12 / 58
3章 呪い
2
しおりを挟む
都市伝説の調査も終わったということで、彼らは明日、東京に帰るそうだ。
私と美伽は、もう少し滞在する予定だったけど、あんな目に遭ったのだ。このまま滞在を続ける気にはとてもなれない。私達も明日、帰ることに決めた。
△▼△
曰くありげなトンネルの先にあった廃村らしき場所。そこに聳える巨大で禍々しい屋敷から無事戻ることができ、皆、心の底から安堵したことだろう。
別荘に戻ってきた時には、もう16時過ぎであった。
朝から別荘を出て、トンネルを発見したのもまだ午前中だった。
何時間もあんな気味の悪い場所にいたとは。今更ながらゾッとする。
わけのわからないまま脱出を果たした私達は、雨が降る山に揃って転がっていた。
当然、服は泥だらけだ。
戻って真っ先にしたことといえば、シャワーを浴びて着替えである。
さっぱりしたところで、途端に空腹が主張しだした。
無理もない。ずっと屋敷に閉じ込められていたせいで、昼御飯どころじゃなかったわけだから。
まあ、あの時はさすがに空腹を感じる余裕はなかったから、特に問題なかったけど……。
そんなわけで、少し早いけど、夕食にしようということになり、私達女性陣で準備をしている。
そして、その準備も完了した。
「凛、真人先輩呼んできてよ。テラスにいると思うから」
美伽がレトルトのマカロニサラダを皿に盛り付けながら言った。
美伽の言葉に従い、私はテラスへと向かう。
雨は止み、テラスには紫がかった蒼い薄闇に包まれている。
美伽が言った通り、真人さんはテラスにいた。
ちょうど背中を向ける形で立っているので、はっきりとはわからないけど、何かを持ってそれを眺めているようだ。
その背からは、哀しさのようなものが滲んでいるような気がした。
だからだろう。なんとなく、声を掛けるのがためらわれる。
「……ああ、凛ちゃんか」
気配を感じ取ったのか、真人さんが振り返った。
彼が手にしていたものは、あの手帳──新井さんが見つけたという鍵付きの手帳であった。
もしかして、それは──
ある可能性が浮かんだが、私なんかが気安く訊ねてもいいものか……。
そうやって躊躇していると、
「──これか。……兄貴のだったよ」
私の予想とピタリと重なる答えだった。
悲しげに笑んで、真人さんは手帳の隅を指す。
エンボス加工で“SUMITO.S”と控えめに記されている。
「漢字は、澄んだ人と書くんだ」
真人さんはお兄さん──澄人さんの名前を空中に書いてみせた。
そして彼は、テラスにぽつんと置かれている木製の2人掛けベンチに腰を下ろす。
少し歪なそのベンチは、美伽の叔父に当たる人が趣味で造ったものらしい。
『見た目はアレだけど、頑丈だから』と、美伽は苦笑してたっけ。
流れで私も真人さんの隣に腰を下ろす。
山特有の、ひんやりとした風が心地よく髪と肌を撫でる。かすかに潤った大地の匂いがした。
「……ずっと追い求めてたのに、こうして実際に痕跡を見つけると、複雑な気分だ」
なんと返していいかわからない。言葉にすると、ひどく白々しい気がした。
なので、私は小さく頷くことで応える。
「……兄貴のこと、聞いてくれる?」
「えっと……、私でよければ」
真人さんは、誰かに話すことで心の整理をしようとしているのかもしれない。
「“名は体を表す”って言葉があるけど、まさに、その通りだったよ。澄んだ心を持った人だった」
