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4章 狭間ノ國
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柏原さんの葬儀が終わり、私達は真人さんの車に乗り込んだ。
皆、表情はない。きっと、私も似たような顔をしていることだろう。
発進することもなく、そのまま駐車場に留まる。
今後どうしたらいいかを話し合わなければならないのだが、皆沈黙を貫いている。
いつも、いの一番で皆を励まし続けてくれた真人さんですら無言だ。
無理もない、と思った。
これで終わったと安心した矢先に、2人目の犠牲者が出てしまったのだから。
犠牲になった柏原さん──新井さんとは違い、それなりに打ち解けることができた人だ。
あの日……お祓いを受けた後に一緒に遊んだのを思い出す。
言葉に遠慮はない人だったけれど、私のために真剣に服を選んだりしてくれて、それがとても嬉しかった……。
こんなことにならなければ、もっと仲良くなれたかもしれない──そう考えると涙腺が刺激され、目の奥がつんと痛くなった。
「…………きっと、私達も死ぬんだわ……。次は……誰なのかしらね……?」
永劫に続きそうな沈黙は、未央さんによって断ち切られた。
その不穏な台詞に、私の胃と心臓は急速に凍りついていく。
「未央! なんてことを言うんだっ!」
厳しい顔で、真人さんは未央さんの肩を掴んだ。
未央さんは反応せず、助手席のサイドガラス越しにぼんやりと外を眺めている。
「……きっと、助かる方法はあるはずだ」
絞り出すようにして真人さんは言葉を続けた。
すると、未央さんは彼の手を振り払い、
「虚勢を張るのは止めて! 私達の身に起きてることは、プロの手に余ることなのよ!? 今さら私達に何ができるっていうの!?」
「だから諦めろと? このままおとなしく呪いが完成するのを待てというのか?」
未央さんは応酬せず口を噤む。そのまま2人は睨み合う。
すっかり険悪な雰囲気になってしまった。
呪いの完成──すなわち死。その恐怖に耐えきれなくなったのか、美伽は泣き出してしまった。
美伽を宥めながら、私は考える。
何か……何か方法があるはずだ。
──そういえば、悪夢へ落ちる前に度々見ていたもの。あれは、一体なんだったんだろう?
酷薄な印象の法衣の美青年。
亡霊の恋人であろう神秘的で可憐な少女。
この2人が、特に印象に残っている。
単なる夢……と言えばそれまでだ。
けれど、何かが引っ掛かる。彼らを思い浮かべると胸が騒ぐのだ。
そして、冬服を着た男の子──。
あの子はなぜ、あの亡霊を慕うのか?
もちろんこれは、あの亡霊にも言えること。なぜ彼は、あの子に対して友好的なのか……。
──無論、いくら考えたところで答えにたどり着けるはずもない。
唯一、ハッキリしているものといえば、
「月宮……」
あの土地を支配していたと思われる名が、私の口から滑り出た。
「え……?」
3人が一斉に私を注目する。
「あ、その……、過去視で知ったんです。多分、あの噂の屋敷に住んでいた人達の名前じゃないかと……」
「他にも、何か見た?」
真人さんは『知っていることは全部教えてくれ』という目をしている。
私は過去視で見たことも夢で見たことも一緒くたにして彼らに話した。
そして、話しているうちに私達が何をすべきなのかが明確になっていった。
「この際、徹底的に調べてみませんか。あの場所について」
我ながら大胆な口上だと思った。
こんなに大それた発言をしたのは、いじめられるきっかけを作った時以来かもしれない。
だけど、あの時のような反感を買うことはなかった。
「奇遇だね。俺もそう考えていたところだよ」
強張っていた真人さんの顔に、かすかだが笑顔が戻っている。
「調べて何になるというの?」
未央さんが口を挟んだ。なんの感情も含まない平たい声だ。
彼女の質問には、真人さんが答えてくれた。
「調べていけば、あの悪霊がこの世に留まっている理由がわかるだろう。それを解いてやることができれば、この世に留まる理由はなくなる。つまり、成仏させることができるはずなんだ。そうしたら、この逆さ五芒星の呪いだって解ける──そういうことだ」
「……そう上手くいくのかしらね……」
未央さんは真人さんを見ようともせずに呟いた。その他人事のような口振りが悲しくもあり怖くもあった。
△▼△
時刻は夕方といってもいい時間帯だ。今から月隠村に向かったら到着する頃には夜の帳が完全に降りている。これでは調査も捗らないだろう。
出発は翌日の早朝にしようということになった。
私達に浮かび上がっている痣は、偶然にも皆3本である。
だからといって油断は禁物だ。
これまでの経験からすると、亡霊に捕まらない限り痣は増えることはない。
だから1ヶ所に集まり、交替で眠るのがいいだろうという話になった。
眠っている者がうなされ始めたら、起きているものが叩き起こす──これで捕まってしまう危険性もいくらか低くなる……そうであってほしい。
一度解散し、私達はそれぞれの自宅へ戻った。
準備を整え、美伽と合流し、教えられた住所を頼りに真人さんの部屋があるというアパートへ向かった。
アパートは徒歩で30分もかからない場所にあった。何気に近所とは驚きだ。
相当な築年数と思われる木造の2階建てアパートだ。門柱には薄汚れた札が掛けられ、かろうじて“小山荘”と書かれているのが見てとれる。
真人さんの部屋は2階にあるので、錆びかけた階段を上がった。
ブザーは電池が切れているとのことで、ノックして訪れたことを知らせる。
「散らかってて悪いけど、どうぞ上がって」
と、真人さんは言っていたけど、部屋の中はきれいに片付いていた。
「未央先輩はまだなんですね?」
「ああ、うん」
答えながら真人さんは、いつかのデイバッグの中から手帳を取り出した。彼のお兄さん──澄人さんの手帳だ。
「何か情報があるかもしれないからな……」
確かに、この手帳はあの噂の屋敷にあった。澄人さんもあの場所に関わったということだ。
──やっぱり、屋敷の書斎らしき部屋で見えた男性は澄人さんだろう。
彼が言っていたことを思い出す。
『早くしないと“呪い”が完成してしまう……!』
澄人さんもまた、逆さ五芒星の呪いをかけられたに違いない……。
そして──……。
嫌な想像をしてしまった。慌てて胸中からそれを追い出す。
「鍵はあるんですか?」
「いや……。だから、こじ開けるんだよ」
真人さんは押し入れを開けて何かを探している。目当てのものはすぐに見つかったようだ。その手にはペンチが握られている。
「兄貴、ごめん……」
目を閉じて祈るように呟き、ペンチを使って鍵を引きちぎった。
早速、中を確認する。
ページの1枚1枚に、細やかな字でびっしり書かれていることから、澄人さんはとても几帳面な性格だということが伝わってくる。
「どんなことが書かれてあるんですか?」
「仕事の経過なんかを書き綴ってあるみたいだ」
仕事──心霊現象に関わる特殊な探偵業って話だっけ。
真人さんは後ろからページをめくっていく。
すると、ひらりと1枚の写真が落ちた。すかさず、美伽がそれを拾い上げる。
「えっ、これって……」
それは、家族写真と思われるものであった。
両親に挟まれるようにして、真ん中に可愛らしい男の子がはにかんだ表情を作っている。
噂の屋敷へと誘った、あの冬服を着た男の子だ……。
「あった……。これがおそらく、兄貴が請けた最後の仕事──」
真人さんは折り畳み式の小さなテーブルを出して、私達にも見やすいように手帳をその上に広げて置いてくれた。
私と美伽は覗き込むようにして、紙面に視線を落とす。
△▼△
【綾部一家失踪について】
依頼者:藤田俊蔵
行方不明者:綾部武彦 早苗 栄一
依頼者の藤田さんによると、綾部一家とは一昨年の年末頃から音信不通となり、年明け後に訪問したところ一家揃って姿を消していたそうだ。
家財道具はそのまま、台所には残り物と思われる食事が放置され腐敗していたという。このような状況から、引っ越しや旅行で留守にしているわけではないと判断し、何か事件に巻き込まれたのではないかと考えた藤田さんは警察に相談した。
しかし、一家でいなくなったということで、まともに取り合ってはもらえなかったそうだ。(捜索願は受理された)
そして1年が過ぎたが、未だに綾部一家とは音信不通のままだという。
綾部一家が東京から長野県月隠村に引っ越したのは武彦さんの仕事の都合だったそうだ。
引っ越し後しばらくして、藤田さんは娘の早苗さんから妙な相談を受けるようになったという。綾部家の長男・栄一くんについてだ。
栄一くんは非常に内気な性格であったため馴染むことができず、なかなか友達ができなかったらしい。いつも寂しそうな顔をしていたという。
それが、ある日を境に見違えるほど明るくなったそうだ。
だが、その背景には“お兄ちゃん”なる不審な人物の影があったという。
その人物のことを栄一くんは『白い着物を着て、顔と体の左側がぐちゃぐちゃで、もう死んでいるけど、とても優しい人』と話していたらしい。
そのことを思い出したので、一般の探偵に依頼せず、俺のところへ持ってきたということだ。
月隠村にあった綾部さんの家は藤田さんが処分したそうだ。
その際に引き取ったという栄一くんが書いていた絵日記を見せてもらった。
1年以上経っているというのに、絵日記にはうっすらと霊が放つ残り香がみられた。1人ではない。複数……それも何十人という数だ。
伝わってくるのは恐れ、憎しみ、怨み……いずれも負の感情であるが、とりわけ強く残っていたのは“悲しみ”だ。
おそらく、これが“お兄ちゃん”なる人物ではないだろうか。
栄一くんは新しい環境に馴染めず友達がいなかった。ゆえに寂しさと悲しさを抱いていたと思われる。
悲しみに囚われている“お兄ちゃん”と波長が重なり、引き込まれてしまったのではないだろうか。
無論、推測で決めつけることはできない。
とにかく、月隠村へ行くことにしよう。
△▼△
「ええ、わけわかんないなぁ。あいつが悲しみに囚われている? 嘘でしょ。屋敷で遭遇した時も、夢の中でも、怨み辛みに委せて全力であたし達に襲いかかってくるっていうのに!」
美伽の不満が爆発したようだ。
確かに、手記に書かれている亡霊像は、私達が知るものとはひどくかけ離れている。反論したい気持ちは理解できた。
「まあまあ美伽ちゃん、まだ続きがあるみたいだし、とりあえず読み進めてみよう」
真人さんが苦笑して宥める。
美伽はむくれながらも、再び紙面に目を戻した。
皆、表情はない。きっと、私も似たような顔をしていることだろう。
発進することもなく、そのまま駐車場に留まる。
今後どうしたらいいかを話し合わなければならないのだが、皆沈黙を貫いている。
いつも、いの一番で皆を励まし続けてくれた真人さんですら無言だ。
無理もない、と思った。
これで終わったと安心した矢先に、2人目の犠牲者が出てしまったのだから。
犠牲になった柏原さん──新井さんとは違い、それなりに打ち解けることができた人だ。
あの日……お祓いを受けた後に一緒に遊んだのを思い出す。
言葉に遠慮はない人だったけれど、私のために真剣に服を選んだりしてくれて、それがとても嬉しかった……。
こんなことにならなければ、もっと仲良くなれたかもしれない──そう考えると涙腺が刺激され、目の奥がつんと痛くなった。
「…………きっと、私達も死ぬんだわ……。次は……誰なのかしらね……?」
永劫に続きそうな沈黙は、未央さんによって断ち切られた。
その不穏な台詞に、私の胃と心臓は急速に凍りついていく。
「未央! なんてことを言うんだっ!」
厳しい顔で、真人さんは未央さんの肩を掴んだ。
未央さんは反応せず、助手席のサイドガラス越しにぼんやりと外を眺めている。
「……きっと、助かる方法はあるはずだ」
絞り出すようにして真人さんは言葉を続けた。
すると、未央さんは彼の手を振り払い、
「虚勢を張るのは止めて! 私達の身に起きてることは、プロの手に余ることなのよ!? 今さら私達に何ができるっていうの!?」
「だから諦めろと? このままおとなしく呪いが完成するのを待てというのか?」
未央さんは応酬せず口を噤む。そのまま2人は睨み合う。
すっかり険悪な雰囲気になってしまった。
呪いの完成──すなわち死。その恐怖に耐えきれなくなったのか、美伽は泣き出してしまった。
美伽を宥めながら、私は考える。
何か……何か方法があるはずだ。
──そういえば、悪夢へ落ちる前に度々見ていたもの。あれは、一体なんだったんだろう?
