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3章 呪い
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どれだけ話し込んでいたのか。窓の向こうがうっすらと白み始めている。
不意に、美伽の顔が神妙なものになった。
彼女はどこかためらいがちに、
「……そういえばさ、凛が持つ超能力のこと……、真人先輩は知ってたみたいだね?」
「あ、うん……」
「というかさ、凛にそんなすごい力があるなんて知らなかった。……ちょっと悔しいの。あたしが知らないことを真人先輩が知ってたことが」
「美伽、私そんなつもりじゃ……!」
咄嗟に腰を浮かせる。
だけど、後に続く言葉を紡ぐことはできなかった。
過去視の能力は、美伽と出会った頃には消失していた。
だから、打ち明ける必要もなかった──
しかし、それを並べたところで言い訳じみている。
「わかってる。凛から話したわけじゃないんでしょ? 凛、時々明後日の方を見てたもんね。それを不思議に思った先輩が訊ねた」
「うん……」
「八つ当たりっぽかったよね、ごめん」
「ううん、私の方こそごめん。でも、私は美伽のこと、一番の友達って思ってるから」
きちんと座り直し、しっかりと美伽の目を見て言った。
美伽は少し照れ臭そうに、
「やだな、そんなこと言われなくてもわかってるってば。だからこそ、あの時、真っ先に駆けつけてくれたわけでしょ?」
「え?」
「ほら、床下から出てきた手に、あたしが引きずり込まれそうだった時。「俺の制止も聞かずに飛び出してった」って真人先輩が教えてくれたの。あの時は、ほんとありがとう、凛」
「友達なんだもの。当たり前じゃない」
ぎこちない空気になりかけていたけれど、それはすっかり払拭されたようだ。
わだかまりは消え、優しい空気で満たされる。
「……でも、強力なライバルの登場だなー」
美伽はベッドに腰を掛けたま、上体を倒して仰向けに寝そべった。
言っている意味がわからない。だから私は、呆けた顔で瞠目するしかないわけで。
「……えっと、本気で意味がわからないんだけど」
「もー、わかんない? 凛の一番の理解者はあたしだと思ってたのに、真人先輩っていう強力なライバルが出現したってこと」
「なっ、何よそれ……! だから、そんなんじゃないってば!」
私は抗議してみるものの、美伽はそれを無視して、
「先輩と付き合うことになっても、あたしのことを蔑ろにしないでよねー? じゃないと、美伽ちゃんは寂しくて死んじゃうんだから!」
美伽はガバッと起き上がると、くりっとした瞳をわずかに吊り上げて私を軽く睨む。口を尖らせ、わざとらしく怒った表情を作っているのが、子供っぽくてどこか可愛らしい。
顔がいいと、どんな表情も魅力的に見えてしまうから羨ましい限りだ。
「もう、勝手に話を進めないで! 付き合うとか、あり得ないから!」
「えー、テラスでかなりいいムードだったじゃん」
ドキッとなる。
まさか、指切りしているところを見られたのだろうか? 確かにあれを見られたら、勘違いされてもおかしくないかも……。
「それにさー、真人先輩ってば体を張って凛のこと助けたじゃん。あんなことされたら普通は惚れるでしょ」
美伽の口からは、指切りのことに関する発言は出てこなかった。
見られてなかったか。そのことにホッと安心を覚える。
──そうだ、真人さんは危険も顧みずに、私を助けてくれたんだ。
そして──
あの人は、過去の傷を癒してくれた。
よみがえるのは、抱き寄せられ、その胸にすがって泣きじゃくったこと。
すると、一瞬で顔が熱くなった。それこそ、火でも噴き出すんじゃ、というくらいに。
「ちょっと凛ってば、何赤くなってんの?」
「美伽が変なこと言うからでしょ!?」
美伽は満足そうに頷くと、小悪魔っぽくニッと笑い、
「ま、自分の気持ちに素直になりなさい」
「だから違うってば!」
夜明けは始まると速い。
生まれたての日差しが室内に差し込まれる。
いつしか、柔らかい光に私達は包まれていた。
△▼△
「じゃあ、今度は東京でな」
朝食後、オカ研メンバーは一足先に別荘を発った。
というのも、彼らは真人さんの運転する車で月隠村へとやって来たからだ。
「君達も一緒に乗っけて帰りたいところだけど、席が足りないんだ。ごめんな」と真人さんは申し訳なさそうに言っていた。
けれど、私はこれでいいと思っている。
だって、美伽があんなこと言うから……。
『ま、自分の気持ちに素直になりなさい』
変に意識してしまい、真人さんとはまともに顔を合わせるのが難しくなってしまった。
△▼△
私と美伽が別荘を後にしたのは、10時過ぎであった。
バスとローカル線を乗り継いで、ようやく新幹線の停車駅である飯山に到着した。
新幹線は既にホームに停車していた。
乗り込むと、ひんやりと心地いい冷房が迎えてくれる。
ほどなくして、新幹線は発車した。
規則正しい単調な振動と、車内独特の匂いが眠気を誘う。
それらに加えて、夜通し起きていたせいだろう。私は呆気なく眠りの谷へと落ちてしまった。
△▼△
──夢を見た。
それはまるで、古ぼけたサイレントムービー。
粗末な着物を着た人々が鉈を手にし、殺し合っている。
その惨劇を傍観しているのは、黒い法衣のような衣装に身を包んでいる若い男。
濡れ色の黒髪と漆黒の瞳が目を引く。どこか女性的な艶かしさすら漂う妖しい美貌。
多くの者を虜にすると思われる容姿だ。
けれど、私は戦慄を覚える。
──眼だ。
一見すると魅力的な漆黒の瞳。
その双眸には等しく狂気の焔が宿り、燃え盛っている。
殺し合いをする者達。
1人、また1人と死んでいく。
その光景は、まさに、この世の地獄──。
目の前で繰り広げられている地獄を、男は満足そうな顔で見据えている。
形良い唇が優美に弧を描き、両端の口角を吊り上げられる。
酷薄──それでいて麗しい笑みを浮かべた。
場面は変わる。
現れたのは、きらめく水面。
池だ。ここは……あの屋敷の中庭──?