なんとなくわかる気がした。
霊感があることを恐れる一方で、それを他人のために役立てたいと考えていた人だ。
多分、そうなるきっかけはあったのかもしれない。
でも、そうだとしても、相当な覚悟と勇気が必要だったことだろう。
「俺とは15も歳が離れてたんだ。こんだけ離れてるとさ、兄弟喧嘩も起きないんだよ。今思うと、兄貴というよりも、親父が2人いるような感じだったな」
どれだけお兄さんのことを慕っていたのかは、真人さんのこの穏やかな表情を見ればわかる。
そんな彼を見ていると、私も優しい気持ちになってくるから不思議だ。
そして、少し羨ましいとも思う。私は一人っ子だから……。
──不意に、真人さんの表情が翳る。
「……兄貴は、この手帳を肌身離さず持ち歩いていた。それが、あんなところにあったということは……多分、もう……」
真人さんの瞳が揺らぐ。
はっきりと口にしてしまえば、悲しみに呑まれると思ったのか。消え入るように言葉を止めた。
彼は目元を数秒ほど指で押さえる。
溢れてきた涙を押し返しているように見えた。
指を離す。
眼は赤いけれど、涙は溢れてくることはなかった。
「──皮肉なもんだ。兄貴が姿を消したのは23の時だった。それをようやく、同じ歳になった弟が、その手掛かりを発見するだなんて」
「えっ?」
思わず声に出してしまった。
真人さんは、いくらか決まり悪そうに頭を掻き、
「そのなんだ……俺、一浪して、今年留年してるんだよ。言い訳にもならないけど、兄貴を捜すのにかまけて、学業の方が疎かになったっていうか……」
なるほど。そういうことか。
ばつが悪そうに弁明する真人さんが、ちょっぴり可愛く思えてしまった(失礼かな?)。
だからだろう。口角が自然に上がる。
……あっと、さすがに笑ったらダメよね。
持ち上がった口角は、すぐさま元の位置に戻した。
「……このこと、他の連中は知らなかったりするんだ。別に隠すことでもないんだけど、秘密にしてくれたら嬉しい」
「わかりました」
「じゃあ、指切り」
真人さんが小指を差し出す。
心臓が高鳴った。
ドキドキしながら、私も小指を差し出した。
小指と小指が結び付く。
真人さんの手(というか指だけど)は、温かかった。
顔が熱い……。
きっと、真っ赤になってることだろう。
どうか……どうか……
夕闇が隠していてくれますように──
ささやかな約束の儀式が終わり、互いの小指が離れる。
「もしバラしたら、針千本だからな?」
軽く、それでいてイタズラっぽく、真人さんが睨みつけてくる。
「もう、わかってますってば」
赤面していることはバレてないようだ。
内心でホッと息を吐く。
真人さんの表情は柔らかい。先ほどまで落ちていた哀しみの影が薄らいだように感じる。
話す、ということで少しは落ち着いたのだろうか?
でも、澄人さんその人はまだ見つかってない。
真人さんは、これからどうするんだろう……。
力になりたい。
私の過去を見る力──過去視が役に立つかもしれない。
そんなことを考えている私に驚いた。
あんなに嫌だった能力だったのに……。
そして思った。
澄人さんもこんな風に、自身の力を役立てたいと考えたんじゃないだろうか。
「ちょっと凛ってば! 真人先輩呼んできてって言ったのに、こんなところで落ち着いちゃってー」
バンッとテラスと室内を繋ぐドアが開いたと思ったら、形良い眉を吊り上げた美伽から叱られた。
いけない、そうだった!
