8 / 58
2章 噂の屋敷
5
しおりを挟む
啓太とはぐれた。
どうしよう?何度もLINEしてるのにどうして返事がないの?
怖い、もうやだ。
どうしてあたしがこんな目に遭わなきゃいけないの?
こんなとこ来るんじゃなかった。止めとけばよかった。
何もかも啓太のせいだ。
ううん、あたしだって悪いんだ。
あんな子、無視すればよかった。
そうすれば、ここを見つけることもなかったのに。
どうしよう、電池の残量が10%を切った。
電池が切れたら何もかもおしまいだ。
明かりだって他にない。
でもこうやって何か書いてないと気が変になりそう。
白い着物の男を見た。
でもこんな廃屋に人がいるわけない。
気味が悪い。きっと幽霊だ。怖い。
でも私に気づいてないみたいだ。
とりあえず逃げ切ることができた。
啓太からのLINEはやっぱりない。
またあの幽霊だ。
何かを探しているように見える。
もしかして、啓太はあの幽霊に殺されたの?
だとしたら、私のことを探している?
嫌だ嫌だ嫌だ。怖い。助けて助けて。
電池はとうとう残り1%
……ここで日記は終わっていた。
日記の日付は、2年前の8月14日。
彼らも夏休みを利用して、ここへやって来たらしい。
文面は絶望一色であった。
私は正直、読まなければよかったと後悔する。
「……香奈さんも、あの子に会ったんだ……」
「凛ちゃんが見たという男の子か……。確か、その子が呼び掛けてきたから、あのトンネルを見つけることができたんだっけ? ……だとしたら、その男の子は、手当たり次第に誘い込んでいるということか……?」
「どうなんでしょう。……悪意のようなものは、特に感じませんでしたけど……」
延々と考えたところでわかるはずもない。
あの男の子のことは、ひとまず置いておくことにする。
「“白い着物の男”か……。ヒロが見たというのも、こいつのことかな……?」
真人さんは呟いた。
白い着物の男──
いつか見た夢を思い出してしまった。
あの夢に出てきたのも、白い着物の男だった。
「……まさか、ね……」
「どうした? 何か思い当たることでも?」
「いえ……少し前に見た夢にも、そういう男が現れて……」
「夢か……。何か意味があるのだろうか……」
「単なる夢です。今のは、忘れてください」
私は日記の最後に目をやる。
とうとう切れてしまったスマホの電池。そして、それを落としたわけだけど……
香奈さんは、この後どうなったんだろう──?
一度嫌なことを考えると、どんどん深みにはまっていく。
今度は、書斎のような部屋で見えた過去を思い出してしまった。
一心不乱に書架を漁っていた男性──
……あれは、誰なんだろう。
そして、彼は言っていた。
『早くしないと“呪い”が完成してしまう……!』
…………これは、どういうことなの?
この屋敷で、一体何があったというの──?
「──凛ちゃん?」
心配そうに、真人さんが覗き込んでくる。
「あ、ごめんなさい」
真人さんの顔を見て、何かが重なった。
──似ている。
最初は雰囲気が、と思っていたけど、よく見ると、あの男性と真人さんは、目元がよく似ていることに気づいた。
なんとなくそのことを話すと、真人さんは過剰な反応をみせた。
「それは本当か!?」
勢いよく両肩を掴まれる。
「ま、真人さん……?」
「ああ、ごめん。……もしかしたらその人は、兄貴かもしれないと思って……」
話が見えない。
なんと言っていいかわからず無言でいると、真人さんは語り始めた。
「俺の兄貴は、15年前から行方不明になっているんだ。俺が月隠村に来た本当の理由は兄貴を捜すため。オカ研は俺が立ち上げた非公式サークルなんだけど、それも全て兄貴を捜すためだ。オカルトに関わるものを追っていけば、いずれ兄貴にたどり着くかもしれないと思ってな」
そう聞かされても、私はあまり驚かなかった。
真人さんが見せていた調査への執着が理解できたので、むしろ、合点がいった思いだ。
けれど、わからない。
確かに真人さんのお兄さんは霊感が強いと言っていたけど、それとこれとが、どうやって結び付くというんだろう。
そんな私の疑問を見透かしたように、真人さんは言葉を続ける。
「兄貴は霊感があることを隠していたけど、いつの頃か、兄貴はその力を他人のために使うようになったんだ」
「いわゆる、霊能者になったんですか?」
「いや……そういうのとは違うな。そうだな……どちらかというと探偵業に近いかもしれない。心霊現象専門の探偵だ。よく“神隠し”に遭ったとされる人物の捜索を依頼されていたみたいなんだけど、その調査中に自分も神隠しに……って、なんか漫画みたいだな。自分で言ってて、すげー嘘臭い」
真人さんは苦笑する。
そして遠い目をして、
「それにしても、あれから15年も経っちまったのか……。きついよな、生死も不明のまま時間だけが過ぎていくんだ。こういう中途半端な状態がさ、どうしようもなく辛いんだよ……」
「真人さん……」
「ごめん、今は個人的な事情で感傷に浸ってる場合じゃないよな。ここは、俺達が考えている以上に危ない。早く脱出しないと」
早急に4人と合流しなければ。
私達は歩調を早める。
その時、私と真人さんのスマホが同時に鳴った。
柏原さんからのラインだ。
──────────
助けて
床下から手が出てきた
ミカが捕まった
──────────
「美伽が!?」
私は我を忘れて駆け出す。
後ろから真人さんの制止する声がした。
だけど、私はそれを無視して駆け続ける。
美伽!
