禁踏区

nami

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3章 呪い

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「一体これってどういうことなんだよッ!」

 部屋に入るなり、柏原さんの癇癪かんしゃくが弾けた。真人さんに掴みかかる。

「そもそも、自縛霊ってのは、その土地から離れれば大丈夫じゃなかったのかよっ!?」

「………………」

「黙ってないでなんとか言えよッ!」

「ヨシノ、お願いだから少し落ち着いて!」

 未央さんは柏原さんを真人さんから強引に引き離す。すると、柏原さんの怒りの矛先は未央さんへと向いた。

「ふざけんなッ! あたしは……あたしは……もう4つ痣ができてんだよっ! あと1つでヒロみたいに──!」

 柏原さんはうずくまって激しく泣きだした。
 彼女はすぐそこまで死が迫っていたのだ。取り乱すのも無理はなかった。

「…………あ、そういうことか……」

 真人さんが何かに気づいたらしい。

「1つだけ、自縛霊が移動できる可能性があることに気づいたよ」

「どういうこと……?」

「土地ではなく“物”に縛られている場合だ」

「物?」

「ああ。それを持ち出せば、当然霊はついてくることになる」

「……あ──!」

「ヒロ先輩が戦利品っていってた“ピルケース”……!」

「考えてみれば、あの形状からして、入ってたのは塗り薬だった可能性が高いわね。あの怨霊は半身が皮膚病にでも冒されているような感じだし……。彼の所持品という可能性は高いと思うわ」

「ということは、あれを峰岸さんのところへ持っていってお祓いをしてもらえば、今度こそ解決ですね!?」

 美伽の顔には早くも、希望の光が舞い降りていた。
 
 
 △▼△


 翌日。真人さん、私、美伽の3人で新井家を訪問した。

 柏原さんは死が目前に迫っているということで錯乱状態にある。
 未央さんには、そんな柏原さんについててもらっている。

 悪夢の中で亡霊に捕まると痣が増える。あと1つ増えてしまったら柏原さんは──。
 だから、辛いだろうが全てが終わるまで眠らないように、と戒めてある。


 まだ午前中だ。そんな時間に突然の訪問など迷惑以外の何物でもないだろう。
 しかし、私達……特に柏原さんには時間がない。
 迷惑を承知で、代表して真人さんがインターホンを押した。

『…………はい、どちら様でしょうか?』

 感情がこもらない平坦な女性の声が対応にでた。新井さんのお母さんだろうか。

 真人さんはインターホン越しに事情を説明した。
 と言っても、そのまま嘘偽りなく説明しては不審に思われる。ところどころにフェイクを入れて。

『……そうでしたか。少々お待ちください』

 通話を切り、玄関が開いた。
 現れたのは小柄で痩せた中年の女性。新井さんの母と名乗った。
 表情が全くなく、憔悴しきっている。息子を失った悲しみがひしひしと伝わってきて、胸が締め付けられた。
 
「お忙しいところ申し訳ありません」

「いえ……。どうぞ上がってください……」

 無表情に促された。
 私達は頭を下げて、その言葉に従う。

「ご迷惑でなければ、お線香をあげさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ……。息子も喜ぶでしょう……」

 仏間に通された。
 仏壇の脇に中陰壇ちゅういんだんが設置され、新井さんの遺骨、位牌、遺影が祀られている。

 荼毘だびに付され骨となった新井さん。
 痛ましくて目をそらしたい衝動が沸き起こるが、彼の死をきちんと受け止めなければ。私は骨壺を包んでいる桐箱を見つめる。

 それぞれ線香をあげ、黙祷を捧げた。

「では、こちらに……」


 連れていかれた先は、新井さんの部屋であった。

「どこにあるかもわかりませんから、どうぞ探して持っていってください……」

 表情もなく淡々と告げると、新井さんのお母さんはすーっと消えるように行ってしまった。本当に、今にも消えてしまいそうだ。再び胸が締め付けられた。
 
 部屋の中は、お世辞にも片付いているとは言えない有り様であった。
 衣類や雑誌が雑然と床に散らばっている。デスクの上には空になったペットボトルもある。

 主を失った部屋には、生活感が色濃く残されていた。
 きっと辛くて、家族は誰も立ち入ることができないのだろう。
 
  部屋に足を踏み入れた瞬間、それは始まった。


 △▼△


『──ッ!』

 ガバッと飛び起きた人物は──新井さんだ。
 呼吸は思いきり走った後のように激しく乱れている。


『なんなんだよ……! なんで、あいつがまた出てくるんだ!? もう終わったんじゃなかったのかよ!?』

 うずくまるように頭を抱える新井さん。
 次の瞬間、弾かれるように顔をあげた。
 そして、Tシャツを勢いよく捲り上げる。


 そこには、完成してしまった逆さ五芒星が──。


『嘘だろっ!? どうしよう、どうしよう!?』


 新井さんは枕元に置いてあったスマホを掴み取った。
 がくがくと震える手でもどかしげにラインを開く。
 ……もしかすると、真人さんに助けを求めようとしたのかもしれない……。


 ──が、次の瞬間



『ぐッ……ああああ……ッ……!』



 目をカッと見開き、胸を掻きむしって苦しみだした。
 スマホは新井さんの手から滑り落ち、反動でコトンとベッドから落下した。
 続いて新井さんもベッドから転げ落ちた。


『うううう……ぅうぅぅ……!』


 なおも捩ってのたうつ。


 目を覆いたくなる光景が、私の目の前で繰り広げられる。
 これが……、彼の最期の瞬間なんだ……。



 苦しむ新井さんの傍らには、あの白い着物の亡霊が──!


 亡霊は、苦しみもがく新井さんを静かに見下ろしている。


 ……やがて、新井さんは動かなくなった。


 顔は、苦悶に歪められたまま──。


 亡霊の首がゆっくりと動き、こちらに──私の方に向いた。
 思わず身がすくむ。


 刹那、亡霊の姿に別の人物が重なった気がした。


 そして──




『オマエモ…………カナラズ…………』




 奈落から響いてくるような厭忌えんきの言葉が、耳の奥でいつまでも反響した。


 △▼△


「凛、大丈夫?」

 美伽の声が私を現実へと戻した。

「その……何か……見えたの……?」

「…………うん……。新井さんの最期が……」

 みるみるうちに美伽の瞳に恐怖が宿る。
 私達のやり取りを見守っていた真人さんの顔にも、沈痛な色が滲んだ。
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