ほとりには、和服を着た若い男女の姿がある。
2人は静かに池を眺めている。
男性が女性の方に顔を向ける。
彼の姿を見た瞬間、私は衝撃を受けた。
男性の左半身が、ひどく爛れている。
あの亡霊と同じだ。
しかし、ピントがずれているようにおぼろ気だった顔がはっきりと見える。
もしかすると、あの亡霊の生前の姿なのかもしれない。
左顔面は体同様に爛れて崩れている。
それでも、目鼻立ちは整っていて、端正な造りの顔だ。
だからだろう。異形ではあるけれど、奇妙な美しさが備わっている。
女性も男性の方に顔を向けた。
思わず感嘆の息がこぼれてしまうくらいに綺麗な人だ。
黒地に牡丹柄の着物がよく似合っている。
大人びた顔立ちではあるけど、ほんのりとあどけなさが残っている。私と同じ年頃かもしれない。
なめらかな絹を思わせる、真っ直ぐ伸びた黒髪。
顔の右半分が垂らした髪で覆われていて、どこかミステリアスな印象を受ける。
そよ風になびき、艶やかで美しい黒髪がさらりと揺れた。
季節は春なのか。そよ風が桜に似た花びらを舞わせている。
穏やかな花吹雪の下で、2人は見つめ合う。
多分、2人は恋人同士なのだろう。
今の2人には、きっと互いのことしか見えてない。どちらも幸せそうだ。
ふと、新井さんが持ち出してきた、漆塗りのピルケースに籠められていた記憶が重なった。
──あれは、この男性の宝物だったんだ……。
──そこに、突風。
女性は弾かれたように、右顔面に垂らした髪を押さえようと手を持っていく。
──そこで、映像は途切れた。
不意に、美伽の顔が神妙なものになった。
彼女はどこかためらいがちに、
「……そういえばさ、凛が持つ超能力のこと……、真人先輩は知ってたみたいだね?」
「あ、うん……」
「というかさ、凛にそんなすごい力があるなんて知らなかった。……ちょっと悔しいの。あたしが知らないことを真人先輩が知ってたことが」
「美伽、私そんなつもりじゃ……!」
咄嗟に腰を浮かせる。
だけど、後に続く言葉を紡ぐことはできなかった。
過去視の能力は、美伽と出会った頃には消失していた。
だから、打ち明ける必要もなかった──
しかし、それを並べたところで言い訳じみている。
「わかってる。凛から話したわけじゃないんでしょ? 凛、時々明後日の方を見てたもんね。それを不思議に思った先輩が訊ねた」
「うん……」
「八つ当たりっぽかったよね、ごめん」
「ううん、私の方こそごめん。でも、私は美伽のこと、一番の友達って思ってるから」
きちんと座り直し、しっかりと美伽の目を見て言った。
美伽は少し照れ臭そうに、
「やだな、そんなこと言われなくてもわかってるってば。だからこそ、あの時、真っ先に駆けつけてくれたわけでしょ?」
「え?」
「ほら、床下から出てきた手に、あたしが引きずり込まれそうだった時。「俺の制止も聞かずに飛び出してった」って真人先輩が教えてくれたの。あの時は、ほんとありがとう、凛」
「友達なんだもの。当たり前じゃない」
ぎこちない空気になりかけていたけれど、それはすっかり払拭されたようだ。
わだかまりは消え、優しい空気で満たされる。
「……でも、強力なライバルの登場だなー」
美伽はベッドに腰を掛けたま、上体を倒して仰向けに寝そべった。
言っている意味がわからない。だから私は、呆けた顔で瞠目するしかないわけで。
「……えっと、本気で意味がわからないんだけど」
「もー、わかんない? 凛の一番の理解者はあたしだと思ってたのに、真人先輩っていう強力なライバルが出現したってこと」
「なっ、何よそれ……! だから、そんなんじゃないってば!」
私は抗議してみるものの、美伽はそれを無視して、
「先輩と付き合うことになっても、あたしのことを蔑ろにしないでよねー? じゃないと、美伽ちゃんは寂しくて死んじゃうんだから!」
美伽はガバッと起き上がると、くりっとした瞳をわずかに吊り上げて私を軽く睨む。口を尖らせ、わざとらしく怒った表情を作っているのが、子供っぽくてどこか可愛らしい。
顔がいいと、どんな表情も魅力的に見えてしまうから羨ましい限りだ。
「もう、勝手に話を進めないで! 付き合うとか、あり得ないから!」
「えー、テラスでかなりいいムードだったじゃん」
ドキッとなる。
まさか、指切りしているところを見られたのだろうか? 確かにあれを見られたら、勘違いされてもおかしくないかも……。
「それにさー、真人先輩ってば体を張って凛のこと助けたじゃん。あんなことされたら普通は惚れるでしょ」
美伽の口からは、指切りのことに関する発言は出てこなかった。
見られてなかったか。そのことにホッと安心を覚える。
──そうだ、真人さんは危険も顧みずに、私を助けてくれたんだ。
そして──
あの人は、過去の傷を癒してくれた。
よみがえるのは、抱き寄せられ、その胸にすがって泣きじゃくったこと。
すると、一瞬で顔が熱くなった。それこそ、火でも噴き出すんじゃ、というくらいに。
「ちょっと凛ってば、何赤くなってんの?」
「美伽が変なこと言うからでしょ!?」
美伽は満足そうに頷くと、小悪魔っぽくニッと笑い、
「ま、自分の気持ちに素直になりなさい」
「だから違うってば!」
夜明けは始まると速い。
生まれたての日差しが室内に差し込まれる。
いつしか、柔らかい光に私達は包まれていた。
△▼△
「じゃあ、今度は東京でな」
朝食後、オカ研メンバーは一足先に別荘を発った。
というのも、彼らは真人さんの運転する車で月隠村へとやって来たからだ。
「君達も一緒に乗っけて帰りたいところだけど、席が足りないんだ。ごめんな」と真人さんは申し訳なさそうに言っていた。
けれど、私はこれでいいと思っている。
だって、美伽があんなこと言うから……。
『ま、自分の気持ちに素直になりなさい』
変に意識してしまい、真人さんとはまともに顔を合わせるのが難しくなってしまった。
△▼△
私と美伽が別荘を後にしたのは、10時過ぎであった。
バスとローカル線を乗り継いで、ようやく新幹線の停車駅である飯山に到着した。
新幹線は既にホームに停車していた。
乗り込むと、ひんやりと心地いい冷房が迎えてくれる。
ほどなくして、新幹線は発車した。
規則正しい単調な振動と、車内独特の匂いが眠気を誘う。
それらに加えて、夜通し起きていたせいだろう。私は呆気なく眠りの谷へと落ちてしまった。
△▼△
──夢を見た。
それはまるで、古ぼけたサイレントムービー。
粗末な着物を着た人々が鉈を手にし、殺し合っている。
その惨劇を傍観しているのは、黒い法衣のような衣装に身を包んでいる若い男。
濡れ色の黒髪と漆黒の瞳が目を引く。どこか女性的な艶かしさすら漂う妖しい美貌。
多くの者を虜にすると思われる容姿だ。
けれど、私は戦慄を覚える。
──眼だ。
一見すると魅力的な漆黒の瞳。
その双眸には等しく狂気の焔が宿り、燃え盛っている。
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目の前で繰り広げられている地獄を、男は満足そうな顔で見据えている。
形良い唇が優美に弧を描き、両端の口角を吊り上げられる。
酷薄──それでいて麗しい笑みを浮かべた。
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男性が女性の方に顔を向ける。
彼の姿を見た瞬間、私は衝撃を受けた。
男性の左半身が、ひどく爛れている。
あの亡霊と同じだ。
しかし、ピントがずれているようにおぼろ気だった顔がはっきりと見える。
もしかすると、あの亡霊の生前の姿なのかもしれない。
左顔面は体同様に爛れて崩れている。
それでも、目鼻立ちは整っていて、端正な造りの顔だ。
だからだろう。異形ではあるけれど、奇妙な美しさが備わっている。
女性も男性の方に顔を向けた。
思わず感嘆の息がこぼれてしまうくらいに綺麗な人だ。
黒地に牡丹柄の着物がよく似合っている。
大人びた顔立ちではあるけど、ほんのりとあどけなさが残っている。私と同じ年頃かもしれない。
なめらかな絹を思わせる、真っ直ぐ伸びた黒髪。
顔の右半分が垂らした髪で覆われていて、どこかミステリアスな印象を受ける。
そよ風になびき、艶やかで美しい黒髪がさらりと揺れた。
季節は春なのか。そよ風が桜に似た花びらを舞わせている。
穏やかな花吹雪の下で、2人は見つめ合う。
多分、2人は恋人同士なのだろう。
今の2人には、きっと互いのことしか見えてない。どちらも幸せそうだ。
ふと、新井さんが持ち出してきた、漆塗りのピルケースに籠められていた記憶が重なった。
──あれは、この男性の宝物だったんだ……。
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