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2章 噂の屋敷
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ここは屋敷のどの辺りだろうか?
でたらめに逃げ回ったので、私達は完全に迷い込んでしまっていた。
廊下はいくつも枝分かれをして続いている。まるで迷宮だ。
私達は出口を求めてさすらう。
東海林さんが持参していた塩を体に振りかけ、身を浄めたおかげなのか、今のところ怪異は鳴りを潜めている。
「それにしても、真人先輩、ずいぶんと準備がいいんですね」
「……それなりに場数を踏んでいるから」
「へえ~、だから冷静なんですね」
「そんなことないさ。こんなにはっきりとした怪異は初めてだから、実はかなり動揺してる」
「冷静といえば、凛ちゃんもそうよね。あまり動じてないように見えるわ」
「あ、もしかして凛って霊感がある人とか? だから平気なん?」
話の矛先は急に私へと向けられた。
私は首を横に振って、否定の意を示す。
特殊な力があったのは事実だけど、あれは霊感とは違う。
──いや、あった……と過去形にしてもいいのだろうか。
あの力はまだ消えてはいない。
現に、より強く発現するようになってしまった。
長い沈黙を経て──
△▼△
ようやく、物置と思われる部屋で出口になりそうな扉を見つけた。
だけど、ここも開かなかったら……。
ふと、嫌な予感が掠める。
開け、開け、と念じながら扉を押す。
ガチャ……ギギギィー……
軋ませながらも、無事、扉は開いてくれた。
そして、予想通り、屋外へと通じていた。
──しかし、喜びは一瞬だけであった。
私達の前方──数十メートル先には、別の屋敷が聳えている。
ここは、屋敷と屋敷を繋ぐ──渡り廊下のような道であった。
そして、私達の脱出を阻んでいるもの──それは、この渡り廊下のような道を縁取っている深い堀だ。
堀の幅は5メートルはあると思われる。
これでは、飛び越えるのは難しいだろう。
「くそっ、やっと外に出れたってのによォ!」
苛立たしげに新井さんは地面を蹴る。
引き返すよりも先に進んだ方がいいだろう。そういう結論になった。
私達は向こう側の屋敷を目指す。
向かって左側の方には、中庭らしき場所を望むことができる。
そこには池があり、水面は鏡のように山の姿を映し込んでいる。
ふと、妙な感覚に囚われた。
私、この場所を知っている……?
──やだな、何を考えているんだろう。そんなこと、あるはずないのに。
あまりにも不可思議な体験をしているせいで、神経が参っているのだろうか?
もう1つの屋敷へと入る。
ここも物置のような部屋だった。
何やらいろいろ積まれてある。
それがなんなのかは、汚れて染みだらけの布で覆われているためわからない。
正面の壁には楕円形の鏡が掛けられている。
表面は意外ときれいで、懐中電灯の光を反射して鋭く光った。
物置部屋を出ると廊下は左右に長く伸びていた。
予想はしていたが、ここも先の屋敷同様に荒れ果てている。
造りは先の屋敷と同じようだ。
しかし……
壁や床に飛び散ったような赤黒い染み。これは、先の屋敷にはなかったものだ。
…………これは、どう見ても──
「ね、ねえ、これってやっぱり血こ……」
「言うなよ、未央! 頼むから言わないでくれッ!」
「こ、ここで一体何があったんでしょうね……?」
「余計なこと考えるんじゃねえよ、美伽! 脱出することだけ考えろッ!」
「アンタ、一体なんなの? もしかしてビビってる?」
柏原さんはニヤニヤした笑みを新井さんにぶつける。
「うるせーな! おめーだって、さっきピーピー泣いてたじゃねえかよ!」
激しく言い返した後、新井さんは俯いてしまった。その表情はひどく強ばっている。
「…………俺、さっき見ちまったんだよ……」
「見た? 何を、どこで?」
「そこの物置だよ。鏡があっただろ。そこに一瞬、白い着物の奴が映って……」
「アンタさぁ、いい加減にしなよ。そんな、いかにも~なユーレイとかないわー」
「嘘じゃねえよ! こんな時に、くだらねー嘘吐くわけねえだろ!?」
……わざと悲鳴をあげて、私達を誘い込んだ人の台詞とは思えなかった。
それはともかく、新井さんのこの怯え方はとても演技をしているようには見えない。
「人形が這いずってきたり、あんな電話があったんです。幽霊の1人や2人現れてもおかしくないと思いますよ……」
美伽の言葉に未央さんも頷いた。
「なあマサやん、もう一度浄めの塩を撒いてくれよ」
東海林さんは言われた通りにした。
△▼△
細長い廊下が続いている。
やはり塩が守ってくれているのか、それからは何も起きたり見たりすることもない。
「ん、なんだ……?」
懐中電灯の明かりで照らされ、何かがキラッと光った。
「スマホ……? どうしてこんなところに……」
東海林さんが拾い上げた。
赤い、少し型の古いスマホだった。
──まただ。また、耳鳴りが襲う。
強制的に、私は過去へと連れ去られる。
まず、恐怖で歪む女性の顔が見えた。
──あの、カップルの片割れだ。
何かから必死に逃げている。
それにしても、やはり力は強くなっているようだ。
前はざらついた映像だったのに、今ははっきりと見ることができる。
そう、まるで、その場所に私がいて、傍観していると錯覚するほどに──
この人は一体、何から逃げているんだろう?