美伽!
美伽!
スマホの簡易ライトを頼りに、私はひたすらに走る。
香奈さんの過去で見た、壁から生えた不気味な腕──
それが、とうとう私達の前にも現れたんだ。
──そして、美伽を襲った。
冗談じゃない、美伽は絶対に助けてみせる!
縦横に広がる廊下。
どこをどう行けば皆のところにたどり着くかわからない。
だけど、迷っている暇なんてない。私は直感を信じて進む。
静まり返る空間には、私の駆ける音と、乱れた呼吸が響くだけ。
勝手に駆け出してしまったせいだ。
真人さんとははぐれてしまった。
だけど、それを後悔したり反省するのは後回しだ。
今はなんとしても、美伽達のところに行かなきゃ!
右に曲がり、左に曲がり、ひたすら進み……
そして──
複数の女性の悲鳴らしきものが聴こえるようになった。
きっと、美伽達だ!
それを頼りに私は走る。
ずっと走っているから、脇腹が痛い。でも、立ち止まるわけにはいかない。
「美伽ッ!」
角を曲がると、ようやく見つけることができた。
床に空いた穴。
そこから伸びているのは、土気色をした不気味な腕。
それが、美伽の太もも辺りに巻き付くようにしてしがみついていた。
土気色の腕は、穴に美伽を引きずり込もうとしている。
そうはさせまいと、未央さんと柏原さんが必死に美伽を引っ張っている。
──なぜか、新井さんの姿は見当たらなかった。
加勢しようと、私も駆け寄る。
それなのに、邪魔するようにして過去の世界へとさらわれてしまった。
床に空いた穴。──今、美伽に絡みつく腕が伸びている穴だ。
その近くを通りすぎようとしているのは、香奈さんの恋人の──啓太さん?
突然、穴から腕が出てきたかと思うと、しっかりと啓太さんの足首を捕らえた。
啓太さんは前のめりに勢いよく転倒する。
『うわああッ!? なんだよ、これ!?』
腕は、啓太さんを穴へと引きずり込もうとする。
引きずり込まれまいと、啓太さんは必死に抵抗する。
しかし、腕の力はよほど強いのか、啓太さんの体は徐々に穴へと吸い込まれていく。
それでも啓太さんは床に爪を立てて抗う。
『嫌だ嫌だ嫌だ! 助けてくれ、香奈ーッ!』
何枚かの爪が剥がれた。
目を覆いたくなる光景だ。
必死の抵抗もむなしく、啓太さんは穴へと引きずり込まれてしまった。
でも、それで終わりじゃない。
メリッ……!
ゴキッ……!
バキッ……!
メリッ……!
何かを捩りあげ、砕くような音。
そして──
ブシュッ……!
穴から噴き上がったのは、真っ赤な液体──
ここで、現在へと戻された。
そんな、啓太さんはここで──!?
吐き気が込み上げてきた。
「いやああッ!」
美伽の悲鳴で我に返る。
呆けている場合じゃない!
「美伽ッ!」
私は飛び付くように美伽の腕を取ると、力を込めて引っ張る。
突然、私が割り込んだからだろう。未央さんと柏原さんから驚いたような顔を向けられた。
女の力とはいえ3人も集まれば、それなりの力になるはずだ。
けれど、美伽を引っ張りあげることはできない。
それどころか、じりじりと美伽は穴に引きずり込まれつつある。
「──そうだ、塩! 塩はどこですか!?」
塩はあらゆる霊に効く。真人さんはそう言っていた。
だったら、それをあの腕に振りかけてやれば──!
