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3章 呪い
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──夢を見た。
その夢の全貌が露になった時、私を包んでいた安心と幸福は、泡が弾けるように消えてしまった気がした。
夢の中では、私は私じゃなかった。
私の意識は、ある男の子の中にいた。あの、私を噂の屋敷へと導いた冬服を着た男の子だ。
男の子は足早に暗い場所を歩いていく。
その手には華奢な懐中電灯。
懐中電灯の細い明かりが、周囲の光景を浮かび上がらせる。
仏像のようなレリーフは、忘れたくても忘れられない。
そう、ここは、あの廃村のような土地へと続くトンネルの中だ。
男の子はいじめられていて、ここに放り込まれていた。
だからここは、彼にとっては恐怖の対象になっているはず。
にもかかわらず、彼は恐れる気持ちを一欠片も抱いていない。
いや、それどころか、彼が抱く感情は──“喜び”。
男の子の中にいるからだろう。彼の心の声がそのまま伝わってくる。
──今日もいじめられた……。背中とお腹を打たれて、とても痛かった。だけど、ぼくには“お兄ちゃん”がいるんだ。もう、悲しくなんかない。
──でも、“お兄ちゃん”に会いに行こうとすると、お父さんもお母さんもすごく嫌がる。どうして? お兄ちゃんはとても優しい人なのに……。
“お兄ちゃん”──?
トンネルを抜けた。
男の子は迷うことなく、噂の屋敷がある方へと歩いていく。
逆さ五芒星が禍々しい威圧的な門が見えてきた。
──門の前に誰かいる。
それが誰なのか理解できた瞬間、私は逃げ帰りたくなった。
あの、白い着物姿の亡霊だったからだ。
だけど男の子は恐れない。
それどころか、亡霊に向かって嬉しそうに手を振る。
…………すると、亡霊も応えるようにして、緩慢に手を振り返してきた。
よく見ると、その表情ははっきりとしている。
少し前に夢の中で見た、生前の姿と変わらなかった。
儚げな微笑をたたえている。
『お兄ちゃん!』
男の子は逸る気持ちを抑えられずに、亡霊──“お兄ちゃん”の元へと駆け出した。
どういうこと──?
なぜこの子は、あの亡霊を慕っているの?
解けない謎が、私の心を占領する。
そして──
風景が別の場所へと移った。
その瞬間、底なし沼へと落ちていくような恐怖に囚われた。
「そんな……全て終わったはずなのに……!」
私が立っているのは──邪悪な闇が支配する噂の屋敷。
嫌だ嫌だ──!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──!
膨張する拒絶の感情に身を委ね、私は立ち尽くす。
──ぞくり。急に寒気が走った。
すぐ後ろから強烈な負の感情を伴った殺気。
「あっ……!」
振り返ると、至近距離にそれはいた。
白い着物姿の亡霊──
ぼやける顔の奥に潜む憎悪に染め上げられた眼差しが、私の動きを封じる。
私の心臓を狙って突き出される、青白い手──。
『手を心臓に捩じ込んでくるんだよ? マジで死ぬかと思った』
柏原さんの言葉が、恐怖に痺れる脳内で勝手に再生された。
怖い怖い怖い怖い──!
お願いだから、早く覚めて!
必死に祈った。
しかし、その祈りは叶えられなかった。
「ああっ……!」
亡霊の指先が、私の心臓部にめり込む。
ゆっくり……ゆっくり……差し込まれる。
心臓部を中心に熱い痛みが走った。
あまりの激痛に、呼吸困難に陥る。
いやっ……止めて……助けて……!
体をくの字に折りながら、力を振り絞ってすがるように亡霊を見上げる。
亡霊は、憎悪で濁った目で無慈悲に見下ろすばかりだ。
意識が遠退く……。
私は、このまま死ぬのだろうか──?
薄れ行く意識の中で、
『…………アト……4ツ…………。……ニゲ…………テ……』
△▼△
「──ッ!」
私は跳ね起きた。
部屋は暗い。
取り乱しかけるが、あの忌まわしい廃屋敷じゃないことに気づいた。──私の部屋だ。
枕元に置いていたスマホで時刻を確認する。2:45。まだ夜中である。
夢だったのか……
安堵感が生まれるが、そんなものはすぐに消え去った。
またも、頭の中で柏原さんの言葉が再生される。
『単なる偶然かもしれないんだけど、胸を見たらさ、痣ができてたんだよね』
ドクン──!
動悸が襲う。
ベッドに備え付けてあるスタンドのスイッチを押す。
すっかり冷たくなった指先は、痺れて感覚が鈍くなり、押した感覚が伝わってこなかった。
感覚を失った指先が震え始めた。
パジャマのボタンを外そうとするが、力が入らずうまくいかない。
確認するのが怖い──!
ためらいの気持ちが、余計に指先の動きを鈍らせる。
それでも、確認しなければという気持ちが上回っていたみたいだ。ボタンを外すことに成功した。
あとは見るだけ……。
──が、そうすることの決心がなかなかつかない。
その夢の全貌が露になった時、私を包んでいた安心と幸福は、泡が弾けるように消えてしまった気がした。
夢の中では、私は私じゃなかった。
私の意識は、ある男の子の中にいた。あの、私を噂の屋敷へと導いた冬服を着た男の子だ。
男の子は足早に暗い場所を歩いていく。
その手には華奢な懐中電灯。
懐中電灯の細い明かりが、周囲の光景を浮かび上がらせる。
仏像のようなレリーフは、忘れたくても忘れられない。
そう、ここは、あの廃村のような土地へと続くトンネルの中だ。
男の子はいじめられていて、ここに放り込まれていた。
だからここは、彼にとっては恐怖の対象になっているはず。
にもかかわらず、彼は恐れる気持ちを一欠片も抱いていない。
いや、それどころか、彼が抱く感情は──“喜び”。
男の子の中にいるからだろう。彼の心の声がそのまま伝わってくる。
──今日もいじめられた……。背中とお腹を打たれて、とても痛かった。だけど、ぼくには“お兄ちゃん”がいるんだ。もう、悲しくなんかない。
──でも、“お兄ちゃん”に会いに行こうとすると、お父さんもお母さんもすごく嫌がる。どうして? お兄ちゃんはとても優しい人なのに……。
“お兄ちゃん”──?
トンネルを抜けた。
男の子は迷うことなく、噂の屋敷がある方へと歩いていく。
逆さ五芒星が禍々しい威圧的な門が見えてきた。
──門の前に誰かいる。
それが誰なのか理解できた瞬間、私は逃げ帰りたくなった。
あの、白い着物姿の亡霊だったからだ。
だけど男の子は恐れない。
それどころか、亡霊に向かって嬉しそうに手を振る。
…………すると、亡霊も応えるようにして、緩慢に手を振り返してきた。
よく見ると、その表情ははっきりとしている。
少し前に夢の中で見た、生前の姿と変わらなかった。
儚げな微笑をたたえている。
『お兄ちゃん!』
男の子は逸る気持ちを抑えられずに、亡霊──“お兄ちゃん”の元へと駆け出した。
どういうこと──?
なぜこの子は、あの亡霊を慕っているの?
解けない謎が、私の心を占領する。
そして──
風景が別の場所へと移った。
その瞬間、底なし沼へと落ちていくような恐怖に囚われた。
「そんな……全て終わったはずなのに……!」
私が立っているのは──邪悪な闇が支配する噂の屋敷。
嫌だ嫌だ──!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──!
膨張する拒絶の感情に身を委ね、私は立ち尽くす。
──ぞくり。急に寒気が走った。
すぐ後ろから強烈な負の感情を伴った殺気。
「あっ……!」
振り返ると、至近距離にそれはいた。
白い着物姿の亡霊──
ぼやける顔の奥に潜む憎悪に染め上げられた眼差しが、私の動きを封じる。
私の心臓を狙って突き出される、青白い手──。
『手を心臓に捩じ込んでくるんだよ? マジで死ぬかと思った』
柏原さんの言葉が、恐怖に痺れる脳内で勝手に再生された。
怖い怖い怖い怖い──!
お願いだから、早く覚めて!
必死に祈った。
しかし、その祈りは叶えられなかった。
「ああっ……!」
亡霊の指先が、私の心臓部にめり込む。
ゆっくり……ゆっくり……差し込まれる。
心臓部を中心に熱い痛みが走った。
あまりの激痛に、呼吸困難に陥る。
いやっ……止めて……助けて……!
体をくの字に折りながら、力を振り絞ってすがるように亡霊を見上げる。
亡霊は、憎悪で濁った目で無慈悲に見下ろすばかりだ。
意識が遠退く……。
私は、このまま死ぬのだろうか──?
薄れ行く意識の中で、
『…………アト……4ツ…………。……ニゲ…………テ……』
△▼△
「──ッ!」
私は跳ね起きた。
部屋は暗い。
取り乱しかけるが、あの忌まわしい廃屋敷じゃないことに気づいた。──私の部屋だ。
枕元に置いていたスマホで時刻を確認する。2:45。まだ夜中である。
夢だったのか……
安堵感が生まれるが、そんなものはすぐに消え去った。
またも、頭の中で柏原さんの言葉が再生される。
『単なる偶然かもしれないんだけど、胸を見たらさ、痣ができてたんだよね』
ドクン──!
動悸が襲う。
ベッドに備え付けてあるスタンドのスイッチを押す。
すっかり冷たくなった指先は、痺れて感覚が鈍くなり、押した感覚が伝わってこなかった。
感覚を失った指先が震え始めた。
パジャマのボタンを外そうとするが、力が入らずうまくいかない。
確認するのが怖い──!
ためらいの気持ちが、余計に指先の動きを鈍らせる。
それでも、確認しなければという気持ちが上回っていたみたいだ。ボタンを外すことに成功した。
あとは見るだけ……。
──が、そうすることの決心がなかなかつかない。
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