慌てて私は立ち上がる。
「……えーと真人さん、晩御飯です」
「あ、俺を呼びに来たのか。美伽ちゃん、俺が引き留めたようなもんだから、あまり凛ちゃんを責めないでやってくれ」
真人さんは手帳を部屋に置いてくると言って、先に行ってしまった。
何やら美伽がニヤニヤしている。
「……えーと、何?」
「ううん、別に。ただ、凛さんにもモテ期が来たのかーってね♪」
「そっ、そんなんじゃ……!」
「またまたー。真人先輩のこと、いつの間にか名前で呼んでるじゃん」
「あれは、名前で呼んでくれると嬉しいって言われたから……」
「本当にそれだけ~?」
「そうだよ! ほら、私達も早く行こ? 御飯、冷めちゃうよ」
こうなった美伽は手に負えない。
強引に打ち切って、私は一足早くテラスを出た。
私と美伽は、もう少し滞在する予定だったけど、あんな目に遭ったのだ。このまま滞在を続ける気にはとてもなれない。私達も明日、帰ることに決めた。
△▼△
曰くありげなトンネルの先にあった廃村らしき場所。そこに聳える巨大で禍々しい屋敷から無事戻ることができ、皆、心の底から安堵したことだろう。
別荘に戻ってきた時には、もう16時過ぎであった。
朝から別荘を出て、トンネルを発見したのもまだ午前中だった。
何時間もあんな気味の悪い場所にいたとは。今更ながらゾッとする。
わけのわからないまま脱出を果たした私達は、雨が降る山に揃って転がっていた。
当然、服は泥だらけだ。
戻って真っ先にしたことといえば、シャワーを浴びて着替えである。
さっぱりしたところで、途端に空腹が主張しだした。
無理もない。ずっと屋敷に閉じ込められていたせいで、昼御飯どころじゃなかったわけだから。
まあ、あの時はさすがに空腹を感じる余裕はなかったから、特に問題なかったけど……。
そんなわけで、少し早いけど、夕食にしようということになり、私達女性陣で準備をしている。
そして、その準備も完了した。
「凛、真人先輩呼んできてよ。テラスにいると思うから」
美伽がレトルトのマカロニサラダを皿に盛り付けながら言った。
美伽の言葉に従い、私はテラスへと向かう。
雨は止み、テラスには紫がかった蒼い薄闇に包まれている。
美伽が言った通り、真人さんはテラスにいた。
ちょうど背中を向ける形で立っているので、はっきりとはわからないけど、何かを持ってそれを眺めているようだ。
その背からは、哀しさのようなものが滲んでいるような気がした。
だからだろう。なんとなく、声を掛けるのがためらわれる。
「……ああ、凛ちゃんか」
気配を感じ取ったのか、真人さんが振り返った。
彼が手にしていたものは、あの手帳──新井さんが見つけたという鍵付きの手帳であった。
もしかして、それは──
ある可能性が浮かんだが、私なんかが気安く訊ねてもいいものか……。
そうやって躊躇していると、
「──これか。……兄貴のだったよ」
私の予想とピタリと重なる答えだった。
悲しげに笑んで、真人さんは手帳の隅を指す。
エンボス加工で“SUMITO.S”と控えめに記されている。
「漢字は、澄んだ人と書くんだ」
真人さんはお兄さん──澄人さんの名前を空中に書いてみせた。
そして彼は、テラスにぽつんと置かれている木製の2人掛けベンチに腰を下ろす。
少し歪なそのベンチは、美伽の叔父に当たる人が趣味で造ったものらしい。
『見た目はアレだけど、頑丈だから』と、美伽は苦笑してたっけ。
流れで私も真人さんの隣に腰を下ろす。
山特有の、ひんやりとした風が心地よく髪と肌を撫でる。かすかに潤った大地の匂いがした。
「……ずっと追い求めてたのに、こうして実際に痕跡を見つけると、複雑な気分だ」
なんと返していいかわからない。言葉にすると、ひどく白々しい気がした。
なので、私は小さく頷くことで応える。
「……兄貴のこと、聞いてくれる?」
「えっと……、私でよければ」
真人さんは、誰かに話すことで心の整理をしようとしているのかもしれない。
「“名は体を表す”って言葉があるけど、まさに、その通りだったよ。澄んだ心を持った人だった」
なんとなくわかる気がした。
霊感があることを恐れる一方で、それを他人のために役立てたいと考えていた人だ。