「ないんだよ! ヒロのバカが持ってるから!」
なんてことだ。
その新井さんはどこにいるのかと疑問が湧いたが、今は無駄口を叩いている余裕はない。
絶対に助けてみせる!
それなのに現実は残酷だ。
美伽の体はすっぽりと穴に沈んでしまった。
もう、地上に出ているのは腕だけだ。
もう……だめだ──!
心が折れそうになってしまった時だ。
「美伽ちゃん、目を瞑ってくれ!」
真人さんが現れた。塩を一掴みにして美伽に撒く。
するとフッと軽くなり、あっさりと美伽を引き上げることができるようになった。
「凛! 怖かったよぉ……!」
「うん、うん。よかった、本当によかった。美伽が無事で……!」
飛び込んできた美伽を、私はしっかりと受け止める。そして、強く強く抱きしめた。
美伽の華奢な体越しに見えるのは、さっきまで腕が伸びていた穴。
啓太さんだったものは、今もあの中に──?
改めてよく見ると、周りの壁や床は赤黒い染みが大量に付着している。
そして床には、何かを引っ掻いたような跡──必死の爪痕が生々しく残っていた。
剥がれた爪が残っていなかったのがせめてもの救いだ。
「ほんと、どうなるかと思ったわ……」
張り詰めていた気が緩んだのか、未央さんはその場にへたり込む。
「ヒロはどうしたんだ?」
「あの野郎、ビビって逃げやがったよッ! うちらを見捨ててッ!」
「なんて奴だ……!」
真人さんの表情が険しくなる。
3人を守れ、と託したのに、期待を裏切られたのだから無理もない。
私の中にも、胸が悪くなるような怒りが沸き上がる。
「……とにかく、ヒロを捜そう」
どうしよう?何度もLINEしてるのにどうして返事がないの?
怖い、もうやだ。
どうしてあたしがこんな目に遭わなきゃいけないの?
こんなとこ来るんじゃなかった。止めとけばよかった。
何もかも啓太のせいだ。
ううん、あたしだって悪いんだ。
あんな子、無視すればよかった。
そうすれば、ここを見つけることもなかったのに。
どうしよう、電池の残量が10%を切った。
電池が切れたら何もかもおしまいだ。
明かりだって他にない。
でもこうやって何か書いてないと気が変になりそう。
白い着物の男を見た。
でもこんな廃屋に人がいるわけない。
気味が悪い。きっと幽霊だ。怖い。
でも私に気づいてないみたいだ。
とりあえず逃げ切ることができた。
啓太からのLINEはやっぱりない。
またあの幽霊だ。
何かを探しているように見える。
もしかして、啓太はあの幽霊に殺されたの?
だとしたら、私のことを探している?
嫌だ嫌だ嫌だ。怖い。助けて助けて。
電池はとうとう残り1%
……ここで日記は終わっていた。
日記の日付は、2年前の8月14日。
彼らも夏休みを利用して、ここへやって来たらしい。
文面は絶望一色であった。
私は正直、読まなければよかったと後悔する。
「……香奈さんも、あの子に会ったんだ……」
「凛ちゃんが見たという男の子か……。確か、その子が呼び掛けてきたから、あのトンネルを見つけることができたんだっけ? ……だとしたら、その男の子は、手当たり次第に誘い込んでいるということか……?」
「どうなんでしょう。……悪意のようなものは、特に感じませんでしたけど……」
延々と考えたところでわかるはずもない。
あの男の子のことは、ひとまず置いておくことにする。
「“白い着物の男”か……。ヒロが見たというのも、こいつのことかな……?」
真人さんは呟いた。
白い着物の男──
いつか見た夢を思い出してしまった。
あの夢に出てきたのも、白い着物の男だった。
「……まさか、ね……」
「どうした? 何か思い当たることでも?」
「いえ……少し前に見た夢にも、そういう男が現れて……」
「夢か……。何か意味があるのだろうか……」
「単なる夢です。今のは、忘れてください」
私は日記の最後に目をやる。
とうとう切れてしまったスマホの電池。そして、それを落としたわけだけど……
香奈さんは、この後どうなったんだろう──?
