禁踏区

nami

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3章 呪い

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 お祓いは滞りなく終えることができた。
 心なしか体が軽くなったような気がする。

「ありがとうございました」

 深く頭を下げる真人さんに倣い、私達も頭を下げてお礼を言う。

「いえいえ、お気になさらず。お祓いはしましたが、あなた方からは特に悪い気配は感じませんでした。特に心配はないでしょう」

 住職はおっとりと穏やかに微笑む。
 ──が、すぐに困ったように眉を下げて表情を曇らせた。

「……ですが“心霊スポット”と呼ばれる場所には、本当に恐ろしい場所も存在します。二度とそのような場所に近づいてはなりませんよ」

「はい、すみませんでした……。急なお願いにもかかわらず、今日は本当にありがとうございました、峰岸みねぎしさん」

「いいんですよ。他ならぬ真人くんの頼みです。困ったことがあれば、いつでもご相談くださいね」

 住職──峰岸さんに見送られ、私達は常安寺を後にした。


「……なんか釈然としないなぁ」

 突然、美伽がぽつりと呟いた。

「そうね……。こんなこと言うのも不謹慎だけど、私はもっと深刻な状態にあるのかと思ったわ」

「だよね。変な痣ができてるってのに『悪い気配は感じません』って……。マサやん、言っちゃ悪いけどさ、あの人大丈夫? ほんとに信用していいワケ?」

「……メディアに露出はしていないが、峰岸さんは何件もの怪事件を解決に導いている。あの人を信じよう」

 峰岸さんと親しい間柄と思われる真人さんだ。疑われるような言動に気を悪くしたのか、その声にはほんの少しだけトゲを含んでいた。

「……まるで他人事みてーな口振りだな」

 険のある声と目付きで、新井さんが割り込んできた。

「なんだって?」

「痣ができてねえから、テキトーなこと言えるんだ。違うか?」

「そんなことはない!」

「こんな往来で喧嘩は止めてくださいよ!」

 美伽が止めに入った。おかげで本格的な言い争いに発展することはなかった。
 けれど、しっかりと亀裂が入ってしまったようで、両者は険しい顔で睨み合っている。

「……ねえ、痣はどうなったのかしら?」

「どうって?」

「もしかしたら、消えてるかもしれないじゃない?」

 確かめてみる価値はありそうだ。
 そして一刻も早く確認したい。
 私達は人気のない路地へと場所を移した。

「ほらヒロ、早く服を捲る」

 新井さんはおずおずとTシャツの裾を掴む。焦れったいくらいにのんびりした動作だ。

「早くしなよ!」

「うっせーな! 偉そうに命令すんじゃねーよ!」

 新井さんがためらってしまう気持ちはわかるような気がした。
 消えているのかそうでないのか……。二つに一つ。その差は天国と地獄に等しいからだ。


 ようやく腹を括ったのか、新井さんは勢いよくTシャツを捲り上げた。

「ど、どうだ……?」

「ないわ。どこにも痣なんてない」

 新井さんの胸には、痣どころか小さな染み1つ見当たらなかった。

「マジか!?」

 新井さんは自身の胸に目を落とし、痣が出来ていたと思われる場所を丹念に擦る。それはちょうど心臓がある場所であった。

「きっと、峰岸さんのお祓いが効いたのね」

「うんうん。よかったですね、2人とも」

 不安と恐怖で絡まった糸がスルリとほどけたようだ。緊張に凝り固まった皆の顔がほぐれ、明るさを取り戻す。

 何も心配することはない。そうなると現金なものだ。新井さんは挨拶もそこそこに、1人でさっさと行ってしまった。
 

 新井さんを除いたメンバーで上野駅へと戻ってきた。

「せっかく集まったんだし、どこかで遊ばない?」

 未央さんの提案に、柏原さんと美伽は賛成する。私も異存はない。
 しかし、真人さんは違う。

「悪い。俺、この後バイトが入ってるんだ」

 申し訳なさそうに別れを告げ、真人さんは駅の中へ行ってしまった。
 遠ざかる背を見ていると、喪失感のようなものがじわじわと広がっていくような気がした。



 きっともう、会うこともない──……



 そんな現実を突きつけられたからだ。

 どうしようもない現実を噛み締める。
 すると、緩やかに広がりをみせていた喪失感のようなものがスピードを上げて膨れ上がり、ついには破裂してしまった。
 あとに残ったものはといえば、体の一部を奪われたような痛み。


 やだな、どうしてこんな気持ちになるんだろう……!


 ハッと我に返った私は、抱いてしまった感情にただただ戸惑うしかない。


「なーに捨てられた子犬みたいな顔してんの? もしかして、もう会えない……ってヘコんでる?」

 心の内を見透かしたように、美伽が呆れ顔で背中を軽く叩いてきた。
 不意打ちに大胆なお言葉をいただいた私は、わかりやすく取り乱す。
 そんな私を目の当たりにしたからだろう。柏原さんと未央さんが首を突っ込んでくるのは自然の流れというもので。

「え、どゆことー?」

「実はですねぇ、凛ってば、真人先輩の歳上の魅力ってやつにやられてしまったようで……」

 公衆の面前で丸裸にされた気分が襲った。

『余計なこと言わないでよ!』という気持ちをたっぷり込めて美伽を睨む。
 すると、美伽はイタズラっ子さながらに舌をペロッと出して、目をそらした。

「へー、凛ってマサやんみたいなのが好みなん?」

「結構お似合いだと思うわよ」

「そっ、そんなんじゃ……!」

 抗議の言葉は2人には届かない。
 2人はさらに言葉を続ける。

「はっきりと聞いたことはないけど、多分、彼女はいないと思う。狙うなら今のうちよ?」

「あ、じゃあさ、その時に備えて服とか見に行かない?」

「いいですねー」

 私を置き去りにして、3人は盛り上がる。


『もう、勝手にして』
 投げやりな気分に覆われる。


 だけど……


 こういうのも、いいかな──?


 不思議と楽しめている自分を発見した。
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