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3章 呪い
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ある民家の前を近づいた時だ。
再び、耳鳴りが始まった。
また……今度は一体何が見えるというの──?
トンネルの前では胸が悪くなる記憶を見てしまった。
もう、あんなものは見たくない……。
△▼△
畑の手入れをしている人々が見える。まず目に映ったのは、そんなのどかな集落の一コマであった。
私はホッとするが、すぐに心臓がキュッと縮んだ。
現れたのは、またも黒い法衣をまとった男と、その護衛役と思われる武装した男2人。
法衣の男はどうやら何人もいるらしい。
農作業中の人達は彼らの姿を確認すると、作業を中断して慌てて頭を垂れる。その顔に浮かぶのは畏怖。
恐怖心を抱くのは当然だと思った。暴力で支配されているのだから……。
法衣の男は民家の前に立つとノックすることはおろか、呼び掛けることもせずにいきなり開け放った。
『ま……呪い師様……。如何様な御用で……?』
恐々と現れた住人の男性は、やはり恐々と訊ねる。
法衣の男は答えず、懐から一通の書状を取り出す。それを広げると、男性の眼前に突きつけるようにして見せつけた。
それは、奇妙な書状だった。
文字は1つも記されておらず、ただ筆で殴り書いたような逆さ五芒星が描かれているのみである。
どのような染料を使えばこんな色になるのか。その色は血液とそっくりだ。
……もしかすると、本当に血で書かれているのかもしれない……。
『あ……ああぁ……!』
男性の顔色はみるみるうちに蒼白へと移ろいでいく。
『お前もようやく“月宮様”のお役に立てる日がきたのだ。光栄に思うがよい』
『いっ……嫌だ……ッ!』
膝から下の力が抜けてしまったのか、男性はその場にくずおれる。
男性を中心に液体がじわじわ広がっていく。恐怖心から失禁してしまったらしい。
法衣の男はそんなことは気にも留めず、連れている男達に連れていくよう命じた。
男性は無理やり立たせられると、男達に挟まれる形で連行されていく。必死に抵抗を試みているが、彼らは大柄でいかにも力強そうだ。びくともしない。
農作業をしていた人達が怯えた目で見送っている。
そして、一団の姿が見えなくなったのを確認すると、彼らは口を開いた。
『松が連れていかれたな……』
『明日は我が身……か……』
『連れていかれた先で、一体何をやらされるんだろな……?』
『知らん。が、どうせろくなことじゃねえ……』
『月宮様の御屋敷に連れていかれた者は、二度と帰ってこねえからな……』
『おっかねえ、おっかねえ……』
△▼△
過去の世界から現代へ舞い戻ると、まず視界に飛び込んできたのは鮮やかさに欠けた朽ちた集落の姿だ。
月宮様──……。
心の中で噛み締めるように呟いた。
きっと、この集落を支配していた家の名前だろう。
そして……
呪い師──……。
呪術を生業とする家系だったのだろうか──?
だとすると、あの亡霊も……?
考えるまでもない。きっとそうだ。
捕まると増えていく痣……
浮かび上がってくる、逆さ五芒星……
完成すれば、死──
それも、心臓だけが体内で燃えるという不可解な死……
本当にケースを元の場所に返してくれば、呪いは収まるのだろうか?