視点が遠くなり、全貌を見ることができるようになる。
すると、思わず悲鳴をあげそうになった。
壁という壁から突き出されているのは、蒼白く生気のない腕。
それが、ぐにゃぐにゃと空を掴むような動きを見せている。
女性を捕まえようとしているのか……
女性を誘っているのか……
どちらとも取れる、身の毛もよだつ動きだ。
女性は逃げる、逃げる、逃げる。
悲鳴をあげながら、ひたすらに逃げる。
──一体どうなってるの!? ケイタともはぐれちゃうし、もう嫌ッ! 助けてッ! 誰か助けてッ!
……今のは、この人の心の声──?
その時、ポケットからスマホが飛び出して落ちた。
けれど、女性は気づかない。
ここで、私は現在へと連れ戻された。
そうか、こういう経緯で、あの人はスマホを落としたんだ……。
恋人とはぐれ、スマホまで落として……どれだけ心細い思いをしただろう……。
それを考えると、ひどく胸が痛んだ。
「凛ちゃん、大丈夫?」
不意に声を掛けられた。
未央さんが、心配そうな顔をしている。
私は、何事もなかったように振る舞うしかない。
「……どうすんの、それ?」
柏原さんは気味悪げに、拾い物のスマホを指す。
「一応、持っていこう」
埃の被り方から見るに、長年放置されていたのは明白だ。
とっくに充電は切れてしまっているのは、想像に難くない。
東海林さんはまず覆っている埃をきれいに拭き取る。
そして、デイバッグから携帯用充電器を取り出すと、拾い物のスマホに繋ぎ、デイバッグにしまった。
でたらめに逃げ回ったので、私達は完全に迷い込んでしまっていた。
廊下はいくつも枝分かれをして続いている。まるで迷宮だ。
私達は出口を求めてさすらう。
東海林さんが持参していた塩を体に振りかけ、身を浄めたおかげなのか、今のところ怪異は鳴りを潜めている。
「それにしても、真人先輩、ずいぶんと準備がいいんですね」
「……それなりに場数を踏んでいるから」
「へえ~、だから冷静なんですね」
「そんなことないさ。こんなにはっきりとした怪異は初めてだから、実はかなり動揺してる」
「冷静といえば、凛ちゃんもそうよね。あまり動じてないように見えるわ」
「あ、もしかして凛って霊感がある人とか? だから平気なん?」
話の矛先は急に私へと向けられた。
私は首を横に振って、否定の意を示す。
特殊な力があったのは事実だけど、あれは霊感とは違う。
──いや、あった……と過去形にしてもいいのだろうか。
あの力はまだ消えてはいない。
現に、より強く発現するようになってしまった。
長い沈黙を経て──
△▼△
ようやく、物置と思われる部屋で出口になりそうな扉を見つけた。
だけど、ここも開かなかったら……。
ふと、嫌な予感が掠める。
開け、開け、と念じながら扉を押す。
ガチャ……ギギギィー……
軋ませながらも、無事、扉は開いてくれた。
そして、予想通り、屋外へと通じていた。
──しかし、喜びは一瞬だけであった。
私達の前方──数十メートル先には、別の屋敷が聳えている。
ここは、屋敷と屋敷を繋ぐ──渡り廊下のような道であった。
そして、私達の脱出を阻んでいるもの──それは、この渡り廊下のような道を縁取っている深い堀だ。
堀の幅は5メートルはあると思われる。
これでは、飛び越えるのは難しいだろう。
「くそっ、やっと外に出れたってのによォ!」
苛立たしげに新井さんは地面を蹴る。
引き返すよりも先に進んだ方がいいだろう。そういう結論になった。
私達は向こう側の屋敷を目指す。
向かって左側の方には、中庭らしき場所を望むことができる。
そこには池があり、水面は鏡のように山の姿を映し込んでいる。
ふと、妙な感覚に囚われた。
私、この場所を知っている……?
