禁踏区

nami

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2章 噂の屋敷

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 あの時のいじめの原因は、この忌まわしい“過去を見る力”によるものであった。


 小学1年生のあの頃、なぜか皆、“霊感がある”ということに強い憧れを抱いていた。
“霊感がある”という者は、それだけで皆から一目置かれる存在になり得た。

 

 クラスにある女の子がいた。
 プライドが高く、常に自分が中心じゃないと気がすまない、とてもわがままな子だった。

 女の子の親は地元の有力者であった。
 だから、女の子に逆らう子は誰もいなかった。
 先生ですら腫れ物を扱うように接していた。


 そんな子だ。
 当然、女の子は“霊感がある”と吹聴していた。



 女の子を含む何人かで下校していた時だ。

 通学路には交差点があり、いつしかそこには、花束やお菓子が供えられるようになった。

 それは、ここで亡くなった子がいる──という証明。


 誰かが、その女の子に訊ねた。

『ねえ、やっぱり……見えたりするの? 死んだ子の霊……』

 女の子はしたり顔で答える。

『うん、そこにいるよ。即死だったのかな。自分が死んだことが、まだわかってないみたい』


 ──嘘だ。


 撥はねられた子は、そのまま数十メートルほど引きずられた。
 ──生きたまま。


 痛い痛い痛い痛い痛い──!
 助けて、ママ、パパ──!


 耳を塞ぎたくなるような断末魔が、こびりついて離れない。


 交差点に焼き付けられた恐怖という感情──凄惨な過去を見せつけられた私をよそに、女の子の取り巻き達は、『すごい、すごい』と女の子をおだてた。
 気を良くした女の子は、さらにでたらめを並べていた。
 

『違うよッ!』
 

 自分でも信じられないくらい大きな声が出た。
 女の子も、取り巻きの子達も、ビックリした顔で私を見ていた。


 轢き逃げで死亡した子は苦しんだ末に死んでいった。
 それなのに、ちやほやされたいために、適当なことを言いふらすのが許せなかった。


 私は交差点で起きたことを──見えた過去をそのまま話した。


 ──でも、誰も信じてくれなかった。


 そして、逆らった私を、女の子は決して許しはしなかった。
 彼女の怒りを買ってしまった私は、その日から嘘つき呼ばわり。

 そして、報復として徹底的に無視されたんだ。──学年全員を巻き込んで。
 何年も、何年も──


 △▼△
 

「霊感があるのなら、どうか隠さないでくれ。それが、現状を打破する鍵になるかもしれないから」
 
 真人さんは真っ直ぐな瞳を私に向ける。
 優しい諭し方。それが、強く詰問されるより辛い。
 
 ──隠している場合じゃない。
 頭では理解している。
 
 だけど、これは霊感じゃない。
 どうやって説明したらいいのか──
 
 説明しても、信じてもらえなかったら──
 
 様々な形の不安が、私をさいなむ。
 説明する言葉を紡ごうと、口を開きかけては閉ざす。
 
「……似ているよ」
 
「え?」
 
「俺の兄貴にさ。すごく、強い霊感を持った人だったんだ。“生きた人間と霊の区別がつかないこともある”──とか言ってたっけ。そのせいで、周りと折り合いがつけられないこともあったようでね。中傷されるようなこともあったみたいだ。それを恐れて、兄貴は霊感があることをひたすら隠していた」
 
 同じだ、私と。
 
「もしかして、凛ちゃんも同じなのか? だったら──」
 
「違うんです」
 
 思わず真人さんの言葉を遮ってしまった。
 
 でも、あとに言葉が続かない。
 
 けれど真人さんは、無理に先を促そうとはせず、ただ黙って穏やかな眼差しを私に向けるだけだ。
 
 待ってくれている。
 だったら、それに応えたい。

「…………霊感ではないんです。私の力は──」
 
 
 何をどうやって説明したのか、自分でもよくわからなかった。
 
 けれど、気がついたら、すべてを打ち明けた後だった。
 
 
「──そうか。それはどちらかというと、超能力──サイコメトリーに近いものかな。いや、場所に踏み入るだけで発現するんだから、それ以上か……」
 
「信じて……くれるんですか……?」
 
「当たり前だろ」
 
 その一言が、今まで味わってきた辛さを帳消しにしてくれる気がした。
 頬に熱いものが伝う。
 ──涙だ。
 
「今まで、辛かったな」
 
 労うように、真人さんは私の頭に優しく手を置いた。
 本格的に涙が止まらなくなった。
 
 そんな私を、真人さんは黙って自分の胸に引き寄せる。
 私はその胸にすがり、しばらくの間泣きじゃくった。


 どれくらい泣いていたのか──
 ようやく、涙は引いてくれた。

「落ち着いた?」

 頭上から声がした。
 見上げると、真人さんの顔がすぐそこにある。

「ごっ、ごめんなさい!」

 慌てて真人さんの胸の中から離れた。

 ~~私ってば、なんてことしてしまったんだろう……!
 考えるだけで自己嫌悪の波が押し寄せてくる。
 合わせる顔がない。

「気にするな」

 真人さんはそう言うけど、『はい、わかりました』と割りきられれば苦労はしない。



 ──だけど、ずるずると落ち込んでるわけにはいかなないようだ。



 ミシッ──パキッ──



 家鳴りのような音と枝を折ったような音が立て続けにした。

「ラップ音か……」

 穏やかな表情だった真人さんの顔が、途端に厳しく引き締められる。

「出よう。何か起こる前触れかもしれない」

 私達は書斎のような部屋を後にした。


 △▼△


 4人と合流するために、私達は行動する。
 とはいえ、屋敷のどこがどう繋がっているのかもわからないから、当てもなく歩いていくしかない。
 
「足、大丈夫ですか?」
 
「ああ、湿布が効いているから、ずいぶん楽になったよ」
 
 真人さんは笑顔を向けてくれた。
 しかし、すぐにそれは翳り、

「しかし、他にも閉じ込められた人達がいたなんて……。もしかして、さっき拾ったスマホは彼らの……?」

 私はこくんと頷いた。
 あの時の回想がよみがえり、思わず身震いする。

「大丈夫か? 一体、何を見た?」

 私は震える声で、見たままのことを話した。


 壁から生えた無数の腕──


 実際に口にしてみると、ひどく荒唐無稽なことのように思えてくる。
 ……けれど、あれは現実に起こったことなんだ。

 私の話を聞いて、真人さんは顔をしかめる。

「じゃあ、俺達の身に起こってることは、まだまだ序の口というわけなんだな……」

 これからもっと恐ろしい目に遭うことになる……。
 怖い、私達は一体どうなってしまうんだろう!?

「もうそれなりに充電されているだろ。何か残されているといいんだが……」

 真人さんは、さっき拾ったスマホを出した。

「歩きスマホも、他人のスマホを見るのもマナー違反だが、どうか軽蔑しないでくれよ?」

 冗談めかして言われ、私は苦笑して返す。

 電源を入れると、スマホはゆっくりと立ち上がった。
 特にロックはされておらず、パスなどを打ち込む必要がないのが救いだ。
 私も画面を覗き込む。


 壁紙を目にした瞬間、私の心臓はドクンと大きく脈打った。
 壁紙として使われている画像は、幸せそうに寄り添う若いカップル──あの閉じ込められた男女だったから……。

 もちろん、わかってはいたことだ。
 だけど、私が見たのは過去の出来事──現実ではないもの。そのため、どこか絵空事のように感じているところがあった。
 だから、こうして実際に目の当たりにすると、強い衝撃を覚えてしまう。

上谷香奈うえたにかなか。あの動画の投稿者と同行していた人物だろうか……」
 
 あの動画──“westforest”という人が投稿した動画だ。この屋敷の門が撮されていた。
 
 そういえば、撮影者の男の人は“カナ”と呼んでいた。


 香奈さんは几帳面な性格らしく、プロフィール欄は全て書き込んであった。
 住所を見ると、彼女は神奈川県横浜市に住んでいるようだ。
 
 神奈川から長野だ。決して近いとはいえない。
 それなのに、わざわざ来たんだ。都市伝説を確かめに……。

 ラインのトーク履歴を確認しようとするが、データが壊れているのか、開くことができない。

 ホーム画面には日記アプリのショートカットがあったので、今度はそちらを開いてみる。
 こちらもロックは特にされていない。簡単に開くことがでできてホッとする。
 ……しかし、他人の日記を盗み見るとは、あまり気分のいいものじゃない。

 最後に書かれた日記を読む。
 そこには、私達が考えている以上に、恐ろしいことが書かれてあった。
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