酷薄な印象の法衣の美青年。
亡霊の恋人であろう神秘的で可憐な少女。
この2人が、特に印象に残っている。
単なる夢……と言えばそれまでだ。
けれど、何かが引っ掛かる。彼らを思い浮かべると胸が騒ぐのだ。
そして、冬服を着た男の子──。
あの子はなぜ、あの亡霊を慕うのか?
もちろんこれは、あの亡霊にも言えること。なぜ彼は、あの子に対して友好的なのか……。
──無論、いくら考えたところで答えにたどり着けるはずもない。
唯一、ハッキリしているものといえば、
「月宮……」
あの土地を支配していたと思われる名が、私の口から滑り出た。
「え……?」
3人が一斉に私を注目する。
「あ、その……、過去視で知ったんです。多分、あの噂の屋敷に住んでいた人達の名前じゃないかと……」
「他にも、何か見た?」
真人さんは『知っていることは全部教えてくれ』という目をしている。
私は過去視で見たことも夢で見たことも一緒くたにして彼らに話した。
そして、話しているうちに私達が何をすべきなのかが明確になっていった。
「この際、徹底的に調べてみませんか。あの場所について」
我ながら大胆な口上だと思った。
こんなに大それた発言をしたのは、いじめられるきっかけを作った時以来かもしれない。
だけど、あの時のような反感を買うことはなかった。
「奇遇だね。俺もそう考えていたところだよ」
強張っていた真人さんの顔に、かすかだが笑顔が戻っている。
「調べて何になるというの?」
未央さんが口を挟んだ。なんの感情も含まない平たい声だ。
彼女の質問には、真人さんが答えてくれた。
「調べていけば、あの悪霊がこの世に留まっている理由がわかるだろう。それを解いてやることができれば、この世に留まる理由はなくなる。つまり、成仏させることができるはずなんだ。そうしたら、この逆さ五芒星の呪いだって解ける──そういうことだ」
「……そう上手くいくのかしらね……」
未央さんは真人さんを見ようともせずに呟いた。その他人事のような口振りが悲しくもあり怖くもあった。
△▼△
時刻は夕方といってもいい時間帯だ。今から月隠村に向かったら到着する頃には夜の帳が完全に降りている。これでは調査も捗らないだろう。
出発は翌日の早朝にしようということになった。
私達に浮かび上がっている痣は、偶然にも皆3本である。
だからといって油断は禁物だ。
これまでの経験からすると、亡霊に捕まらない限り痣は増えることはない。
だから1ヶ所に集まり、交替で眠るのがいいだろうという話になった。
眠っている者がうなされ始めたら、起きているものが叩き起こす──これで捕まってしまう危険性もいくらか低くなる……そうであってほしい。
一度解散し、私達はそれぞれの自宅へ戻った。
準備を整え、美伽と合流し、教えられた住所を頼りに真人さんの部屋があるというアパートへ向かった。
アパートは徒歩で30分もかからない場所にあった。何気に近所とは驚きだ。
相当な築年数と思われる木造の2階建てアパートだ。門柱には薄汚れた札が掛けられ、かろうじて“小山荘”と書かれているのが見てとれる。
真人さんの部屋は2階にあるので、錆びかけた階段を上がった。
ブザーは電池が切れているとのことで、ノックして訪れたことを知らせる。
「散らかってて悪いけど、どうぞ上がって」
と、真人さんは言っていたけど、部屋の中はきれいに片付いていた。
「未央先輩はまだなんですね?」
「ああ、うん」
答えながら真人さんは、いつかのデイバッグの中から手帳を取り出した。彼のお兄さん──澄人さんの手帳だ。
「何か情報があるかもしれないからな……」
確かに、この手帳はあの噂の屋敷にあった。澄人さんもあの場所に関わったということだ。
──やっぱり、屋敷の書斎らしき部屋で見えた男性は澄人さんだろう。
彼が言っていたことを思い出す。
『早くしないと“呪い”が完成してしまう……!』
澄人さんもまた、逆さ五芒星の呪いをかけられたに違いない……。
そして──……。
嫌な想像をしてしまった。慌てて胸中からそれを追い出す。
「鍵はあるんですか?」
「いや……。だから、こじ開けるんだよ」