──やだな、何を考えているんだろう。そんなこと、あるはずないのに。
あまりにも不可思議な体験をしているせいで、神経が参っているのだろうか?
もう1つの屋敷へと入る。
ここも物置のような部屋だった。
何やらいろいろ積まれてある。
それがなんなのかは、汚れて染みだらけの布で覆われているためわからない。
正面の壁には楕円形の鏡が掛けられている。
表面は意外ときれいで、懐中電灯の光を反射して鋭く光った。
物置部屋を出ると廊下は左右に長く伸びていた。
予想はしていたが、ここも先の屋敷同様に荒れ果てている。
造りは先の屋敷と同じようだ。
しかし……
壁や床に飛び散ったような赤黒い染み。これは、先の屋敷にはなかったものだ。
…………これは、どう見ても──
「ね、ねえ、これってやっぱり血こ……」
「言うなよ、未央! 頼むから言わないでくれッ!」
「こ、ここで一体何があったんでしょうね……?」
「余計なこと考えるんじゃねえよ、美伽! 脱出することだけ考えろッ!」
「アンタ、一体なんなの? もしかしてビビってる?」
柏原さんはニヤニヤした笑みを新井さんにぶつける。
「うるせーな! おめーだって、さっきピーピー泣いてたじゃねえかよ!」
激しく言い返した後、新井さんは俯いてしまった。その表情はひどく強ばっている。
「…………俺、さっき見ちまったんだよ……」
「見た? 何を、どこで?」
「そこの物置だよ。鏡があっただろ。そこに一瞬、白い着物の奴が映って……」
「アンタさぁ、いい加減にしなよ。そんな、いかにも~なユーレイとかないわー」
「嘘じゃねえよ! こんな時に、くだらねー嘘吐くわけねえだろ!?」
……わざと悲鳴をあげて、私達を誘い込んだ人の台詞とは思えなかった。
それはともかく、新井さんのこの怯え方はとても演技をしているようには見えない。
「人形が這いずってきたり、あんな電話があったんです。幽霊の1人や2人現れてもおかしくないと思いますよ……」
美伽の言葉に未央さんも頷いた。
「なあマサやん、もう一度浄めの塩を撒いてくれよ」
東海林さんは言われた通りにした。
△▼△
細長い廊下が続いている。
やはり塩が守ってくれているのか、それからは何も起きたり見たりすることもない。
「ん、なんだ……?」
懐中電灯の明かりで照らされ、何かがキラッと光った。
「スマホ……? どうしてこんなところに……」
東海林さんが拾い上げた。
赤い、少し型の古いスマホだった。
──まただ。また、耳鳴りが襲う。
強制的に、私は過去へと連れ去られる。
まず、恐怖で歪む女性の顔が見えた。
──あの、カップルの片割れだ。
何かから必死に逃げている。
それにしても、やはり力は強くなっているようだ。
前はざらついた映像だったのに、今ははっきりと見ることができる。
そう、まるで、その場所に私がいて、傍観していると錯覚するほどに──
この人は一体、何から逃げているんだろう?
視点が遠くなり、全貌を見ることができるようになる。
すると、思わず悲鳴をあげそうになった。
壁という壁から突き出されているのは、蒼白く生気のない腕。
それが、ぐにゃぐにゃと空を掴むような動きを見せている。
女性を捕まえようとしているのか……
女性を誘っているのか……
どちらとも取れる、身の毛もよだつ動きだ。
女性は逃げる、逃げる、逃げる。
悲鳴をあげながら、ひたすらに逃げる。
──一体どうなってるの!? ケイタともはぐれちゃうし、もう嫌ッ! 助けてッ! 誰か助けてッ!
……今のは、この人の心の声──?
その時、ポケットからスマホが飛び出して落ちた。
けれど、女性は気づかない。
ここで、私は現在へと連れ戻された。
そうか、こういう経緯で、あの人はスマホを落としたんだ……。
恋人とはぐれ、スマホまで落として……どれだけ心細い思いをしただろう……。
それを考えると、ひどく胸が痛んだ。
「凛ちゃん、大丈夫?」
不意に声を掛けられた。
未央さんが、心配そうな顔をしている。
私は、何事もなかったように振る舞うしかない。
「……どうすんの、それ?」
柏原さんは気味悪げに、拾い物のスマホを指す。
「一応、持っていこう」
埃の被り方から見るに、長年放置されていたのは明白だ。
とっくに充電は切れてしまっているのは、想像に難くない。
東海林さんはまず覆っている埃をきれいに拭き取る。
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