禁踏区

nami

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3章 呪い

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 ダイニングルームの方へ行くと、オカ研のメンバーは既に全員揃っていた。
 そこに私と美伽が加わり、食事は始まった。

 メインのハンバーグも、副菜のマカロニサラダもレトルトだけど、味噌汁だけは手作りだ。ちなみに未央さんが作ってくれた。独り暮らしをしているとかで、料理はそこそこできるとのことだ。

 雑談を交えながら、和やかに食事は進行していく。
 けれど、雑談に参加しない者が1人。新井さんだ。
 彼と私達の間には、埋めがたい溝ができてしまい、今や彼は完璧に孤立していた。

 真人さんと未央さんは無視こそしないけれど、必要がない限り関わらないという感じだ。
 そして美伽と柏原さんに至っては、完全無視を決め込んでいる。
 ……まあ、私もそうかもしれない。けど、険悪になる前からそれほど関わりがあったわけでもないから、これが自然体ではあると思う。

 孤立している新井さんだけど、本人はあまり気にしていないようだ。
 彼は食事中であるにもかかわらず、行儀悪くスマホをいじって、逆に私達のことを無視している。

 なんとなく居心地の悪さを感じていると、

「そうだ、皆……ああいや、食事中にする話じゃないか……」

「ちょっとマサやん、切り出しておいてそれはないんじゃないの?」

「そーそー。グロ系の話とかじゃないんならさ、言っちゃいなよ」

 オカ研女性メンバーに促された真人さんは、少々決まり悪そうにしつつも、ある提案をした。
 
「お祓い……ですか?」

「ああ。あんなにはっきりとした怪異に遭遇したんだ。その……もしかすると、何か憑いてきてるかもしれないだろ?」

「つ、憑いてきてるって……何が!?」

「…………浮幽霊……とか……」

 怯える美伽に、真人さんは申し訳なさそうな顔で、ぽつりと告げる。

「ええっ!? 大丈夫なんですか、それ!?」

「美伽ちゃん、落ち着いて。浮幽霊は自縛霊と違って、影響力はそれほど強くはない。放っておいても自然に離れていくことが多い」

 真人さんの説明を受け、美伽はいくらか安心したように強張らせていた表情を緩める。

「てかさー、自縛霊は強いの?」

「そうだな、自縛霊というのは字の通り、そこに縛られている霊のことだ。なんらかに執着して成仏できずにいる──その執着が強ければ強いほど、強い霊と考えていいだろう。強力だが、その土地から動くことができない。それが地縛霊の特徴だ」

「ふーん。……じゃあさ、最後に現れた……あの白い着物の奴は……? あれはやっぱり自縛霊?」

「自縛霊だろう。それも、相当に強い」

 様々な怪異から身を守ってくれた塩も、あの亡霊にだけは効果がなかった。それが何よりの証明である。
 
「…………彼の執着はなんなのかしら……?」

 未央さんが遠慮がちに口を挟んだ。新井さんを除き、皆は彼女に注目する。

「なんとなく、気にならない?」

 作家を志す未央さんらしい思考だと私は思った。
 しかし考えたところで、あの亡霊が囚われている執着などわかるはずもない。

 それよりも、あの亡霊による悪影響などが気になるところだ。
 真人さんに意見を求めてみる。

「正直なところわからない。それも引っくるめて、お祓いを受けた方がいいんじゃないかと思うわけだが」

 断る理由はなかった。私達は真人さんの提案を受け入れる。
 それでも1人だけ、拒否をする者がいた。

「俺、パス。めんどくせーし」

 新井さんだ。スマホの画面から目を離さずに、ぞんざいに切り捨てた。
 それでも真人さんは、諭すようにお祓いを受けることをすすめるが、

「しつけーな! 憑かれてんなら、具合が悪くなったりとか、肩が重くなったりとか、そういうのがあるだろ? けど、んなもんねーよ。お祓いなんざ、行くだけ無駄無駄」

「……そうか。だが、もし気が変わった時は連絡してくれ」

「はいはい。ああそうだ、俺、オカ研辞めっから」

「……わかった」


 △▼△


 山の夜は静かだ。
 それは滞在初日に知ったこと。
 けれど、それだけだった。
 耳が痛くなりそうな無音状態に軽く戸惑いはしたけれど、その静けさが、こうも不安を掻き立てることはなかった。

 ……今は何時頃だろうか?
 枕元のスマホに手を伸ばしかけるが、止めておく。
 時間を知ったところで、眠気が訪れるわけでもない。
 それどころか、余計に眠気が遠ざかる気がした。

 ベッド脇の小さな棚には、手乗りサイズのランタン型LEDライトが置かれている。
 これがあるおかげで、真の闇にならずに済んでいるというもの。

 胸に巣食う不安から逃れるように、寝返りを打った。
 ライトが置かれている棚を挟んだ向こう側のベッドには、美伽が横たわっている。
 彼女と目が合った。

「凛、眠れないの?」

「そういう美伽こそ」

 美伽は体を起こすと、私の方を向き、ベッドの上で膝を抱え込むようにして座った。
 
「なんかさ、ダメ。目つぶると、あの幽霊が浮かんじゃって……」

「そっか、美伽もなんだ」

「凛も?」

「うん……」

「無理もないよね。まさか、あんなにはっきりと幽霊が見えるなんて思わなかった……。ねえ、あたし達大丈夫だよね? あいつ、もう現れたりしないよね……?」

 美伽の声は震えていた。怯えの光を宿す瞳。それが揺らいでいる。
 私も起きて、美伽と向かい合うようにベッドに腰掛ける。

「大丈夫だよ。真人さんも言ってたじゃない。地縛霊は強力だけど、その土地に縛られているから、そこから動くことはできないって」

「そうだね。ごめん、なんか不安になっちゃって……」

「そんなのお互い様だよ」

 目は完全に冴えてしまった。これでは、もう眠れそうもない。
 それは美伽も同じらしく、だったら起きていようと部屋の明かりをつけた。

 雑談に興じていると、恐れや不安が少しずつ萎んでいくのを感じた。
 美伽の瞳に潜んでいた怯えが消えている。彼女の気分も紛れているようだ。
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