われる。
真人さんは私達に一言断ると、用足しに部屋を出た。
すると、美伽の口角が意味深にニヤッとつり上がる。
「ねえ、真人先輩と2人きりにしてあげよっか?」
声を潜めて言われた。
その場違いでお気楽な台詞に、私はほとほと呆れるしかない。
「美伽、ずいぶん余裕だね。今はそんな気を回してる場合じゃないと思うけど?」
「わかってないなぁ。こういう時だからこそ、気持ちに余裕がないと。ってわけだから、2人でよろしくやりたまえ」
そこに真人さんが戻ってきた。
思わず私の心臓が飛び上がる。今の話、聴かれてしまったんじゃ……?
「ところで、コンビニに晩飯買いに行こうと思うんだけど何がいい? あまり食欲ないかもしれないけどさ、少しは食べとかないとな」
……よかった、聴かれてなかったみたいだ。
「あ、だったらあたしが行ってきますよ! というか、ぜひ行かせてください!」
ここぞとばかりに美伽は、有無を言わせない態度で買って出た。
真人さんはその申し出に快く応じ、財布を美伽に渡した。
「じゃ、2人でごゆっくりー」
意味深な台詞を残して美伽は行ってしまった。
真人さんをちらりと見る。特にその意味には気づいていないようで、実に平然としている。
だけど私は違う。
今まで封じられていた意識を叩き起こされたせいだ。以前よりも強く真人さんのことを意識してしまう羽目になった。
このまま真人さんと2人、という状況は耐えられそうにない。
彼には「美伽を手伝う」と言い訳をして、私は逃げるように部屋を出た。
なぜか美伽は、アパートの脇に隠れるように佇んでいた。
「ちょっと美伽! 余計な真似はしないでよ」
私は少し強引に美伽を振り向かせる。
美伽の目は濡れて光っていた。
「やだな凛ってば、どうして追いかけてくるかなぁ」
美伽はごしごし目を擦り、茶化すように取り繕う。
「……美伽、泣いて……」
「……ねえ、もう少しで夏休みも終わるでしょ。そしたら新学期が始まる。……でも、その頃にはあたし、死んじゃってるんじゃないか……新学期を迎えることができないんじゃないかって……それを考えると怖くてたまらないの……!」
堰を切ったように美伽は泣き出した。
「泣いてばかりでごめん。こんなんじゃいけないのに……」
もしかすると、ああやって軽口を叩くことで、美伽は自分を保っていたのかもしれない。迫り来る恐怖に潰されないように……。
そして、泣いてる姿を誰にも見られたくなかったから部屋を出たんだろう。私達に心配をかけまいとして……。
大丈夫、私がついてるよ──。
私は美伽をそっと抱き締めた。
だけど、私だって不安を感じてないわけじゃない。
助かる方法を見つけるために調べていく──それが間に合わなかったら──? 途中で力尽きてしまったら──……?
そんな不安が不意に顔を覗かせると、気が狂いそうな恐怖に襲われてしまう。
気がついたら、私も涙が止まらなくなっていた。
私達は抱き合って泣いた。
体の中の水分が空っぽになるくらいに泣き続けた。
そしてようやく、涙の洪水は収まってくれた。
「凛、目が真っ赤だよ」
「美伽こそ」
思いきり泣いたからか、美伽の顔はどこかさっぱりとしていた。
私の方も、心の濁りが心なしか澄んだように感じられた。
抱えていた恐怖も不安も、涙がある程度洗い流してくれたのかもしれない。
「大丈夫だよ、美伽。新学期はちゃんと迎えることができる。だから、頑張ろう?」
「そうだね。ありがとう、凛」
「コンビニ行こっか。晩御飯買いにいかないと」
「あ、いけない」
私達は最寄りのコンビニまで駆け足で向かった。
お弁当と飲み物を適当に選んで買った。
そろそろ未央さんも来る頃だろうと、彼女の分も忘れずに。
アパートまで帰ってくると、門から真人さんが出てきた。
「お、戻ってきたか。ちょっと遅いから迎えに行こうかと思ったよ」
「すみません。ところで、未央先輩は?」
「ああ、まだ来てない。どうしたんだろうな。ラインしてみたんだけど、返事もなければ、そもそも読んでもいないようなんだ」
ラインを開くと確かに真人さんの言う通りであった。メッセージは既読になっていない。
そういえば未央さんは……どこか自棄になっているように見えた。
まさか──!?
途端に胸がざわつき始めた。
このことを話すと、2人の表情はみるみるうちに曇り青ざめていった。
「未央のマンションに行ってみよう」
真人さんは未央さんが住むマンションに向けて車を飛ばす。
急いでいる時に限って信号は阻むように赤へと変わってしまう。それがひどくもどかしい。
チリチリと燻る苛立ちと戦いながら、どうにか未央さんの住まいである15階建てのマンションに到着した。
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