多分、そうなるきっかけはあったのかもしれない。
でも、そうだとしても、相当な覚悟と勇気が必要だったことだろう。
「俺とは15も歳が離れてたんだ。こんだけ離れてるとさ、兄弟喧嘩も起きないんだよ。今思うと、兄貴というよりも、親父が2人いるような感じだったな」
どれだけお兄さんのことを慕っていたのかは、真人さんのこの穏やかな表情を見ればわかる。
そんな彼を見ていると、私も優しい気持ちになってくるから不思議だ。
そして、少し羨ましいとも思う。私は一人っ子だから……。
──不意に、真人さんの表情が翳る。
「……兄貴は、この手帳を肌身離さず持ち歩いていた。それが、あんなところにあったということは……多分、もう……」
真人さんの瞳が揺らぐ。
はっきりと口にしてしまえば、悲しみに呑まれると思ったのか。消え入るように言葉を止めた。
彼は目元を数秒ほど指で押さえる。
溢れてきた涙を押し返しているように見えた。
指を離す。
眼は赤いけれど、涙は溢れてくることはなかった。
「──皮肉なもんだ。兄貴が姿を消したのは23の時だった。それをようやく、同じ歳になった弟が、その手掛かりを発見するだなんて」
「えっ?」
思わず声に出してしまった。
真人さんは、いくらか決まり悪そうに頭を掻き、
「そのなんだ……俺、一浪して、今年留年してるんだよ。言い訳にもならないけど、兄貴を捜すのにかまけて、学業の方が疎かになったっていうか……」
なるほど。そういうことか。
ばつが悪そうに弁明する真人さんが、ちょっぴり可愛く思えてしまった(失礼かな?)。
だからだろう。口角が自然に上がる。
……あっと、さすがに笑ったらダメよね。
持ち上がった口角は、すぐさま元の位置に戻した。
「……このこと、他の連中は知らなかったりするんだ。別に隠すことでもないんだけど、秘密にしてくれたら嬉しい」
「わかりました」
「じゃあ、指切り」
真人さんが小指を差し出す。
心臓が高鳴った。
ドキドキしながら、私も小指を差し出した。
小指と小指が結び付く。
真人さんの手(というか指だけど)は、温かかった。
顔が熱い……。
きっと、真っ赤になってることだろう。
どうか……どうか……
夕闇が隠していてくれますように──
ささやかな約束の儀式が終わり、互いの小指が離れる。
「もしバラしたら、針千本だからな?」
軽く、それでいてイタズラっぽく、真人さんが睨みつけてくる。
「もう、わかってますってば」
赤面していることはバレてないようだ。
内心でホッと息を吐く。
真人さんの表情は柔らかい。先ほどまで落ちていた哀しみの影が薄らいだように感じる。
話す、ということで少しは落ち着いたのだろうか?
でも、澄人さんその人はまだ見つかってない。
真人さんは、これからどうするんだろう……。
力になりたい。
私の過去を見る力──過去視が役に立つかもしれない。
そんなことを考えている私に驚いた。
あんなに嫌だった能力だったのに……。
そして思った。
澄人さんもこんな風に、自身の力を役立てたいと考えたんじゃないだろうか。
「ちょっと凛ってば! 真人先輩呼んできてって言ったのに、こんなところで落ち着いちゃってー」
バンッとテラスと室内を繋ぐドアが開いたと思ったら、形良い眉を吊り上げた美伽から叱られた。
いけない、そうだった!
慌てて私は立ち上がる。
「……えーと真人さん、晩御飯です」
「あ、俺を呼びに来たのか。美伽ちゃん、俺が引き留めたようなもんだから、あまり凛ちゃんを責めないでやってくれ」
真人さんは手帳を部屋に置いてくると言って、先に行ってしまった。
何やら美伽がニヤニヤしている。
「……えーと、何?」
「ううん、別に。ただ、凛さんにもモテ期が来たのかーってね♪」
「そっ、そんなんじゃ……!」
「またまたー。真人先輩のこと、いつの間にか名前で呼んでるじゃん」
「あれは、名前で呼んでくれると嬉しいって言われたから……」
「本当にそれだけ~?」
「そうだよ! ほら、私達も早く行こ? 御飯、冷めちゃうよ」
こうなった美伽は手に負えない。
強引に打ち切って、私は一足早くテラスを出た。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる