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2章 噂の屋敷
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「はァ? あんな奴、ほっときゃいいよ!」
「そういうわけにもいきませんよ、ヨシノ先輩」
「アンタねぇ、見殺しにされたんだよ? どうしてそんな簡単に許せるわけ?」
「別に許してませんよ。ヒロ先輩のことは、思いッきりぶん殴りたいくらいにムカついてます! でも、ここであの人を見捨てて、もしものことがあったりしたら、あたし達、一生それを引きずることになると思うんですよ」
「ん……それは、まあ……」
「早くヒロと合流して出口を見つけよう。ここは、洒落にならないくらいに危険な場所だ」
「ねえ凛、手……繋いでもいい?」
「もちろん」
手を差し出すと、美伽はしっかりと手を握ってきた。
その手は、ひどく冷たくなっていた。ほっそりとしたきれいな指は、可哀想なくらいに震えている。
美伽の顔は蒼白だ。あんな目に遭ったのだから無理もない。
少しでも恐怖が薄れますように。そう込めて、私はギュッと握り返す。
△▼△
さすらっていると、私達の前に簡素な扉が現れた。
取っ手を押してみると、扉はなんの抵抗もなく開いた。
開けた瞬間、目にチカチカする痛みが走る。
屋外へと通じていたからだ。
前方に見えるのは池。
ここは、あの渡り廊下のような道から望むことができた中庭であった。
実際に立ってみると、かなりの広さだ。
「見て、あっちにも建物があるわ。離れ……かしら」
未央さんは池の奥にひっそりと立つ建物を指した。
一応、捜してみた方がいいだろうと、私達はそこに向かう。
離れ家へ行くには、池に掛けられている橋を渡らなければならない。
池に近づいた時だ。
──え……?
一瞬だけ、ほとりに、寄り添うようにしてたたずむ2人の人影が見えたような気がした。
「どうしたの、凛?」
「今、そこに人影みたいなものが……」
「も、もしかして、ヒロ先輩が言ってた幽霊……?」
「多分違うと思う。というか、気のせいだったみたい。怖がらせてごめん、美伽」
もし、本当に見えたのだとしても、あれは新井さんが言っていたものとは違うだろう。
嫌な感じがしなかった。それどころか、どこか温かい感じすらした。
──瞬間、電流みたいなものが体を駆け巡った。
あれだ。
あの時の夢──!
最後に見えた、意味不明の映像。
その中に、水際にたたずむ和服姿の男女が見えた。
今のは、あれに似ている。
──ということは……
深淵に落ちていくような感覚に襲われた。
あの、左半身が爛れた白い着物の男も、いつか現れる──?
内心の不安を悟られないようにして、橋を渡っていく。
池は淀み、不浄な色をしている。そのせいで、底が全く見えない。
もしかすると、かなりの深さがあるのかもしれないが。
離れ家にたどり着いた。
母屋に比べると規模は小さいが、それでも充分に広そうだ。
「なんだ……ここは……」
真人さんは呻くように呟く。
長い廊下。
その一定の距離ごとに設けられているのは、錠前が付いた格子戸だ。それらは、見るからに頑丈そうな木材を組んで作られている。
「奥にあるのは、牢……なのかしら?」
錠前が付いてはいるが、施錠はされていない。
開ける度に軋む音が、どうしようもなく不安を掻き立てる。
開けた格子戸は閉めたりはせず、開きっぱなしにして進む。
そうしないと、閉塞感で押し潰されそうになる。
最深部には、屈まないと通れないほどの小さな扉。
やはりというか、ここも錠前が付いている。
入ってみようとした時だ。
独りでに扉がいたかと思えば、強烈な光を当てられた。
目が眩み、光から逃れようと顔を背ける。
「うわ、なんだ、お前らか……」
新井さんであった。鉢合わせたことに驚いている。
「ヒロッ!」
静寂の空間に、乾いた音が鳴り響いた。
問答無用に、柏原さんが強烈な平手打ちを新井さんに食らわせたのだ。
「ッてーな! 何すんだよッ!?」
「美伽に謝れよッ!」
新井さんは自分がしたことの重さに気づいたらしく、怯えたような目で美伽を見る。
美伽は、冷やかな眼差しで新井さんを見据えている。美伽だけではない。私を含め、全員冷えた視線を新井さんに向けている。
「ヒロ、俺がなんのために塩を渡したかわかっているのか? 今回は間に合ったからよかったものの、仲間を失っていたかもしれないんだぞ?」
「──ッ! ごめん、美伽ッ! ほんと、悪かったッ!」
新井さんは美伽に向かって、勢いよく頭を下げた。
けれど、美伽の眼差しから冷ややかさは消えない。
「……ヒロ先輩に再会したら、思いっきり殴ってやろうかと思ってましたけど、ヨシノ先輩が代わりにしてくれましたから、もういいです。でも、あなたのこと、許したわけじゃありませんから」
美伽の声音は、ひどく冷たかった。
新井さんは悔恨の情にかられたのか、がっくりと項垂れる。
「……さて、ヒロくんも見つかったことだし、行きましょうか?」
「そうだな。ヒロ、そこの部屋は調べ終わったんだろ? どうだった?」
「ここで行き止まりだよ。あ、そういやこんなのが落ちてた。鍵が掛かってて開かねーけど」
新井さんが差し出してきたのは、よく使い込まれた革製カバーの手帳だ。
受け取った真人さんは様々な角度から手帳を調べる。
そして──
「!」
明らかに顔色が変わった。
「どしたの?」
「ああ、いや……。簡単には開きそうにないみたいだ。とりあえず持っていこう」
手帳をデイバッグにしまうと、私達は引き返す。
長い廊下に設けられている錠前付きの格子戸は、全部で6つ。
その3つ目を通りすぎた。
「そういうわけにもいきませんよ、ヨシノ先輩」
「アンタねぇ、見殺しにされたんだよ? どうしてそんな簡単に許せるわけ?」
「別に許してませんよ。ヒロ先輩のことは、思いッきりぶん殴りたいくらいにムカついてます! でも、ここであの人を見捨てて、もしものことがあったりしたら、あたし達、一生それを引きずることになると思うんですよ」
「ん……それは、まあ……」
「早くヒロと合流して出口を見つけよう。ここは、洒落にならないくらいに危険な場所だ」
「ねえ凛、手……繋いでもいい?」
「もちろん」
手を差し出すと、美伽はしっかりと手を握ってきた。
その手は、ひどく冷たくなっていた。ほっそりとしたきれいな指は、可哀想なくらいに震えている。
美伽の顔は蒼白だ。あんな目に遭ったのだから無理もない。
少しでも恐怖が薄れますように。そう込めて、私はギュッと握り返す。
△▼△
さすらっていると、私達の前に簡素な扉が現れた。
取っ手を押してみると、扉はなんの抵抗もなく開いた。
開けた瞬間、目にチカチカする痛みが走る。
屋外へと通じていたからだ。
前方に見えるのは池。
ここは、あの渡り廊下のような道から望むことができた中庭であった。
実際に立ってみると、かなりの広さだ。
「見て、あっちにも建物があるわ。離れ……かしら」
未央さんは池の奥にひっそりと立つ建物を指した。
一応、捜してみた方がいいだろうと、私達はそこに向かう。
離れ家へ行くには、池に掛けられている橋を渡らなければならない。
池に近づいた時だ。
──え……?
一瞬だけ、ほとりに、寄り添うようにしてたたずむ2人の人影が見えたような気がした。
「どうしたの、凛?」
「今、そこに人影みたいなものが……」
「も、もしかして、ヒロ先輩が言ってた幽霊……?」
「多分違うと思う。というか、気のせいだったみたい。怖がらせてごめん、美伽」
もし、本当に見えたのだとしても、あれは新井さんが言っていたものとは違うだろう。
嫌な感じがしなかった。それどころか、どこか温かい感じすらした。
──瞬間、電流みたいなものが体を駆け巡った。
あれだ。
あの時の夢──!
最後に見えた、意味不明の映像。
その中に、水際にたたずむ和服姿の男女が見えた。
今のは、あれに似ている。
──ということは……
深淵に落ちていくような感覚に襲われた。
あの、左半身が爛れた白い着物の男も、いつか現れる──?
内心の不安を悟られないようにして、橋を渡っていく。
池は淀み、不浄な色をしている。そのせいで、底が全く見えない。
もしかすると、かなりの深さがあるのかもしれないが。
離れ家にたどり着いた。
母屋に比べると規模は小さいが、それでも充分に広そうだ。
「なんだ……ここは……」
真人さんは呻くように呟く。
長い廊下。
その一定の距離ごとに設けられているのは、錠前が付いた格子戸だ。それらは、見るからに頑丈そうな木材を組んで作られている。
「奥にあるのは、牢……なのかしら?」
錠前が付いてはいるが、施錠はされていない。
開ける度に軋む音が、どうしようもなく不安を掻き立てる。
開けた格子戸は閉めたりはせず、開きっぱなしにして進む。
そうしないと、閉塞感で押し潰されそうになる。
最深部には、屈まないと通れないほどの小さな扉。
やはりというか、ここも錠前が付いている。
入ってみようとした時だ。
独りでに扉がいたかと思えば、強烈な光を当てられた。
目が眩み、光から逃れようと顔を背ける。
「うわ、なんだ、お前らか……」
新井さんであった。鉢合わせたことに驚いている。
「ヒロッ!」
静寂の空間に、乾いた音が鳴り響いた。
問答無用に、柏原さんが強烈な平手打ちを新井さんに食らわせたのだ。
「ッてーな! 何すんだよッ!?」
「美伽に謝れよッ!」
新井さんは自分がしたことの重さに気づいたらしく、怯えたような目で美伽を見る。
美伽は、冷やかな眼差しで新井さんを見据えている。美伽だけではない。私を含め、全員冷えた視線を新井さんに向けている。
「ヒロ、俺がなんのために塩を渡したかわかっているのか? 今回は間に合ったからよかったものの、仲間を失っていたかもしれないんだぞ?」
「──ッ! ごめん、美伽ッ! ほんと、悪かったッ!」
新井さんは美伽に向かって、勢いよく頭を下げた。
けれど、美伽の眼差しから冷ややかさは消えない。
「……ヒロ先輩に再会したら、思いっきり殴ってやろうかと思ってましたけど、ヨシノ先輩が代わりにしてくれましたから、もういいです。でも、あなたのこと、許したわけじゃありませんから」
美伽の声音は、ひどく冷たかった。
新井さんは悔恨の情にかられたのか、がっくりと項垂れる。
「……さて、ヒロくんも見つかったことだし、行きましょうか?」
「そうだな。ヒロ、そこの部屋は調べ終わったんだろ? どうだった?」
「ここで行き止まりだよ。あ、そういやこんなのが落ちてた。鍵が掛かってて開かねーけど」
新井さんが差し出してきたのは、よく使い込まれた革製カバーの手帳だ。
受け取った真人さんは様々な角度から手帳を調べる。
そして──
「!」
明らかに顔色が変わった。
「どしたの?」
「ああ、いや……。簡単には開きそうにないみたいだ。とりあえず持っていこう」
手帳をデイバッグにしまうと、私達は引き返す。
長い廊下に設けられている錠前付きの格子戸は、全部で6つ。
その3つ目を通りすぎた。
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