真人さんは押し入れを開けて何かを探している。目当てのものはすぐに見つかったようだ。その手にはペンチが握られている。
「兄貴、ごめん……」
目を閉じて祈るように呟き、ペンチを使って鍵を引きちぎった。
早速、中を確認する。
ページの1枚1枚に、細やかな字でびっしり書かれていることから、澄人さんはとても几帳面な性格だということが伝わってくる。
「どんなことが書かれてあるんですか?」
「仕事の経過なんかを書き綴ってあるみたいだ」
仕事──心霊現象に関わる特殊な探偵業って話だっけ。
真人さんは後ろからページをめくっていく。
すると、ひらりと1枚の写真が落ちた。すかさず、美伽がそれを拾い上げる。
「えっ、これって……」
それは、家族写真と思われるものであった。
両親に挟まれるようにして、真ん中に可愛らしい男の子がはにかんだ表情を作っている。
噂の屋敷へと誘った、あの冬服を着た男の子だ……。
「あった……。これがおそらく、兄貴が請けた最後の仕事──」
真人さんは折り畳み式の小さなテーブルを出して、私達にも見やすいように手帳をその上に広げて置いてくれた。
私と美伽は覗き込むようにして、紙面に視線を落とす。
△▼△
【綾部一家失踪について】
依頼者:藤田俊蔵
行方不明者:綾部武彦 早苗 栄一
依頼者の藤田さんによると、綾部一家とは一昨年の年末頃から音信不通となり、年明け後に訪問したところ一家揃って姿を消していたそうだ。
家財道具はそのまま、台所には残り物と思われる食事が放置され腐敗していたという。このような状況から、引っ越しや旅行で留守にしているわけではないと判断し、何か事件に巻き込まれたのではないかと考えた藤田さんは警察に相談した。
しかし、一家でいなくなったということで、まともに取り合ってはもらえなかったそうだ。(捜索願は受理された)
そして1年が過ぎたが、未だに綾部一家とは音信不通のままだという。
綾部一家が東京から長野県月隠村に引っ越したのは武彦さんの仕事の都合だったそうだ。
引っ越し後しばらくして、藤田さんは娘の早苗さんから妙な相談を受けるようになったという。綾部家の長男・栄一くんについてだ。
栄一くんは非常に内気な性格であったため馴染むことができず、なかなか友達ができなかったらしい。いつも寂しそうな顔をしていたという。
それが、ある日を境に見違えるほど明るくなったそうだ。
だが、その背景には“お兄ちゃん”なる不審な人物の影があったという。
その人物のことを栄一くんは『白い着物を着て、顔と体の左側がぐちゃぐちゃで、もう死んでいるけど、とても優しい人』と話していたらしい。
そのことを思い出したので、一般の探偵に依頼せず、俺のところへ持ってきたということだ。
月隠村にあった綾部さんの家は藤田さんが処分したそうだ。
その際に引き取ったという栄一くんが書いていた絵日記を見せてもらった。
1年以上経っているというのに、絵日記にはうっすらと霊が放つ残り香がみられた。1人ではない。複数……それも何十人という数だ。
伝わってくるのは恐れ、憎しみ、怨み……いずれも負の感情であるが、とりわけ強く残っていたのは“悲しみ”だ。
おそらく、これが“お兄ちゃん”なる人物ではないだろうか。
栄一くんは新しい環境に馴染めず友達がいなかった。ゆえに寂しさと悲しさを抱いていたと思われる。
悲しみに囚われている“お兄ちゃん”と波長が重なり、引き込まれてしまったのではないだろうか。
無論、推測で決めつけることはできない。
とにかく、月隠村へ行くことにしよう。
△▼△
「ええ、わけわかんないなぁ。あいつが悲しみに囚われている? 嘘でしょ。屋敷で遭遇した時も、夢の中でも、怨み辛みに委せて全力であたし達に襲いかかってくるっていうのに!」
美伽の不満が爆発したようだ。
確かに、手記に書かれている亡霊像は、私達が知るものとはひどくかけ離れている。反論したい気持ちは理解できた。
「まあまあ美伽ちゃん、まだ続きがあるみたいだし、とりあえず読み進めてみよう」
真人さんが苦笑して宥める。
美伽はむくれながらも、再び紙面に目を戻した。
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