禁踏区

nami

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2章 噂の屋敷

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啓太とはぐれた。
どうしよう?何度もLINEしてるのにどうして返事がないの?
怖い、もうやだ。
どうしてあたしがこんな目に遭わなきゃいけないの?
こんなとこ来るんじゃなかった。止めとけばよかった。
何もかも啓太のせいだ。
ううん、あたしだって悪いんだ。
あんな子、無視すればよかった。
そうすれば、ここを見つけることもなかったのに。


どうしよう、電池の残量が10%を切った。
電池が切れたら何もかもおしまいだ。
明かりだって他にない。
でもこうやって何か書いてないと気が変になりそう。


白い着物の男を見た。
でもこんな廃屋に人がいるわけない。
気味が悪い。きっと幽霊だ。怖い。
でも私に気づいてないみたいだ。
とりあえず逃げ切ることができた。
啓太からのLINEはやっぱりない。


またあの幽霊だ。
何かを探しているように見える。
もしかして、啓太はあの幽霊に殺されたの?
だとしたら、私のことを探している?
嫌だ嫌だ嫌だ。怖い。助けて助けて。
 
 
電池はとうとう残り1%



 ……ここで日記は終わっていた。

 日記の日付は、2年前の8月14日。
 彼らも夏休みを利用して、ここへやって来たらしい。

 文面は絶望一色であった。
 私は正直、読まなければよかったと後悔する。
 
「……香奈さんも、あの子に会ったんだ……」
 
「凛ちゃんが見たという男の子か……。確か、その子が呼び掛けてきたから、あのトンネルを見つけることができたんだっけ? ……だとしたら、その男の子は、手当たり次第に誘い込んでいるということか……?」
 
「どうなんでしょう。……悪意のようなものは、特に感じませんでしたけど……」
 
 延々と考えたところでわかるはずもない。
 あの男の子のことは、ひとまず置いておくことにする。
 
「“白い着物の男”か……。ヒロが見たというのも、こいつのことかな……?」

 真人さんは呟いた。


 白い着物の男──


 いつか見た夢を思い出してしまった。
 あの夢に出てきたのも、白い着物の男だった。


「……まさか、ね……」

「どうした? 何か思い当たることでも?」

「いえ……少し前に見た夢にも、そういう男が現れて……」

「夢か……。何か意味があるのだろうか……」

「単なる夢です。今のは、忘れてください」

 私は日記の最後に目をやる。

 
 とうとう切れてしまったスマホの電池。そして、それを落としたわけだけど……
 
 香奈さんは、この後どうなったんだろう──?
 
 
 一度嫌なことを考えると、どんどん深みにはまっていく。
 今度は、書斎のような部屋で見えた過去を思い出してしまった。


 一心不乱に書架を漁っていた男性──


 ……あれは、誰なんだろう。

 そして、彼は言っていた。


『早くしないと“呪い”が完成してしまう……!』


 …………これは、どういうことなの?
 この屋敷で、一体何があったというの──?



「──凛ちゃん?」

 心配そうに、真人さんが覗き込んでくる。

「あ、ごめんなさい」

 真人さんの顔を見て、何かが重なった。

 ──似ている。
 最初は雰囲気が、と思っていたけど、よく見ると、あの男性と真人さんは、目元がよく似ていることに気づいた。

 なんとなくそのことを話すと、真人さんは過剰な反応をみせた。

「それは本当か!?」

 勢いよく両肩を掴まれる。

「ま、真人さん……?」

「ああ、ごめん。……もしかしたらその人は、兄貴かもしれないと思って……」

 話が見えない。
 なんと言っていいかわからず無言でいると、真人さんは語り始めた。
 
「俺の兄貴は、15年前から行方不明になっているんだ。俺が月隠村に来た本当の理由は兄貴を捜すため。オカ研は俺が立ち上げた非公式サークルなんだけど、それも全て兄貴を捜すためだ。オカルトに関わるものを追っていけば、いずれ兄貴にたどり着くかもしれないと思ってな」

 そう聞かされても、私はあまり驚かなかった。
 真人さんが見せていた調査への執着が理解できたので、むしろ、合点がいった思いだ。

 けれど、わからない。
 確かに真人さんのお兄さんは霊感が強いと言っていたけど、それとこれとが、どうやって結び付くというんだろう。
 
 そんな私の疑問を見透かしたように、真人さんは言葉を続ける。

「兄貴は霊感があることを隠していたけど、いつの頃か、兄貴はその力を他人のために使うようになったんだ」

「いわゆる、霊能者になったんですか?」

「いや……そういうのとは違うな。そうだな……どちらかというと探偵業に近いかもしれない。心霊現象専門の探偵だ。よく“神隠し”に遭ったとされる人物の捜索を依頼されていたみたいなんだけど、その調査中に自分も神隠しに……って、なんか漫画みたいだな。自分で言ってて、すげー嘘臭い」

 真人さんは苦笑する。
 そして遠い目をして、

「それにしても、あれから15年も経っちまったのか……。きついよな、生死も不明のまま時間だけが過ぎていくんだ。こういう中途半端な状態がさ、どうしようもなく辛いんだよ……」

「真人さん……」

「ごめん、今は個人的な事情で感傷に浸ってる場合じゃないよな。ここは、俺達が考えている以上に危ない。早く脱出しないと」
 
 早急に4人と合流しなければ。
 私達は歩調を早める。
 
 
 
 その時、私と真人さんのスマホが同時に鳴った。
 柏原さんからのラインだ。
 
 ──────────
 助けて
 床下から手が出てきた
 ミカが捕まった
 ──────────
 
「美伽が!?」
 
 私は我を忘れて駆け出す。
 後ろから真人さんの制止する声がした。
 だけど、私はそれを無視して駆け続ける。
 

 美伽!
 美伽!
 美伽!


 スマホの簡易ライトを頼りに、私はひたすらに走る。


 香奈さんの過去で見た、壁から生えた不気味な腕──
 それが、とうとう私達の前にも現れたんだ。


 ──そして、美伽を襲った。


 冗談じゃない、美伽は絶対に助けてみせる!



 縦横じゅうおうに広がる廊下。
 どこをどう行けば皆のところにたどり着くかわからない。
 だけど、迷っている暇なんてない。私は直感を信じて進む。

 静まり返る空間には、私の駆ける音と、乱れた呼吸が響くだけ。

 勝手に駆け出してしまったせいだ。
 真人さんとははぐれてしまった。
 だけど、それを後悔したり反省するのは後回しだ。
 今はなんとしても、美伽達のところに行かなきゃ!


 右に曲がり、左に曲がり、ひたすら進み……
 そして──

 複数の女性の悲鳴らしきものが聴こえるようになった。
 きっと、美伽達だ!

 それを頼りに私は走る。
 ずっと走っているから、脇腹が痛い。でも、立ち止まるわけにはいかない。



「美伽ッ!」

 角を曲がると、ようやく見つけることができた。

 床に空いた穴。
 そこから伸びているのは、土気色つちけいろをした不気味な腕。
 それが、美伽の太もも辺りに巻き付くようにしてしがみついていた。

 土気色の腕は、穴に美伽を引きずり込もうとしている。
 そうはさせまいと、未央さんと柏原さんが必死に美伽を引っ張っている。
 ──なぜか、新井さんの姿は見当たらなかった。

 加勢しようと、私も駆け寄る。


 それなのに、邪魔するようにして過去の世界へとさらわれてしまった。


 床に空いた穴。──今、美伽に絡みつく腕が伸びている穴だ。
 その近くを通りすぎようとしているのは、香奈さんの恋人の──啓太さん?

 突然、穴から腕が出てきたかと思うと、しっかりと啓太さんの足首を捕らえた。
 啓太さんは前のめりに勢いよく転倒する。

『うわああッ!? なんだよ、これ!?』

 腕は、啓太さんを穴へと引きずり込もうとする。
 引きずり込まれまいと、啓太さんは必死に抵抗する。
 しかし、腕の力はよほど強いのか、啓太さんの体は徐々に穴へと吸い込まれていく。
 それでも啓太さんは床に爪を立てて抗う。

『嫌だ嫌だ嫌だ! 助けてくれ、香奈ーッ!』

 何枚かの爪が剥がれた。
 目を覆いたくなる光景だ。

 必死の抵抗もむなしく、啓太さんは穴へと引きずり込まれてしまった。



 でも、それで終わりじゃない。


 メリッ……!

   ゴキッ……!

  バキッ……!

    メリッ……!


 何かを捩りあげ、砕くような音。


 そして──


 ブシュッ……!


 穴から噴き上がったのは、真っ赤な液体──



 ここで、現在へと戻された。


 そんな、啓太さんはここで──!?
 吐き気が込み上げてきた。



「いやああッ!」

 美伽の悲鳴で我に返る。
 呆けている場合じゃない!
 
「美伽ッ!」

 私は飛び付くように美伽の腕を取ると、力を込めて引っ張る。
 突然、私が割り込んだからだろう。未央さんと柏原さんから驚いたような顔を向けられた。

 女の力とはいえ3人も集まれば、それなりの力になるはずだ。
 けれど、美伽を引っ張りあげることはできない。
 それどころか、じりじりと美伽は穴に引きずり込まれつつある。

「──そうだ、塩! 塩はどこですか!?」

 塩はあらゆる霊に効く。真人さんはそう言っていた。
 だったら、それをあの腕に振りかけてやれば──!

「ないんだよ! ヒロのバカが持ってるから!」

 なんてことだ。
 その新井さんはどこにいるのかと疑問が湧いたが、今は無駄口を叩いている余裕はない。

 絶対に助けてみせる!

 それなのに現実は残酷だ。
 美伽の体はすっぽりと穴に沈んでしまった。
 もう、地上に出ているのは腕だけだ。


 もう……だめだ──!


 心が折れそうになってしまった時だ。

「美伽ちゃん、目を瞑ってくれ!」

 真人さんが現れた。塩を一掴みにして美伽に撒く。
 するとフッと軽くなり、あっさりと美伽を引き上げることができるようになった。

「凛! 怖かったよぉ……!」

「うん、うん。よかった、本当によかった。美伽が無事で……!」

 飛び込んできた美伽を、私はしっかりと受け止める。そして、強く強く抱きしめた。
 
 美伽の華奢な体越しに見えるのは、さっきまで腕が伸びていた穴。
 
 
 啓太さんだったものは、今もあの中に──?
 
 
 改めてよく見ると、周りの壁や床は赤黒い染みが大量に付着している。
 
 そして床には、何かを引っ掻いたような跡──必死の爪痕が生々しく残っていた。
 剥がれた爪が残っていなかったのがせめてもの救いだ。

「ほんと、どうなるかと思ったわ……」

 張り詰めていた気が緩んだのか、未央さんはその場にへたり込む。

「ヒロはどうしたんだ?」

「あの野郎、ビビって逃げやがったよッ! うちらを見捨ててッ!」
 
「なんて奴だ……!」

 真人さんの表情が険しくなる。
 3人を守れ、と託したのに、期待を裏切られたのだから無理もない。
 私の中にも、胸が悪くなるような怒りが沸き上がる。

「……とにかく、ヒロを捜そう」
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