嫌な想像が急速に私の活力を奪っていく。
逆さ五芒星の門が見えてきた。
「怖いけど、行くしかないですよね……!」
美伽は胸の前で両手をぐっと力を込めて握る。気合いを入れたのかな。確かにそうでもしないと臆病風に吹き飛ばされそうだ。
「いや、そっちの門からじゃなくて、こっちの道から行こう」
真人さんはひっそりと枝分かれしている細い道を指した。
こんなところにも道があったのか……。前方の門が放つ圧倒的な存在感のせいか全く気づかなかった。
「敷地が広すぎて構造は把握できないが、出入り口がここだけということはないと思うんだ。あの場所は奥にあったような気がするから、ここから回り込んだ方が、多分近道になると思う」
細く伸びた道はカーブするようにゆるゆると続いている。
そして、行き着いた先にはあの逆さ五芒星の門。
いや、同じものではなかった。
門の造りは同じだが、中央に描かれているのは逆さ五芒星ではなく、普通の五芒星だ。
「そういえば、屋敷は2つあったな」
「ということは、こっちはもう1つの屋敷の正門ってことですね」
真人さんは門を押し開けた。
ギギギ……と重厚な音を立てて、ゆっくりと開かれる。
屋敷の玄関までやって来た。
ついにここまで来てしまった……。
入るのがためらわれるが、怖じ気づいている暇はない。
最初に入った屋敷と同様にスライド式の扉だ。
年月の経過から立て付けが悪くなってしまったのか、なかなかスムーズに開いてくれない。
ようやく通れるだけの隙間を作ることができた。
「さて、入ろうか……」
私と美伽は頷いた。
私達は自然と手を繋いだ。
一歩足を踏み入れれば、そこは分厚い闇が立ち込める空間。閉め切られていたせいか空気が淀んでいる。呼吸をする度によくないものが取り込まれているのか、言知れぬ不安が蝕んでいく。
それはそうと、あの時のようにいきなり扉が閉まることはなかった。
私の中では一番の懸念だったことだったので、それだけは安心を覚える。
「さて、どっちに行けばいいやら……」
玄関の先は広間になっており、そこから廊下が3つ。別々の方向に伸びている。真人さんはそれらを1つずつ懐中電灯で照らしていく。
どこから進もうか悩んでいるところに……
『お兄ちゃんの部屋へ行くには、左側の廊下を進んで……』
幼い声が語りかけてきた。
その声は、耳で聴こえたというよりも頭の中に直接響いた……と表現するのが適切かもしれない。
あの、男の子──?
脳裏に冬服姿の男の子が過った。
「……左側の廊下から行きましょう」
私は彼の言葉を信じることにした。言われた通りの進路を指し示す。
2人はいくらか面食らった顔をしているので説明した。
再び、耳鳴りが始まった。
また……今度は一体何が見えるというの──?
トンネルの前では胸が悪くなる記憶を見てしまった。
もう、あんなものは見たくない……。
△▼△
畑の手入れをしている人々が見える。まず目に映ったのは、そんなのどかな集落の一コマであった。
私はホッとするが、すぐに心臓がキュッと縮んだ。
現れたのは、またも黒い法衣をまとった男と、その護衛役と思われる武装した男2人。
法衣の男はどうやら何人もいるらしい。
農作業中の人達は彼らの姿を確認すると、作業を中断して慌てて頭を垂れる。その顔に浮かぶのは畏怖。
恐怖心を抱くのは当然だと思った。暴力で支配されているのだから……。
法衣の男は民家の前に立つとノックすることはおろか、呼び掛けることもせずにいきなり開け放った。
『ま……呪い師様……。如何様な御用で……?』
恐々と現れた住人の男性は、やはり恐々と訊ねる。
法衣の男は答えず、懐から一通の書状を取り出す。それを広げると、男性の眼前に突きつけるようにして見せつけた。
それは、奇妙な書状だった。
文字は1つも記されておらず、ただ筆で殴り書いたような逆さ五芒星が描かれているのみである。
どのような染料を使えばこんな色になるのか。その色は血液とそっくりだ。
……もしかすると、本当に血で書かれているのかもしれない……。
『あ……ああぁ……!』
男性の顔色はみるみるうちに蒼白へと移ろいでいく。
『お前もようやく“月宮様”のお役に立てる日がきたのだ。光栄に思うがよい』
『いっ……嫌だ……ッ!』
膝から下の力が抜けてしまったのか、男性はその場にくずおれる。
男性を中心に液体がじわじわ広がっていく。恐怖心から失禁してしまったらしい。
法衣の男はそんなことは気にも留めず、連れている男達に連れていくよう命じた。
男性は無理やり立たせられると、男達に挟まれる形で連行されていく。必死に抵抗を試みているが、彼らは大柄でいかにも力強そうだ。びくともしない。
農作業をしていた人達が怯えた目で見送っている。
そして、一団の姿が見えなくなったのを確認すると、彼らは口を開いた。
『松が連れていかれたな……』
『明日は我が身……か……』
『連れていかれた先で、一体何をやらされるんだろな……?』
『知らん。が、どうせろくなことじゃねえ……』
『月宮様の御屋敷に連れていかれた者は、二度と帰ってこねえからな……』
『おっかねえ、おっかねえ……』
△▼△
過去の世界から現代へ舞い戻ると、まず視界に飛び込んできたのは鮮やかさに欠けた朽ちた集落の姿だ。
月宮様──……。
心の中で噛み締めるように呟いた。
きっと、この集落を支配していた家の名前だろう。
そして……
呪い師──……。
呪術を生業とする家系だったのだろうか──?
だとすると、あの亡霊も……?
考えるまでもない。きっとそうだ。
捕まると増えていく痣……
浮かび上がってくる、逆さ五芒星……
完成すれば、死──
それも、心臓だけが体内で燃えるという不可解な死……
本当にケースを元の場所に返してくれば、呪いは収まるのだろうか?
嫌な想像が急速に私の活力を奪っていく。
逆さ五芒星の門が見えてきた。
「怖いけど、行くしかないですよね……!」
美伽は胸の前で両手をぐっと力を込めて握る。気合いを入れたのかな。確かにそうでもしないと臆病風に吹き飛ばされそうだ。
「いや、そっちの門からじゃなくて、こっちの道から行こう」
真人さんはひっそりと枝分かれしている細い道を指した。
こんなところにも道があったのか……。前方の門が放つ圧倒的な存在感のせいか全く気づかなかった。
「敷地が広すぎて構造は把握できないが、出入り口がここだけということはないと思うんだ。あの場所は奥にあったような気がするから、ここから回り込んだ方が、多分近道になると思う」
細く伸びた道はカーブするようにゆるゆると続いている。
そして、行き着いた先にはあの逆さ五芒星の門。
いや、同じものではなかった。
門の造りは同じだが、中央に描かれているのは逆さ五芒星ではなく、普通の五芒星だ。
「そういえば、屋敷は2つあったな」
「ということは、こっちはもう1つの屋敷の正門ってことですね」
真人さんは門を押し開けた。
ギギギ……と重厚な音を立てて、ゆっくりと開かれる。
屋敷の玄関までやって来た。
ついにここまで来てしまった……。
入るのがためらわれるが、怖じ気づいている暇はない。
最初に入った屋敷と同様にスライド式の扉だ。
年月の経過から立て付けが悪くなってしまったのか、なかなかスムーズに開いてくれない。
ようやく通れるだけの隙間を作ることができた。
「さて、入ろうか……」
私と美伽は頷いた。
私達は自然と手を繋いだ。
一歩足を踏み入れれば、そこは分厚い闇が立ち込める空間。閉め切られていたせいか空気が淀んでいる。呼吸をする度によくないものが取り込まれているのか、言知れぬ不安が蝕んでいく。
それはそうと、あの時のようにいきなり扉が閉まることはなかった。
私の中では一番の懸念だったことだったので、それだけは安心を覚える。
「さて、どっちに行けばいいやら……」
玄関の先は広間になっており、そこから廊下が3つ。別々の方向に伸びている。真人さんはそれらを1つずつ懐中電灯で照らしていく。
どこから進もうか悩んでいるところに……
『お兄ちゃんの部屋へ行くには、左側の廊下を進んで……』
幼い声が語りかけてきた。
その声は、耳で聴こえたというよりも頭の中に直接響いた……と表現するのが適切かもしれない。
あの、男の子──?
脳裏に冬服姿の男の子が過った。
「……左側の廊下から行きましょう」
私は彼の言葉を信じることにした。言われた通りの進路を指し示す。
2人はいくらか面食らった顔をしているので説明した。
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