一度嫌なことを考えると、どんどん深みにはまっていく。
今度は、書斎のような部屋で見えた過去を思い出してしまった。
一心不乱に書架を漁っていた男性──
……あれは、誰なんだろう。
そして、彼は言っていた。
『早くしないと“呪い”が完成してしまう……!』
…………これは、どういうことなの?
この屋敷で、一体何があったというの──?
「──凛ちゃん?」
心配そうに、真人さんが覗き込んでくる。
「あ、ごめんなさい」
真人さんの顔を見て、何かが重なった。
──似ている。
最初は雰囲気が、と思っていたけど、よく見ると、あの男性と真人さんは、目元がよく似ていることに気づいた。
なんとなくそのことを話すと、真人さんは過剰な反応をみせた。
「それは本当か!?」
勢いよく両肩を掴まれる。
「ま、真人さん……?」
「ああ、ごめん。……もしかしたらその人は、兄貴かもしれないと思って……」
話が見えない。
なんと言っていいかわからず無言でいると、真人さんは語り始めた。
「俺の兄貴は、15年前から行方不明になっているんだ。俺が月隠村に来た本当の理由は兄貴を捜すため。オカ研は俺が立ち上げた非公式サークルなんだけど、それも全て兄貴を捜すためだ。オカルトに関わるものを追っていけば、いずれ兄貴にたどり着くかもしれないと思ってな」
そう聞かされても、私はあまり驚かなかった。
真人さんが見せていた調査への執着が理解できたので、むしろ、合点がいった思いだ。
けれど、わからない。
確かに真人さんのお兄さんは霊感が強いと言っていたけど、それとこれとが、どうやって結び付くというんだろう。
そんな私の疑問を見透かしたように、真人さんは言葉を続ける。
「兄貴は霊感があることを隠していたけど、いつの頃か、兄貴はその力を他人のために使うようになったんだ」
「いわゆる、霊能者になったんですか?」
「いや……そういうのとは違うな。そうだな……どちらかというと探偵業に近いかもしれない。心霊現象専門の探偵だ。よく“神隠し”に遭ったとされる人物の捜索を依頼されていたみたいなんだけど、その調査中に自分も神隠しに……って、なんか漫画みたいだな。自分で言ってて、すげー嘘臭い」
真人さんは苦笑する。
そして遠い目をして、
「それにしても、あれから15年も経っちまったのか……。きついよな、生死も不明のまま時間だけが過ぎていくんだ。こういう中途半端な状態がさ、どうしようもなく辛いんだよ……」
「真人さん……」
「ごめん、今は個人的な事情で感傷に浸ってる場合じゃないよな。ここは、俺達が考えている以上に危ない。早く脱出しないと」
早急に4人と合流しなければ。
私達は歩調を早める。
その時、私と真人さんのスマホが同時に鳴った。
柏原さんからのラインだ。
──────────
助けて
床下から手が出てきた
ミカが捕まった
──────────
「美伽が!?」
私は我を忘れて駆け出す。
後ろから真人さんの制止する声がした。
だけど、私はそれを無視して駆け続ける。
美伽!
美伽!
美伽!
スマホの簡易ライトを頼りに、私はひたすらに走る。
香奈さんの過去で見た、壁から生えた不気味な腕──
それが、とうとう私達の前にも現れたんだ。
──そして、美伽を襲った。
冗談じゃない、美伽は絶対に助けてみせる!
縦横に広がる廊下。
どこをどう行けば皆のところにたどり着くかわからない。
だけど、迷っている暇なんてない。私は直感を信じて進む。
静まり返る空間には、私の駆ける音と、乱れた呼吸が響くだけ。
勝手に駆け出してしまったせいだ。
真人さんとははぐれてしまった。
だけど、それを後悔したり反省するのは後回しだ。
今はなんとしても、美伽達のところに行かなきゃ!
右に曲がり、左に曲がり、ひたすら進み……
そして──
複数の女性の悲鳴らしきものが聴こえるようになった。
きっと、美伽達だ!
それを頼りに私は走る。
ずっと走っているから、脇腹が痛い。でも、立ち止まるわけにはいかない。
「美伽ッ!」
角を曲がると、ようやく見つけることができた。
床に空いた穴。
そこから伸びているのは、土気色をした不気味な腕。
それが、美伽の太もも辺りに巻き付くようにしてしがみついていた。
土気色の腕は、穴に美伽を引きずり込もうとしている。
そうはさせまいと、未央さんと柏原さんが必死に美伽を引っ張っている。
──なぜか、新井さんの姿は見当たらなかった。
加勢しようと、私も駆け寄る。
それなのに、邪魔するようにして過去の世界へとさらわれてしまった。
床に空いた穴。──今、美伽に絡みつく腕が伸びている穴だ。
その近くを通りすぎようとしているのは、香奈さんの恋人の──啓太さん?
突然、穴から腕が出てきたかと思うと、しっかりと啓太さんの足首を捕らえた。
啓太さんは前のめりに勢いよく転倒する。
『うわああッ!? なんだよ、これ!?』
腕は、啓太さんを穴へと引きずり込もうとする。
引きずり込まれまいと、啓太さんは必死に抵抗する。
しかし、腕の力はよほど強いのか、啓太さんの体は徐々に穴へと吸い込まれていく。
それでも啓太さんは床に爪を立てて抗う。
『嫌だ嫌だ嫌だ! 助けてくれ、香奈ーッ!』
何枚かの爪が剥がれた。
目を覆いたくなる光景だ。
必死の抵抗もむなしく、啓太さんは穴へと引きずり込まれてしまった。
でも、それで終わりじゃない。
メリッ……!
ゴキッ……!
バキッ……!
メリッ……!
何かを捩りあげ、砕くような音。
そして──
ブシュッ……!
穴から噴き上がったのは、真っ赤な液体──
ここで、現在へと戻された。
そんな、啓太さんはここで──!?
吐き気が込み上げてきた。
「いやああッ!」
美伽の悲鳴で我に返る。
呆けている場合じゃない!
「美伽ッ!」
私は飛び付くように美伽の腕を取ると、力を込めて引っ張る。
突然、私が割り込んだからだろう。未央さんと柏原さんから驚いたような顔を向けられた。
女の力とはいえ3人も集まれば、それなりの力になるはずだ。
けれど、美伽を引っ張りあげることはできない。
それどころか、じりじりと美伽は穴に引きずり込まれつつある。
「──そうだ、塩! 塩はどこですか!?」
塩はあらゆる霊に効く。真人さんはそう言っていた。
だったら、それをあの腕に振りかけてやれば──!
「ないんだよ! ヒロのバカが持ってるから!」
なんてことだ。
その新井さんはどこにいるのかと疑問が湧いたが、今は無駄口を叩いている余裕はない。
絶対に助けてみせる!
それなのに現実は残酷だ。
美伽の体はすっぽりと穴に沈んでしまった。
もう、地上に出ているのは腕だけだ。
もう……だめだ──!
心が折れそうになってしまった時だ。
「美伽ちゃん、目を瞑ってくれ!」
真人さんが現れた。塩を一掴みにして美伽に撒く。
するとフッと軽くなり、あっさりと美伽を引き上げることができるようになった。
「凛! 怖かったよぉ……!」
「うん、うん。よかった、本当によかった。美伽が無事で……!」
飛び込んできた美伽を、私はしっかりと受け止める。そして、強く強く抱きしめた。
美伽の華奢な体越しに見えるのは、さっきまで腕が伸びていた穴。
啓太さんだったものは、今もあの中に──?
改めてよく見ると、周りの壁や床は赤黒い染みが大量に付着している。
そして床には、何かを引っ掻いたような跡──必死の爪痕が生々しく残っていた。
剥がれた爪が残っていなかったのがせめてもの救いだ。
「ほんと、どうなるかと思ったわ……」
張り詰めていた気が緩んだのか、未央さんはその場にへたり込む。
「ヒロはどうしたんだ?」
「あの野郎、ビビって逃げやがったよッ! うちらを見捨ててッ!」
「なんて奴だ……!」
真人さんの表情が険しくなる。
3人を守れ、と託したのに、期待を裏切られたのだから無理もない。
私の中にも、胸が悪くなるような怒りが沸き上がる。
「……とにかく、ヒロを捜そう」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2024/12/21:『ゆぶね』の章を追加。2024/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
2024/12/20:『ゆきだるま』の章を追加。2024/12/27の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/19:『いぬ』の章を追加。2024/12/26の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/18:『つうち』の章を追加。2024/12/25の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/17:『のぞくがいこつ』の章を追加。2024/12/24の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/16:『じゅうさん』の章を追加。2024/12/23の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/15:『にちようび』の章を追加。2024/12/22の朝8時頃より公開開始予定。
感染した世界で~Second of Life's~
霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。
物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。
それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue
野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。
前作から20年前の200X年の舞台となってます。
※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。
完結しました。
表紙イラストは生成AI
神暴き
黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。
神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる